とある姉サイヤ人の日記 《本編完結》   作:丸焼きどらごん

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王族姉弟の死闘

「みなぎる……! 力がみなぎるぞぉ!! はーっははははは!! パワーもスピードも、まだまだこんなもんじゃないぜ! 俺は更に強くなるんだ!!」

 

 

 馬鹿みたいに吠える自分の姿に、俺はぎりっと歯を食いしばった。

 チィッ! 自分が何故力に溢れているかもわからずいい気になりやがって! あれが俺だと思うと反吐が出るぜ!!

 

 

 俺はさっきまでバビディの野郎の宇宙船内で悟飯のなまった戦い方をイライラしながら見ていたが、突如として激しい頭痛に襲われた。脳みそを掻きまわされるような不快感を伴った痛みと、俺様に命令しやがるドブみたいな声。最初こそ抵抗を試みたが……気づけば俺はここに居た。

 上下も分からず、暗いようで明るい……ただ、ぽっかりと前方に"今の俺"が見ているであろう光景が映る穴があるだけの場所。憶測だが、これは俺の心の中なのだろう。

 今の俺の表層に現れている意識は、セルによって無理やり引き出された過去の俺を模したものだ。

 

『ずいぶん甘くなったものだなぁベジータ。情けなくはないか? お前はあんなに純粋な悪だったじゃないか。サイヤ人の王子ともあろうものが、家庭を持ち、ぬるま湯のような生活に浸り満足しているなどと……お前は本当にそれでいいのか? 違うだろう。破壊し、蹂躙し、己の意志の赴くままに自由に生きる事こそお前の望みではないのか。さあ、今こそ昔のお前に戻るのだ! そしてサイヤ人の力を宇宙中に知らしめてやるがいい! ……………………バビディ様のもとでな』

 

 薄汚いジジィ魔導士の声と共に俺の意識に滑り込んできたセルの意識に「ふざけるな!」と怒鳴りつけてやりたかったが、奴の言葉は俺の心の隅に燻っていた感情を無遠慮に引きずりだしやがった。

 ……今の俺に納得できていない、過去の俺という捨てきれない感情をな。

 

 

 

 

 

 地球に来てカカロットを倒すために己を鍛えているうちに、俺の環境はどんどんと変わっていった。

 妻を持ち、子を儲け、そして…………王になった。

 

 あの姉のことだ。面白半分に違いないと半信半疑だったが、合同結婚式とかいう茶番の前に行われた戴冠式は酷く厳かで神聖なものだった。奴が……俺の他に唯一生き残った王族が、俺をサイヤ人の正当なる王と認めたのだ。

 その事実は予想以上に俺の心に重く深く沈んだ。

 そしてその名実共に俺の物となった「王」という称号は、自尊心を満たすよりもまず俺に「王とは何か」と問いかけてきたのだ。更にそれは「頂点に立つ者としての責任」という枷でもあり、俺の心にある種の落ち着きを与えるものでもあった。名前一つ、称号一つ手に入れただけでこの変化だ。セルの野郎が俺を変わったと思ってもおかしくないぜ。なにせ、俺が一番驚いたんだからな。

 

 思えば今までの俺は何かに焦ってばかりだった。

 

 下級戦士であるカカロットに追い付けない事実、後ろから迫ってくる新しい世代に追い抜かされる恐怖、俺こそがナンバーワンだと吠えるくせに一度は「俺はもう戦わん」などとのたまった自分の情けなさ。それら全てに対しての焦り。

 焦りとは心の余裕の無さだ。……スーパーサイヤ人に覚醒する時、自分の情けなさと不甲斐なさに怒りを覚えて乗り越えたつもりだったが……根本的な所で俺は何一つ変わっていなかったんだろう。意地を張っているだけで、本当は誰よりも臆病者だったのかもな。

 へっ、気づけばラディッツの野郎を弱虫呼ばわり出来なくなっていたぜ。自分の弱さを正面から認めたうえで強くなろうともがくあいつの方がよほどマシだろう。

 だが戴冠式を経てその焦りは消えた。自分の事を臆病者などと、かつての俺ならば確実に認めなかっただろう事実を受け入れる程度には心が落ち着いたのだ。

 ……この俺が目指すべき王とは何だ。何をもって王とする。

 そして鍛錬を続ける中で常に己に問い、心の奥底まで追求した。そしてたどり着いた答えだが、やはり俺は笑っちまうくらいサイヤ人だったらしい。

 

 誰にも負けない。

 誰よりも強くなる。

 

 一見して今までの俺と変わらんが、新たに芽生えた決意は王としてのものだ。王たるもの、率いる者達の模範とならねばならん。そしてサイヤ人の王としてなすべきことは”強さ”を見せること!

 今となっては治めるべき星は無い。だが、絶やしてはならぬサイヤ人としての誇りがある。

 

 

 強さこそサイヤ人の誉れでありプライド。それを示せずして何が王か!!

 

 

 俺はやはりナンバーワンでなければならんのだ。俺を超える者は俺だけでなければならない。

 しかし悔しいことにカカロットや悟飯の野郎にすぐ追い付けないであろう事実も分かっていた。だからこそ数年間、俺はあえてやつらに戦いを挑まず血反吐を吐くような訓練を重ねてきた。そしてようやく「俺は強くなった」と確信できるだけの強さを手に入れ、ちょうどよく話題にのぼった天下一武道会という大衆の面前で強さを証明できる機会……そこで今度こそナンバーワンに返り咲き、王としての強さを示すつもりでいたのだ。

 

 

 …………そう思っていたというのに、今の俺の体たらくと来たら笑っちまうぜ。まさか過去の自分に足を引っ張られるとはな。

 

 たしかに王としての自覚が芽生えてから、新たに決意をした。俺は変わった。

 しかし変わったということは、同時にそれは過去の俺を否定することでもあったのだ。ただ表層的な強さを求め、野望に燃えた過去……愚かでもあったが、あれこそが「俺だ」と言える本質でもあった。非道さをものともせずに、思うがままに悪として振る舞っていたあの頃の俺はたしかに充足感に満ちていた。今でもその衝動は心の奥に燻っている。

 

 だからこそ、セルの言葉は俺の奥に潜んでいたそれを刺激したのだ。

 

 甘くなった? 情けなくなった? それも認めよう。思うがままに振る舞った悪へと戻りたくはないか? 戻りたいさ。責任感や心の落ち着きと引き換えに失った、あの激しい衝動に身を任せてしまいたいと思うことなどいくらでもある。冷静に思考する自分にはらわたが煮えくり返り、全部ぶち壊したくなる時だってある。心の奥底で過去の俺が「貴様は本当にベジータか!!」と血を吐くような声で叫んでいたのも知っている。

 

 

 だからこそ情けなくも付け込まれたのだ。

 何かを手に入れることは何かを失うことだ。問答無用で全て手中に出来ればいいが、そうすればどうしても矛盾が生まれる。現在の俺と過去の俺が生んだジレンマこそ、今の俺の弱点だ。

 

 チッ、セルの言うことももっともだぜ! 俺はクソみてぇに甘くなった!! かつての俺なら絶対的な自信をもってこんな戯言跳ねのけていたんだ!!

 

 

 

 

 

 しかし、いくら怒りを燃やせどこの空間からは抜け出せそうにない。

 過去の俺を体現した俺は今現在ハーベストと闘っている。見たところこの俺は俺が地球に初めて来た頃までの記憶しか持っていないようだが、スーパーサイヤ人となってその力を存分に振るっている所を見るに体のスペックはそのままらしい。

 クソッタレ! たとえ自分だとしても、俺の体をいいように使いやがって。腹が立つぜ!!

 

 ハーベストとの戦闘訓練は随分長い事していなかったため久しぶりにその戦いっぷりを見るが、忌々しいことにそのレベルは格段に跳ね上がっている。認めたくないが、奴は奴でエリートの血を引く天才だ。時々カカロットと訓練しているとブルマから聞いていたが、それによって今までの弱点だった近接戦闘が改善されたのだろう。それに加え妙な黒い板を作り出す技は俺のエネルギー波をことごとく消しやがる。……フンッ、どうせ勝てはしないだろうが、随分と食らいついているじゃないか。

 しかしそれも時間の問題だな。奴も途中からスーパーサイヤ人になって戦っているが、見るにエネルギーの消耗が激しい。おそらく普段スーパーサイヤ人になる機会が少なく、なった際のエネルギー配分が出来ていないのだろう。器用な技を使うくせに根本的な所で不器用な奴だ。先ほどヤコンに使ったような念力も使っているようだが、俺の気に全て吹き飛ばされている。かつてのように直接俺に流し込みでもしない限り、俺に超能力はきくまい。使うにしても、せいぜい黒い板という俺自身に作用しない能力でしのぐのがいいところだ。

 

 このままでは殺されるだろうな。

 

 

 

「ベジータ、おま、いい加減にしろよ!」

「ははははは! 何だ、ずいぶん息切れしているな! そろそろ死ぬか?」

「死なんわ! くっそ、いつの間にか皆居ないしベジータは馬鹿王子に戻ったままだし最悪だ!」

「馬鹿王子とはずいぶんな言い草だなクソ王女! 貴様のようなサイヤ人の恥さらしを王子たる俺自ら殺してやるんだ! 光栄に思うがいい!!」

「ねーよ! 少なくとも今のお前に殺されたら死んでも死にきれねーわ! せめて殺すなら元に戻ってからにしろや!」

 

 何やらハーベストが妙なことを言い出した。今の言い草だと操られていない俺になら殺されても文句はないと取れるが、奴の言葉とは思えない。

 

「家族大好きで、強くなることに貪欲で努力を惜しまなくて、プライドばっかりが高い王様してるお前だったら、最悪百歩譲って殺されてもいいさ。正直最近のお前嫌いじゃないからな! いや基本は死ぬのとか嫌だけどね!? けどな、今のお前に殺されるより百倍マシだよ! 今の無様に操られて自分が何かも分かって無いようなお前には絶対に殺されたくない! お前、今何のために戦ってる? 何がしたくて戦ってる! 答えろ!!」

「何がしたくて? 決まっている! 俺の強さを宇宙に知らしめ、バビディ様のもとでサイヤ人の力を存分に振るう事こそ「はいアウトー! お前がお前の上に誰かを持ってくる時点でアウトー! 誰だお前! お前ベジータの皮被った誰かだろ! 操られてるにしてもお前がそんなこと言うとか気持ち悪いわ!」

 

 奴はそう叫ぶと、ただでさえ釣り気味の目の端をぎっと鋭く釣り上げた。

 

「ベジータ。今のお前、最高に格好悪いぜ! 姉としての情けだ! 元に戻った時恥かしいだろうから、さっさと殺して少しでも恥を軽減しておいてやるよ! あとで生き返らせてやるからその時はせいぜい感謝するんだな!」

「何ィ? 貴様に俺が殺せるとでも!?」

「ああ、やってやる。やってやるよ! 畜生、死ぬなよ私の体!! ごめんラディッシュ、せっかくもらった仙豆こんなことに使って!」

 

 ごちゃごちゃ言うなり奴は懐から袋を取り出すと、その中身を口いっぱいに頬張った。あれは……仙豆か!

 

 ハーベストはその状態のまま気を高めると、そのまま新たなオーラをまとい始める。最初こそスーパーサイヤ人の限界を超えたスーパーサイヤ人、スーパーサイヤ人2かと思ったが……あの色は違う。あの赤い色は……まさかカカロットの技、界王拳か!! 奴めいつの間に習得してやがった。しかもスーパーサイヤ人の上に界王拳を上乗せしやがっただと!?

 

 

「ぐッ、あ、ああああああああああああ!!!!」

 

 

 ハーベストは強大なオーラを身にまといながらも、どう見てもその力を制御できていなかった。口に含んでいた仙豆も叫びと共に零れ落ちる。だが奴はそれを諦めるように見送ると、真っすぐに俺を見た。

 

「せめて正気に戻ってから死ねるといいなこの愚弟!!」

 

 そして奴はその力を振るおうとしたが……気づけば、俺は「俺の意志」で奴の腹を殴っていた。

 

 

「あぐ、うぇッ……!?」

「チィッ、手間かけさせやがって馬鹿が! 貴様がそんな力を振るえば間違いなく死ぬぞ!」

 

 怒鳴ったが、言い切る前にハーベストはゲロを吐きながら気絶していた。だらんと四肢を投げ出し、支えは俺が腹に打ち込んだ拳だけだ。

 こ、この野郎……! 気絶だけすればいいものを、俺の腕にゲロぶっかけやがって……! 思わず岩場に叩き付けそうになったが、既の所で思いとどまって地上に降りてからその体を放り投げた。

 

 

「…………クソッタレ」

 

 ……まさかこの俺が、このゲロ女に助けられるとはな。

 いや、俺のことだ。いずれ自分で正気を取り戻していただろう。断じてこいつのおかげなどではない! ただ、あまりの馬鹿さ加減に殴りたくなった。それが少し早く正気を取り戻すきっかけになっただけだ!

 

『いいぞベジータ! そのまま殺しちゃってよ。今のでかなりエネルギーが溜まったからね! もうその女は必要ないよ~』

「ぐ!?」

 

 脳内にあのクソ魔導士の声が響き、再び俺を支配しようとする。どうやら俺にかけられた魔術はセルが使用した記憶に関する物だけ解けたようだ。腐っても界王神に恐れられる魔導士ってわけか……魔術の腕についちゃあ本物みたいだな。だが、今さらそんなものが俺に通用するか!!

 

「こ、断る……! この俺は誇り高きサイヤ人の王、キングベジータ様だぞ……! ぐ、貴様みてぇな薄汚い魔導士の家来になるような器じゃないんだよ……! ぐ、あ、はあああああああ!!!!」

『うわ!? な、ななななな! 僕の魔術が!?』

 

 まとわりつく忌まわしい気配をつかみ取ると、それを振り払うようにエネルギーを解放した。その瞬間ざわりと妙に髪の毛が伸びた気がするが、そんなことは今どうでもいい。

 

 

「はーっはははははははは!! どうだ、貴様の洗脳術を解いてやったぞバビディ!! この俺様の誇りは何人たりとも犯せはせんのだ!」

『え、いや、さっきまで洗脳……』

「黙れ! いいか、首を洗って待っていろ! 今から貴様の首を刈り取りに行ってやるからな!!」

『ひ、ひぃ!』

 

 無様な悲鳴が聞こえた後、耳障りなバビディの声は途切れた。どうやら完全に奴の魔術は無効化されたらしいな。

 

 

 

 ククク……! 随分舐めた真似をしてくれたな。セルの野郎もどうしてくれようか。カカロットの奴まだ倒してないだろうな? そいつも俺の獲物だ! この屈辱は100倍にして返してやる。

 

 

 

 過去も現在もあるものか。俺は俺でしかない。もう二度とつけ入れられはしない。

 

 悪の俺がお望みか? なら、貴様らに最高の悪夢をプレゼントしてやるぜ! 俺を怒らせたことを後悔するんだな!!

 

 

 

 

 

 

 




超難産でした。王様の自覚が出たベジータ書きづらい。きっと過去ベジータ出現はそんな作者の心の表れ。

ちなみに主人公は「どうせ殺されるならやったらぁ!」と無茶してスーパーサイヤ人に界王拳という悟空ですらブルーになるまで封印してた荒業を発動しましたが、ベジータに止められなければまず間違いなく死んでました。

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