悟空たちが飛び去るのを見送った後、俺は天津飯と顔を見合わせてニヤリと笑った。
「何だか大変そうだが、俺たちは俺たちで頑張るとするか。悟空たちが居ない分、せっかくの天下一武道会を盛り上げてやろうぜ!」
「ああ、そうだな」
もしクリリンが心配するようにこの会場にまで危機が迫れば皆を守るために戦うが、それまでは俺たちは一参加者だ。せっかく久しぶりに出場した天下一武道会、盛り上げなくてどうする! 悟空たちが飛び去って驚きながらも残念そうな司会の人に申し訳も立たんし、ここは俺たちが頑張らねば。…………ま、まあ俺か餃子はどっちが勝っても次の試合までの活躍になるだろうがな……ははっ、18号が出ちゃあな……。
残す一回戦の試合は参加者の大半が不戦敗になったため、俺対餃子のみとなった。会場からざわめきとブーイングが響く中、気を取り直した司会の人が「で、では次の試合です! 餃子選手対ヤムチャ選手ーーー!」と未だ衰えぬ張りのある声で叫んだ。この人も天下一武道会の司会を務めて長いが、相変わらずプロだな。
「よろしく頼むぜ、餃子」
「うん! 負けないよ!」
俺と餃子は武舞台に上がると、お互いに礼をしてから構えを取った。餃子と闘うのは初めてだが、こいつもこいつで天津飯と共に厳しい修行に耐えてきた猛者だ。油断できん。
戦いに集中しようと身構えた時、しかし不快な声が耳についた。
「なんだあのチビ?」
「はっはっは! おい、子供の部の参加者が間違って紛れ込んでるぞ!」
「ひっこめー! 俺たちはチビの試合になんか興味ないんだよ!」
餃子の見た目だけで判断したような心無いヤジに、どうしても腹が立った。天下一武道会の客にも違いの判らない奴が増えたもんだな! 予選を突破したってことは、それだけの戦士だってことぐらい察せられんのか!
だからつい観客席に怒鳴ってやったんだ。
「おい、餃子を舐めるな! こいつは凄い戦士なんだぞ! それ以上言ったら俺がお前たちをぶっ飛ばすからな!!」
つい気をこめて言ってしまったためか、怒声と共にわずかな衝撃波が発生し観客席に突風が吹いたように客たちの髪を巻き上げた。し、しまった……やりすぎてしまったか。
しばらく客席は呆然としたような沈黙に包まれていたが、しばらくするとどこからか歓声が上がった。
「良く言ったぞ兄ちゃん! 我らが大師の名誉をよくぞ守ってくれた!!」
「ああ、気分がすっとしましたぞ! 餃子師範、そんなヤジなど気にせず頑張ってくだされー! あなたは我々の希望の星です!」
「我ら餃子流超能力道場弟子一同、応援しております!!」
「フレーフレー! チャっオっズっ! 頑張れ負けるな餃子師範っ! 元気だファイトだ熱血だァァァ!!」
観客席の一角から爆発的に発せられた歓声に思わずビビって後ずさった。な、なんだあの熱気は!? しかし熱のこもった声援はそれだけにとどまらなかった。
「キャアァァァァァ!! ヤムチャ様素敵ーーー!!」
「格好いいだけじゃなくて性格までイケメンなんて、やっぱりヤムチャ様は最高ね!」
「ヤジども黙んなさいよ! 次余計なこと言ってヤムチャ様の御手を煩わせたらあたし達が容赦しないんだから!」
「おお! 流石だぜヤムチャ! 野球を捨てて武闘家なんて何考えてるんだと思ったが、やっぱりあんた熱い漢だぜ!」
「くうッ、俺も最初許せなかったが、ミスターサタンと同じ天下一武道会の本戦に出場できるほど凄い奴だったなんてなぁ! そして言うことが格好いいぜこの色男ー!」
「ヤムチャ殿ーー! あの時は助けていただきありがとうございましたーー! 素晴らしい試合を期待しておりますぞー!」
「ヤムチャ……あれは?」
「餃子、お前こそ……」
次々と会場中から湧く声援に、お互い顔を見合わせて困惑する。
「ボク、実はちょっと前から超能力を使えるけどうまく制御できない人の役に立てないかって道場を開いたの。あそこでボクを応援してくれてるのは、そこの弟子たちだよ」
「お前いつの間にそんなこと……というか、結構な人数居るんじゃないか?」
「あれでほんの一部だよ。なんか、超能力を使えるようになりたい人まで集まって来ちゃって……」
「そ、そうか。実はいろいろやってたんだなお前」
「うん。天さんがランチさんと最近いい雰囲気だから邪魔しちゃいけないと思って、今までみたいに天さんに頼らないボクだけの生き方を探そうと思ったんだ。みんな慕ってくれて、空梨に色々教えてた時を思い出すし結構楽しいよ。ところでヤムチャのあれは? なんか女の人も男の人も色々まじって応援してくれてるけど」
「いやぁ……俺もさ、周りの実力にどんどん引き離されてくのがちょっとつらい時期があって、職を変えようとしてみたんだよ。スカウトされてモデルとかタレントもどきやってみたり、あと最近だとメジャーリーガーやってたんだぜ。力加減難しいし、何だか俺の力じゃ反則してるみたいで心苦しくなって辞めたけど。プーアルと世界中旅しながら用心棒やってた時もあったな」
「そっか……ヤムチャも色々やってたんだね」
あ、あんまり仲間内には知られたくなかったんだがな。
俺も餃子も天津飯も、あと多分クリリンも……最初は同じくらいの実力だった悟空たちにどんどん実力で引き離されている現状に、諦めに似た感情を覚えていた。それほどにあいつらと俺たちの間には深く広い実力の差、という名の大海原が広がっている。頼もしいが、酷く悔しい思いに溺れそうになった時期だってある。もう俺たちじゃあいつらと肩を並べて戦うことは出来ないのか……と。
しかし武道家としての本能は抑えられるものではなく、ずっと修行だけは続けていたのだ。
今回は悟空たちサイヤ人はスーパーサイヤ人にならないということだったし、今の実力をぶつけてみたい、挑んでみたいと思った。全員が本気を出せないしお祭り気分の奴が大半だろうけど、俺は本気が多分に入ってる。だって、悔しいだろ。いくら敵わないってわかっていても、このままじゃいくらなんでも格好悪いぜ。
強敵に挑んで己を磨いてこそ武の道を歩む者。最近は初心に帰ってそう思うことが増えた。
悟空たちだってサイヤ人だからってだけで強くなれたわけじゃない。次々に現れる強大な敵に立ち向かって、何度も傷ついて強くなったんだ。正直腐っていた時期もあったが、俺だって負けてられんさ! 敵わなくてもいい。挑む心だけは忘れちゃいけない。それが俺の武道家としてのプライドだ。
『あ、あの~。時間が押してますので、そろそろ試合を……』
「あ、すみません」
司会の人につっこまれて、つい雑談してしまった俺と餃子は気を取り直して構えた。
「いくぞ、餃子!」
「うん!」
そして始まった俺と餃子の試合は、ヤジを飛ばしていた連中を黙らせるには十分なものだった。
餃子は超能力特化だと思っていたが、久しぶりに見てみれば大分戦闘スタイルが変わっていたのだ。超能力を駆使しつつも俺がある程度それを気で跳ね飛ばすのを分かっていたようで、小柄な体型を生かした死角からの連撃で俺を追い詰めた。
だが俺も負けてはいない。かつて天下一武道会で神様に指摘された時から、特に注意して足元の隙に気を張るようになった。大地に自身を預ける中継役、全ての体幹の軸となる足……どっしりと安定させつつも、動くときは風のように!
過去の俺はスピードにばかり目を向けすぎていたのだ。軽快さを殺さぬままに、踏みしめる時はしっかりと。空を飛べるようになってから忘れがちだったが、時に大地に伏して時に大地を駆る狼……それこそ俺の戦闘スタイル!
「はあ!」
超能力に苦戦しながらも、ついに俺の一撃が餃子に大きな隙を作った。そこを俺は逃さない。
「狼牙風風拳! ハイー!!」
俺の必殺技が餃子を捉え、ついには場外へ弾き飛ばした。
『しょ、勝者、ヤムチャ選手ーーーーー!!』
「へっ……! こ、これでやっと連続一回戦敗退記録に終止符を打てたぜ」
勝利のアナウンスが妙にしみてきやがるぜ……。ああ、俺……天下一武道会の一回戦勝ち上がれたんだな。
俺は場外に降りると、倒れていた餃子に手を差し出した。
「いい試合だったぜ餃子。強くなったな」
「へへっ、ヤムチャもね。負けちゃったけど楽しかったよ!」
「俺もだ。ほら、周り見てみろよ。最初お前を馬鹿にしてたやつらもそろって凄い声援だぞ」
そう言って周りを見るように促すと、会場中から俺たちに賞賛が贈られていた。「いい試合だった」「感動した」といったような声が所々から豪雨のように降ってくる。久しぶりの充足感に満たされ、やはり俺は武道家はやめられそうにないな、と思った。賞賛が欲しいわけじゃないが、やはり認められるというのは心地よいものだ。
そして歓声が収まらぬうちに次の試合となった。
天津飯の対戦相手であるキビトという奴は回復した悟飯と何処かに行ってしまったから、天津飯は不戦勝だ。なので順当に行けば試合は第二回戦となり、俺たちとは別ブロックで勝ち上がったミスターサタンと娘のビーデルの試合になるはずだが……なんとこの子も悟飯と一緒に飛んで行ってしまったのだ。
親子対決という注目のカードもまた実現叶わず終わってしまったので、観客の多くは落胆しただろうな。改めて見ると選手の大半が不戦敗って、大会として大分残念な様相になっているな……。
というわけで、連戦になってしまうが次の試合はまた俺だ。しかも相手は18号である。
流石に敵わないとは思うが、ここは出来る限り頑張らねば。
そして試合の結果なのだが、まさかのまさか。勝ち上がってしまった。
いや、流石に勝てんかったのだが……戦いの最中ボロボロになりながらも噛り付いていたら、なんと観客席で見ていたマーロンちゃんが「ヤムチャおじちゃんをいじめないで!」と泣き出してしまったのだ。
これには18号も狼狽えた。……よく武天老師様に挨拶しがてら亀ハウスにお土産もって遊びに行ってたからな。マーロンちゃんともよく遊んであげたし、知らないうちになつかれていたようだ。子供に泣かれるほど一方的に負けていた俺も情けないが、まさかここで18号が棄権するとは思わなかった。やはり母親として泣いている娘を放ったままに出来なかったらしい。あたふたと「これは試合でなマーロン、けしていじめていたわけじゃあ……」とマーロンちゃんに対して弁解する様子を見ていると、18号も変わったなと思う。クリリンの奴、幸せだなぁ……。
と、まあそういうわけでまさかまさかの準決勝である。
「嬉しいがちょっと複雑だな……」
「俺なんかこれが初試合だぞ」
準決勝、相手である天津飯と対面しながらお互いに苦笑した。さっき大会を盛り上げてやろうぜって言ってからまだ少ししか経ってないんだがなぁ……。
しかしそれは別として、この試合自体は楽しみでならない。かつて一度天下一武道会で天津飯と戦ったが、その時は俺が負けた。
「ずいぶんと長い事時間があいちまったが、今度は負けないからな!」
「それはどうかな? 俺も俺でずっと修行してきたんだ。今度も負けんさ!」
さっとお互い構えを取る。長い会話は必要ない。あとはお互いの武で競うのみ!!
だがここで再び気になる声援が聞こえた。
「天津飯、ヤムチャー! 俺は昔の大会覚えてるぞー!」
「俺もだー! またすげー戦い見せてくれよー!」
「……覚えててくれた奴もいるんだな」
「ああ、驚いた」
声援に混じった過去の俺たちを知る観客の声に不覚にも目頭が熱くなった。
思えば長い時間が経ったもんだが……単純な実力の話じゃなく、俺は昔と比べて少しは成長できたんだろうか。これは恥かしい試合は見せられんなと、余計に気合いが入る。
「行くぞ、天津飯!」
「ああ! 来い、ヤムチャ!」
そしていよいよ準決勝が始まろうとした!
その時だった。
「な! ご、悟空!?」
突如として武舞台の上に人が増えたのだ! しかもそれは悟空たちで、同時に武舞台の真ん中に奇妙な穴まで出現した。
俺の真ん前に現れたのはベジータで何故かスーパーサイヤ人になっている。あと、あの額のMみたいな模様は何だ?
「いったいどうしたんだよベジータ! もうお前は不戦敗になっちまったぜ?」
とりあえず話しかけてみたのだが、どうにもベジータの様子がおかしい。
「ん? 貴様はナッパに殺されたはずの雑魚……ククッ、なぜ生きているかは知らんが、運が悪かったなぁ!」
そう言うなり、ベジータはさっと俺に手を向けてきた。こ、これは!
「ヤムチャー!!」
悟空の声が響く中、俺はベジータの放ったエネルギー波の光に飲み込まれた。