再び未来から過去へ訪れた僕とトランクスを待っていたのは、良い知らせと、悪い知らせ。そして不可解な知らせという、僕らを困惑させるには十分なものだった。
良い知らせとは、喜ばしいことに2つ。
まず何より、過去の悟飯さんからお母さんと赤ん坊の僕が無事に生きていると聞いたことだった。
聞いたときは思わず地に膝をついて嗚咽を漏らしてしまった。……いい年して恥ずかしいなんて思わない。どうせ、以前もっとみっともなく泣いているのを見られてるんだから。この場に来ていないことに関しては特に疑問を感じなかった。きっと幼い僕の世話で忙しいのだろうとか、子供がいるんだからと仲間の人に止められたのだとか考えて。……けど、どうしてお父さんが居ないか、そこまで考えが至らなかった僕は相当浮かれていたらしい。
もう一つは、悟空おじさんが薬のおかげで心臓病になることなく健康体で居てくれたこと。薬を渡したので心配はしていなかったけど、僕たちが来たことでもしかしたら未来にずれが出てくるかもしれないと心配していたのだ。たとえば、病気が発症する時期がずれて薬を飲み忘れるとか。聞けばお母さんのアドバイスで薬の成分を分析して、この時代のブルマさんが量産に成功したらしい。だから僕たちが持ってきた分が無くなっても、継続して飲んでいられたのだとか。
たとえ未来が僕らが来たことで変わってしまったのだとしても、これはきっと良い変化なのだろう。
だって、たくさんの命が助かった。お母さんや悟空おじさんだけでなく、きっとこの時代で悟空おじさんと同じ病で苦しんでいた人を助けられたんだ。ブルマさんは分析した薬の成分を医療機関に提供したと言っていたから……不治の病で苦しむ人が、僕たちが未来から来たおかげで助かったんだ!
本当に、浮かれていた。傲慢なほどに。
未来を捻じ曲げるということの恐ろしさも知らないで。
そして不可解な知らせとは、おじさんたちが戦っていた相手が僕たちの知る人造人間と全く違う姿をしていたこと。初めて見るその人造人間に困惑したものの、2体の人造人間は僕らがおじさんたちと合流した時にはすでに倒されていた。倒したのは悟空おじさんとベジータおじさんで、何故かベジータおじさんが悟空おじさんと闘おうとしていて僕とトランクスで必死に止めた。
後から来た若かりし日のブルマさんによれば、破壊された人造人間の片方は制作者であるドクター・ゲロ本人らしい。
僕らが知る人造人間は17号、18号。倒された人造人間は19号、20号。この番号のずれに嫌な予感がした僕らは、ブルマさんにドクター・ゲロの研究所の場所を教えてもらいその場所を破壊してしまうため向かうこととなった。
でもベジータおじさんはわざわざ起動してない可能性のある17号18号を呼び覚ましてまで俺が倒してやるみたいなこと言って先に行っちゃうし、悟空おじさんも「ずりぃぞベジータ!」って言って追いかけるし……2人とも自信満々なのは頼もしいんだけど、ちょっと不安だな。特にベジータおじさん。あまりにも人造人間の力を楽観視している。
先に行ってしまったおじさん達を追いかけなければと、急かすトランクスに腕を引かれて僕たちも飛んで後を追った。
けど、不安に感じる心以上に僕の心は幸福で満たされていた。未来を変えることが出来た。僕を産んでも、お母さんが生きている……それだけでも、過去に来た価値はあったのだと。そればかりに目を奪われて、今起きている恐るべき出来事への警戒心が緩み切っていた。現状を楽観視していたのは僕の方だ。
そして深く考える間も無いまま、僕たちはドクター・ゲロの研究所に到着した。しかし、そこで待っていたのは恐ろしい悪夢だった。
「ぐあッ」
「くッ!?」
「あははっ、噂の孫悟空っていうのもたいしたことないねぇ」
「俺たちにかかればこんなものだろう。なあ、18号」
「それもそうね。でも、どうする? これで一応目標達成でしょ。これからどうしよっか」
「く、クソッタレ……! もう、勝った気でいやがるのか……!」
「へへ……こりゃあ、まいったぞ。今のオラ達じゃあ歯が立たねぇみてぇだ」
「何を情けないことを言ってやがるカカロットォッッ!!」
僕たちの目の前では、スーパーサイヤ人となった悟空おじさんとベジータおじさんが17号と18号にいいようにあしらわられていた。否、人造人間の奴らも無傷ではない。破壊された研究所や周囲の崖を見れば激戦の跡は各所に窺えるが……それでも明らかに余裕があるのは人造人間達だ。
この短時間で今の様子だとすると、やはりすでに17号と18号も起動していたのか……! 先の人造人間2体は、様子見の囮か何かか? いやしかし、片方はドクター・ゲロ本人……自らを試金石にするにはあまりにもリスクが高い。ならば、別の者の手によってついさっき起動したという可能性も考えられる。
ま、まさかベジータおじさんが本当に自分で人造人間達と戦うために呼び覚ましたんじゃないよね……?
唖然とする僕らの前で、なおも2人のスーパーサイヤ人が追い詰められる。だが、おじさん達を決定的に追い詰めているのは軽口を叩いている17号と18号だけではない。彼らの前に自ら進み出るようにして、大きな影が動いた。
「孫悟空を、殺す。それが俺の使命だ」
「16号、お前が孫悟空を殺すのか? だったら俺はベジータをもらおうかな。いいか?18号」
「好きにしなよ」
緑の服をまとった大男が、無機質な声で告げた。そいつに比べれば感情豊かな17号の声と相まって、そのロボット然とした声がなんとも不気味に聞こえる。
「あ、あいつはいったい!?」
「また知らない奴が……! クッ、行こう空兄さん! 父さんたちを助けないと!」
「あ、ああ!」
僕とトランクス、そしてピッコロさん、悟飯さん、クリリンさん、天津飯さん、餃子さん、ヤムチャさんが人造人間達にとびかかる。しかし数で攻めたところで悟空おじさん達が敵わなかった相手に敵うはずもなく、すぐに全員が地を這う事となった。唯一おじさんたちに一番実力の近いピッコロさんがしばらく持ちこたえてくれたおかげで、おじさん達を少し離れたところに移すことが出来たがそれもつかの間。すぐに彼もダメージを受けて地に膝をついてしまった。
おかしい……気のせいでなければ、こいつら未来に居る人造人間より強い!
未来の奴ら相手なら、理性が飛ぶリスクをおかせば僕がスーパーサイヤ人化すれば足止めくらい出来た。奴らも僕に迂闊に近寄れなくなるから、逃げる時間くらい確保できたんだ。だというのに、ものの数秒も持たずにダメージで強制的にスーパーサイヤ人化を解かれてしまう始末。ピッコロさんがすんでのところで助けてくれなければ殺されていた。
いったいどうなっている! 僕とトランクスが来たことだけで、こうも歴史とはねじ曲がってしまうものなのか!?
戦士が倒れる中、ゲームをする感覚で僕らを追い詰める17号、18号と違って16号という奴は真っすぐ悟空おじさんを殺しにかかってきた。このままではまずい、せめてもう一度スーパーサイヤ人に……! そう思って悟空さんの前に飛び出した時、目の前にいた16号が消えて別の景色を見ていた。
「!?」
周りを見回せば、僕と悟空おじさん、そして白い顔で小さい体をした人……餃子さんだけがさっきと別の場所にいた。
「い、今は逃げないとみんな殺される! 空龍は悟空を連れて先に逃げて! ボクは他の皆を迎えに行く!」
そういうや否や、餃子さんはぱっと目の前から消えてしまった。テレポーテーションだ!
かつて母が超能力の師と仰いでいた餃子さんが、僕らを逃がすためにとっさに動いてくれたのだ。多分、効果範囲が狭くて全員は無理だった。だからきっと一番先に殺されそうだった悟空さんを……。
その後せっかく逃がしてもらえたのに「オラも瞬間移動で……」と戻ろうとした悟空さんを必死に止めていたら、遠目に人造人間達が飛び去るのが見えた。まさか全員殺されてしまったのか? そう青ざめて急いで戻れば、ちょうどクリリンさんがみんなに仙豆を食べさせているところだった。
なんでも人造人間たちは目標である悟空さんがいなくなると、興ざめしたように攻撃をやめたらしい。それどころか、回復して腕をあげたらまた相手をしてやってもいいなどと言っていたそうだ。
本当に奴らにとっては、ただの暇つぶしのゲームなんだ……悟空さんを探し出すのも一興とばかりに、戻ってきた餃子さんにも何も聞かなかったらしい。クリリンさん(なぜか頬を押さえてちょっと顔が赤くなっていた。殴られたのかな?)が奴らが去る前に目的を聞いたらしいが、世界征服だとかそういったものには興味が無いとはっきり言ったそうだ。だけどゲームでこの世界を引っ掻き回されるなんて冗談じゃない……!
ベジータおじさんは怒りに体を震わせながらも「す、スーパーサイヤ人は天下無敵じゃなかったのか……! なんだ、さっきの無様なやられ方は……!! いや、違う! こんなものじゃない、俺はキングベジータだ! 敵がいくら強くても、俺は更にそれを超える!」と言って飛び去ってしまった。あれだけやられた後にあの向上心……思わず口を開けて見送ってしまった。「凄いね……トランクスのお父さん」と思わず言えば、悟空おじさんが「ベジータだけじゃねえさ」と言ってきた。彼も彼で「今のままじゃ勝てねぇ。オラももっと上を目指そうと思うんだ。……スーパーサイヤ人の上をな」と、驚くべきことを口にした。何て人たちだ……さっきの今で、少しも挫折せずに更なる高みを目指そうとするなんて。
僕もトランクスも、そんな2人を見て覚悟を決めた。
自分たちは何のためにこの世界に来た? 強くなって、未来の僕たちの世界の平和をつかみ取るためだ。
せっかく「自分を産まないでほしい」なんて酷いお願いをした僕を叱って、ちゃんとこの世界で僕を産んで生きていてくれるお母さんに報いるためにも……僕らも強くならなければ。泣き言なんて言ってられない。
未来より人造人間が強いなら、それを超えれば僕たちは確実に未来の奴らだって倒すことが出来る!
そうして人造人間が悟空さんを探している間に、僕たちはさらに上のステージを目指して神様の神殿で修業することになった。
けど僕らの決意を挫こうとするかのように、悪い知らせは留まることを知らないように次々と押し寄せてきた。
まず人造人間に対抗するために、かつて分かたれた半身ともいうべき神様と同化を果たしたピッコロさん(この時点で僕らの力を大きく上回っていた)が地上で最悪の生物に出会ったのだ。
そいつの名前は、セル。ドクター・ゲロの作り出したコンピューターが、戦闘の達人の細胞を集めて合成したという人造人間だ。そいつからはこの場にいる戦士すべての気を感じたらしい。……何故か餃子さんとお母さんの気は感じられなかったようだけど。
そいつは未来からやってきたと言った。……それも、未来の僕とトランクスを殺してタイムマシンを奪ったうえで。もうこの時点でいかに歴史がねじ曲がっているかを痛感させられた。だって奴は僕らがまだ達成しても居ない、僕たちが17号18号を倒した未来からやって来たと言ったらしいのだ。
しかも現時点でも強いのに、奴は17号と18号、人間の生態エキスを吸い取ってさらに強くなり、完全体となると宣言した。油断して逃がしてしまったことをピッコロさんは酷く悔いていたが、彼は奴から十分情報を引き出してくれたと思う。
ますます、強くなる理由が増えた。
焦りが加速する中だった。
あとから「人造人間に間に合わずすまなかったな……」と言ってやって来た、この時代のお父さん。彼は酷く憔悴した様子で、どうしたのかと聞けばなんと数日前からこの時代の僕とお母さんの行方が分からないのだという。今までになかった事態に、人造人間の来る日も忘れて探し回っていたのだとか。そういう一途なところは僕の時代のお父さんと変わらないなと、思わず懐かしさと後悔で泣きそうになった。しかしそれを聞いて、僕たちは事態を深刻に受け止めた。
このタイミングで、行方不明?
目の前が真っ暗になった。嫌な予感しかしない。
しかもそれに拍車をかけたのが、お父さんが最終的に頼った先での出来事。
お母さんの占いの師匠「百発百中の失せ物探しの占いおババ」様が……殺害されていたのだ。生き残った透明人間の人の話によると、”緑色の化け物”におババ様も、他の戦士たちも殺されたらしい。
何故だ、何故なんだ!! 何故こうも世界とは残酷なんだ!!!!
僕らの夜明けは、未だ遠い。