「……ど、どう……して……?」
「「ん?」」
絞り出すような忌村の言葉に、苗木と薬師寺は同時に彼女の方へ振り向いた。
「どうしてアナタが………何時、から………?」
「ん~そうですね……〝最初から〟?……師匠と再会して未来機関に誘われた時から、私は『この計画』を思い付いてました。ま、苗木誠が来たのは運が無かったとしか…」
何時もの訛った喋り方とは違い標準語がスラスラと紡がれる。こちらが本来の喋り方なのだろう。
苗木はそんな薬師寺に向かって……無言で銃を撃った。
「うわひゃあ!危な!ちょ、タンマ!あんたそれでも正義の味方!?」
「馬鹿だね、正義の味方は善の味方じゃないんだよ。それより獅子王丸を返してよ。ボクも、獅子王丸に〝人の脳の味〟を覚えさせたくないし……」
暗に脳を撃ち抜くと言われ、普通なら顔を青くするところだが、絶望たる彼女は頬を染めうっとりと苗木を見つめる。
「さすがさすが……江ノ島様が惚れるわけね……で・も……ここで殺されるわけには行かないないのよね。来るべき《修学旅行》に参加したいし……」
「修学旅行?」
「私も詳しくは知らないの……絶望の誰かが、手紙を寄越しただけだしね……〝時期が来たら〟……と、ネタバレはここまで…」
苗木が首を傾げると慌てて口を閉じる薬師寺。時期が来たら、と言い掛けたことから、何らかの計画に関する情報なのだろう。苗木はグリップで頭をガリガリ掻きながらため息を吐く。
「今すぐネタバレするのと、爪を剥がされ目に塩酸をかけられた上で自白するの、どっちがいい?」
「うわぁ………ん~、魅力的なお誘いだけど、遠慮しとく……よ!」
薬師寺はそう言って、獅子王丸を…放り投げた。
「な!?」
「危ない!」
獅子王丸は先程から何の抵抗も見せなかった。つまり意識がない状態だった。
そんな状態で投げられてはたまったものではないだろう。苗木と忌村が慌てて駆け出し、他の面々も動く物に視線を集めてしまう。と、同時に薬師寺が屋上から〝飛び降りた〟。
「させぬ!」
自殺を図ったと判断した大神が、慌てて丸太のような腕を伸ばす。が、薬師寺が注射器を投げたことにより身を反らしてしまう。
そして、大神の眼前を『黒い影』が通り過ぎた。
「恐化病ウイルスっていうのは嘘でした!まったね~♪」
巨大な鳥の足首に片手で捕まり、空いてる手でバイバイと手を振る薬師寺。獅子王丸を見事にキャッチした苗木が、そんな薬師寺に向かって銃弾を放とうとするが───
「ま、待って!」
「わ!……っく……」
その腕を忌村が掴み、その隙に薬師寺は射程外に出てしまった。忌村は薬師寺を信頼して副支部長にしていたのだ、割り切れなかったのだろう。反射的な行動だったらしく、忌村はハッと苗木から離れて落ち込む。
「ま、恐化病ウイルスだっけ?……それも多分、ここの設備があってこそだろうし……今は追い出せただけでも御の字にしとくか……じゃ、残りのゾンビ擬きどもの殲滅に行こっか……」
森の中、とは言え既に朽ちた木ばかりの不気味な森に、抹茶色の髪をした〝女性〟が歩く。その数歩後ろには、グジュグジュと音を立て腐っていく巨大な鳥の死骸があった。
「やっぱり師匠には適わないな~。改良しようとしても改悪になっちゃったよ……」
「仮にも超高校級と呼ばれた能力者だ。だが貴様は、薬以外の能力で奴を上回る。そう、天界に住まいし神さえ冒涜する、『死者復活の病毒』を生み出せるほど!」
「いやいやいや、死者蘇生なんて出来るわけないじゃん。死んだばかりで外傷が少ないならともかく」
不意に聞こえてきた声に振り向けば、蛇を体に巻いた怪しげな〝男〟が立っていた。
「鳥を貸してくれてありがと。でも、殺しちゃってよかったの?」
「確かに此奴は、俺にとって家族のような存在だった……雛から見守ってきた……それが、怪しい薬でクリーチャーへと変貌し死に至る……ああ!なんと絶望的なのだ!」
と、男が大声を上げながら両手を広げた瞬間〝注射器〟が飛来し、男は咄嗟に蛇の首を掴み盾代わりにする。蛇はビクビクと痙攣した後、動かなくなった。
「だよね。大切な存在が死んじゃうのって……想像するだけで絶望的ぃ……」
恍惚とした表情で、今度は直接注射針を刺そうと男に迫る薬師寺。が、男は薬師寺の手首を掴み阻止すると力を込めて握り、薬師寺が苦痛から注射器を落とすと中の液体が飛び散り、それを浴びた草や蛇の死骸を溶かした。
「面倒をかけさせるな。『時が来るまで数を保て』と、あの手紙に書かれてただろう……」
「……ま、それもそっか………《真なる絶望》の為に、今は我慢するよ………」
「しかし、あれほど成功させると息巻いた結果がこれか。絶望的だな」
「まあね……優しい師匠なら、三日は迷って苦渋のすえゾンビ擬きの殲滅を選ぶ……師匠は晴れて英雄の仲間入り。けど心優しい師匠が人を殺した事実から立ち直るかは五分五分、ってのが私の目的だったんだけど……」
それを苗木誠に邪魔された。苦渋の末ではあるが確かな覚悟を持って選ばされた。高い確率で立ち直れるだろう。ま、英雄の名声は苗木につくだろうが…。
「では行くぞ。修学旅行とやらに参加するためにも、捕まるわけにはいかんからな」
「OK~。このままランデブーしよう!」
第4支部の立て直し。
ゾンビ擬き化した者達は残らず排除され、治療が可能な者だけすぐさま忌村のワクチンを投与……。無事な者が怪我をした者の治療や料理にあたり、動物達も大半は処分することになってしまったが、それでも多くの命を管理区に戻すことが出来た。
「……………」
苗木は空き缶片手に、その光景を青と緑の双眸で見下ろしていた。
「………苗木君?」
戦刃が話しかけると、苗木はん?と振り返る。
「あ、えっと……どうしたのかなって……」
「ん、いや……外の絶望とやらを見てただけだよ。お前は何も知らない、とか悪口言われんのやだし」
苗木はそう言って立ち上がると、戦刃の横を通り過ぎ屋内に戻る。戦刃も慌ててついていく。
「ねえ戦刃さん。未来機関に潜入している可能性がある『絶望』は、何人いる?」
「……えっ、と……覚えてない……です……」
その返答に、苗木は無言で戦刃の腹を殴った。ご丁寧に空き缶をねじ込むように……
「っ……あ…かっ………!」
「何で戦刃さんが知らないの?あれか、盾子ちゃんに頼まれてやっただけってマジで被害者ぶってんの?それとも単純に行動を先読みできる知能がないの?」
「んあ……ご、ごめ…あっ!…はぁ……っう……」
グリグリと尻を踏まれ頬を染める戦刃。苗木はしかし直ぐに飽きて離れる。
「江ノ島さんの〝真似〟なんかしても、江ノ島さんの気持ちが分かる訳ないか。ごめんね戦刃さん…」
「だ、大丈夫……」
苗木は戦刃を見ながら大丈夫じゃないな、色々手遅れだ、と思いながら廊下を歩く。
未来機関内部に『絶望』が混じっていた。近いうちに支部長同士の会議があることだろう。そして、世間体と苗木誠自身の見極めのために呼ばれる可能性が高いと分析している。
「どうせなら泳がせてみるか、未来機関も絶望も……てか、絶望だけの世界も希望だけの世界も創れる筈ないって……何で誰も気づかないんだろうね?ま、どちらかに傾いた世界は創れるけど……」
はてさて、未来機関を実質取り仕切っている宗方はどんな手を使ってくるか、未来機関の幹部の集いに絶望の残党は動くのか、ワクワクしてきた。苗木は人知れず笑みを浮かべた。