後ろを振り向けば、数匹の肉食獣が涎を垂らしながら追いかけてくる。元々理性のない獣だからか、痛みは感じないくせに本能的に銃弾を避けるのでかなり鬱陶しい。
「主君!あの角を曲がりましょう!」
「……ま、考えてる暇はないか」
唐突に春夏秋冬が叫び、苗木達は左の通路に曲がる。と、同時に春夏秋冬が懐から取り出したスイッチを押すと、壁と床と天井から『鉄製の槍』が飛び出し獣達を貫いた。
「……おお………」
「そういえば先輩は直接戦闘より、罠張るのが得意だったっけ……」
文字通り一網打尽にした春夏秋冬に、戦刃はパチパチと小さな拍手を送る。
「……〝先輩〟?」
「この人、元フェンリル………」
戦刃はそう言って春夏秋冬を指差す。
傭兵集団《フェンリル》に所属していたということは、相当高い戦闘能力を持っているのだろう。同じく所属していた戦刃の話では、戦闘より罠が得意らしいが……まあ、超高校級の工作員だったのだし当たり前か………。
「ぐるるる」
「がぁぁ!」
「また来た!」
と、串刺しになった獣の向こうから別の獣がやってくる。奴らは串刺しの獣達を食いちぎりガリガリ槍に噛みつく。
「破られることはないと思うけど……」
「爆弾で吹き飛ばしてしまいましょう!」
苗木が不安そうに見ていると、春夏秋冬が懐から『筒状の物』を出し投げる。それを見た戦刃があ、と呟き、苗木の視界を塞ぐ。
それと同時に、周囲が〝強烈な光〟に包まれた。
「……先輩……それ《スタン・グレネード》……」
「しまった、間違えた……!」
「この、役立た──!」
「ああすいません!叱ってください……!」
苗木がキレかかり、叱られることを期待した春夏秋冬とだったが、苗木はピタリと動きを止めた。理由は簡単。『獣達が逃げ出した』からだ。
「……光に驚いたのかな?」
「支部長の話では、脳の一部が壊死して恐怖などを感じないと聞きましたが……?」
「〝体の反射〟は残っているんでしょ……にしても過剰な……っ!?そうか、そういうことか!」
苗木は何か閃いたのか、顎に手を当てニィと笑みを浮かべる。
その笑みに戦刃と春夏秋冬はうっとりと頬を染め、神城は微笑ましそうに見つめていた。
「男が頬染めないでよ気色悪い」
「あふぅ!」
苗木の毒舌に春夏秋冬はビクビク興奮するが、苗木は無視して奥に避難している忌村達を追う。
「静子おねーちゃん!」
「な、なに……?」
追いついた苗木が忌村に詰め寄ると、忌村はビクッと震える。
「選んで」
「な、何を……?」
「発症者、5分の1を5分の4生かすために〝切り捨てる〟か、脳細胞を復活させる薬をいずれ開発させると約束して〝第4支部を封鎖〟するか」
「そ、そんな……ここを封鎖したら、薬なんて……」
苗木の提案に動揺する忌村。しかし強く否定できない。発症者の脳細胞の一部が壊死すると判断したのは他でもない自分だ。それを治す薬を造るにはここの施設が必要で、他の場所で薬を作る設備を用意しているうちに、閉鎖した第4支部の発症者は餓死するだろう。
どのみち助けられない。むしろここで殺さなければ、被害が増える可能性もある。
「で、でもここに立てこもってれば………」
「発症者を増やさずに……?」
「……う……けど、皆を救うには……」
「甘ったれんな。選べ。もう道は二つしかないんだよ………ボクだって、こんな多くの命を見捨てなきゃいけない絶望的な選択肢……どっちも選びたくないよ」
ギリッと忌村の両肩をつかむ苗木の両手に力がこもる。一瞬、ならあなたが選んでと叫びそうになった忌村は、その痛みで平静を取り戻した……。
「……………わかった」
「…うん。選んでくれてありがとう……あと、選ばせてごめん」
モノクマDr.は屋上から下の光景を眺めていた。
三日、長くて五日も立てこもってれば、感染者達は勝手に飢え死にするだろう。だが、それで終わるはずがない。立てこもりを選べば、世界は希望をその程度の存在だと認識する。『絶望』が再び動き出す。
それを理解できないほど、苗木誠は甘くない。少なくともそれがモノクマDr.の苗木誠に対する評価だった。どれだけ警戒してもまだ足りない。
「お、やっぱりここにいた。ま、下手に動いたら自分も食べられちゃうもんね」
「!?」
不意に後ろから聞こえてきた声に、モノクマDr.はギクリと身を震わせる。恐る恐る振り返れば警戒している人物、〝苗木誠〟が笑顔で立っていた。
「ヤッホー、モノクマDr.」
「も、モノクマDr.……?」
苗木の後ろには大神と戦刃、そして忌村が居た。
「狂犬病ってさ………『吸血鬼伝説』のモデルなんだよね………」
ケラケラと本心の読みとれない笑みを浮かべる苗木。モノクマDr.は一挙手一投足を見逃さないように見つめ、故に呑まれ始める。
「噛まれると感染するのはもちろん、流水……じゃなくても水を恐れる恐水症状。……そして瞳孔反射の亢進で光に過剰に反応して、日光を避けるようになる……」
苗木はそう言って〝懐中電灯〟をプラプラ振る。
「スプリンクラーを作動させたのは、通常の狂犬病で現れる恐水症状なんかがないって判断させる為でしょ?恐水症状って、嚥下筋が痙攣する事によって生じる痛みのせいだから、痛みを感じないなら起きないし……でも、『光』に反応するところは変えられなかったみたいだね………と、静子おねーちゃんから聞いたけど……」
「……うぷぷ……正解……大正解!ま、私程度にやられるようじゃ困るんだよね………君は仮にも、江ノ島盾子を倒したんだし……」
苗木の解答にゲラゲラ笑うモノクマDr.。
苗木はそんなモノクマDr.を眺めながら、奴の足元にある〝ケース〟に気づく。
「負けて悪いんだけど、逃げさせてもらうよ。見逃さなければ、この子が見るも無惨な化け物になっちゃうよ~」
そう言って、ケースから首根っこを掴んで取り出したのは、『仔獅子』。苗木や忌村には見覚えがありすぎる仔獅子だった。
「獅子王丸!」
「レオン!」
「そう、この獅子お……あれ、レオ………どっち!?ま、まあいいや……この子に注射をブスッと行かれたくないなら、私を見逃してね」
そう言って、一本の〝注射器〟を獅子王丸に近づけるモノクマDr.。忌村はその注射器を見て目を見開いた。
「それは……私の……!」
「さっすがー!そう、これは忌村支部長のドーピング薬の原液。それに私特性の『恐化病ウイルス』も入ってまーす!さ、そこをどいて?」
その言葉に忌村はギリッと歯軋りする。嘗てチワワを巨大化させた事もあるドーピング薬の原液、それに今回のウイルス。凶暴化した獅子王丸と戦闘をする事になる。
「安心しなよ。ウイルスはここで使ったので最後、作れる設備も他に……」
モノクマDr.が喋っている途中、パン!という〝発砲音〟と同時に、モノクマDr.の被り物の右耳が吹き飛んだ。
「…………………え?」
「外したか……」
硝煙の上がった拳銃片手に、苗木ははぁ、とぼやく。
「あの~……こっちには人質…じゃなくて獅子質が居るんだけど………」
「外に逃げたフリしても、この支部にキミの居場所なんかないよ………『薬師寺さん』」
苗木の言葉にピタリと周囲の人間が固まる。モノクマDr.もだ。
「隠しても無駄だよ。ボクには分かるんだ。ま、根拠を言ってあげるとすると、放送設備、スプリンクラーの作動………スプリンクラー自体がフェイクな以上、ウイルスは発症する瞬間を調整されて潜伏していたと考えるべきだ。そんなことを出来るのは静子おねーちゃんを除けば『キミ』だけ、ウイルスも予防接種と嘯いて仕込んだのかな?」
「………またまた大正解!さすがだねぇ……」
モノクマDr.はそう言ってマスクを外した。マスクの下には、眼鏡を取った〝薬師寺の顔〟があった。
「改めまして。超高校級の絶望、薬師寺薬師。仲良くしてね♪」