救えなかった苗木の逆行物語   作:超高校級の切望

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イキキル(非)日常⑥

 購買部で暇をつぶしていると、後ろで誰かが駆ける音が聞こえてきた。

 振り返れば丁度、舞園が開きっぱなしのドアの影から現れドアの影に消えるところが見えた。

 購買部にあったウサギのストラップをトカゲの剥製の口に押し込んでから、苗木は舞園の後を追った。舞園が居たのは、前回と同じ教室。

 

「舞園さん」

「……苗木、君……」

 

 苗木が俯いている舞園に呼びかけると、舞園は幽鬼のように蒼白くなった顔を上げて苗木を見つめる。

 

「……どうして…ですか……」

「………」

「どうして私達がこんな目に……!私達が、何をしたって言うんですか!」

「………………」

 

 ふと、苗木の頭にベッドの中に隠した脱出スイッチが過ぎる。

 ここで使うべきか?いや、記憶がないせいで起こる殺人なんて、これ以外にもある。一時の感情で使うべきではない。

 

「落ち着いて、舞園さん。助けはすぐ来るよ」

 

──嘘だ──

 

「その慌てよう、家族か、同じアイドルグループでも映ってたの?でもさ、国民的アイドルの舞園さんの家族や、同じ国民的アイドルグループのメンバーに、ただの犯罪者が手を出せるわけないよ」

 

──これも嘘──

 

「だから、ね?落ち着いて。ボクが守るから」

 

──守れなかったくせに──

 

 吐き気を押し殺した笑みを浮かべ、苗木は舞園を落ち着かせようとする。

 

「苗木……君」

「──ッ!?」

 

 涙目の舞園を見て、腹部に刺さった包丁と血に染まった制服が脳裏に過ぎる。

 守りたかった、守れなかった……今度は取りこぼさないために、苗木は笑顔の仮面をつける。本心を隠して、不安を押し殺して。

 

「……約束してください。苗木君だけは、何があってもずっと私の味方でいて……」

「当たり前だよ。何があってもボクは舞園さんの味方だよ……」

 

 

 

「おえ……!……げえぇ……」

 

 舞園と別れた後、苗木はトイレに駆け込み胃の中の物を残さず吐き出す。

 それでも、胸の中の異物感が消えない。

 

「げほ、ごほ!」

 

 口の中を濯ぎ蒸せた苗木は、そのまま顔も洗い鏡に映った自分の顔を見つめる。

 

(……ひどい顔だな………)

 

 苗木は、両頬を叩いて気を入れ直す。

 一度目は何も出来なかった。隣で起きていることを知らず彼女の凶行に気づけず、桑田にも殺人の罪を与えてしまった。

 手に入れた二度目のチャンスだ。三度目があるとは限らない。だからこそ、絶対に成功させなければならない。

 

「………行くか」

 

 苗木は口元を拭って、自室へと向かった。

 

 

 

 自室に戻った苗木はシーツの下の脱出スイッチを引き出しにしまい、代わりに引き出しにしまっていたものを取り出した。

 それから食堂へと向かう。

 

「あ、苗木……」

「……む」

「……朝日奈さん、大神さん。舞園さんを見なかった?」

「舞園ちゃん?さっき厨房に入ってたけどすぐに出てったよ?」

「………そっか、ありがとね」

 

 苗木はお礼を言い微笑むと食堂から出て行った。念のため他の場所に舞園がいないか確かめたが、いない。部屋にいるのだろう。

 やはり止められなかったらしい。まあ、当然だ。あの映像は本物で、苗木にはそれを阻止することなど出来ないのだから。

 でも、これから起こるコロシアイは違う。手に届く。だからこそ失敗はしない。

 

「あ、苗木君!ちょうどよかった!」

「……舞園さん?……何か、用?」

 

 今度こそ、〝コロシアイ〟を止めてみせる。

 

 

 

 

 舞園は顔を蒼くして、まるで怯えるように周囲を見回し、中で話がしたいと言い出した。

 断る理由もないので、苗木は舞園を自室に招いた。それにしても大した名演技だ。前回の記憶が無ければ騙されていた。

 

「ごめんなさい…ちょっと変な事があって…」

「変な事?」

「さっき……部屋で横になってたら……急に部屋のドアが、ガタガタと揺れ出して……」

 

 本当に名演技だ。聞いているこちらも緊張しそうなほど、緊迫感に満ちている。

 

「誰かが無理矢理……ドアを開けようとしているみたいでした。……鍵をかけておいたんで、開きはしなかったんですけど……でも、その揺れは…どんどん酷くなって…私は怖くて、そのままじっとしていたんですけど……」

「………どうなったの?」

「…しばらくしたら収まりました。後で、恐る恐るドアを開けて、確認してみたんですけど、誰もいませんでした……」

「そう、無事でよかったよ。ごめんね?『守る』なんて言って、そんな危ない目に遭ってるのに気づかなかったなんて」

「な、苗木君のせいじゃありませんよ!……みんなを疑うって訳じゃないんですけど、でも……ちょっと心配で……もし夜時間の間も、あんなことがあったらどうしようって……」

「……見張ってようか?」

「そんな、悪いですよ!………あの、じゃあ提案なんですけど、一晩だけ部屋を交換してもらえませんか?」

 

 同じだ。

 怖いくらい前回と同じ。過去とはいえ、薄ら寒さを感じる。

 

「それで舞園さんが安心するなら、ボクは構わないよ……」

 

 ここで断っても、別の手で殺人が行われては意味がない。桑田がここに来るのを阻止すればいいのだから。

 と、ちょうどタイミングよく夜時間を報せる放送が流れた。

 

「大変。夜時間になっちゃいましたね…」

「じゃあ部屋は交換するって事で、ボクは舞園さんの部屋に行くよ………はい。ボクの部屋の鍵」

「ありがとうございます。これ、私の部屋の鍵です」

 

 お互いの鍵を交換して、苗木は舞園の部屋に向かった。

 ベッドで数分横になり、頃合いを見計らって外に出ると、ちょうど隣の部屋で扉が閉まる音が聞こえた。

 

「………ツイてるな」

 

 苗木はそう呟いて、桑田の部屋へと向かう。

 桑田の部屋のドアの隙間には〝手紙〟が挟まれていて、苗木はその手紙を抜き取り開いた。

 

『2人きりで話したい事があります。5分後、私の部屋に来てください。

 部屋を間違えないようにちゃんとネームプレートを確認してくださいね 舞園さやか』

 

 苗木が手紙を破り自分の部屋に向かうと、ネームプレートは取り替えられていた。

 苗木はそのまま、舞園のネームプレートがつけられた自分の部屋の扉を開ける。中では、舞園が背を向けたまま肩を震わせていた。

 苗木が無言で扉を閉めると同時に、舞園が振り返り包丁を持って突進してきた。

 

「……え?」

 

 困惑したような舞園の声の後、水の垂れるような音と共に、鮮血が床に落ちた。




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