「観能さん…でしたっけ?何の用ですか?」
「さっきも言ったでしょ?苗木誠に会いに来たの……ふぅん……なかなかプロデュースし甲斐のある人ね」
観能と名乗った女性は、苗木を上から下まで無遠慮に眺める。
その目にはありありと、『観察』の二文字が浮かんでいる気がした。
「おい、〝先生〟を許可無く眺めるとはどういう了見だ」
「先生って……もしかしてボクのこと?」
聖原の言葉に苗木は顔を引き攣らせる。殺人鬼に憧れているとは言っていたが、未知の殺人を行った苗木にここまで懐くとは。
観能はん?と首を傾げてから、ようやく苗木以外の存在に気づいたように仰け反る。
「どうわぁ!?い、いつからいたんや自分ら!」
「……方言?」
「あ!ちゃ、ちゃう!きちんと標準語喋れるで!」
「いや、別にどっちでも良いけですけど……」
急に言葉遣いが変わり戦刃が首を傾げると、観能は慌てて取り繕う。だが喋り方が変というなら、時折中二病っぽい発言をする山田よりマシだ。
「そか?ならそうさせてもらうわ………勝手に眺めてすまんな。わっちゃあプロデューサーやから、売りがいがあるのを見るとつい……かんにんな?」
意外とフレンドリーな性格だ。まあ、人の部屋に突然入ってきて人見知りだったら、こっちが対応に困る。
「で?ボクをプロデュースしたいんでしたっけ?」
「おうよ。わっちゃあ希望だの絶望だのようわからん。が、絶望の連中が多くの人間を殺しとるっちゅうのはわかる……それはようない。というても、わっちゃあ護身術しか使えんし、そもそも人殺しなんてしたくあらへん」
宗方辺りが聞いたら、奴らを人間と思うな、とか言いそうだなと考えながら、苗木は観能の話を聞き逃さないように聞く。
「それに絶望は〝伝染〟するからなぁ……誰かに何かを奪われた者が、他の者から奪う……とくに、苗っち達襲ったモノクママスクみたいんはヤバいで……あれは完全に絶望を愛しとる……全く、絶望するために人を殺すとか訳わからんわ」
「……『絶望』を、憎んでる?」
はん、と鼻を鳴らす観能に、元超高校級の絶望である戦刃が恐る恐る尋ねる。
「別に?おんしが世界を滅ぼしたなんて思っとらんよ……止められなかった
「……………」
「わっちらが言っとる絶望は、『あの連中達』の呼び名や。断じて精神論のあれやない……故にあの連中は受け入れんが、奴らを裏切りこちらについたおんしを責める気は無い」
「……随分と甘いんですね。仮にも世界を滅ぼした1人なのに」
「世界が数人の手で滅ぶもんかよ……それに賛同する奴らが多く居ただけや。これも一つの運命なんやろな」
ようするにこの女性は、敵なら容赦しないが味方には甘い性格なのだろう。
だが仮にも才能はプロデュースだ。人を見る目はあるのだろう。
「そやね。顔色をよーく観察すれば、考えとることもわかるで……」
『!』
苗木は微かに目を見開き、が、直ぐに笑みを浮かべ直した。
「……ほぅ、ここまで内面隠せる子も珍しいな……よっぽど〝人に隠したい事〟があるんやね」
「さあ?何のことだか?」
「よいよい。別に話さんでもな……ただ1つ言っとくと、わっちはプロデューサー、人を喜ばせてこその商売や。せやから、おんしがもし人類の敵になるんやったら……おんしに相応しい【最期】をプロデュースしたるわ」
「──苗木君に手を出すなら許さない」
「先生を殺すなら……存在殺人について聞いた後、なお且つ殺し方を見せてください」
明るく朗らかに見えても、さすがはこの絶望的世界で生き抜き抗って来ただけはある。その瞳には確かな強さを感じた。
「……ま、ボクも人類の敵になるつもりなんてありませんよ」
「そう。安心したわ……」
苗木の言葉を聞き、言葉遣いを標準語に直す観能。
「あんまり喋り方戻してると、標準語が抜けちゃうからね。私は連続五分以上は元の口調で話さないように気をつけてるの」
別に方言もその人の個性だと苗木は思うが、本人には色々あるのだろう。別に苗木の価値観に従わせる必要はない。
「君自身をプロデュースして良いかどうかは、君が決断してから聞かせてくれればいいよ。ああそれと、明日は君達が来たお祝いに『花見』をするんだ。これから他の面々にも伝えてくるから……明日は楽しんでね?」
観能はそう言うと部屋から立ち去った。
聖原も立ち上がり、クローゼットに──
「いやいやおかしい。何流れるような作業でクローゼットに収納されようとしてんの」
「ここはとてもしっくりきました。今日からここを俺の部屋にします」
「自分の支部に帰れ」
「俺には帰る場所などない」
「………………本音は?」
「《存在殺人》について聞くまで帰れない」
はぁ、と苗木はため息を吐いた。時間を確認すると夜の九時。さすがにこんな時間から別の部屋に移動させてもらうのは未来機関構成員に悪いかと思い、仕方なく聖原が部屋にいることを許可した。
戦刃が二人だけは危険というので、戦刃も残して………。
「いや~、さすが■■様。こんなほぼ雑用支部、最悪かと思ったけどまさか苗木誠に会えるなんて……やっぱり■■様こそ世界の支配者よね!」
その頃とある人物が、防音の為された自室でそう叫んでいた。我慢できないほど喜ばしい。よく部屋まで我慢ができたと自分を誉め讃えたい。いや、そもそも何故自分が我慢などしなくてはならないのだ。むしろ世間が自分の奇行を黙認するべきだと傲慢に考える。
「まあそれも今だけの我慢。いずれ■■様が……真の超高校級の絶望、江ノ島盾子でも絶望させることが出来なかった苗木誠を絶望させ、■■様が《新たなる真の絶望》になる……うぷ、うぷぷぷ……そう簡単に壊れないでよね?ま、■■様に目を付けられた時点で無理だろうけど…うぷぷ」
その笑い声は部屋の中で木霊し、しかし部屋の外には漏れることが無かった。