救えなかった苗木の逆行物語   作:超高校級の切望

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疾走する青春の絶望ジャンクフード非日常編⑦

「はい!大・正・解!でもね霧切さん、キチンと投票しなきゃダメだよ?江ノ島さんもセレスさんも舞園さんも、ちゃんと〝十神クン〟に投票してるからね!」

「…なん…だと…」

 

 苗木がチラリと見ると、十神に対し笑顔のまま殺気をとばす舞園と、無表情のまま威圧感を放つセレスと、獲物を狙う狩人の目で睨む江ノ島が居た。

 

「三人とも、ボクが居なくても十神クンいじめちゃダメだよ?」

「「「………………はい」」」

 

 三人は苗木の注意に不服そうに頷く。心配だ、とても心配だ。しかし他のみんなはどうなのだろうと周囲を見回すと、皆気まずそうに目を逸らした。

 

「……あ~、誰に当たってもダメだからね」

「「「わかってます」」」

 

 なら良いけど、と苗木が微妙に疑ったような目で彼女達を見ていると、モノクマが笑い始めた。

 

「お別れの挨拶は済んだ?じゃ、早速お仕置きを始めよっか……」

「……………」

「では、張り切って行きましょう!【おしおきターイム】!!!」

 

 モノクマが元気よく宣言すると前の床からスイッチが現れた。モノクマが何処からか取り出した木槌でスイッチを押した瞬間────

 

『へぇ~』

「…………………」

「「「「「…………………」」」」」

 

 場の空気が凍った。

 

「…………」

『へぇ~………へぇ~……へぇ~へぇ~へぇへぇへへへへへへぇ~……へぇ~へへぇ~……にゃ~…へぇ~へぇ~へへへぇ~…』

「──何じゃこりゃー!?」

「……ぷっ、はは!あははははは!」

 

 モノクマが何度スイッチを押しても、電子音声をつぶやくばかりで何も起きない。とうとうモノクマが驚愕で叫ぶと、それまで笑いを堪えていた苗木がケラケラと笑い出した。

 

「ごめんごめんモノクマ。本物はこっち……一昨日、姿を消す前にこっちに来たらエレベーターが動いたからさ、ちょっとした悪戯だよ」

「あのねぇ、こんな事しても『おしおき』は無くならないよ!」

「別に無くす気はないよ?こうなるのは予想の範囲だったし、反論していたのは死ぬのが怖いからじゃなくて、皆の今後の練習のためだったからね」

 

 苗木はそう言って、自らの手で、カチリと《おしおきスイッチ》を押した。

 

──ナエギくんが【クロ】にきまりました おしおきをかいしします──

 

 苗木の後ろの扉が開き、鉄の首枷が飛んでくるが、苗木はそれを躱して扉の奥ヘと進んでいく。

 

「それじゃあ皆、またね。霧切さん、ボクの上げたモノは有効活用してね?大丈夫、ボクみたいな前向きなのが取り柄の凡人と違って皆には才能がある。きっとこの先の絶望も乗り越えられるよ」

「…あなたは何か、知っているんじゃないの?」

「〝この先〟は知らないよ……ボクは預言者でもなければ、分析能力を持っているわけでもないんだから………」

 

 苗木はそれ以上は喋らず、おしおき場に向かって行った。

 

 

 

 【補習】───苗木のおしおき、その執行は異様であった。

 席に座りペン回しをする苗木と目の前の黒板、それだけならさながら補習授業を真面目に受けない生徒なのだが、教鞭を振るうのは白黒のクマで、黒板も机も後ろへと移動している。

 そして彼等の向かう場所には………喧しい音を立てる『プレス機』。

 死神の足音のように断続的に、近づいていく度に段々と大きくなっていく音に、苗木は顔色一つ変えない。

 

「………?」

 

 しかし不意に〝上〟を見上げる。

 プレス機の音が、ギチギチと何かが詰まったような不快な音に変わったからだ。

 

「……アルターエゴ?」

 

 プレス機の上に備え付けられた巨大なモニターには、苗木たちの良く知る人物の顔が映り込んでいた。彼には〝バックアップ〟を取るように言っていて、そこが偶々この学園のサーバーで、偶々このタイミングでシステムの一部を乗っ取ることに成功したのだろう。

 

「───ツイてるな」

「な、なな………」

 

 苗木はペン回しを止め、後ろで床が開いたのを確認し、目の前で戸惑っているモノクマを見据える。

 その頬に手を添え、ニッコリと笑みを浮かべた。

 

「またねモノクマ。必ずキミを殺しに戻るよ………心強い仲間が、一人増えたことだしね」

 

 と、そこまで言って苗木の視界が傾いてゆく。船が大きく揺れたような感覚の後、浮遊感を感じる。

 下を見るが、底が見えない。怪我とかしたくないなと呟きながら、苗木は底の見えない穴の中に落ちていった。

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

 モニターから姿を消した苗木に、〝少女〟は珍しく間の抜けた声を出す。

 本来ならここで苗木の潰れる瞬間が見れるはずだった。それが、これは一体どういう事だ?今モニターに映る穴の底はゴミがクッションになり、苗木は確実に死ぬことはない。運悪く鉄パイプでも刺さったら話は別だが、そんな都合良くは行かないだろう。

 

「…………あは!」

 

 苗木が死ななかったという現実に、苗木のせいで事がうまく進まないはずの少女は嗤う。

 

「予想外!予定外!想定外!意外!あはは!あはははははは!わざわざ苗木の両親呼んで、適当に都合の良い駒使ってあんな狡までしたのにそれでも殺せないなんて……ああ、これが『絶望』なのね?もっと、もっともっともっともっともっともっともっと!見せてよ、苗木ィ……」

 

 少女は苗木が奈落から這い出ると確信していた。分析ではない、分析するまでもない。

 だって約束してくれたから、必ず戻ると………それがもう既に待ち遠しい。初めてのデートの前日、いや楽しみにしすぎて早く来すぎてしまったデート当日のような気分で、少女は恍惚とした表情を浮かべた。

 

「………にしても」

 

 不意に少女は真顔に戻り思案する。

 苗木は意図的に情報を隠してきた。何故?わからないが先程の発言を聞くに霧切に託したらしい。

 ある程度コロシアイ学園生活が進むまで待っていた?何故?

 理由としては信頼関係か情報量か……いや、そのどちらでもない気がする。例えるなら、途中まで成り行きを〝知っている〟から、変えたくなくて黙っていたような。

 

「もしかして苗木も、あたしや先輩みたいに《分析能力》持ってたとか?」

 

 いやそれはない。ならもっとうまく事を運べるし、何よりそうなら、多少弄くっても先を予測できるはずだ。

 

「ま、いっか。早く戻っておいでよ苗木~」

 

 少女はケラケラ笑いながら、画面の向こうに手を振った。


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