トランプの数は13×4で52。
二つのデッキで104枚。ジョーカーを含めると106枚……流し目で確認してたため正確ではないが、あの時は〝104枚〟だったはず。
「苗木君!」
「……ふぁ……むにゃむにゃ…あと三年……」
「ほらほら、さっさと起きる!」
セレスが苗木の部屋に入ると、苗木を起こそうとしているモノクマと鬱陶しそうにシーツを引き寄せる苗木が居た。
「………何をしてますの?」
「あ、セレスさん。聞いてよ~、苗木クンたら起こしてって頼んでおいて起きないんだよ」
苗木はむにゃむにゃと呻きながら全く起きる気配がない。
「おい!起きろよゴラァ!」
「………るさいな………」
セレスも苗木を起こそうとするが、苗木はシーツで頭を隠す。
コイツは起きる気がないのだろうか?
「さっさと起きれやアンテナチビ!」
「……うー……ヤダ……」
「良いから起きろって───!?」
無理やり起こそうとするセレスがシーツを引っ張り、モノクマが転げ落ちる。シーツが抵抗無く引けたため、セレスもバランスを崩した。彼女が体勢を立て直すより早く、苗木が床に押し倒してきた。
「……な、なにを───ひっ!?」
文句を言おうとしたセレスだったが、ダン!と頬を掠めかねない位置で床に突き刺さったナイフを見て顔を青くする。
「ねえ……」
苗木は気怠げに、そして冷たい眼差しでセレスを見下ろす……。
その時不思議と、セレスの心臓が早鐘を打った。
「ボクさぁ、今とても眠いんだ……」
「……っ」
苗木はそう言いながらゆっくりとセレスの喉を指で撫でる。そこにナイフを走らせたら間違いなく死ぬことになる動脈や気道を皮膚の上から撫でられ、セレスはゾクゾクとくすぐったいようなもどかしさを感じた。
「黙れ」
眠りを邪魔され気分が悪いのか、底冷えするような苗木の瞳に見つめられたセレスの身体から、力が抜けていった。
「…は……ひゃ、ひゃい……っ」
「………………」
セレスが返事をすると、苗木は糸の切れた操り人形のようにセレスの上で崩れ、再び寝息を立て始める。セレスはソッと苗木を降ろすと、赤くなった頬を隠すように抑えながら自室に戻った。
「な、なんなんですのこの胸の高鳴りは……?」
「……普通に吊り橋的なアレだと思うけど、あるいはセレスさんが潜在的なMか……」
セレスが高鳴る胸を押さえていると、呆れた顔のモノクマがひょっこり現れる。
吊り橋効果、恐怖による動悸を興奮による動悸だと勘違いすることを指す。
「モノクマさん、レディの部屋に無断で現れるのはどうかと思いますよ?」
「レディは普通、男の部屋に勝手に入らないと思うけどね」
「男の……部屋?ああ!そうだ思い出した!おいクソグマ!さっきの勝負は無効だよなぁ!?」
モノクマの返しで、自分が何をしに苗木の部屋に向かったか思い出したセレスが豹変して叫ぶ。
モノクマは彼女の抗議に、コテリと首を傾げた。
「何で?」
「何でって……ルール違反してただろうが!?」
「ルール違反?」
「⑦『イカサマ』はバレた時点でアウト、じゃねえのか!?」
「だから、苗木クンが〝何時〟そのルールを破ったのさ…?」
「………は?」
モノクマの問いに今度はポカンと固まるセレス。
何を言っているんだこいつ……ルールにキチンとイカサマは禁止と………いやまて、まさか………。
「うぷぷ。気づいた?そう、このルールはイカサマを禁止するんじゃなく、イカサマを牽制するだけのルールなんだよね!勝負の途中で気づいたら別だけど、勝敗が決した今指摘しても遅いんだよ!」
「ぐっ!?」
セレスが苗木のイカサマに気づいたのは、眠いと言って帰った苗木を見送り、トランプの片づけをしていた時である。
揃わなかったのだ。ギャンブラーにとってトランプは商売道具なので、数を揃えながら仕舞っている時にその枚数が足りない事に気づけたのだ。
ようするに苗木はすり替えていたのだ。最後、カードを捲るふりをして隠し持っていたジョーカーと。
だがセレスはゲーム中、それに気付けなかった。
苗木を素人と舐めてかかり、初めからジョーカーを抜いてるはずがないと思い込みイカサマを見逃した。
イカサマに気付けない方が悪いというこのゲームにおいて、それは致命的なミスである。
「……一つ、聞いて良いですか?」
「ん?」
「………苗木君は、《内通者》なのですか?」
「……………………………」
セレスの単刀直入な質問に、モノクマは俯きプルプル震え始める。
それは動揺しているようにも、怒っているようにも……
「うぷぷ………アーハッハッハッハッハッハ!」
笑っているようにも見えた。
実際モノクマは笑っていた。我慢が決壊したのか腹を抱えて大口を開けて、あのジョーカーカードのように笑っていた。
「残念だけど……非常に残念だけど違うんだよね。苗木クンを内通者にしたら、ジワジワ心の中に侵入してボクの下までやってきて、確実にボクを殺す……それはそれで面白そうだけど、まだ一度も殺し合いが起きてない今、内通者にするのはもったいない……ていうか苗木クンがクロになったら、たぶん卒業まで行きそうなんだよねぇ」
モノクマはそう言って、何処にあったのか小石を蹴る。
本当につまらそうだ。クロになったら卒業まで行くという言葉は、誰かの卒業は黒幕の待ち望んでいることでありながら、しかし先延ばしになってほしいことなのだろう。
それは数回も殺し合いが起きると言う事だから。
「……それにしても、大袈裟ではありません?その苗木君の殺人がバレないような言い方」
「でも実際そうじゃない?苗木クン、キミたちの行動先読みするの得意そうだし……」
「……………」
その通りだ。苗木は金に困っている葉隠ではなく、ここに残り適応しようと言い続けてたセレスの下へやってきて釘を刺したのだ。
「オマエの次の台詞は『彼には未来でも見えているのでしょうか?』だ……!」
「彼には未来でも見えているのでしょうか?………はっ!?」
モノクマはケラケラ楽しそうに笑い、来た時と同様、唐突に姿を消した。