夜時間をとうに過ぎた頃、苗木はベットから起きあがると護身用の模擬刀を腰に差し立ち上がる。
「苗木君……どこか行くんですか?」
部屋の外に出ると舞園がいた。今日は来ないように言ってたのだが、まさか部屋の外に居るとは。
「……うん、ちょっとね」
「なら私も──」
「舞園さん、ハウス」
「…………はい」
舞園はずいぶんと不服そうだったが、大人しく自分の部屋に戻った。
「どっかの軍人を彷彿させる残念ぷりですな!残念アイドル、これは売れる!」
「モノクマ、ゴーバックヘル」
「地獄に帰れって!失礼な、ボクは森生まれの森のくまさんだよ!」
「森のくまさん?ああ、女の子追いかけ回す?」
「苗木クンは本当に失礼な性格だよね!絶対友達少ないね!」
「現状ぼっちのキミに言われる筋合いは無いよ」
「うわーん!ぼっちじゃないもーん!」
モノクマは目からオイル(?)を流しながら走り去った。無駄に多機能なロボットを言い負かした苗木はその後ろ姿を見送り、すぐに目的の場所へと向かう。
そう、男子更衣室だ。
まだ誰も来ていないことを確認して、苗木はロッカーの中の二段目と一段目を分ける板を何度か叩き、外してから中に隠れる。
「……まだいねえか」
暫くしてやってきたのは、ジャージ姿の大和田だった。しかし今更ながら、この男は女子だと思っていた不二咲に男子更衣室で待つように言われた事に疑問を持たなかったのだろうか?
あるいは、この時点で知っていたのか……。
(……あ、来た)
そして数分後、男子更衣室の扉が開き、不二咲が入ってくる。
「んな!?」
この様子から察するに知らなかったようだ。
「お、驚かせてごめんなさいっ!ぼ…ボク…本当は『男』なんだ!」
「マ…マジかよ…」
「う…うん…」
二人の会話を見守りながら、苗木は静かに息を整え模擬刀の柄を握る。
「で、でもよ…どうしてだ?どうして急に、秘密を打ち明ける気になった?」
「え?」
「だってよ…ずっと守り通してきた秘密なんだろ?そいつを知られちまったら…オメェは…」
「そ、そうだけど……でも……変わりたいんだ。何時までも嘘に逃げている〝弱い自分〟を壊してさ!」
「……!」
その言葉に大和田の肩が震える。
過去を隠している大和田には、その言葉が刺さったのだろう。
「変わらなきゃいけないと思うんだ。ボクは弱いから。でもさぁ、大和田クンは強いから、きっと、へっちゃらだよね?モノクマにどんな秘密をバラされてもさ」
「…………だから…言えっつーのか?本当に強ぇーなら、秘密を言ってみろっつーのか?」
「え…?」
「皮肉か…?オレが〝強い〟って…?そいつは…皮肉かよ…」
「ひ、皮肉なんかじゃないよ…だって大和田クンは…本当に強い人だし……」
「オレに…どうしろっつーんだ?じゃあ…オレはどうすりゃよかったんだ?秘密をバラして、全部を台無しにすりゃ……よかったってのか?」
「どう…したのぉ?」
「なんで…オレに言った?オレへの当て付けか?」
「ぼ、ボクはただ…大和田クンに憧れてて…強い、大和田クンに憧れてて」
「そうだよ…オレは強ぇーんだ…」
大和田は持ち上げていたダンベルを握る手に、力を込める。
「強い…強いんだ…」
その目に宿るのは、嫉妬と殺意。
「オメェよりも…!兄貴よりもだぁぁぁぁッ!!」
大和田が振り下ろしたダンベルは、不二咲には止まって見えたろう。それは不二咲の潜在能力が優れているからではなく、走馬灯だ。
走馬灯、死の直前に見る過去の記憶………死が近づいている証拠。だが──
「ッ!!」
ギャリン!と金属音を響き、死が逸れる。
意識を現実に戻すと、模擬刀を斜めに構える苗木の姿があった。
「な、苗木クン……?」
「不二咲クン、石丸クンを呼んできて……!」
「……え?」
「早く!」
「あ、う──うん!」
苗木の頼みに不二咲は立ち上がり、更衣室から出て行く。
苗木は模擬刀を構えたまま大和田と睨み合う。
「……邪魔、すんじゃねえよ……」
「………邪魔?」
「オレは……知られるわけにはいかねぇんだ……あの秘密を……」
「殺して隠せるなんて、ずいぶんやっすい秘密だね」
「があぁぁぁぁぁっ!!」
ドン!と大和田が消え、次の瞬間には目の前に現れ、苗木の腹に大和田の拳がめり込む。
「……ッハ……カ……!」
悲鳴すら上げられない。一瞬の浮遊感の後背中に激痛を感じ、壁に激突したことに気づく。手の力は消え模擬刀が床に落ちた。
「テメェに!何がわかる!オレは兄貴の作ったチームを守らなきゃならねーんだ!」
嘘の否定。
それは今まで兄の死の真相を偽っていた大和田にとって、生き方の否定に他ならない。
グチャグチャになった大和田が取った行動は、これまで己の武器として使ってきた拳ではなく、苗木を黙らせるための首絞め。
「……が……ぐ……」
ギリギリと締め付ける大和田の手の甲に、苗木の爪痕が刻まれていく。
だが大和田の力は緩まない。
「…い…か……げんに………しろ!」
「ぐ!?」
苗木は首を絞めることに集中しすぎて無防備になっている脇腹に膝を打ち込む。
一瞬の力の緩みを利用して拘束から逃げると、直ぐに模擬刀を拾い構える。
「なあ教えてくれよ……オレはどうすりゃよかった……?」
「……………さあ?」
「………………」
「相談する相手を間違えたって顔やめてくんない?地味に傷つくんたけど……」
「………やめだ、馬鹿らしい」
大和田はそう言ってその場に座る。
それもそうか、これは衝動殺人。一度放った殺意が無効化された以上、大和田はこれ以上何も出来ない。
「兄弟!苗木くん!どちらも無事か!?」
と、そこへ石丸と、石丸の後ろに隠れて不二咲がやってきた。
「………よお、兄弟」
「話は不二咲くんから聞いた。何故だ、何故だ兄弟!?」
「……知られたく、なかったんだよ。兄貴の死の『真相』を……知られるわけには」
「お兄さんの……?そんなことして、お兄さんが喜ぶと思っているのか!」
「テメェに兄貴の何がわかる!?」
「うむ!わからん!」
石丸の返答に、三人はガクリとずっこける。
コイツは自信満々に何を言ってるんだろうか?
「だが君のことなら多少わかるつもりだ!そんな君を育てたお兄さんの人物像も、自ずと見えてくる。もう一度聞くぞ兄弟!今の君を見て、お兄さんは喜ぶのか!」
「………喜ばねえよ………むしろ、キレてぶん殴ってくるに決まってらぁ」
「……そうだろう」
「すまねえ、兄弟!」
「謝るのは僕ではなく、苗木くんだ!」
「すまねぇな、苗木」
「いいよ、結局死んでないから」
「うむ!一件落着だな兄弟!」
「迷惑かけたな、兄弟!」
そのまま大和田と石丸は涙を流しながら互いを抱き合う。なんとも暑苦しい光景だ。
「あの、苗木クン……さっきはありがとぉ」
「気にしないで。ボクが好きでやっただけだから」
「……………あの二人、すごく仲良いね」
話す話題が見つからなかったからか、不二咲は大和田と石丸を眺めて呟く。
「まあ、確かに……すごく仲がいいよね。でも、同性愛の割合って結構高いって聞くし変じゃないんじゃないかな」
「………そっかぁ……変じゃ、ないんだ……」
「ん?」