「いや~凄いね。まさか一発も当たらないなんて、流石は希望ヶ峰学園が観測した『最大の幸運』だよ」
クロクマとモノクマ仮面と共に歩きながら、苗木は先程のことを思い出す。苗木は別に、銃弾を当てなかったわけではない。当たらなかっただけだ。
「良かったんですか?彼女を生かして」
「そうだぜ!ああいう女はきっとすーぐ調子に乗ってまた逆らってくるに決まっている。何たって俺様がそう予想するんだから間違いないぜ!そん時はどうすんだ?今度こそ殺すのか?なら今から殺しに行こうぜそうしよう!」
「いいよ別に。それにしてもまさか、最後の一発が不発になるとはね」
苗木はあの時、佐々苗を殺す気もなければ見逃す気もなかった。その結果か、佐々苗の幸運が発動して不発に終わった。呆然とする佐々苗に苗木は言った。『見逃して上げようか?』と。
「まあ、ああいう勝ち続けたタイプは折れると弱いからね。一度は江ノ島さんを越えるという目標でなんとか支えてたけど」
「その目標も、僕に論破されましたが」
「そりゃぁね。勝てないってわかってるくせに何とか勝てると言い聞かせても、そんなものただの強がり、簡単に壊れる」
「完全に折れちまったか、じゃあ二度目はねぇな。たく、どこぞの絶望様は三度も頑張って登場したってのに情けねー!あー、情けねーぜ!もう少し気張れよ!頑張れよ!ドラゴンク○スト並みに出続けろよ!あ、これはフラグじゃねえからな?」
クロクマはギャハハハ!と腹を抱えて大笑いする。何とも元気な奴だ。
「まあ苗木には洗脳あるし大丈夫だろ!もう最強だな!マスク被って中二病で黒がイメージカラーの教団率いる最期に刺されて死ぬ奴ぐらい最強だな!」
「洗脳?ボクそんなの出来ないよ?」
「…………え?」
「ボクが使ったのは、コレだよ」
苗木はそう言うと、袖の下から《スイッチ付きのカプセル》を取りだす。
「何だそれ?まさか、バイクになるのか?ドラゴンの宿ったボールを集めるモラル低下時代の女子高生の履き物みたいな名前の奴の持ち物みたいに!」
「いや、この中に入ってたのは毒だよ……どっちかというと〝ウイルス〟?……えい!」
苗木はカプセルを突然投げる。桑田から会得した『剛腕』によって投げられたカプセルは、弧を描くことなく瓦礫の隙間を通り……。
「きゃん!」
女性の短い悲鳴が聞こえてきた。
「うぅ~、酷いですよ苗木さん~」
「ヤッホー罪木先輩。何でナース服?」
「あ、う……に、似合いますかぁ?」
苗木の問いにモジモジ照れる、〝77期生〟の超高校級の保健委員『罪木蜜柑』。彼女の姿はまさにミニスカナースだった。
「まあ良いや。それ、ありがとう」
「いえいえどういたしまして」
「…………どゆこと?」
「どうしたのクロクマ?何時もはマシンガントークなのに………」
苗木と罪木を見て首を傾げるクロクマ。
「まあそもそも汎用言語如きじゃ、人の思考を操るなんてハナから出来ないんだよ。相手がかかるって思い込んでれば、催眠術には使えるけど」
「催眠術は、ようするに相手がかかると思い込む必要のある自己暗示の延長ですからね。仮面を付けている相手には、ガスマスクか何かを付けている可能性も考慮しなくては」
モノクマ仮面はそう言って仮面を取ると、裏には口元の部分に平たい形のガスマスクが備え付けられていた。
「特定の遺伝子に反応しないウイルス、だっけ?助かったよ罪木先輩」
「そんな、それは殆ど薬師寺さんが造ったものですよぉ。私なんて手伝いしただけですぅ………でも、吃驚しましたよぉ?いきなり江ノ島さんの携帯から着信があるんですもん」
「番号変えてなくて良かったよ」
苗木は懐から《ラメ入りの携帯》を取り出す。彼女の番号はコレの中に入っていたのだ。だから、連絡した。
「それじゃあ約束ですよぉ………あの人に関する情報、教えてください」
「ん?あ、そうだったね………ほら、今度修学旅行するって手紙があったでしょ?その修学旅行に、『七海先輩』が来るよ」
「…………あは」
七海と言う名を聞いて、罪木は濁った瞳で笑みを浮かべる。口からは涎を垂らし頬を染め震える身を抱き締める。
「うふ、うふふ……つまり生きてるんですよね?あの人が、七海さんが!あははは!やったぁ……じゃあ今度は、私が……私自身で七海さんに絶望を教えて上げることが出来るんですね!」
「まあ、そうだろうね……」
「ああ、嬉しい………七海さんを、私がどんな失敗しても、どんなに駄目でも笑顔で許してくれた七海さんに……私の手で絶望の素晴らしさを教えられるなんて……」
罪木はそのまま瞳を苗木に向け詰め寄ってくる。
「ああ、もう………そんな事教えられて、我慢なんて出来ませんよぉ……ねえ苗木さん、教えてください。七海さんは今どこに、何処にいるんですかぁ?早く教えてください。でないと私、もう我慢……」
「うるさい」
「あん!」
苗木は詰め寄ってきた罪木の腹をけ飛ばす。罪木の方が苗木より身長が高いはずなのに、その体は浮き上がりゴロゴロ瓦礫だらけの地面を転がった。
「落ち着いてよ罪木先輩。我慢は大切だよ?」
「あ、ありがとうございますぅ……♡」
罪木は笑みを深めながら立ち上がり、はぁはぁと息を荒げていた。
「七海先輩が好きなのは解ったからさ。それに知ってても手を出せないのは、絶望的じゃない?」
「う………それを言われると、そうかもしれませんけどぉ………わかりました。でも約束ですからね?キチンと七海さんに会わせてくださいよぉ……約束破ったら、薬漬けにしちゃいますからぁ」
「わかったわかった。あ、それじゃあカムクラ先輩、これシロクマの〝心臓部〟」
「確かに受け取りました」
苗木は罪木の言葉に呆れながら、モノクマ仮面もとい『カムクラ』に懐から取り出したメモリースティックを渡す。カムクラはそれを受け取ると歩き出した。
「ところで苗木さん?あれ、誰ですか?」
「カムクライズル。あらゆる才能を持つチートキャラだよ」
「ほぇ~、そんな人が……あ、じゃあ私もこの辺で」
「うん。またね………」
罪木と苗木は、お互いに別方向に歩き出した。
「あ、苗木くん、何処行ってたの?皆心配してたよ?」
「ちょっとね。七海先輩の支部は、もう準備万端みたいだね」
「うん。何時でも出れるよ」
苗木は第13支部に戻り、現状を確認する。車が数台立ち並び、中には食料が積まれている。後は人が乗れば何時でも出発できるだろう。
「じゃあボクらも、第14支部に戻って準備するから、また今度ね」
「うん。また今度………」
バスに乗り込み第14支部に向かう苗木は、ふと携帯が震えているのに気付いた。既にラメを剥がした何処にでもある携帯だが、その番号を知る者は少ないはずだ。
「ヤッホー
『苗木様……その、そちらは?』
「キミが書き置き残して居なくなって、花美さんが落ち込んでるけど、後は概ね予想通りかな?で、接触出来た?」
『は、はい……苗木様が選んだ『本物の絶望』達と接触出来ました』
「それは何より、それじゃあそのまま監視お願い」
『はい。哀れで愚かな私の命を見逃してくれた苗木様に、必ず報いて見せます!』
「別にそんなに畏まらなくてもいいよ。ボクもちょうどペットが欲しかっただけだしね」