救えなかった苗木の逆行物語   作:超高校級の切望

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イキキル(非)日常⑨

「………え?……苗木……君?」

 

 目の前で倒れている苗木に、江ノ島はその光景を呆然と眺める。

 

「こ、こら!退きなさい苗木クン!ボクは男に抱きつかれる趣味は無いの~!」

「…………………」

 

 苗木がムクリと起きあがると、モノクマがハァハァ息を荒く興奮している。

 

 

「くう。可愛いと有名な苗木クンに押し倒される日が来るとは…」

「江ノ島さん、大丈夫?」

「あれ無視?無視なの?おーい………それと苗木クン、江ノ島さんは校則違反を犯したんですよ!それを助けた苗木クンは……!」

「…ボクは?」

「……やっぱどうでもいいや。コロシアイは殺す相手が多い方がいいし、それにこれでボクが本気だってことはわかったでしょ?」

 

 モノクマはそう言うと、壇上の中に消えていった。

 後に残されたのは沈黙。耳に痛いくらいの沈黙を破ったのは葉隠だった。

 

「……あ、あれ?今の、苗木っちがすっ転んでなかったら、どうなってたんだべ?」

「苗木か江ノ島かが貫かれていただろうな、そこの槍に……」

「え?いやいや、だっておかしいべ……死んだら……え?これ、ドッキリじゃなかったのかよぉ!?」

 

 葉隠は放っておいて平気そうだな。前回と同じだ。前回と違い、死者は居ないが。

 だが、ここにいる全員が、人が死ぬかもしれない瞬間を目の当たりにしている。

 

「……………」

 

 冷静なのは十神と霧切、そして苗木とハナから興味のない舞園ぐらいだ。

 

「と、とりあえず皆自室に戻ろう。頭の中を整理したほうがいい」

 

 石丸は顔を蒼くしたままそう呟く。

 自身も整理したいのだろう。それは当然だ、どんなにニュースで流れていようと、道端に花が添えられていようと、結局は人の死など他人事。いや、理解しようとしないのか。理解することは死を身近に感じることなのだから、理解したがる奴の方が異常だ。

 霧切や苗木のように死を近くで見てきたか、十神のように目の前の死にすらゲーム感覚の興味を持つ奴ら以外、初めて見た死に近い光景は心を揺するには十分すぎる。

 

「………うん……」

 

 石丸の言葉に江ノ島はふらふらと歩く。多くの者が死にかけた故に頭が回らないのだろうと思っているが、苗木だけは目を細め歩き出した。

 

「ちょっと江ノ島さんと話してくる。舞園さんは自分の部屋に戻ってて」

「………はぁい」

 

 苗木の指示に舞園は拗ねたような表情を見せ、しかし逆らうことはせずに大人しく従った。そんな舞園に、セレスが話しかける。

 

「よろしいのですか?」

「何がですか?」

「彼を女性のところに行かせて、浮気ではないですか?」

「何言ってるんですかセレスさん。私たちは別に付き合ってませんよ……」

「あら、そうでしたの。でも、苗木君みたいな平凡な男性はその気になってしまうかもしれませんから、距離感というものを───ッ!?」

「「「!?」」」

 

 セレスはそれ以上、忠告を紡ぐことが出来なかった。

 セレスの喉元に、舞園が包丁を突きつけたからだ。

 

「私のことはどうぞ好きなだけ。でも、苗木君の悪口は止めてくれます?私、苗木君に言われてるので、クロになるわけには行かないんです」

 

 それは言外に、苗木をこれ以上侮辱すれば殺すと言っている。

 殺意の宿らない目で、それが当然のことのように………。

 

「も、申し訳ありません……」

「いえ、わかってくれれば良いんですよ」

 

 舞園は満足すると、笑顔のまま包丁をしまった。

 笑顔のまま人を殺そうとしていた舞園に、周囲は理解できない何かを見るような視線を向ける。

 

「……ブラック舞園ちゃんも良いな」

 

 …………このアホを除いて。

 舞園は周囲をクルリと見回してから、苗木の指示通り自分の部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 江ノ島盾子……に、扮していた〝戦刃むくろ〟は、自室のベッドに座りながら考え込む。

 自分を殺そうとしたのは、黒幕……本物の江ノ島盾子だ。そして苗字こそ違うものの、実の妹である。

 絶望的なまでに絶望を欲する絶望中毒者。それが江ノ島盾子。むくろに取って最愛の妹に裏切られた。

 

(……何で……?予定と違う……盾子ちゃんが、私を……)

 

 むくろの中に渦巻く感情は………『絶望』。

 

(……絶望?これが絶望……盾子ちゃんが、欲しがってた………?)

「うぷぷ。足りない頭で何か考え事?」

「……あ……盾子ちゃん」

「ジュン・コチャン……誰それ?」

「あ、あの……ごめんね。怒ってる?」

「はあ?」

 

 むくろの問いかけに、モノクマは首を傾げる。いちいち動きが人間臭い。

 

「盾子ちゃんは、絶望したかったんだよね?私のこと、大好きだから……私のこと殺そうとしたんだよね?」

「……………」

「……大丈夫だよ、私……怒ってないから。ごめんね、ちゃんと殺されてあげられなくて」

「…………どんだけ残念なんだよ」

 

 はぁ、とため息を吐き、肩を落とすモノクマ。

 

「じゅ、盾子ちゃん……?」

「飽きたんだよ。姉妹とか、そう言う関係に……そりゃあね、ボクも肉親殺した時の絶望を味わおうとしたよ?それは認めましょう。でもさあ、お姉ちゃんが後一歩で死ぬとこで思ったんだよね……ああ、これは松田くん殺した時には及ばないなって……だからもう、どうでもいいよ」

「……ま、待って盾子ちゃん……私、何か怒らせるような事した?謝るから、待って……だ、誰か殺せばいいの?殺すから、ちゃんと殺すから……」

「いやだから別に良いって……コロシアイするなら勝手にやれば?キチンと学級裁判もお仕置きもするけどね」

「そ、そんな……だって、盾子ちゃんの事、一番理解できるのは私だけで……」

 

 と、その時だった。不意に部屋のインターホンが鳴り、むくろの意識が逸れた一瞬で、モノクマは姿を消す。

 むくろはモノクマが消えた場所と扉を交互に見てから、扉に向かって歩き、扉をひらいた。

 

「江ノ島さん、少し良い?」

「………苗木……()………」

 

 江ノ島から関係を絶たれた今、むくろは江ノ島を演じることなど出来るはずもなかった。

 

「……えっと……入って良いかな?」

「………うん、上がって」

 

 苗木誠。

 彼は覚えていないだろうが、二年間の生活の中、江ノ島以上に笑顔を向けてくれた男子生徒だ。

 

「……じゃ、お邪魔します」

「……………」

 

 部屋の奥に入っていく苗木の後ろ姿を見ながら、むくろは指を鍵爪のように曲げる。

 苗木は間違いなく、みんなの中で一番の友人だ。彼を殺せば絶望出来るだろう。

 

(……ちゃんと……絶望しなきゃ………そうすれば、盾子ちゃんの考えてることがわかる……わかることが出来れば、また一緒に……)

 

 獲物を狩る肉食獣のように、全身に前進のための力を入れる。

 

「あ、そうだ江ノ島さん」

「っ!」

 

 いざその力を解放しようとした瞬間、見計らったかのように苗木がクルリと振り返る。

 そして、むくろがよく知る笑顔で話しかけてきた。

 

「怪我とかしてない?」

「………うん、大丈夫だよ」


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