安藤流流歌の過去
お菓子作りは得意だった。母親の手伝いをしていたから、やっている内に覚えた。
友達が喜んでくれるのが好きだった。
「あ、あのこれ……カヌレ作ってみたんだ」
「わー、ありがとうルルちゃん!」
「うん。一緒に食べ──」
──よう、と言いきる前に友人は走り去ってしまった。最近、多い。
除け者にされている訳ではないのだが、少し寂しい。ほんの出来心で、後を付けてみることにした。
「どう十六夜くん、美味しい?」
「おいちい」
「良かった~!明日も作ってくるね!」
そこで見たのは、安藤が作ったお菓子をさも自分が作ったかのように誇らしげに〝男子〟に食べさせている友人の姿だった。
「そ、それ流流歌の……」
「あ、る、ルルちゃん!?」
友人がしまったと言うような顔をして振り返ると、無愛想な男子はジッと安藤を見つめていた。
「これはお前が作ったのか?」
「え?あ……う、うん……」
「何言ってんの!?あたしが作ったんじゃん!嘘つくなよ!」
「ひっ!」
安藤の言葉に友人は慌てて遮るが、十六夜は耳を貸さず安藤の下まで来ると、彼女の両手を掴んで頼み込んだ。
「毎日俺のために、おいちいお菓子を作ってくれ」
「……えっと………え、えぇ~……うん」
第一印象は、変な奴………。
次の日、朝早速十六夜がお菓子を取りに来た。渡す時ひそひそと話し声が聞こえたので振り向くが、目を逸らされた。
「おはよー」
「…………」
「あ、あれ……あ、おはよう!」
近くの友人に挨拶を無視され、別の友人に挨拶したがこれも無視された。戸惑っているとクスクス嘲るような笑い声が聞こえてきた。
それから一週間、お菓子を取りに来る男子、十六夜惣之助としか話せていない。
「無視される?」
「うん……お菓子も食べてくれなくて」
「こんなに美味しいのに」
安藤のお菓子を食いながら不思議そうな顔をする十六夜。話せる相手が十六夜しか居ないため、必然的に話す時間も増えた。
そしてその日、久々に友達から遊びに誘われた。
「……あんたさぁ、最近なんなの?」
「………へ?」
公園についた途端にトイレの裏に連れてこられ、待機していた数人の女子に睨まれた。
「何十六夜くんと仲良くしてんのよ。お菓子でつってさぁ!」
「だ、だって……十六夜くんが欲しいって……」
「物でつるとかサイテー」
「顔に自信ないからじゃん?」
「お菓子作りしか出来ないもんね~」
クスクスと笑顔で放たれていく理不尽な言葉の暴力に涙目になりながらも、安藤は睨み返す。が、向こうはどうやら気に入らなかったらしい。
「んだよその目は?事実だろうが!あんたあたしより勉強できる?運動できる?出来ねえだろ!」
「そ、そんなこと……何で、そんな酷いこと言うの!?」
「酷いのはお前だ〝裏切り者〟!」
「う、裏切り……?」
「仲良くしてやってんのに十六夜くん取りやがって!ふざけんな!男に色目使ってんじゃねえよ!」
「る、流流歌、そんなつもりは……!」
そんなつもりは無い。彼は、ただの友人の1人だ。だが不幸なことに彼は人気者だった。
だから、女子は気に入らない。仲良くするのが、自分以外の存在であるという事が、自分以下の存在であるという事が……。
「………お菓子の匂い」
下校中、十六夜は甘い匂いを感じ公園に向かう。トイレの裏からだ。隠れて誰かが食べているのだろうか?
「………安藤?」
「ッ!?」
十六夜がうずくまっていた少女の名字を呼ぶと、安藤はビクリと肩を震わせ恐る恐る顔を上げる。
「ちょうど良かった……何時もの『おいちいお菓子』をくれ」
「…………………」
「……?」
不意にゾクリと取り返しのつかないことを、大切な物を底の見えない穴に落としたような悪寒を感じる。
安藤はゆらりと立ち上がり土を払うと、十六夜に駆け寄って抱きついてくる。
「……うん……あげるよ……いくらでも……」
「おお、良いことを言う……」
「だから……」
「……?」
「……だから、流流歌を裏切らないで!お菓子、いくらでも上げるから!流流歌には、それしかないけど……でも、でももっと美味しいお菓子作るから!ずっと流流歌の側にいて!絶対に、裏切らないで……お願い……お願い、します…………」
安藤の声は段々と小さくなっていき、終いには嗚咽に変わり十六夜の胸に頭を押しつけえぐえぐと泣く。
その肩は余りに小さく、弱々しい。だから、守ってあげなくてはと思った。
「これが公式だったら絶望的だよね~………だって、片方はある意味壊れてんじゃん。しかも、もう片方のせいで!」
ジャバウォック島の図書館にあった『絵本』を読みながらケラケラ大笑いする江ノ島だったが、話しかけた相手である苗木は月光ヶ原が書いた本を読みながら難しい顔をしていた。
「どったの?」
「うん……この本を読んで性格診断をしてみたんだけど……………ボクはひょっとしたら〝ドS〟、所謂サディストなのかも知れない」
「は、え?……今更!?ちょっ、気づくの遅すぎっしょ!」
苗木が解せないと言うような顔で唸っていると、江ノ島はヒーヒーと過呼吸になるまで笑いまくった。
「にしても……『依存と偽善』って対した恋仲だよね、こいつらも」
「良いんじゃない?何時かそれも本物愛に変わるよ」
「それに引き替えあたし等は相思相愛だもんね!苗木はあたしを絶望させるためだけに、あたしが最も嫌がる【お仕置き】してくれたしさ!」
江ノ島は笑顔で苗木の背中をバシバシと叩き、一瞬でナイフを袖の下から突き出したが、苗木が近くの冊子で防いだ。
「げ!これあたしの写真集じゃん!これでガードするとかあたしへの愛が感じない!」
「愛ねえ………」
「何、まさか愛してないとか言う気!?もう他に好きな人が出来たの?」
「じゃあ、愛の結晶でも作ってみる?」
「やん、苗木のエッチ♪」
江ノ島は苗木の誘いに責めるように言いながらも、手をつないでコテージまで向かっていった。
「………夢か。後少しだったのにツイてない」
その日の苗木の第一声はそれだった。
書きながら、俺は彼女が出来ることを切望した……。