それは苗木が希望ヶ峰学園で平和に過ごしていた頃の話。
突如江ノ島が考案した『ドキッ!超高校級大集合!軍人vsクラスメートの隠れん坊大会』で、苗木が隠れる場所を探している時の出来事だった。
「戦刃さんから逃げるって、けっこうハードルが高い気が………」
通い慣れない場所まで来てグチる苗木。その際無意識ながら壁を叩いて進んで居るのが、探偵や軍人を観察している内についた癖だとは、本人も未だ気づいていない。
「あ、苗木くんやっほー」
「あれ、七海先輩?」
「ねえねえ突然で悪いんだけどさ。この時期何かイベントないかな?」
「この時期ですか?そうですね……〝ハロウィン〟とか?」
「うーん、去年もやったしな……」
苗木が歩いていると角から見知った顔が現れる。一年上の超高校級のゲーマー『七海千秋』だ。苗木が好きになるゲームは基本人気なゲームばかりだが、七海は時折マイナーなゲームも誘ってくる。曰く、平均的な意見を聞きたいのだ……とか。
「あ、なら付属小学校の子供達とやったらどうです?一緒に仮装して街を回るんです」
「うん!それいい!ありがとね~……あ、そうだ……」
「ボクと同じアンテナを持った予備学科の先輩には会ったことありませんよ」
「そっか……見かけたら教えてね」
七海はそう言って去っていき、苗木も去ろうとして不意に何かを踏み滑る。よく見るとハンカチだ。
七海が落としたであろうハンカチを踏み、バランスを崩した苗木は慌てて壁に手をつく。と、カチリと壁が〝窪んだ〟。
「………ん?」
ガチガチと音が鳴り壁が開いていく。苗木は暫く眺めた後、壁の中に現れた通路の中を進む。
少し進んで隠れるつもりが思いの外広くはなく、扉の前についた。
〝彼女〟は暗い部屋に一人で居た。
ずっと眠っていたが先ほどの振動でたまたま目が覚めた。元々彼女は電力さえあれば活動できる。おまけに食事を取り、胃の中でエネルギーに分解できるらしい。
そして人間と違い眠っているときはエネルギーを消費しないので、眠る限りなら何年でも寝ていられる。
だが時折眠りが浅くなる。待っているから、『必要』とされるのを……。人の希望となるために造られたのだから、人の希望になることがしたい。
「……あれ?」
『………………』
足音から記録にない者だとは思っていたが、見たこともない〝少年〟だった。アンテナのような謂わばアホ毛が特徴的な、平均的容姿に比べれば目が大きく鼻が細く口は小さい、所謂可愛らしい容姿をしている。
『あなたは誰ですか?』
「えっと……78期生の『苗木誠』です。すいません隠れん坊のつもりで……まさか人が居るとは」
『……………』
発汗、瞳孔、呼吸……それらを全て確認してみるが怪しいところは無い。嘘は言っていないのだろう。しかし、自分はあまりに人間に近いため、人道的にどうこうと言う理由で隠し部屋に保管されていたはずだが。
「先輩ですよね?」
『私は希望ヶ峰学園の生徒ではありません』
「え?じゃあ……あなたは?」
『………………』
その質問に彼女は答えかねた。なんと答えれば良いのか解らなかった。
制作者達はカムクライズルを作るつもりが、自分では期待に応えられなかった。自分は一体何者なのだろう?
『私は……誰でもありません』
「………?」
『名前はありません。機体名は《希望ヶ峰共同製作No.000》です』
「えっと……良くわからないけど名乗る気はないと」
『そうですね、(そもそも名前がないから)名乗りようがありません。好きなように呼んでください』
「じゃあ……三つの零で三零……じゃ味気ないし、【魅例】で」
『その後私は別の場所に保管されてしまい、しかしこうしてマスターと再会したというわけです』
魅例の説明が終わると、苗木は懐かしいなと頷く。あの後〝隠れん坊〟では苗木が見つからずに済んで、江ノ島が優勝者にご褒美と言って苗木の頬にキスしてきた。
あれで苗木が残らなければ、他の奴がキスされていたのだろうか?
『マスターの心理状態は現在、苛立ちを示しています』
「ん?あ、ごめん」
想像だけで嫉妬するとは、我ながら独占欲の強い……。
『……女の事を考えてますね?』
「まあね……で、魅例はずっとボクを待ってたの?」
『はい。名を与えられたその時から、私の存在意義はマスターの御身のために』
「そっか……待たせてごめんね。取り敢えず、苗字は【希望ヶ峰】にしとこうか」
『はい!』
希望ヶ峰学園で造られたから、苗字は希望ヶ峰。安直だが喜んでくれた。
説得する必要が消えた。昔の出会いがこんな風に役に立つとは、運がどう作用するかわからない。
「えっと……どうやら役立てたようで……とは言え私は表立ってあなたの手助けは出来ないので、宗方さんのやり方に不満を持ち、なおかつ超高校級の希望であるあなたを無条件で信用する相手を探します」
「ん?ああ、(必要ないけど)よろしく頼むよ」
「はい。ですからどうか、『雪染』を絶望させてください」
「…………柊さんってさ、雪染さん好き?」
「まさか、私はアイツを絶望させたいだけです。好きなわけがない……」
あっそ、と苗木は興味なさそうに出口に向かって歩き出した。その後にカムクラと聖原、希望ヶ峰が続き、柊もついてくる。
「………あ~……ぶっ殺さずに済んだ」
「よく我慢できましたね」
部屋に戻った苗木はベッドに飛び込み、大きくため息を吐く。
『マスターはあの女に殺意を覚えていたのですか?そうは見えませんでしたが』
「《超高校級の演劇部》は体の反応、脳波、極めれば自分自身さえ騙しますからね……しかし、何時の間にそのような才能を?僕が知る限り、アナタは確かに幸運で、超高校級の演劇部の師事を受けたことはないはずです」
「こっちにも色々あるんだよ……てか、殺したい。本当に殺したい……なぁにが絶望の残党だよ……」
苗木はイライラしながらそう返し、ポケットから『安藤の飴』を取り出し噛み砕く。
体中を言い知れぬ快感が走り、ようやく怒りが収まった。
「落ち着いたら寝た方がいいですよ。〝明日〟は、早くなるでしょうから」
「?まあ、カムクラ先輩が言うなら……おやすみなさい」
「アナタも充電は満タンにしておくように……ではおやすみなさい」
カムクラはそう言って部屋から出て行き、聖原もクローゼットの中に入る。希望ヶ峰はヘッドホンから取り出したコンセントを差してスリープ状態に入った。
苗木も欠伸を一つしてから眠りについた。