Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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終幕『第六天魔王』-3

 

 

「さて。次はどいつだ? 儂を楽しませてくれる強者は」

 信長に加え、書文まで相手取るとなるというのは無理難題にも等しい。

 だが、それをしなければ時代の修復は成されない。

 地獄の一角たる書文、聖杯を手にした信長。

 二人とも凌駕せねば、この時代の崩壊は止まらない。

 今なお世界に入った罅は広がり、速度は黒炎によって加速している。

 猶予はない。如何に難題であろうとも、乗り越えなければならない壁だ。

「ま、まだ終わっていません。槍克地獄……!」

「ほう?」

 沖田が鈴鹿から離れ、前に出る。

「それは……」

 その手に握られているのは、今まで持っていた刀ではない。

 折れた愛刀に代わり、刀と言うにはあまりに長大な刀身を持つ漆黒の一振り。

 天国が沖田のために鍛った魔刀。

 しかし――沖田が剣と達人とはいえ、これまでの得物とは勝手が違い過ぎる。

「呵々! そうでなくては!」

「ッ!」

 最初の踏み込みと同時の刺突は、どうにか受け止められた。

 だがやはりそれまでと比べ、動きが鈍い。

 これでは――

「余所見をする暇があるのか?」

 ――射撃音。

 そうだ。書文以上の脅威が目の前にいる。

 お竜によって受け止められた弾丸は、やはり僕を狙っていた。

「まったく、世話の焼ける……いくぞ。さっさと終わらせる!」

「わたくしも行きます。マスター、ご無事で!」

 とにかく最大の脅威にして最優先すべきは信長だ。

 膨大な魔力を伴った突進を、巨大な手が受け止める。

 信長自身に被害が及んでいる訳ではない。

 だが最上位の幻想種としての力はあの手に劣っていない。

「竜が二頭揃ってこの程度か。精々、それと遊んでいるがいい」

 それでも、信長は余裕を崩さない。

 炎を纏い、それを盾としながら、それまで立っていた場所から離れていく。

 戦いが始まってから、信長にとって初めての移動。

「――――」

 立ち止まったのは、立ち竦んでいた光秀の眼前だった。

 自身より背の高い光秀を軽い魔力の余波で倒し、情の無い目で見下ろす。

「光秀、答えは出たか」

「ぁ……」

「我が覇道は最早誰にも止められん。貴様の忠の真偽がどうあれ、儂の手を取らねば貴様はここで死ぬ。聡明な貴様ならば、迷うこともなかろう」

 光秀に選択を委ねる物言いだが、それは強制に等しかった。

 臣下と言えど、迷いはすまい。

 自身が魔王となるために、蘭丸を犠牲にした彼女ならば、逆らえば躊躇わず光秀も殺す。

 仕える者がたった一人もいなくとも天下に手が届くのが今の信長だ。一人残すも残さないも、彼女にとってはさしたる問題でもないのだ。

「私、は……」

 言葉を絞り出す光秀。

 その、出そうとした答えがどちらなのか。

 もしかするとその時、彼は己の信念を曲げて本心とは異なる答えを口にしようとしていたかもしれない。

 世界を破壊する魔王が目の前にいるという圧倒的な威圧感。そして、あのように変じていても心酔していた主が己を信頼しているという歓喜。

 口から零れようとしていた解答は、寸でのところで止められた。

「……はきはき、しろってのよ、ミッチー」

 霊核を貫かれ、間もなく消えることが確約された鈴鹿。

 ブラウスを染める赤は徐々に広がり、より凄惨さを高めていく。

 しかし弱々しさなど見られない強い眼力は、死の際の自身を全力で繋ぎ止めているようだった。

「アンタのやりたい事――やるべき事は魔王に付いていくことじゃないでしょ。男だってのに、一度決めた事あっさり曲げてんじゃないわよ」

「……しかし」

「地獄を全員倒せていない? 聖杯を盗られた? 望んだ結果じゃないならそれでも足掻けっての」

 黙らせんと走った閃光を、鈴鹿は首を動かすのみで回避する。

 まるでそこに飛んでくることを予期していたかのように、洗練された動きだった。

「ノッブ、ちょっと邪魔しないで。私今、説教中だし」

 邪魔が入ったことに苛立ちを覚えながら、鈴鹿は得物の一本を空に放った。

「悪鬼、必滅すべし――文殊智剣大神通――恋愛発破、天鬼雨!」

 そして続く真名解放により、その刀は空を埋め尽くさんばかりに分裂した。

 信長を倒すためではない。

 全ては、たった一時の時間稼ぎのために、鈴鹿はその宝具を使用した。

「チッ……」

 降り注ぐ剣を信長は迎撃する。

 髑髏が清姫とお竜を相手取っている以上、それによる防御は出来ない。

 空に向けて展開された銃の引き金が一斉に引かれる。

 轟音の中で、鈴鹿は僕が借りていた刀を外し、鞘から引き抜いた。

「鈴鹿――」

「やらなきゃいけないなら、しょうがないし。死にかけだけど最後の最後に、手を貸したげる」

 それは、鈴鹿が「使うつもりはない」と言っていた宝具。

 彼女の有する三つの刀は、全て宝具として数えられる。

 その中でも特異な能力を持った、彼女自身使用を憚る秘中の秘。

「……アンタ――そいつのサーヴァント?」

「……そうだけど」

「そ……悪くないわね、アンタの、マスター」

 最後に、メルトに向けて僅か微笑み、鈴鹿は刀を振り上げた。

 

 

 

 

 ――是は双無き顕妙連。傍は果てにて、果ては傍。

 

 

 ――照らすその身に映るは無辺。朝日に宿る神秘なり。

 

 

 ――この夜は今は明けぬとも、我が命の灯を朝日と成す。

 

 

 ――日さえ昇れば夜は明くる。願わくば、次の夜こそ平穏であらんことを。

 

 

 ――――『三千大千世界』。

 

 

 

 

 真名を紐解かれたその刀には、あらゆるものが映っていた。

 世界を超えて広がる無数の可能性。

 それは僕にとって、いつも触れているものとまったく同じ性質を持っていた。

 そして――今、失われているもの。

 あらゆる可能性を映す鏡。

 ムーンセル――僕たちが住む世界が持つ、未来演算の機能。

 あの宝具は、ムーンセルと同系統の力を持つのか。

 それも、僕たちが取り戻そうとしている未来の可能性を内包したままに、宝具として。

「我が名は鈴鹿! ここより至る道の一つ、正当な道理にて手を伸ばさん!」

 自分が至るかもしれない無数の道を算出し、己にとっての最適解を導き出す宝具。

 それは一サーヴァントとして扱える能力を軽く凌駕している。

 因果の操作、逆転というレベルではない。今立つ世界そのものの行く末を操作する、それこそ権能にも近しい能力だ。

 多用することは即ち、サーヴァントとしての権利を放棄するも同義。

 だからこそ、彼女は使用を自ら制限していたのだ。

 しかし、最早残る時間もない。

 この時代に召喚され、たった一度の宝具使用。

 見出した可能性。この状況を打破すべく、鈴鹿が選んだ道は。

「我こそは槍克を受け継ぎし英霊なり! この世を侵す七つの地獄、私はその一角となった!」

「なっ――」

 一人残った最後の地獄を、正当な権利を以て引き継ぐこと。

 それで書文が消えることはない。ただ、地獄ではなくなっただけ。

 だが、その行為は非常に大きな意味を持つ。

 最後の地獄となった鈴鹿は、間もなく消える。それにより、七騎の地獄は全て倒れることとなる。

 この世界を特異点としている二つのうち、一つが解決されたのだ。

「……鈴鹿御前」

「……これで、私の役目は終わり。でも、これで大丈夫でしょ。あとは精々、アンタたちだけで頑張りなさい」

 鈴鹿は光秀に力強く笑い、消滅した。

 それと同時に信長は刀の対処を終える。

「おのれ――――ぬっ……!?」

 信長はその表情を驚愕に染め、髑髏の方を見た。

 未だ清姫とお竜が対峙している魔王の半身。

 その額部分が輝いていた。

 神聖なその光は、まさしく聖杯のもの。

 ――七つにて孔を穿てば、道を外しし奇跡の顕現。

 信長は言っていた。光秀も肯定し、そうでなければならないと言っていた。

 七つの地獄が倒れたことで、何かが起きる。

 それこそ、光秀が求めていたこと。

「ッ――――この……」

「沖田ッ!?」

 やはり、慣れない得物で戦うのは困難なのか、沖田が後退してきた。

「何だ、今のは。儂が地獄の楔から外された。何に困ることもないが――」

 書文にはなんら変化は見られない。ただ、地獄ではない通常のサーヴァントとなっただけ。

 輝きを強める聖杯。自身を纏う魔性にも変化があったのか、信長も焦りを隠さない。

「おのれ、光秀――何をしたァ!」

 光秀だけではない。同時に僕たちにも、百を超える銃が向けられる。

 銃弾の雨を防ぐ手段はない。

 油断した――だが、諦めてなるものか。

 まだ抵抗だけは出来る。迎撃すべく、宝具を現出させようとした刹那――――

 

 

 ――聖杯の輝きは、世界全てを覆った。

 

 

「――何が……」

「起きた、のよ……?」

 銃弾は一発たりとも僕たちに届いていない。

「む……」

「あ、あら……?」

「これは……一体」

「むぅ、ネコは光に弱い……目が、目が……!」

 気付けば、周りにピエールやサーヴァントたちが集まっていた。

 光が収まっていけば、信長や書文、キャスター・ナルと距離を引き離されているのが分かる。

 そして――僕たちと、彼女たちの間。

 ――何か、規格外の二つが、そこに立っていた。

「……」

「……沖田?」

 その装束は、黒く染まっていた。

 白かった肌も浅黒くなり、足下まで伸びた髪はふわりと浮いている。

 魔刀『煉獄』を持つその姿には、まるで違和感がない。

 否――正しく言えば、彼女と言う存在そのものが、あまりにも大きな一つの違和感なのだ。

 そして――もう一人。

「――これが」

 黒き炎――信長とは違う、また、もう一つの黒を背負う光秀。

 信長とは違う点は、その炎に鎧としての形を持たせている点。

「――我ら、抑止の守護者。運命(Fate)を終わらせる魔()なり」

 沖田は、それまでとは違う、一切感情の感じられない声色。

 感じられるのは、信長をも凌駕せんばかりの圧。

 今目の前にいるのは、本当に沖田なのだろうか。その確信さえ持てない。

 光秀は、自身が纏う力に戸惑っている様子だ。

 彼にはまだ、彼らしい自我が残っている。だが、沖田にはそれがない。

 まるで機械にでもなってしまったかのような――そんな静けさ、冷たさ、無機質さだった。

 抑止の守護者――世界を維持する安全装置から遣わされる、絶対存在。

 ムーンセルが御する守護者と類似しているが、その強制力と特権は世界においてそれを超えるだろう。

 まさか、この人理の崩壊した特異点にまで影響を及ぼせるとは――

「……小賢しい、失せよ!」

 無数の銃弾が襲い来る。

 信長が持つ全ての銃を使った一斉射撃。

 どれだけ素早い英霊であっても、逃れることは出来まい。

 だが――

「それでは、駄目だ」

 一瞬、沖田の右腕が消え、すぐにまた現れる。

 直後、銃弾の全てが弾け飛んだ。

「……メルト、見えた?」

「いえ……」

 ――恐らくは、銃弾全てを視認した上で、全て斬り落とす。

 メルトでさえ捉えられない早業。

 それを、あの大刀を以て、彼女は成し遂げた。

「……馬鹿な」

「確約を司る抑止、人の祈りはお前の魔を指し示した。よって、ここで断つ」

「――抑止の、守護者。なるほど、なんと醜い、人の祈りか」

 静かに、しかし強く宣言した沖田に対し、暫し言葉を失っていたキャスター・ナル。

 しかしやがて、引きつったような笑みを経て、元の飄々とした表情に戻る。

「浅ましき人の願望。それ即ち……私と同じもの。であれば。それを否定することこそ、我が存在の証明――!」

「そうか。で、あれば――」

 受けて立たんと、沖田は腰を低く下ろす。

 その構えは、元の沖田と同じもの。

「は――ははは、ははははははは! 恐れることはありません、我が魔王! 貴女は抑止の守護者をも超える存在! 世界全てを破壊する貴女に、抑止力が勝てる道理がある筈ない! 戦うのです! あれこそ天下への最後の障害! その先に、栄光ぞある!」

 ――あの姿を、人の祈りと、彼女は言った。

 それによって紡がれたのが世界。ゆえに、それを否定することは彼という存在の証明に他ならない。

 高揚を隠さないキャスター・ナル。

 その宝具――聖杯と一体化した無限の心臓は、まだ動いている。

 沖田と光秀の変質を成立させたものの、聖杯はその後信長に魔力を供給する心臓としての機能を再開させた。

 やはり、倒すことで停止させるしかない。

「……お前たちは、下がっていろ。あとは私たちがやる。それでいいな、紫藤。お前の剣として、私は奴を断つ」

「ぁ……」

 此方に投げかけられた言葉は、やはりそれまでの沖田とは違っていた。

 だが、己で定めた役割を失ってはいない。

 誓ってくれた。あの、絶望しかなかった時に、僕の剣であってくれると。

 それは変じたとて変わらない。最後の戦いも、その在り方を守らんとしてくれている。

「――――ああ、任せる。頼む、沖田」

「……ふふ。その名は、もう意味のないものだがな。いや、いい。この霊基(からだ)も、魔()と呼ばれるよりは心地が良いらしい。では、そのように」

 どうやら、僕たちの出番はこれで終わりらしい。

 結局、この戦いでは殆ど力になれなかったことになるか。

 ここよりは抑止の守護者の役目。人が介在できる余地はないようだ。

「わしは死なぬ。ここでは終わらぬ。三千世界に屍を晒すがいい、沖田、光秀!」

「無窮の境に堕ちるがいい、魔王。この地が、お前の歴史の果てだ」

 信長が再び銃の一斉射撃を行う。

 沖田が再びそれを切り払い、閃光が弾ける。

 爆ぜた光を切り裂いて突っ込んでくる書文を、沖田は最低限の動きで受け止める。

 その激突を以て、この時代を守る最終局面が幕を開けた。




これにて鈴鹿は退場となります。お疲れ様でした。
最後の地獄を肩代わりしての退場。
それによって抑止の守護者こと魔()セイバー登場です。
また、光秀も何やら変化が。

ところでこの魔()って表現、苦肉の策でしたがどうなんでしょうね。

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