Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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第六夜『魔京茨木縁起・狂宴地獄』

 

 

「ハッ、面白い――だが、何人集まろうと所詮有象無象! 吾には及ばぬ!」

「さて。それはどうか。これでわしらはしぶといでな」

 新選組の召喚宝具――沖田が無意識に発動したその旗に集った隊士たち。

 彼らは先頭に立つ男の号令で、茨木に向かっていく。

 ごく低ランクの単独行動スキルを持ち、独立したサーヴァント。

 その集合である新選組は、巨大な鬼にも恐れることはない。

「――カズラ」

『はい! 皆さん、足場が確立されている空間を指示します!』

 カズラの通達により、全員が然るべき空間を上り、心臓部への攻撃を開始する。

 だが茨木も、ただ攻撃されてばかりではない。

「鬱陶しい……喰ろうてくれるわ! 行け、叢原火!」

 隊士たちを振り払い、その手を切り離す。

 灼熱を撒き散らしながら飛ぶそれは、元の形態でも使用していた茨木の宝具。

「ハク!」

「ああ――!」

 防壁を展開しながら回避――隊士の数人は避けきれず、炎に呑まれていく。

 吹き荒ぶ熱風。

 手を取り戻し、茨木は更なる追撃を繰り出す。

「退くな! 退く奴は叩き切る! 止まるな、進め!」

 その手に対し、寧ろ突き進んでいく者が一人。

 召喚された隊士たちの中で、唯一新選組の証――浅葱の羽織を纏っていない男。

「クハ! 汝か人間! 惨たらしく殺されてなおまだ挑むとは、愚かなり!」

「テメェだったかガキ――悪いな、あの程度じゃあ、躓く小石にもなりゃしねぇよ」

 巨大な拳を刀一つで受け止める土方。

 それだけで焼けていく体を一切気にもせず、更なる力を込めていく。

「邪魔くせぇ……失せろ!」

 自身の後退を決して許さない。

 ――銃弾の音が聞こえた。

 実質的な攻撃力を持たない、心象としての銃声。

 銃弾が、号砲が、まるで自身を奮い立たせるものであるように、茨木の腕を押し返す。

「ぬぅ……っ!」

「歩みは止められねぇ。誠の旗は、不滅だ……っ!」

 腕を切り裂く。あまりの膂力に、茨木の腕が押される。

 鬼にさえ勝る連撃が、幾度となく叩き込まれる。

「ッ――」

 周囲に広がっていく罅をまるで気にせず。

「斬れ――」

 拳と剣のぶつかり合いで増えていく傷など存在しないかのように。

「進め――」

 腕に無数に切り傷を付けつつ、一歩、一歩と踏みしめていく。

「斬れ――」

 気付けば――茨木は防戦一方となっていた。

 もう片腕は他のサーヴァントたちを相手取るので精一杯で、土方の対処がし切れていない。

「進め――――ッ!」

 己の被弾も気にせず、進撃のみを重視した土方。

 周囲の空間諸共ボロボロになった腕に、戦場に立つ(バーサーカー)は銃を突き付ける。

 それは土方の心象そのもの。

 死後もなお止まらず進み続けるという、不退転の証明。

 ゆえに――

「ここが――俺が――新選組だ!!」

 ――その名、『不滅の誠(しんせんぐみ)』。

 長銃の射撃。その一撃が、巨人から片腕を吹き飛ばした。

「ぐ、ぁぁぁあああああああ!」

 腕が一つ失われたことは、あまりにも大きな損失だろう。

 目に見えて手数が減り、皆の攻撃がより苛烈になった。

「行くぞ!」

「おぉっ!」

 勿論、茨木童子は人の世を恐怖に陥れた鬼である。

 本来人間に圧されるなどあり得ない。まして、聖杯の魔力により強化されている今、複数の英霊をも凌駕する存在だ。

 だが、京を守るべく招集された新選組は、彼女を少しずつでも削っていた。

 やはり、その主力ともいうべきは隊長格と思われる者たち。

 沖田のそれに酷似した三段突きや、刀の一振りで両からの挟撃を行う絶技。

 局長たる近藤 勇をはじめとした武芸者たちは己の魔剣で鬼を斬り裂いていく。

 その苛烈なさまに、背中を押される。

 僕たちにも、出来ることがある。

 彼らの参戦による勢いは、決して無駄にしてはいけない。

「メルト、僕たちも!」

「ええ!」

 メルトは、この剣はどうしたのか、と聞いてこない。

 間違いなく疑問には思っているのだろうが、それを問い詰めて好機を逃しても馬鹿らしい、と考えているのだろう。

 ただ、メルトは先の斬撃でこの剣の力を理解したらしい。

 即ち、茨木を攻撃することにより広がる罅を繋ぎ、この世界を維持する。

「カズラ! 皆に総攻撃の指示を!」

『はい!』

 他とは隔たれたここから皆に声を届かせることは出来ない。

 それを可能とするのは、隊士たちに交じって爪による攻撃を仕掛けているキャットと、オペレーターとして(ソラ)からこの時代を観測しているカズラだけ。

 ゆえにカズラにそれを頼み――数秒。広がる罅が、爆発的に増えた。

「は――!」

 メルトが接近の回数を増やし、僕自身も身体強化で以て剣を振るう速度を上げる。

 開いた傍から修復され、その剣の力が勝り、隔たれていた空間をも繋ぎ始める。

「紫藤殿!」

「段蔵! 怪我は――」

「見ての通り、五体満足でございまする。どうやら、最早加減も不要になったようですね」

 闇が晴れた隙間から跳んできたのは、段蔵だった。

 段蔵はメルトの動きに付きつつ、素早く状況を整理する。

 圧倒的な魔力で傷を修復させつつ、周囲に炎を射出する茨木。

 危機感を感じたのだろう。体の温度をさらに上昇させ、全体を射出口として放つそれらはまるでプロミネンスだった。

「ッ――!」

 閃光の如く広がる炎を、メルトは水膜を展開して防ぐ。

 段蔵も含めて守った防壁は、しかし咄嗟の展開ゆえか衝撃を防ぎきれず、一旦の後退を余儀なくされた。

「窮鼠なんとやらね。だけど……」

「ああ。あれも、万全の反撃になる訳じゃない」

 確かに強力な攻撃だ。

 だが回避は不可能ではない。

 その間を縫って攻撃をすることも出来る。

 

「――さあ、削っていこうじゃないか、セナちゃん!」

「わかった――『海獣母胎(ビースト・アドリブン)』」

 

「アーチャー、行けるわね」

「まったく、忙しいな……!」

 

「『黄金衝撃(ゴールデン・スパーク)』ッ! おらあああああ――ッ!」

「キャット武勇伝第六節! 『燦々日光午睡宮酒池肉林(さんさんにっこうひるやすみしゅちにくりん)』!」

 

「よし、オレも行くぜ。清ちゃん、下がってな!」

「ちょ、ちょちょちょ――ここでそんなもの使わないでくださいます!? ああもう! うねうねと気色の悪い!」

 

「ぉ、お、おおおおおおおおお――サー、ヴァント共ォ……ッ!」

 全方位からの宝具使用。

 その損傷は世界に広がることなく、炎の巨体のみが粉砕されていく。

「では、段蔵も参ります」

「何か手が……?」

「はい。母上の深奥、風魔の妙技。あの鬼めの残る腕、段蔵が奪ってみせましょう」

 サーヴァントとはいえ、その体は生身のもの。

 一撃でも受ければそれが致命傷になりかねない。

 しかし段蔵に恐れはない。

 遥か格上の相手に対し、決して怖じず立ち向かう。

 それは彼女の母がそうしたように。

 その機能の神髄を解放する。

「風よ集え。果心礼装、起動……!」

 絡繰ゆえの肉体の特異性。両の手首を接続させ、回転させる。

「おのれ……! 今度は何を……!」

 徐々に回転は速度を増し、風を切る音が周囲に響く。

 振り下ろされる拳、その勢いを止められる者はいない。

 寧ろ、ここから見える隊士たちは自身に向く攻撃が減ったとより攻勢を苛烈にする。

 茨木にとっても、それは諸刃の剣。

 傷を度外視し、まずは一人葬る。

 迫りくる死を見据え、その回転を最高潮に至らせる。

「『絡繰幻法・呑牛(イヴィルウインド・デスストーム)』――!」

「ガ――ァアアアアアアッ!」

 炎が風に舞い、竜巻に呑まれるように肩から引き千切られる。

 鬼にさえ通用する、魔性殺しの宝具。

 裂いた炎を極限まで圧縮させ、その存在を崩壊させる。

 吹き荒れる真空の刃は、遂に巨人のもう一つの腕を断ち、粉砕した。

「ッ、おのれ、おのれ! 吾は地獄ぞ! この世を喰らう鬼ぞ! 人の世でのうのうと生きた生温い英霊共に、負ける道理などあるものか!」

「人の世で生温く生きることが出来なかった者だから、英霊になるんでしょう。尤も――私はそうなれなかった例外。だからこそ、今生成すことが――私の誠です」

 吼える茨木に、毅然と沖田は答える。

 崩壊寸前の巨体は、核をもって繋ぎ止められていた。

 それを今一度――今度こそ、貫かんと沖田は踏み込む。

 不安はなかった。

 浅葱の羽織が熱風に靡く。

 頬に汗が流れたのは、常識を超えた熱ゆえか、それとも緊張からか。

 メルトの守りすら受けず、沖田は駆ける。

 先程のように、スキルが発動すれば次は間違いなく助からない。

 だが、誰一人それを補助する者はいなかった。

 ――その宣言を聞いた誰もが、邪魔してはならないと思った。

「――行ってこい、沖田ァ!」

「はい!」

 宝具の限界か。土方や近藤を含めた隊士たちは沖田に激励を送り、消えていく。

 沖田は一瞥すらしない。その一撃を、確実に決めるために。

「ぁ――甘いわ、人間! 喰らい尽くせ、叢原火! その身を燃やし悔やむがいい!」

 一人を焼くには大規模に過ぎる炎の弾丸。

 人数十人ならば軽く消し去れるだろう炎を、沖田一人のために撃ち放つ。

 ――茨木は、判断を誤った。

 あの炎弾の速度であれば、最早どのような速度の持ち主だろうと躱せまい。

 しかしそれを、沖田は可能とする。

「ッ――!」

「なっ」

 ――縮地。

 その特殊な歩法は、たった一歩で極大の炎を踏み越えた。

 あとは――

「メルト、いける?」

「余裕よ。このくらい」

 さよならアルブレヒト。メルトが誇る万全の守りがあれば、あの炎は怖くない。

 水膜に着弾し、爆発は視界の全てを覆う。

 その轟音の中――

「――無明三段突き!」

 明朗な、断固とした、決着の宣言が聞こえた。

 

 

 巨体が崩れていく。

 炎が解れ、闇の中に溶けていく。

 その中で一つ煌く、小さな輝き。

『ッ、聖杯が!』

「回収を!」

 炎と共に落ちていく聖杯に向かい、メルトが跳ぶ。

 崩れていく炎はメルトにとって障害にもならない。

 これで聖杯を回収できる――

「ッ――――――――!!」

「――!?」

 メルトと交差するように炎を突き破ってきた、小さな影。

 それがあの巨体との接続を断った茨木だと分かった時、腹を裂くような痛みと背中への衝撃が同時に走った。

「ぐ、ッ、あ……!」

「ク、ハ! まだ吾に杯の残滓はある! 貴様を喰らえば、それでまだ――!」

 ――胸を貫かれ、孔を開けてなお、彼女は生きていた。

 少しずつ消えていく体を気にすることなく、その指は獲物の臓腑を漁っている。

 その生の最後の獲物と定めた人間――僕を。

「紫藤殿!」

「動くな! この人間の寿命が縮むぞ!」

 体内を払拭するように指が這う。その度に痛みが走る。

「ハク!」

「ぁ、あ、ぐ、ぅあ……ッ!」

「そうだ、喚け、叫べ! それこそ吾が求めたものよ!」

 激痛の中で、脳は冷静に、行うべきことを示していた。

 腹に伸びる腕を掴む。それは、茨木には無意味な抵抗に見えたのだろう。

「――クハハハハハハ! 貴様の腕力ではどうしようと吾に及ばん! 抵抗するな、痛みが増えるだけぞ? より叫びたいというなら止めはせんがなぁ!」

「――ッ、――――」

 周囲を近付けまいとする背の炎。

 彼女は、それで十分だと思っていた。

 ああ――それは正しい。相手はただの人間。ならば周囲にさえ警戒を払っていれば、あとは獲物を弄ぶだけ。

 人間は鬼に遊ばれ、殺されるために存在する。

 ――そう。僕の中に在るものが、僕だけであれば、それで終わっていた。

「――『道は遥か恋するオデット(ハッピーエンド・メルトアウト)』」

「む……? 何を――」

「――――『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』」

「――――――――」

 一つ、夜であること。二つ、対象が女であること。

 霧があるという条件がなくとも、二つあれば相応の威力を発揮する。

 黒の呪詛が貫いた。

 完全に油断していた茨木が何をする前に、三つの内二つを揃えた呪いは小さな体を解体した。

 不完全ながら、体内の臓器を弾き出す殺戮の呪いは死に瀕した茨木の命を奪うには十分だった。

 アサシンの――“殺すことに特化した宝具”を使うのは、初めてだった。

 彼女が発していた炎が消える。

 先に統制していた能力が死に。

 その後、肉体が粒子となって、闇に溶けた。

 ――狂宴地獄、茨木童子の最後の瞬間だった。

「――――、ッ」

「ハク! ハク!?」

『ハクトさん!』

「紫藤さん!」

 命に関わる――とは思わない。

 だが、その痛みはあまりに鮮烈だった。

「誰か、治療魔術!」

「ッ、もう……これ使いたくなかったのに……!」

 頬に手が添えられる。

 ――ミコだった。

 何かを、彼女が口にすると同時――意識が冷たい何かに、沈んでいった。




これで茨木童子こと狂宴地獄は退場となります。お疲れ様でした。
初となる『解体聖母』使用。そして(一応)聖杯も獲得。
でもってハクがまた被ダメージ。この特異点は主にハクに厳しい。

新選組のメンバーは牽制という役割以上に、面々を奮い立たせる役割がありました。
士気の低下は何より恐ろしいってばっちゃが言ってました。

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