Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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第六夜『魔京茨木縁起・鬼哭啾々』

 

 

 ――カルキ。

 創世の星。終局の戦士。世界を洗う廻星。

 未来までを確約された人類史の最後に現れる英雄であり、氾濫したあらゆる悪を淘汰する者。

 懲悪の象徴。断罪の化身。

 秩序にして善の極致に立つ、至高の英雄。

 昨日グランドライダーから伝えられたその名は、すぐにムーンセルの蔵書から検索された。

「……それで、カズラ。何か情報は見つかった?」

 その名はインド神話において現代にまで伝わっている。

 だが、それだけだ。

 ――カルキという名の英雄が世界の終わりに全ての悪を滅ぼすべく誕生する。

 神話で伝えられているのはたったそれだけ。

 それ以上の知識は僕も、ミコやピエールも、この場の英霊たちも知らなかった。

 よってカズラに頼み、ムーンセルの記述を調べてもらっていたのだ。

『……いえ』

「え?」

『ムーンセルのデータベース全域に検索を掛けました。しかし、カルキという名前は何処にもありません。これを現代にまで伝えたインド神話の記述にさえ、カルキの名前はありませんでした』

「……そんな、まさか」

 あり得ない。

 カルキという存在の記述が“少ない”ならまだわかる。

 だが、インド神話にその名が無いというのはおかしい。

 人類史の全てを観測し、書き込んできたムーンセルにその名がなければ、その概念が世界に存在する筈がないのだ。

「ふぅム……月さえ知らない最後の英雄、か……なんでそんなものを、黒幕とやらは知っているんだろうね? どう思うミコちゃん?」

「知らないわよ。その黒幕とやらがムーンセルからその情報を盗み出したんじゃないの?」

「それは……いえ。無いとは言い切れないわね。私たちが管理を始める以前なら」

 十年以上前。それであれば、僕たちは知らないことだ。

 だが、それでも考え難い。

 僕たちが中枢に来るより前、中枢への道には一人のNPCが陣取っていた。

 二十世紀末期の偉人を模した彼は強大極まりないサーヴァントを連れ、中枢に至ろうとする者を叩き伏せていた。

 彼がいる限り、何か情報を盗み出すなど不可能な筈だ。

 そして、彼が情報を奪取、ないし抹消したというのはない。

 そんなことが出来るならば、彼があの場所に居座る理由もなかっただろう。

 最初から記述がなかった。もしくは、何者かによって改竄された。

 どちらも可能性としては考えられないが……そのどちらか、なのだろう。

 そして少なくとも黒幕は、それを可能とする人物ということだ。

「……今のところ、有力な情報を持っていそうなのは、冠位の英霊だけ、ということか」

 既に消滅したグランドセイバー。先程出現したグランドアーチャーとグランドライダー。

 至高の七騎というからには、あと四騎、彼らと同等の存在がいる筈だ。

 彼らの情報が月に無いというのも不気味だが……彼らが現状最も、真実に近しい存在か。

「もう一度接触を図りたいところね。話はそれから――」

『ッ、皆さん!』

 ――爆発的な熱気を全体に感じたのは、その時だった。

 熱線に晒されているような、肌の焼ける感覚。

 それがほんの数秒で和らいだのは、カズラが対処をしてくれたからか。

『特異点内の気温、急激に上昇中! 此方の最適化に干渉する魔術効果が発動されています!』

「ぬ、ぅ……」

「こ、これは……!」

「光秀! 段蔵!」

 この場にいる、気温の影響を大きく受ける二人が苦悶に顔を歪める。

 特例だ。彼らにも最適化を施し、どうにか難を逃れる。

 だが……感じられる熱気は残っている。肌に汗が浮かび、口が乾いていく。

 月による最適化があってなおこの熱。何も保護がなければどうなっていたか――

「カズラ、周囲の温度は!?」

『五十を超え、尚も上昇中です! 特異点全域、同じような状態と思われます!』

「……まずいな」

 信長や蘭丸はこの熱の影響を強く受けているだろう。

 既に人が平常に過ごせる気温を超えている。このままでは長くもたないだろう。

「原因は……」

『聖杯です! 魔力を拡散させながら、移動を開始――上空を飛行しつつ、この場に向かってきます!』

「ッ――脱出を!」

 熱とは真反対の寒気を感じた。

 メルトが壁を蹴り壊し、外に出る。

 各々、出来る限り小屋から離れる。

「――――」

「ぬっ、クロ!」

 僅かに、天国が遅れた。

 キャットが手を伸ばすが、それよりも早く。

 空に黒とは違う、赤が煌めいた瞬間――

 

 

 ――それは小屋のあった場所に落ち、拠点を粉微塵に爆砕し熱風を迸らせた。

 

 

 莫大な魔力は、聖杯のものだった。

 それを持った鬼は灼熱を纏い、飛んだ火の粉でさえ地面を割り弾けさせる。

 憎悪と憤怒に満ちたその顔は、幼さなど一切感じさせない。

 人々に恐怖を与える、正しく鬼のものだった。

「……茨木、童子」

「――――あぁ。気が急いたぞ。忌まわしき術懐の戒めが消え、己を抑えることが出来なんだ。吾もやはりバーサーカーよな」

 最初に会った時とは比べ物にならない。

 サーヴァントの在り方から大いに変質した霊基を携え、狂宴地獄はこの場に降臨した。

「まあいい。地獄の総意は叶えてくれる。私情を挟むが許せ、でもなければ、吾の怒りは収まらぬ」

『と、特異点内の崩壊が始まっています! 聖杯が生み出す炎により世界が収縮中――あと最短十二時間で、その時代は消滅します!』

 片手には骨刀を。もう片手には聖杯を。

 背に灼熱を背負った小柄な鬼の存在の規模は、膨大と言っても過小だった。

 この雰囲気は――大海の特異点にて最後に現れた魔性と似ている。

 時代を単独で滅ぼすに足る怪物――!

「人間ども、英霊ども、一つ問おう。酒呑を殺めたのは誰だ?」

 復讐がそこにあった。

 大切な者を殺された恨みが、彼女を満たしていた。

「……オレだ。前と同じく、オレが殺した」

 名乗りを上げた金時を、茨木の瞳が捉える。

「……汝か、坂田 金時。汝はまたも……」

「ああ。だが、これがオレのやるべきことだ。アンタらが地獄だってんなら、オレぁそれをとっちめる。それがスマートでゴールデンな解答だろうがよ」

「……分かっているではないか。であれば、吾は汝らを殺す。人を侵す鬼として。時代を焼く地獄として。同胞を殺された復讐の徒として」

 茨木は改めて金時を――そして、僕たちを敵と見定めた。

 聖杯を地面に置く。

 降伏ではない。その上で彼女は自身の掌に骨刀を突き付け、血を滴らせた。

「何を……」

「クハ。吾は汝らを許さぬ。この時代の焼却を待つまでもない。地獄の首魁たる、鬼の首魁たる吾が、この場で、纏めて殺してしんぜよう!」

 掌から刃が引き抜かれ、その先に付いた血を自身の舌で舐め取る。

 地面の聖杯は血を注がれ、その魔力を増幅させている。

「聖杯よ! 吾が願望を叶える究極の器よ! 吾が名は茨木童子! 吾、果てなる救いに選ばれし者なり!」

 グツグツと血が沸騰し、怪しく輝く。

 その詠唱は――メディアが言祝いだものと同じ。

 止めようとしても、周囲の灼熱は勢いを増し、それを許さない。

 そんな僕たちを尻目に、茨木は聖杯を再び手にし、天へと掲げた。

「ここに告げるは救いの欠片、第五の亜人! 古きに終わりを定義せよ! 滅びの先へと我らを導かんため、星の果てまで踏み砕け!」

 高らかに叫び、茨木は杯の中身を飲み干した。

 変質しきった己を内に取り込み、茨木童子は真実、世界を滅ぼす魔となった。

 姿は変わらない。

 彼女は今、己を世界の滅亡装置と定義したのだ。

『規格外の魔力です――! 特異点、崩壊加速! 急いで撃破してください!』

「ッ、皆!」

「やるしかないわね……! アーチャー!」

「炎に水……は、単純すぎるかね?」

 地獄の首魁。

 そう称される以上、茨木は素の状態で強大な力を持っていることだろう。

 だが、聖杯の力を取り込んだことでそれさえ大幅に超え、今や単独で災害にも等しい悪鬼となった。

「クク。構わんぞ。全員喰らわねば気が済まぬ。そうでなくば、酒呑の、同胞たちの弔いにはならぬ!」

 今や周囲の炎は僕たちに影響を及ぼさない、ということはないだろう。

 この世界の全てが敵だと言ってもいい。

 あの炎に少しでも触れれば、重傷は免れまい。

「ぬ……、クロはお前の同類であった筈だが。それを巻き込むことに躊躇いはなかったのか」

「クロ……? ああ、剣牢のことか。逃亡者にかける情けなど無いわ。元より酒呑以外の地獄なぞ、吾にとってはどうでもいいことよ」

 先程茨木が落ちた、小屋のあった場所。

 最早そこには建造物があった痕跡などなく、炎に呑まれている。

「……カズラ」

『炎内部にまで観測が通りませんが……恐らく、もう……』

 地獄として召喚されながらも、僕たちの味方として拠点や情報を提供してくれた彼女。

 あの爆発に巻き込まれては、サーヴァントと言えども生存は難しい。

 それはキャットも理解しているはずだ。

 そのキャットは――無表情だった。彼女らしからぬ、感情の一切見えない瞳だった。

「んー……なるほど。世の中には分かり合えぬ者もいる。キャットはまたレベルが上がった。一時とはいえ味方であったなら情をかけるべきではないか。いやまあ本能的にあの外道に爪立ててしまったアタシが言うのもなんだが」

「ふん……情けというならこれまで生かしてやっていたことがそれよ。逃亡した時点で吾らにとっては人間どもと同じく焼き尽くす対象でしかない」

「そうか。それはその通りである。野生の摂理、獣の掟なのだな」

「納得するのね」

「グーの音も出ない正論だったゆえな。だが腹の虫が鳴く……もとい、腹の虫が収まらぬ。思うにこれは激おこナントカカントカだと思うのだが、どうか」

 どうかと問われてもどうとも言えないのだが……。

 しかし、相変わらず理解し辛い言い回しだが、その怒りは明らかなものだった。

 無意識なのか、キャットの毛は逆立っている。

 晴明同様、彼女もまたキャットは敵と定めたのだ。

「……まあ、キャットはどうでもいいわ。地獄――貴女、ハクの腕はどうしたの?」

「あれか。案ずるな、まだ腐っても喰らってもおらぬ。まあ、もう使うこともなかろうよ。この時代は吾が焼く。積み上げてきた全て、無意味に等しくなったのだ。あんなものもうどうでもよいわ」

「……鬼ってのは、どれもこれも癇に障るわね。やるわよ、ハク」

「え? あ、ああ――」

「もちろん、わたくしもいますからね、マスター。角持ちということでどこか親近感を感じなくもありませんが、それはそれ。マスターの恨みの相手とあらば、お供致しますわ」

 茨木が盗み出した、僕の片腕。

 それはやはり、何かしらに使おうとしていたものだったらしい。

 結局その予定はなくなったらしいが――

「私を忘れてもらっても困りますよ。土方さんの仇です。負ける訳にはいきません」

 沖田も一歩、前に出る。

 土方は彼女によって討たれたと聞いた。

 彼女にとってもこれは仇討ちだ。

 複数の因縁が、ここにあった。

「数じゃあアンタ、思いっきり不利だぜ? どうするよ」

「ク――クハハハハハハハ! 群れて粋がるとは正しく人間よな! 足りぬ、足りぬわ! 腹を満たす肉にも及ばん!」

 数の差でいえば、圧倒的だと言えた。

 だがそれに茨木は一切の動揺を見せない。寧ろ、不足だと哄笑する。

 乱杭歯を剥き出しにした狂笑は、この世全てを嘲笑うが如く。

「勝ち目があると思うなら纏めて来い! 汝らを焼き尽くす業火、手向けには相応しかろうよ!」

 僕たちも、これで対等になったとは思っていない。

 これまでの特異点で出現した魔性も、サーヴァント数騎で相手取りようやく討伐が叶う存在だった。

 それらと同等だとすれば、全力をぶつけねば勝ち目はあるまい。

 ――狂宴地獄、茨木童子。聖杯を持つ鬼の首魁。

 この時代の大一番となるだろう縁起が、ここに開幕した。




カルキについて言及。
そして地獄の首魁、茨木ちゃんとの戦いの始まりです。
水着茨木ちゃん発表で狂喜乱舞していたりしていなかったりですが私は元気です。
ところで水着茨木ちゃん可愛いですよね。
可愛くないですか?
茨木ちゃんの水着ですよ。実装された時なんかそんなの予想も出来ませんでしたよ。
それが遂に水着で実装ですよ。こりゃあ引くしかないというか、出来れば宝具マまでいきたいところですね。
なんですかあの旗。幾らでも遊んで良いですよ一緒に遊びましょう。うへへお嬢ちゃんお菓子あげようね。

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