Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

89 / 107
第六夜『解れた夢』

 

 

 長く感じた、五日目が切り替わる。

 これまでと違い、それが分かるのは、カズラによる観測下に戻ることが出来たからだ。

 既にカズラは休んでおり、自動観測に切り替わっている。

 この状態では有事の際にあまり融通が利かず、荒事を起こす訳にはいかない。

 だが、こうしてただ起きて、外に出ている分には問題はなかった。

「……あまり、変わらないわね」

「ああ……だけど、空気はだいぶ良くなったように思える。地獄も半数を切った。もうすぐな筈だ」

 燃え盛る世界を前にしながら、メルトと言葉を交わす。

 異変に次ぐ異変はひとまず収束し、ようやくメルトと落ち着いて話すことが出来ていた。

 最後の情報を僕たちに伝えたあと、グランドライダーもまたどこかへと転移した。

 行く先を特定する手段もなく、仕方なくその日は休息となった。

 既に地獄は四騎が消えた。

 僕たちが降りる前に信長とサーヴァントたちによって討たれた弓境地獄。

 メルトたちが戦ったという殺爽地獄。

 ようやくメルトと再会し、その末で打ち倒した騎願地獄。

 そして、その素性を現したものの圧倒的な冠位のサーヴァントに成す術なく倒された術懐地獄。

 残るは三騎。

 剣牢地獄――セイバー・天国。

 槍克地獄――ランサー・李書文。

 狂宴地獄――バーサーカー・茨木童子。

 実質的に敵となるのは二騎。だが、そのどちらも強大であることは間違いない。

「能天気なものだ。ようやくの再会は結構なことだが、気を抜くのは全て終えた後ではないかね?」

「……そう、だね。大丈夫、気は引き締めているよ、アーチャー」

「ならばいいが。精々その楽観的に見える様に痺れを切らした誰かに撃たれんことだな」

 それまで周囲の警戒を務めていたメルトと交代なのだろう、小屋の外に出てきたアーチャー。

 油断をしているつもりはない。だが、彼から見れば気を抜いているように見えたらしい。

 恐らくだが、今日がこの特異点最後の日となる可能性は高い。

 否、そのつもりで挑もう。地獄との戦いは、今日終わらせる。

「ハクの油断は私が補うわ。忠告は結構よ」

「そうか。不肖飼い犬から主への気遣いだったのだが、そう言うならば黙るとしよう。ただでさえ不自由な身だ。これ以上枷を填められる気もない」

 メルトの怒気を含んだ言葉に、アーチャーはあっさりと引き下がった。

 飼い犬――自身をそう比喩した彼に、メルトはさらに不機嫌さを見せる。

「……少し、あのシステムにも規制が必要かしらね」

「それはいい。そのまま封印でもしてくれれば仕事もなくなる。君たちも余計な心労が減るのではないか?」

 あのシステム――メルトがそう称したのは、ムーンセルが、僕たちの管理下に移る前から持っていた機能のこと。

 奇跡の代価として売り払われた「死後」を管理し、有事において使役する特殊システム。

 かつて、例外事件にて起用されていた観測者、ライカもそれに該当する、守護者と呼称する予備機能。

 グランドライダーは、彼を守護者と呼んだ。

 そして、彼もそれを否定しない。

 アーチャーは生前、何かしらの理由で己の死後を売り渡し、その代償として奇跡を叶えた存在なのだろう。

「アーチャー……自分を、無銘の英霊って言ったのは……」

「ああ。例外事例もあるが、基本的に守護者なんてものは粗製品だ。そんなものにムーンセルはいちいち名など付けん。その中でもオレは特上の欠陥でね。生前の記憶も罅だらけ、穴だらけだ。名前に繋がる情報なんて何一つ持ち合わせていない」

 彼は真実、名を失った無銘の英霊。

 守護者の基になった人物を特定することは難しい。何せ生前と死後で完全に切り離された存在だ。

 ゆえに、どうあっても自身の名前を見つけることが出来ない。

 名乗る名が無いのだから、必然的に無銘となるのか。

「まあ、元より名に興味などない。案外自分から棄てたのかもしれんな」

「ほう、迷子の迷子のド―ベルマンだったか。ならばアタシが天正の名付け親(グレートマザー)となってやろう。報酬はニンジンでどうだ? 金の欠片八つほどと合成させた金ぴかニンジンだとキャットもいい笑顔(グッスマ)である」

「お前は何処から湧いた。それと生憎ニンジンも金の備えもない。一昨日来い」

 ――ごく自然に会話に混ざってきたキャットの気配は、驚くほどに無かった。

 いつの間にか屋根の上で寝転がるその姿を一瞥すらせず、アーチャーは僅か眉間に皺を寄せた。

「むぅ……無い袖は振れぬというヤツか。ならば良い。初回サービスで無料(タダ)としてやる」

「悪い。言葉が通じなかったか。名前は要らん。何処へなりとも消えてくれ」

「デトロイトのデ、マスターたるミコのミ、そしてアタシ、キャットの(ちいさい“や”)を大文字に変えてヤ。三つ繋げてデミヤというのは如何か! うむ、ニックネームとしてこれ以上ないと思うのだが!」

「…………ああ。あんたと出会って知ったことがある。特殊スキルなどなくともサーヴァントは頭痛を起こす。眩暈に頭痛、風邪かオレは」

「風邪? 安静にしないと駄目だぞブロンクス。粥でも作ってやるか?」

「デミヤはどうした」

 ……このキャットは、果たして頭を使って話をしているのだろうか。

 まるで脊髄反射のみで喋っているような奔放さは、恐らく多くの者が苦手とするだろう。

 どうやらアーチャーはその極みのようで、自由気ままな発言に言われ放題となっている。

「……で。キャットは何しに来たのよ」

「特に何も。猫とはこれ、自由な獣。よって寝る。アタシは寝るぞ」

 ……本当になんだったのだろうか。

 ここに来た理由も、やってきた時間も分からないままにキャットは小屋に入っていった。

 入る直前、夜の戦いの後キャットが小屋の戸に張り付けた札をバンバンと叩く。

 晴明が消えたことで、この小屋に掛けられた内部拡張の術式も解けた。

 本来はこれだけの人数がまともに入れるほどの大きさも無かったのだが、それを補ったのがまさかのキャット、それと紅閻魔であった。

 ――相分かった。あの外道に微塵も劣らぬどころかプレジデントなホテルのスイートルームにさえ勝る特上部屋を用意してしんぜよう。これが狐のお宿である。

 ――あんた玉ちゃんの尾っぽだろ。オリジナルならまだしもあんただとちょっと不安だぜ。オレが手伝う。

 その結果、見事内部の再拡張に成功したのだった。

 あれであの玉藻の前のアルターエゴなだけある。呪術の心得は十分だということらしい。

 しかし……今のやり取りに、気になるものがあった。

「アーチャー……眩暈って……」

「ん? ……チッ、口を滑らせていたか」

 頭痛はわかる。真面目な人格であればあるほど、キャットと関わった時のそれは増すだろう。

 だが、眩暈とは。

 何気なく言っていたが、妙に引っかかるものがあった。

「言っただろう。欠陥品だと。こうして喚ばれても、昨日の事すら振り返れないほどにオレは壊れている。霊基がどうのの問題じゃない。オレという人間は、もっと根底からして継ぎ接ぎだらけなんだ」

 ――サーヴァントとしての自身が確立する前に、彼はここまで堕ちた。

 そうせざるを得ないほどの、何かがあった。

 ただこうしている間も脳を揺さぶり、記憶は拭い去られ、罅割れた自身を嘲笑する。

 それが彼、過去ムーンセルに縋った、一人の男。

「……一体、何が……」

「ハク、もういいわ」

「メルト……?」

 それほどの何か。聞くのはとても礼に欠ける行為だろう。

 だが、アーチャーは隠す雰囲気がなかった。

 彼もまた、月が管理する存在。であれば、何があったのかは聞くべきだと思った。

 だが、それをメルトは止める。

「……アーチャー、最後に一つ、教えなさい」

「オレが答えられるものなら。悪いが此度の黒幕に関しては知らんぞ」

「そんなことじゃない。……貴方、どうして召喚に応じたの?」

 終わりを望んでいるかのような、諦観の見える性質。

 アーチャーのそれに疑問を持ったのだろう。メルトの問いに、アーチャーは皮肉げに笑った。

「さて。オレほどの者でも喚ばれるならば――よほどマスターに縁があったか。もしくは――オレという人間の根底が、腐っていても正義に傾いていたのではないかね」

「…………そう……よく、よくわかったわ」

 メルトに手を引かれる。

 アーチャーと目も合わせず、小屋に歩いていくメルトは、途中、一度立ち止まって。

「……貴方のような結末もあるってことね。心底から幻滅したわ。それなら、そのマスターだか正義だかのために精々好きなだけ壊れなさい、()()()()()

 ――その呼び方は、それまでと、どこか違った。

 まるで、彼とは違う、まったく違う誰かに対して言ったような。

 ――聞かないでほしい、とメルトの背中は告げている。

 であれば追及はしない。きっと、彼女なりに隠したいことがあるのだろう。

 だが、その、メルトにとって只事ではない事柄を、僕が知らない。

 その事実は少しだけ、面白くなかった。

 

 

 +

 

 

 ――夢を見た。

 

 ――過去の夢。

 

 ――暖かい昼下がり、だが日差しの見えない、屋敷の暗がりでの事だった。

 

 

「……十分に、魔力は注ぎました。これで……」

「ああ。駆動の条件は整った」

 そんな会話が聞こえてきて、私の全ては始まった。

 神経と定義された回線に熱が通っていくのを感じる。

 注がれた魔力が体を巡り、機能が覚醒していくのを感じる。

 それは人間の正しい目覚めとは違う感覚なのだろう。

 だけど、その魔力は温かく、始まりをとても穏やかに迎えさせてくれた。

「――聞こえますか、段蔵?」

 始まりに聞こえた男性の声、女性の声。

 私の銘として定義された言葉を口にした女性に応じ、頷いて、瞼を開いた。

「おお……目を開けた。目を開けたぞ果心」

「ええ。段蔵。私たちの姿が見えますか? 私たちの声が聞こえますか?」

「……はい。見えます。聞こえます。加藤 段蔵、呼び声に応じ、起動いたしました」

 赤い髪の男性がいた。

 黒く、先の白い髪の、女性がいた。

 どちらも大変穏やかな瞳で、私を見ていた。

「目、耳、そして喉……三つとも、うまく動いているようですね」

「何よりだ。我々の……いや、果心の提案はやはり正しかった」

「いえ、そんな……貴方様のご助力あっての事。でなければこの子は、良くて優秀な絡繰にまでしかなれなかったでしょう」

 女性の手が、私の頭に置かれる。

 記録(ちしき)として有する人肌ではない。

 女性が晒している四肢は、紛れもなく私と同じ、絡繰のものだった。

「段蔵。貴女は、ただの絡繰でも、忍でもありません。私の果心電装と風魔の術を内に秘めた、絡繰忍者とでも言うべき存在です」

 ――理解している。

 私の体内には、数々の暗器がある。

 そして人と世の闇に潜み、影として任を成すための術理がある。

 これらは本来一つに交わるべきものではない。

 だが、その例外として、私は造られた。

 果心居士の奇跡を基に体を造られ、生まれて間もない風魔の民の軌跡を内に記された。

 絡繰にて忍術を操る者、それが私、加藤 段蔵だと。

「……ゆえに、貴女には、決して穏やかならざる宿命を与えてしまうことになります。この乱世に貴女を造ってしまったことを、本当に申し訳なく思いますが……」

「お気になさらず。段蔵は、それに耐えうるべく造られた。であればその宿命は必定。何なりと、命をお申し付けくださいませ」

 それが私の存在意義。存在理由。

 であれば疑問や異論があろうか。つまるところ、この二人の創造者の期待に応えることこそ、私の役目なのだ。

「……ふふ。お前に込めたのは我らの全てだ。きっと、我らの期待以上の仕事をしてくれるだろうさ」

「はい。お任せください、父上、母上」

「ッ!? は、はは、うえ……!?」

「……っはははは。これは、大物になるぞ果心。我らの子だそうだからな」

「か、揶揄わないでくださいませ!」

 ――――その、二人が動揺している理由は、よくわからなかった。

 

 それから私は、甲斐国や越後国を中心として、戦国の世を駆けた。

 成果を認められ、影より評された鳶加藤の名。

 それを誇らしく思っていた。

 私が認められるということは、即ち父上と母上の術理が認められることに他ならない。

 作成の恩義に報いるため、私はひたすらに任をこなし続けた。

 

「……段蔵」

「は。如何いたしました、母上」

 ――少し涼しい、夏の日だった。

 母上との会話は、とても落ち着く。

 母上の声を聴くだけで。母上の手に触れているだけで、体の機能は安定していく。

 その理由は、私にはわからない。

 もしかすると、絡繰の扱いに対し類稀なる腕を有する母上の特殊な妙技なのかもしれない。

「もうすぐ、あの方に後継者が現れるようです」

「存じております。風魔の二代目、現頭領――父上の後を継ぎ、風魔を導いていく方でございますね」

 人の生というものは、永遠ではない。

 体が壊れず、魔力を得られれば半永久的に駆動することが可能な私とは違う。

 年を経れば肉体は枯れる。肉体が枯れずとも精神は摩耗する。精神が擦り減らずとも魂が朽ちる。

 有限の時間を人は過ごしている。

 ゆえに父上はいつまでも風魔の頭領で居続けることは出来ず、後継者が必要なのだ。

「……二代目は、あの方が育てるでしょう。ですが、三代目、四代目――その代には、あの方はいないかもしれません」

「……」

 父上には、限界がある。

 新たなる頭領にも、限界がある。

 必要な世代交代。それは、父上は忘れ去られていくものだということ。

 それは、嫌だった。機能の何処かが、拒絶反応を示していた。

「あの方は仰っていました。風魔が完成されるのは、恐らくは四代先。五代目風魔こそ、我らの至上になる、と」

 五代目の風魔。

 私には、想像できなかった。

「ゆえに、段蔵。貴女は、そこまで、初代風魔の継承者として、続く頭領たちに、風魔の術を伝えてください」

「――段蔵が、でございますか?」

「はい。永久なる口伝を可能とする継承者。それが貴女を造った、真の理由。風魔の五代目に至るまで、あの方の記録を残してください」

 ――私が、風魔を伝えていく。

 それは今まで受けてきた使命の中で最たる重要性を持つものだった。

 いつか生まれる、最強の風魔に向けての命。

 父上と母上が私にかける、最大の願い。

「……お任せください。この段蔵、必ずやり遂げてみせまする」

「……お願いしますね」

 頭に手が置かれる。

 この母上の行為が、好きだった。

「……自身の手では、己全てを絡繰にすることは不可能でした。人型の完全を、それが、私の悲願。絡繰も四肢のみでは、やがて脳は衰える。私が己に施せたのは、肉体の永遠だけ。しかし……貴女は違う。段蔵、私の子」

「はい」

「貴女も、あの方も、風魔の流派に名を刻んだ。であれば、私も何か、二人に続きたいのですが……ふふ、無理そうですね」

「そのようなことは。母上の妙術は、必ずや世に名を残せるものです」

「いえ……私には、きっと出来ない。だって……もう一つ、望みを持ってしまったから。貴女たちみたく、まっすぐと走ることは出来ない――」

 

 その、少し悲し気な母上の顔を、よく覚えている。

 それは確かに、あの時の私には知る由もないものだった。

 今の――この夢を見ている、サーヴァントたる私ならばわかる。

 ――偽りの果心居士、安倍 晴明の凶呪から逃がしてくれた母上。

 あの時、私に託したものがある。

 その一つが、母上が抱いていた想い。

 私と父上を含めての、母上のもう一つの望み。

 それを知って――私は、少しだけ、寂しかった。

 言ってくれれば、私は応じていた。

 きっと、父上も応じていた。

 己が宿命に奔走していた父上も、決してあの穏やかな時間を嫌ってはいなかったのだから。

 

 

 ――忍の命に生きる二人には、言い出せませんでしたね。

 

 ――けれど、最期に一つ、伝えさせてください。

 

 ――段蔵。そして、風魔様。

 

 

 ――私はいつか、二人と一緒に。静かに、穏やかに、幸せに暮らしたかった――――




アーチャー、そして段蔵と果心の掘り下げ回でした。
とりあえずキャット自重しろ。

FGOでは段蔵は初代風魔と果心居士が共同で作ったということになっています。
そこから先の話はなかったので、オリジナル成分多めでお送りしました。

カルキについては引っ張ります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。