Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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■■■『冠位』

 

 

 ――冠位の英霊。

 「最上位の英霊」などという括りに収まる存在ではない。

 その基準、霊基の規模からして、サーヴァントと大きく異なる。

 今まで知り合った、あらゆる存在をも超える、次元の違う存在。

 それが二騎、目の前にいた。

「……メルト、知っていた?」

「……いいえ。こんなの、月の記述にあったら私が見逃す筈がないわ。冠位のクラスなんて、正真正銘、月には存在しないものよ」

 カズラとの通信があれば、今からもう一度月の情報を洗い出すことが出来ただろう。

 だが、その存在感ゆえか、外からの干渉は完全に遮断されている。

「貴方たちも知らないサーヴァント……? つまりは敵ってことじゃないの? 味方のサーヴァントは月から召喚されてるんでしょ?」

 ミコの疑問はもっともだ。

 味方をしてくれる意思のある英霊は皆、月の機能によって召喚されている。

 中には天国のような例外も確かにいるが……

「ふふ。ま、そうだね。正体不明を疑ってかかるのは悪くないよ、悪くない」

「ッ!?」

 気付けばその声は後ろから。

 ミコの背後に移動していた少女――グランドライダーは、今にも踊り出しそうなほどに愉快げだった。

 そして、声に即座に反応したアーチャーが銃を向ける。

 その引き金を引くだけで、装填された銃弾は彼女の頭を撃ち抜くだろう。

 だが、彼女は一切意に介した様子がない。

「やめといた方がいいよー。私を撃つ理由がキミには全くない」

「その根拠がないな。少なくとも、マスターに危害を加えないためという大義名分はあると思うがね」

「大丈夫、大丈夫。この子に手を出すつもりはないから。その殺気しまってよ守護者くん。どうせ何千発撃ったところで私には届かないっての」

「……お前は」

 銃を下ろさないアーチャーに少女は肩を竦める。

 何千発撃っても届かない――それを少女は冗談でも強がりでもなく、純然とした事実として言い放った。

「ともかく、私は敵ではありません。果心ちゃんがキミたちの味方だったなら、尚更」

「……母上が?」

「そうそう。あの子は私が召喚されるための依代だったの。あ、一応あの子の同意あっての事よ?」

 居士が……グランドライダーの依代?

 それが失われたことで、正式に召喚されるための条件が整った――のだろうか。

「いやあ、それにしても喚ばれて正解。私の力の外で、こんなバカみたいな偶然あるんだねー。ね、ご主人様?」

「……え?」

 屈託のない笑い。その、妙な呼び名は、僕に向けられていた。

「……ふぅん」

「ほっほう。いやァ隅に置けないねぇ月の管理者も!」

「いや、違う。絶対に今考えてることは誤解だ」

 熱は感じないまでも灼熱地獄にいるのは変わりないのに、そうとは思えない冷たさがあった。

 一体何を言い出しているのか、この少女は。

 しかし、一つ違和感を感じた。

 この冷たい視線に、メルトが含まれていないのだ。

「……貴女、まさか」

 メルトの警戒の声色は、尋常なものではない。

 その正体が確信に至った、しかし信じられるものではないという驚愕もあった。

 ――僕にも、微かに思い出したことがある。

 ずっと前、何年も前に、「ご主人様」――自分をそうふざけて呼ぶ存在が、いたような――

「はい、そこまでー。アレに名前を教えるつもりはないって言ったでしょ? そこは空気を読みましょう」

 メルトの口元に指を置いて、少女は追及を終わらせる。

 それで、茫然としていた晴明は我を取り戻したように目を見開いた。

「ッ……冠位、冠位の英霊だと。そんなもの、私は知りません。法螺を吹くなサーヴァント!」

「キハハ。法螺だってさ。どう思う? アッシュくん」

「……僕は与えられた役割を名乗ったまで。これが偽りか真かも分からない。この点は、貴女の方が詳しいと思うが」

 彼女の癖なのだろう、独特の呼び名で呼ばれたシャルヴ――否、真名スーリヤカンタは、あっけらかんと答えた。

 スーリヤカンタ――その名は、聞いたことがない。

 ようやく把握することが出来た彼のステータスは非常に高水準だ。人に一切知られていない英雄というのは考えにくい。

 であれば、名乗った名――シャルヴもスーリヤカンタも本来の名ではないのか。

 それとも本当に、彼は自身の名を忘却しており、スーリヤカンタという名も新たに付けたものに過ぎないのか――

「真面目だねー。でもま、それも真実か。ただ私も冠位にしては結構特殊な例なんだけどねー。冠位って頭につけても、結局は神霊なんてそうは喚べないんだし」

「……では、特殊でない例とは誰のことだろうか。僕には、異国の者は神も人も区別がつかない」

「冠位ってのがそもそも非常事態宣言みたいなものなんだよね。そういうの抜きにすれば……セイバーちゃんにキャスターくん……それからアサシンくんも一応、かな? ランサーくんはどうだろう。冠位ってのはともかく、あの在り方自体がちょっと変だし」

 そんな雑談をしていても、二人の強大な存在感は微塵も揺らがない。

 ゆえにこそ、晴明も攻撃が出来ないのだ。

 ――彼は、理解している。

 どう不意を突こうとも、彼らには届かない、と。

「バーサーカーは――」

「あ、アレは最高に特殊だよ。多分この世にあの子以上に特異な英霊なんていない。神霊の悪意と人間の傲慢がぐちゃぐちゃに混ざり合った神罰と願いの化身。アレの存在そのものが『世界は狂ってる』って証明してるようなものだから」

「……そうだな。納得だ。僕でもわかる、あれはこの世の害悪が形を成したようなものだ」

「そうそう。あの子に比べれば私たちのがよっぽど普通の冠位だよ。理解できた? 陰陽師くん」

「っ……否。否否否! なんだこれは! なんだそれは! 負けなどあり得ぬから正体を晒したのだ! こんなところで、私が……ッッ!」

 喉が張り裂けんばかりに叫ぶ晴明の言葉が途中で止まる。

 ぐらりとその身が揺れ、崩れ落ちた。

「……どうあれ、貴方は隙を作った。母上の仇討ちとさせていただきます」

「段、蔵……ッ!」

「あっちゃー。手出しちゃった」

 例え予想外の存在が出てきたとしても、関係はない。

 母を殺された段蔵は、統率の乱れた影たちの間を潜り抜け、隙だらけの晴明に刃を突き立てていた。

「段蔵貴様……! 人形風情が、私に刃を……!」

 憎悪に歪んだ目が段蔵を捉える。

 背後の狐が晴明の意を受け、動こうとした瞬間――

「真下がガラ空きだ! ワン!」

「ぬぁ……!」

 体勢を崩したところに、更に足場が跳ね上がる。

 キャットが晴明の集中を乱し、反撃を停止させた。

「な、何故……!?」

「ネコ舐めるな。百メートルシャトルランは記録カンスト、反復横跳びは肉球がやけに滑る。アタシの体の柔らかさ、関節外しの特技、この爪で針の穴から糸通せる器用さを侮ったな外道!」

 ――つまり、よくわからないが自分であの束縛から抜け出した、ということだろうか。

 あの呪いは最上位のキャスターに相応しい、決して容易くは逃れられないものだった。

 だがキャットにはなんら疲弊した様子はない。

 ああ見えても、神霊のワケミタマという存在は只者ではない、ということか。

「よし、人を足蹴にした仕返しも済んだ。下がるぞ段蔵」

「え? いえ、しかし……」

「いいから下がれ。とばっちりは受けたくなかろう。先の刃、十分に弔いになったワン」

 起き上がる晴明。その反撃を受ける前に、キャットは段蔵を抱えて離脱する。

 あの狐には自動迎撃の機能はないらしい。

 自律性はなくあくまで晴明の意思に応じて戦闘の代替や呪術周辺の補助を行うのみ、ということか。

「もういいか」

「うむ。暇をさせたな。しかしどうしたその姿。何ぞの病か? 飯を食えば治るのなら任せろ」

「さて。その程度で治るものか。まあ、そんなことはいい。今は僕の役目を果たすまでだ」

 晴明に対峙し、ゆっくりと近付いていくスーリヤカンタ。

 その過程で、右手に得物を顕現させる。

 それまで武装として扱ってきた弓と、意匠は同じ――というより、あれと同じものか。

 上部と下部が一方向に向き、刃となった三叉槍。

 刃の間から零れ出る魔力は、一つの性質に特化している。

 ――即ち、破壊。

 それ以上に何かを壊すことに長けたものが果たしてあるのか、そう思えるほどに純粋な破壊が、そこにある。

「さて、皆、そこから一歩とて動かないこと。アッシュくん、加減できないから」

 グランドライダーの少女は相変わらず、気楽な様子で警告してくる。

 彼女は分かっている。この後、一体何が起きるのか。

 そして僕も、恐らくは他の全員も、察することが出来ていた。

「……私は、正義を成す。世界を焼く炎、これで、我々は全てを改め――」

「そうか。しかし、何であろうと関係ない。お前はあの男の逆鱗に触れた。諦めろ」

「ッ……認められるものか。私が! こんなところで! 滅びるなどと!」

 狐が咆哮する。尾の魔力が急激に膨れ上がる。

 半数残った影たちが殺到する。

 どうあっても目の前の「死」から逃れようと、安倍 晴明は己の呪術の全てを解き放った。

 対して、スーリヤカンタは槍の刃を向ける。

「受けろ。シヴァの怒りだ」

 短く、呟いた言葉はそれだけ。

 放たれた破壊の奔流。

 可視できるほどにまで凝縮させた“圧”が、広がっていく。

 

 一瞬だった。

 

 莫大な呪詛も。狐も。シャドウサーヴァントも。

 

 そして、それらの主たる術懐地獄――晴明も。

 

 

 ――全て含めて、跡形もなく消し飛ばした。

 

 

 破滅の暴威は確かに僕たちに被害を与えなかった。

 ほんの僅か、その武器の神髄を表しただけ。

「終わったぞ」

「――――」

 放射状に広がった、無の世界。

 残っているものなど何もなく、砕けた瓦礫すら存在しない。

 世界からごっそり抜け落ちた陥穽は、そこにそれまで何かがあった形跡がない。

 その削れた範囲の全貌は掴めない。

 対城宝具でさえ、これほどの破壊を齎すことは不可能ではないか。

「お疲れ、アッシュくん。理性に異常は?」

「……問題ない。そも、あの状態は理性に干渉することはない」

「あ、そうなんだ。力だけシヴァ様になるってのも難儀だねぇ。よく精神が耐えられるものだよ」

「そうなのか。いや……昔は何か感じていたかもしれない」

「……ふーん。タチ悪い呪いだねぇ、生命の森。流石の私もやりすぎだって思うよ」

 会話している間に、スーリヤカンタに走る青い文様は消えていく。

 元の、傷だらけの黒い肌に戻りつつもそういう彼に、グランドライダーは肩を竦めた。

「これで終わりだ、月の民。お前の怒りは受け取った」

「…………あぁ。だけど、君たちは……」

 先の、僕の怒りに応じ、スーリヤカンタは動いた。

 それは理解できる。だが、彼らの存在そのものが分からない。

 冠位――彼らが名乗ったそれは、一体なんなのか。

「――冠位を、知らないのか」

「まあ、セイバーちゃんも話せない立場だったからねぇー。まああの子がいたから私たちが自由に出来てるってことで」

 セイバー――話せない――

 いや、まさか。

「……黒竜王?」

「ああ、そうそう。あの子。アルトリア、だっけ? 言ってしまえば私たちの恩人。あの子のおかげで私たち自由に出来てる。まあおかげで早々にグランドセイバーの座が降りちゃったけど」

 黒竜王――グランドセイバー、アルトリア・ペンドラゴン。

 何処か似通った、圧倒的な雰囲気を持っていた訳だ。

 彼女と、彼らは同じ位階にある存在だったのだ。

「今は私たちについて、知らないで良いわ。この事件の黒幕が手駒として呼んだ切り札の七騎だと思ってくれればいい」

「黒幕――知ってるのね、その正体」

「勿論。ただ、名前は明かせないよ。そういう契約だからね」

 令呪のような、強制力の類だろうか。

 見たところ此方に味方をしてくれている彼女たちは、しかし黒幕の正体を明かすことは出来ないようだ。

「何か教えられることはないか。この事件に関する情報が足りないんだ」

「……んー」

 顎に手を当て、思案する少女。

 このまま特異点を解決していくだけでは、結局その真意すらわからない。

 今の僕たちには情報が必要だ。

 解決に至るため、どんな小さなことでも、手掛かりがいる。

「アッシュくん」

「ああ。それでは、女神。ご健勝を」

「そっちもねー」

 少女の一声で、スーリヤカンタは姿を消す。

 それは霊体化というより、この特異点自体から消えたような、重圧の離れ方だった。

 圧倒的な存在感が一つ消えると同時、カズラとの通信が回復する。

『皆さん! 無事ですね! ――術懐地獄の反応が……』

「うんうん。戻ってきたね、月との通信」

『貴女、は……その霊基……!?』

「さて、これで記録も取れるようになったね。せっかく体を手に入れられたし、暫く調整したいから――今は少しだけね」

 白鳥の背に乗り、背筋を伸ばしながら言う。

 それは、この事件の肝要を話す雰囲気には思えない。

 だというのに、その調子のままに。

 少女はそれを口にした。

 

 

「君たちが対峙する人間の目的。それは、この世の最果て、究極、結論の召喚」

 

 

「真の救済。人類史の白紙化。それに伴う、並行世界全てを巻き込んだ、史上最大にして最長の現実逃避のための機構の起動」

 

 

 

 

「――――その機構の名は、カルキ」

 

 

 

 

「――人類史の最果てにて目覚めを待つ、最後の英雄だよ」




術懐地獄、安倍晴明は退場となります。お疲れ様でした。
そして一章ボス、黒竜王について判明。
今回の二人の同僚でありました。

更に黒幕の目的が判明。
FGOにて四章は色々なことが明かされた章。
それに準え、色々と出てきました。
カルキはFGOにおける光帯のポジションでしょうか。

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