Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
「ようホワイト。色々あったみてぇだが、無事で何よりだぜ」
「ああ、ゴールデン。君も無事みたいだね」
「おうよ。オレっちは昔っからしぶとくてな。簡単にゃ死なねえって」
天国の小屋に戻ると、金時が気さくに手を振り上げ、笑いかけてきた。
「あら、生きてたのね」
「ンン。ただまぁ、五体満足ってワケでもなさそうだけどねぇ。あ、話は聞いたよ」
ミコもピエールも、特に傷は見られない。
二人のサーヴァントもまた無事だ。
此方側には、誰も犠牲は出ていないようだ。
そこにいた面々を見渡し、一先ず見知った顔が減っていないのを安堵する。
「そうですか……貴方がマスターの」
「うん、紫藤 白斗だ。君が清姫?」
「はい。マスターの――めると様のサーヴァントをしております」
メルトがサーヴァントと契約したことは聞いていた。
この角の少女がそうらしい。
清姫――安珍清姫伝説に登場する少女か。
ここに来るまでに互いの現状を話し合い、共有した。
此方は地獄の情報。新選組の二人に助けられたこと。信長の下にいたこと。
そこにいた面々。
牛若や土方の犠牲まで。
僕たちが多くの味方を得られた一方で、メルトたちもサーヴァントの協力を得たらしい。
「ふうん、あんた方が。オレは紅閻魔。玉ちゃんから話は聞いてたぜ」
「玉ちゃん……?」
もう一人、初めて見るサーヴァント。
棺を背負った赤髪の少女は此方を知っているようだが……。
「玉藻の前。知ってるだろ?」
「あぁ……玉藻の知り合いか」
彼女には英霊の友人が何人かいると聞く。
紅閻魔も、その一人なのだろう。
「おや。玉藻の前の知己であったのですか」
小屋から出てきた居士。
狐耳の男は、相変わらず妖しい雰囲気を全身から放っている。
「ん? あんたも?」
「ええ、少々浅からぬ因縁と言いますか」
驚いた……居士もまた、玉藻と知り合いらしい。
どうもこう……日本の英霊というのは妙なネットワークを持っているらしい。
英霊たちのそうした関わりは分からないが、どういう理屈なのだろうか……。
「……」
「……どうしました?」
ナガレの怪訝な表情に、居士が反応する。
「あ、あの……何処かで、お会いしたことは?」
「さて、どうでしょう……ともかく、貴女方が信長公に仕える者ですね」
ナガレの問いを軽く流し、普段通りの含みのありそうな笑みを向ける居士。
釈然としなさそうだが、ひとまずナガレはその疑問を仕舞い込んだ。
「はい。明智 光秀。及びナガレ。共に信長様に仕えております」
既に光秀の存在も伝えてある。
だが、それでも彼という存在と相対するのは、警戒無しではいられないものらしい。
息を呑むミコ。ピエールもまた笑顔ながらも、その目を僅か細くした。
「騎願を倒したようね。とりあえず、おめでとう」
「天国……」
こうしている間にも、刀の具合を確かめていた天国。
今は離反したとはいえ、かつての同胞の死に、彼女は複雑そうな表情だった。
「……残るは四騎、か」
「そろそろ年貢の納め時じゃないか? どうせ全て殺さなければ終わらんのだろう」
その素性が判明した時点から殺すべきだと進言していたアーチャーの考えは、やはり変わっていないらしい。
両手には銃が握られており、いつでも彼女を撃ち抜ける状態だ。
確かに……地獄全てを倒すことは、解決に最も近い道だろう。
龍馬が言うには、最悪の状態になった時はそれが必須だという。
「……まあ、それは良いけど。ただ、もう少し待っていてくれないかしら。この一振りの具合を確かめるまでは、どうにも死に切れないわ」
天国が今持っている小刀は、宝具にも等しい神秘を持っていた。
茨木に連れ去られたあの日の一振りとの差は、こうした成功品を見てみると如実に感じられる。
「ともあれ、多分私を生かしておいても良いことはないわ。私が何か情報を吐ける訳でもなし」
「それは……」
「離反の条件よ。術策の核心は告げないっていう制約。これはまぁ、術懐に掛けられたものなんだけど」
最初に聞いた、地獄たちの概要。
それ以上のことは、天国は話すことが出来ないのか。
「あいや待たれよ。クロは殺させんぞデトロイト。その鉛玉を届かせたければキャットの酒池肉林をお百度参りしてからにするがいい」
「……銃を向けるのも馬鹿らしくなるな」
キャットの相変わらず奇怪な発言に、アーチャーは頭を抑えた。
彼女の思考回路は、アーチャーにとってはまさに天敵らしい。
分からなくもない。彼女の言葉の真意をすぐに理解できたことなどただの一度もない。
現実主義らしいアーチャーとの相性は最悪だろう。
「キャットの気持ちはありがたいけどね。はい、これ御礼」
自身を庇ったキャットを撫で、獣の手に持っていた小刀を置いた。
「む、料理の依頼か。これで魚を捌けとな。ふむ、では夕餉は期待せよ」
「違うわよ。お守り。料理に使うのは勝手だけど、持ってなさい」
それは、キャットのために鍛ったものらしい。
天国は数多の霊剣、神剣を鍛ってきた伝説の刀匠。
お守りと称したその小刀も、天国がそのつもりで作成したのであれば相当の力を持っているだろう。
「……ともかく。聖杯の場所は分かったんでしょう? 天国を殺す殺さないの前に、方針を決めるべきじゃないの?」
『そうですね。今場所を転送します』
呆れた様子のミコの提案で、カズラが素早く京の地図を映す。
マークが付与された位置は、市街から外れた山の中。
「ここは……地獄の本拠ね。狂宴に連れられて行ったんじゃないかしら?」
「……あそこか」
一見すれば、あそこはただの山だった。
だがやはり、あの場所に聖杯はあったようだ。
つまり聖杯を回収するには、あの山に入り込む必要がある、ということ。
それが地獄たちとの最終決戦となるか。
「……その前に、信長様との合流を。あちらにも英霊がおります」
その通りだ。
鈴鹿とシャルヴがいれば、勝率は上がる。
この後の方針としては、まず本能寺で信長と合流、そしてその後、山に向けて出陣か。
「ふぅむ……いやはや、お役御免は近いようですね。この陣地も、そろそろ解体となりますか」
居士が欠伸をしつつ力を抜く。
誰が見ても、気を抜いているとわかる仕草だった。
――例えば、その命を狙う者がいたとしたら、それは好機であっただろう。
――ゆえに一瞬にしてその背後に忍び寄り、その命に手を伸ばす者がいた。
きっとそれは誰にとっても予測不可能な事態。
まるでアサシンの如く。気付いた時には、命は無いに等しい一撃。
それを防ぐことが出来るとすれば、襲撃に予め保険を掛けていた場合くらい。
「……」
「――」
首の皮一枚。
その、ごく僅かを、居士は届かせなかった。
結界と呪縛、一瞬で展開したとは思えない数と密度の守りにより、襲撃を防いだ上でそれを捕えていた。
それはいい。居士が強力なキャスターであるのならば、それも可能かもしれない。
だが――問題は、その襲撃を行った本人。
「……キャット、何を」
束縛されながらも抵抗し、その爪を押し込もうとするキャット。
一体、何を突然――
「ふん……ようやく殺せるときたら、やるしかなかろうて。いつまで経っても死なぬとあらば、アタシが手ずからぶっ殺すまでよ」
確かにキャットはこれまで何度も居士に殺意にも等しい悪態をついていた。
だが、それでも決して手を出すことはなかった。
それが――ここにきて。
「……いや、まったく。気が抜けませんね、やはり貴方たちは」
「そりゃあな。オリジナルは外道だが尾っぽは邪道。反英雄舐めるな。という訳で離せ。そして話せ。偽りも此処までだ」
「偽り……?」
獣の眼そのものだった。
獰猛な瞳はかつてない程真剣。対する居士は、正反対の冷たい目だった。
「……剣牢、貴方ですか」
「ごめんなさいね。色々と」
仕方ないと溜息をつく居士。
そして――
「ッ――――!」
「なっ……!」
「ぅあ……!」
体に掛かる重力が数倍に跳ね上がったような重圧が伸し掛かった。
居士を除く全員が地に伏し、動きを封じられていた。
「貴女の方は殺しておくべきでしたねぇ。私なりにかつての同胞として見逃してあげていたのですが……」
「え、ぇ……だって、たまはわたしの友達だもの。友達の悩みは解決してあげるものでしょう?」
「ああ本当に、余計なことをしてくれました。まだ一つ黙らせれば良かったのに、ああ――私としたことが衝動に任せてしまったじゃあないですか」
指一つ動かせない。
これほどの重圧を何の準備もせず、ごく一瞬の時間で、この場全員に掛ける。
紛れもなくそれは最上位のキャスターの術。
そして、その使い手が誰か。
この場においてただ一人この呪縛に捕らわれていない、自由なキャスターであることは、明白だった。
「居士……!」
「……果心居士。ええ、良い
まるでそれが、他人事であるように、居士の製作を称賛した。
「……何を。居士様、段蔵は、貴方の……」
「はい。私の製作。その通り。そう
「クラッキング……!?」
「果心居士。はは――私があのような法螺吹きな筈ないでしょう。これを受けてまだ分かりませんか」
彼は――居士ではない。
恐らくは僕たちを謀る目的で、その真名を偽っていた。
段蔵を操り、その名に信頼性を持たせ――果心居士として活動していた。
「外道は死しても外道よ! ぬ、ぅああ!」
バチリ、と弾けるような音がした。
強力極まりない呪縛を振り払い、キャットが再び襲い掛かる――その手はやはり届くことなく、更に数倍の呪いに封じられる。
抵抗しながらも膝を付き、頭を地に付けたキャットの頭に、“その男”は飛び乗った。
「いや、面白い面白い。滑稽だ憎らしい鬱陶しい。清々しいほどに害悪ですこと。誰もかれも、まともな人格がただの一人もいないのはどういうことですか、タマモキャット?」
「ふん。オリジナルを知る貴様には分かるだろう。まともでないものから出でたものがまともである筈がない」
「……は。他七つを仕留めた時点で把握すべきでした。理解できない存在であると」
「……他、七つって……」
キャットの性質。そして、その言葉。
彼は、まさか……。
「――ええ。私も驚きました。アレの尾が八尾も現界しているなんて。一先ず七人殺し、本体を誘き寄せるべく一尾残していましたが……結局、来ていないようですねぇ」
ここに来ていたタマモナインは、キャット一人ではなかった。
本体――玉藻の前を覗いた全員が、この時代に召喚されていたのだ。
最後に、手を貸すのはこれまでだと言っていたタマモ・オルタも、どうやら来てくれていたらしい。
だがその悉くが、既に消えた。
目の前の男によって、キャットを除き全員殺された。
「何故、そんなことを……」
「はぁ。何故。魔性を退治するのは英雄の仕事でしょう。私は英雄として、役割を全うしたまで。知らないのですか? 玉藻の前とは悪。人を脅かし、人を呪い、人を殺した化け狐。どうあっても人にとって敵にしかならない人類悪です」
――玉藻の前。
平安時代末期、鳥羽上皇に仕えたとされる美女。
鳥羽上皇の寵愛を得、しかしその正体が判明したことで人間たちに追われ、最後には那須野の地で討たれることになる。
正体は白面金毛九尾の狐。アマテラスのワケミタマ――人間の敵として、人類史に刻まれた存在だ。
それは知っている。
だが、反英雄であっても、人類史の味方になれることを知っている。
玉藻も、そう在れる存在だった。
「アレは私と同類だった。違っていたのは、アレは己の悪を肯定し、私はそれを否定した。自身に生まれ持った悪などないと悪性を抹殺し、それも含めて私の力とした」
その言葉で徐々に力を増していくものが、彼の周囲に現れた。
膨大な呪詛で構成された、巨大な狐。
それは、宝具だった。神威と呪詛が緻密に絡み合った芸術ともいえる術式。
「故に私は善を成した。化け狐を明かし、人喰いの鬼を明かし、あらゆる魔性を明かしてみせた。ええ特にあの狐は傑作でしたとも。人に化け人に染まった愚物を奈落に落とす快楽! こうして踏み躙ってやれないことが残念だった! 嗚呼、嗚呼――!」
――いつしか、彼の左目は開いていた。
右目と同じ色。だが、それとはまったく違う。
右目が淀であるとしたら、左目は天。神々しいまでの、邪悪な正義。
今までの彼とは思えない狂気も相まって、より一層、歪さが明確なものになった。
果たして、これは本当に人なのか。悪の化生でさえ、これほどに悍ましい存在感は持たないのではないのだろうか。
「……つまり、アンタが術懐だってこと」
「――ええ。私こそはこの時代に下りた最強のサーヴァント、術懐地獄です」
体が浮き上がる。
キャットを除く全員を自身の前に立たせるように動かし、呪縛を解放する。
体に自由を返したのは、絶対的な自信の表れか。
キャットを踏み台にしたままで、彼――術懐地獄は慇懃に一礼した。
「改めまして、皆々様。この衆愚燃え上がる監獄へようこそ。先の世の者、前の世の者、出自は様々ありましょう。しかしいずれも二流の雑兵。大英雄たる私には及びようもありませぬ」
大英雄。自らをそう称する術懐。
その過剰なまでの自信は、それを証明するほどの実績があるがため。
人々は誰しもがその偉業を認め、そして己が誰より誇った。
数多の魔性を打ち払い、世を脅かす超常を嘲笑った。
確かに彼は英雄だろう。人類史に刻まれし正義の英霊だろう。
だが、此度は違う。本性のままに、人の敵である地獄として顕現した彼。
「恐れおののき、そして玉砕なさい。貴方がたに戦う以外の道はない。ええ、思いつきで遊ぶのはここまでにしましょう。ここからは我が真髄でお相手して差し上げる!」
白い髪が、白い肌が、狐を構成する呪詛で妖しく照らされる。
視界の全てを暴くような瞳を悪辣に歪め、歯を僅かに見せて笑う。
その姿を見ただけでは、到底それが大英雄だとは思わないだろう。
だが――
「さあ――人間よ! 英霊よ! この私、安倍 晴明に平伏するがいい!」
――否定のしようがない。
彼が名乗った真名は、紛れもなく日本有数の大英雄のものだった。
という訳で元のメンバーと合流。
そして正体が判明しました。果心居士改め術懐地獄・安倍晴明です。よろしくお願いします。
後半終始キャットの頭を両足で踏みつけグリグリしながら喋ってます。皆さんこいつです。