Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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第五夜『願わくば、闇の内でも前のめりにて』-1

 

 

 ――恐らく、それは運命というものなのだろう。

 初めてその姿を視界に入れたときから、私はあの方に只ならぬものを感じていた。

 思えば、足利 義昭をあの方と引き合わせたことも、すべてあの方に尽くしたいがためだったのかもしれない。

 それまでの私は、まるで無意味であったかのようにあの方の覇道に塗り潰された。

 それでよかった。それまでの雑多な過去など、それからの私にとってはなんの意味も持たなかった。

 私は、無色だった。

 己の冷たさを自覚したのは、何時からだっただろう。

 戦禍に身を投じようとも、命の奪い合いをしようとも――どんな時でも、内の冷たさは私を支配していた。

 己の役割という、生命全てに灯る炎が、私には無いように思えた。

 そして、それを悲観する感情さえ、私には生まれなかった。

 気味の悪いまでの極寒を、それが私なのだろうと受け入れてしまっていた。

 何を、馬鹿げたことを。

 その冷たかった過去は、その出会いのためにあったのだ。

 取るに足らないきっかけだった。

 ゆえに何も思わず、ただ「此度はそういうことなのだろう」と顔を合わせた。

 

 ――――その瞬間、私の内に熱が灯った。

 

 己が掲げた天下に向けて邁進するあの方が、私に熱を与えた。

 それまでの自分はこんなにも悲しいものだったのかと、その一時、恥じた。

 そして、その時から、あの方は私の全てになった。

 あの方には、あらゆる勝利があるべきだ。

 天下を掴むもまた、あの方以外にはあり得ない。

 私は天下に向けて一歩一歩、歩みを進めるあの方の影であり続けた。

 あの方の行い全てが、限りなく眩しく映った。

 理解できぬと、離反した者もいた。

 道の半ばに倒れた者もいた。

 あの方が重用していた者が一人ひとりと消えていくのは、確かに悲しいものだった。

 だが、それだけだ。

 なれば私はその者たちの役目も果たす。

 たとえあの方に従う者が私一人になったとしても、私が万軍となればいい。

 顧みてみれば、それは強迫観念のようだった。

 あの方に万が一があれば、私は元の冷たい自分に戻ってしまう。

 怖かったのだ。私は、あの方の無い世界が怖くて仕方がなかった。

 ゆえに、私はあの方を天下に届かせんためにあらゆる手を打った。

 ――避けられない結末さえ跳ねのけんと、この手を選んだ。

 

 ――この地獄は、間もなく終わる。

 私が選んだこの道は、紛れもなく、あの方のためのものだ。

 正しい選択ではないだろう。あの方に知られれば、腹を切ることすら生温い罰が待っているだろう。

 知られてはならない。その瞬間まで、私はこの選択を秘めておかなければならない。

 己が選ぶ、恐らくは、最後の選択。

 ――――その時は、近い。

 

 

 +

 

 

「どうじゃ?」

 飛んできた鳥と額を合わせるナガレに、信長が問う。

 鳥とは言っても、それは生命ではない。

 部品と部品を紡ぎ合わせ、あらかじめ役目を与えた絡繰だ。

 ナガレが信長の命により、この京全域に放っている連絡用の使いだ。

 僕が知っている信長の配下こそ光秀、ナガレ、蘭丸の三人だが、他にもこの京各地に点在している。

 そしてこの鳥が受け取った情報をこの場で確認し、信長に伝えるのがナガレの役目だそうだ。

「……金時様からの連絡です」

 金時――彼は信長に、僕たちとは別の命を与えられていた。

 その詳細は知らされていないが、無事連絡が届いたということは緊急の事態にはなっていないということか。

「……殺爽地獄討伐の報せです。死傷者は見られないとのこと」

 ――殺爽地獄――酒呑童子の討伐。

 それは、先程僕が聞いていた情報だった。

 信長には既に伝えてある。槍克地獄・李書文との遭遇も含めて。

 しかし、彼の言葉と金時の報告。

 つまり、金時は――

「そして、この時代を修正に来た者たちと出会ったようです。白斗様、貴方の同行者では――」

「何処に――!」

「ひゃっ!?」

 殺爽地獄は未来よりの者たちに倒された。そう、槍克地獄から教えられた。

 金時も書文も、嘘を言うような性質ではない。

 ナガレが受け取った報告も真実だろう。

 であれば、金時がいた場所に――!

「何処にいるのか教えてくれ! ナガレ! メルトは、何処に――!」

「っ、っ――」

「落ち着けうつけが」

 ――その、一縷の希望に憑かれた自分を落ち着かせたのは、けたたましい銃声だった。

 僕の横を通り抜け、小屋の入り口に向けて走っていった弾。

 ちょうど持っていた火縄銃の火蓋を切り、引き金を引いたのは信長だった。

「眼前でバタバタと鬱陶しい。それではナガレの奴が答えられるものも答えられんわ」

「――――」

 掴みかかり、随分と、強く揺さぶっていたらしい。

 ナガレの驚きようは尋常なものではなく、その傍に深く隈を刻んだ眼を大きく見開いていた。

「ぁ……ごめん、ナガレ。取り乱していた」

「え、ぁ、う……はい、大事な方の手掛かりであれば、仕方ない、ことかと」

 謝りながら、手を放す。

 胸に手を当て、深呼吸をするナガレ。その表情には、僅か恐怖があった。

 突然このようなことをされれば、怯えもするだろう。

 衝動に身を任せたことを後悔しつつも、座りなおす。

「して、ナガレ」

「……はい。その者たちからの情報を得たのち、此方に戻るとのこと」

「……ふむ」

 顎に手を置き、考え込む信長。

 これで討伐した地獄は二騎。一騎――天国は地獄側に与するつもりがないとすれば、実質的には四騎。

 判明しているのは騎願地獄・坂本 龍馬、槍克地獄・李書文、そして狂宴地獄・茨木童子。

 術懐地獄を除き、正体は判明している。

 首魁は茨木童子。そして、正体不明の術懐地獄は僕への呪いしか手掛かりはないが、只ならぬ力を持っている。

 酒呑童子の死により激昂した茨木童子により、近いうちに決着にまで至るほどの戦いが巻き起こる可能性は高い。

 ここからはより慎重にいかなければならないだろう。

「……沖田、紫藤。それから光秀、ナガレ」

 暫く試案したのち、信長はこの場の四人の名を呼ぶ。

「坂田を待つ必要はない。お主らがその者らと合流せよ。ナガレ、その旨を即刻坂田に伝えよ」

「っ、はっ」

 選んだ戦略。

 信長の命に従い、すぐにナガレは要件を載せた鳥を発たせた。

「蘭丸、鈴鹿。そして……聞こえとらんじゃろうが、シャルヴ」

 そして残る二人と、相変わらず小屋の屋根に立つシャルヴに。

「儂と共に来い。宿所を移す」

「ここから? まだまともに機能できる場所なんてあんの?」

 鈴鹿の疑問はもっともだ。

 大体の家屋は火に包まれ、まともに家として機能する状態ではない。

 この炎はこの時代を焼くものであるがために、信長がそれを気にしない訳にはいかないだろう。

「うむ。隠し玉として残しておいた霊地がある。土地を十全に興せる術者も残っとらんゆえ、もって二日や三日じゃろうが……それより戦は長くもなるまい」

 それは、京の都にある信長の切り札なのだろう。

 恐らくは仕えていた魔術師の類により、己の陣地としていた霊地。

 信長がその所有者であるならば、この小屋よりも遥かに強靭な防衛拠点として機能する。

 信長は魔術師ではない。本来の持ち主であっても、その神髄までを発揮することは出来ないだろう。

 ゆえに、ここまで彼女は温存していた。そして、遂にそれを発動すべき時だと判断したのだ。

「もしや、それは」

「然り、蘭丸。本能寺――そこをこの戦の本陣とする」

「――――!」

 本能寺、信長が上洛するにおいて、宿所としていた寺。

 そして、言うまでもなく、信長という人間の伝説が終わりを告げた場所。

 沖田と鈴鹿――信長を知識として知るサーヴァントである二人の目の色が変わる。

 その寺と信長が関われば、否が応にも意識を向けてしまう人間が、この場にいるのだから。

 それを告げては良からぬ亀裂を生みかねない。ぐっと言葉を飲み込み、僅かに光秀に目を向ける。

 やはり彼は無表情。信長の命の意を違わぬよう、真摯に耳を傾けていた。

「お主らは坂田らと合流したのち、本能寺へ参れ。その後それを全兵力とし、地獄どもを殲滅する」

 その命で、僕たちは二つに分かれ、この小屋を放棄した。

 信長に対する懸念、光秀に対する懸念。そのどちらもあった。

 だが、それ以上に今は、ようやくメルトと会えるという喜びのほうが勝っていた。

 そのためか。

 

 ――光秀、良いな。

 

 ――意のままに。

 

 発つ直前の、件の二人の会話は、耳に入らなかった。

 

 

 最初に拠点と定めていた天国の小屋までは、意外なことにそう離れてもいなかったらしい。

 徒歩で半日程度の道のり。

 それを歩み始めて二、三時間ほど経っただろうか。

「――白斗殿」

 不意に、光秀に名を呼ばれた。

 熱されない鉄の、深い黒は静謐に此方を見据えている。

「お尋ねしたいことがあります。その、貴方と契約をしている――察するに、大切な方について」

「――――メルトの?」

「はい。貴方にとって、その方は、どういった存在なのでしょうか」

 ――僕にとっての、メルト。

 その答えは、考えるまでもなく頭に浮かんできた。

「……僕の全てだ。メルトがいなければ、僕の全ては始まらなかった。僕の最初から共にいて、そして最後まで共にいたい――そんな人だ」

 それ以前も、それより後も、僕には存在しない。

 メルトと共に在ったがゆえに、今の僕を構成するあらゆるモノは存在する。

 ゆえにこそ、離れているこの状況に、あんなにも危機感を抱いていたのだ。

「……では」

 その答えは、光秀にとって前提だったのだろう。

 恐らくは、その答えを彼は望んでいて。そのうえで、彼には問いたいことがあった。

 それ以上の難題。彼自身を苛む苦悩。

 彼が抱いている、最大の命題について。

「――その方と世界。二つを秤にかけたとき、貴方はどちらを選びますか?」

「……」

 仮定でなければ、あり得ない問題だった。

 メルトと世界。そのどちらかしか存在できないとして、果たしてどちらを取るか。

 今度の答えは、少しだけ時間を要した。

 どちらも取る――実際であれば僕は、その選択をするだろう。

 何か手が無いかと足掻き、見出した一筋の光明を掴もうと手を伸ばす。

 しかし、それさえできないとすれば。

 問いの通り、本当に片方のみしか選べないのだとすれば。

 ――考えて、答えは出た。

 出したうえで考えてみれば、やはり、それ以外の答えなど見出せる筈もなかった。

「……メルトだ。きっと最後には、そう答えると思う」

「……なるほど」

 メルトが存在しない世界。そんなものがまず、考えられない。

 僕の答えは、正しいものではないのかもしれない。

 それでも、やはり結論は揺らがなかった。

「確たる意思のようですね」

「ああ――この問いは」

「はい。似たような迷いを抱いていました。ええ、しかし――私にも、あの方以上のものなどない」

 それは、決して異性に向ける特殊な感情ではないのだろう。

 だが時として、それ以上に強い理由となりうる感情。

 迷いは断った。

 そう伝わってはきたのだが――それが、どういう答えに至ったのか。そこは、わからなかった。

 光秀は心底から、信長に忠を誓っている。

 だが歴史においては、この年、彼によって信長が討たれたと伝わっている。

 果たして何がきっかけだったのか。そのきっかけが何にせよ、今の僕には一つの憶測があった。

 ――この特異点の終幕は、本能寺の変という出来事なのではないか。

「私は最後まで、あの方のためにある。あの方のために、全てを捧ぐ――そう、決めました」

「――そう、か」

 明智 光秀という人間を殆ど知らない僕には、その考えを読み取ることなんて出来ない。

 だが、やはり歴史を知識として知っている身からすれば、その決意こそが不気味に思えた。

「ゆえに、手始めは」

「――――」

 僕から目を外し、新たに見据えられたその影。

 沖田は既に気付き、僕たちを守るように剣を抜いて前に出ていた。

「――終わったかい? それなら、始めてもいいかな?」

 先程から此方の様子を見ていたのだろう“彼ら”は、話が終わったと見るや燃える家の影から姿を現した。

「龍馬、待っている必要はあったのか?」

「何せ不意打ちで一人討ってしまった後だからねぇ……せめてもの詫びというか。こういう性分なんだよ、お竜さん」

 傍にお竜と呼ばれる、只ならぬ女性を侍らせたサーヴァント。

 地獄の一角、ライダー・騎願地獄――

「――坂本、龍馬」

「やあ、二日ぶり。元気そうで何よりだ」

 相変わらず、敵意を感じさせない穏やかな笑みを浮かべる龍馬は、僕たちの行き先を分かっているかのように道を塞いでいる。

「……出来れば二度と会いたくなかったのですが。それで? 貴方たちがここにいる理由はなんですか?」

 剣を構え、腰を低く落としながら、沖田は問う。

 既に臨戦態勢を整えた沖田に対して、龍馬とお竜はあくまでも自然体だ。

「理由と言えば、身も蓋もないけれど、君たちを倒すことだ。それに、殺爽は消えたけれど、狂宴は残っている。今なお君を求めているらしいしね」

「どうして、そこまで……」

「さて。そこに関しては僕の管轄外だ」

「そうですか。しかし管轄の外とて知り得る情報というのもあります。まずはそれを――!」

 言葉を紡ぎ終える前に、沖田の姿が消える。

 百の間合いさえ一瞬で詰める、縮地の歩法。

 本来の速度に頼らず、体捌きや呼吸、更には相手の死角さえも合一させた上で瞬時に詰め寄る、武術の極みの一つ。

 音速をも超えて振り抜かれた沖田の刀。

 しかし龍馬を斬り裂くには及ばず、お竜の手によって受け止められた。

 それを反撃の好機とはしない。跳躍で沖田は素早く後退した。

「お竜さんも復調した。見たところサーヴァントは一人。前回より君たちが不利に思えるけど?」

 確かに、前回は龍馬を沖田が、お竜を牛若が相手取ることで、拮抗することができていた。

 連携の恐ろしさは直前の特異点でも、アンやメアリー、黒髭に味わわされている。

 僕もごく僅かであれば戦えるかもしれないが――ただでさえ今は片腕のない状態。サーヴァントと競り合うなど自殺に等しい。

 沖田のサポートをしつつ、メルトたちとの合流に向けて移動――それが最善か、と考えたときだった。

「ッ、龍馬!」

「む――!」

 その、僕たちが向かおうとしていた方向にお竜が跳び、龍馬の盾になるように手を広げた。

 殺到するは弾丸の雨。

 お竜に大きな傷を与えられるほどのものではなかったが、それは此方に対する援護だった。

 二人を飛び越え、弾丸の主は沖田と並び立つように着地する。

「カズラ殿の観測により捕捉した英霊の監視・警戒ですが、皆様の想定以上の好事を招いたようですね」

 その姿を見るのは久しぶりだった。

 この時代に現存する体。しかし、内には英霊である己を秘めた者。

 機関銃の如き弾雨を発生させていた砲口は再び体内に収納され、外れていた手首が結合する。

「まさか――」

「お久しぶりにございまする、白斗殿。加藤 段蔵、罷り越しました」

 彼女はこの時代で初めて出会ったサーヴァント。

 紛れもなく、絡繰り仕掛けの少女――段蔵だった。




龍馬&お竜さん再戦。更に段蔵ちゃん参戦です。
また、ミッチーを掘り下げ。
織田一行は二分し、決戦に備えます。

前書き? 特に書く事なくて……

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