Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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ミッチーが実装されなかったのでどうにか致命傷で済みました。
あのくらいなら特に影響はありません。


第四夜『茜さす火は照らせれど射干玉の』-3

 

 

 第二のバーサーカー、坂田 金時の参戦により、敗北などという結末は更に遠のいた。

 というよりは――私の出る幕が無くなった。

「オラ――!」

「ふっ……!」

 見た目通りの怪力で以て、斧が振り下ろされる。

 酒呑童子は小柄な外見ながらそこは鬼。

 決して金時に劣ることなく、剣で受け止める。

 ほぼ互角。だが、酒呑童子には先の傷がある分だけ、金時が有利を広げている。

「暇が出来たようですね。ところで、マスター?」

「何よ」

 無駄話をするつもりはなかった。

 酒呑童子の意識があの男に向いているとはいえ、油断できる状況ではない。

 先程も殆ど悟らせることなく手駒で不意打ちを行おうとした鬼だ。

 まだ周囲にどれだけの眷属を仕込んでいるかもわからない。

「契約は成立しましたが、わたくし、まだ貴女様のお名前を聞いておりません。お聞かせいただいて、よろしいですか?」

「……メルトリリスよ」

「めると、りりす様――南蛮のお名前でしょうか。流れるような美しい響きです。どちらのご出身で?」

「……月」

「まあ! なんてろまんちっくでしょうか! 月の国とは一体どんな場所なんですか? カグヤさんの言っていた――」

 どうにも緊張感のないこのサーヴァント。

 しかもどうやら英霊同士で妙な繋がりを持っているらしく、あまりに聞きたくない名前を聞きそれだけでげんなりとする。

 それを払拭するべく、一つ溜息をついて再度集中する。

 まだ戦いは続いている。酒呑童子は新たなサーヴァント――金時に意識を向けているとはいえ、私は加減するつもりはない。

「ふっ――!」

「なっ……!」

 その刺突が防がれたことは、少々意外だった。

 鬼の膂力は凄まじい。まさか蹴り一つで今の一撃を対応してみせるとは。

 だが、どうあれその瞬間、明確に隙が出来た。

 金時の振り下ろした斧を受け止め、その勢いを殺しきれずに膝をついた。

「……あぁ。嬢ちゃんたち、休んでても構わねえぜ? オレはコイツと古い知り合いでな。こういう因果になっちまったなら、せめてトドメはオレがさしてやりてえんだ」

 坂田 金時。その名は知っている。

 あまり英霊に興味がなく、その知識に関してはハクに任せることの多い私でも名を知るくらいには有名だ。

 日本、この国では今この時代のどこかにいるだろう織田 信長に勝るとも劣らない知名度を持つことだろう。

 そして酒呑童子と言えば――金時と浅からぬ因縁のある存在のようだ。

 そういえば、タマモからどちらの名前も聞いたことがある気がする。

 まあ、そういうことだ。金時に獲物を譲るというのも、一つの手段ではあるだろう。

 だが――

「お断りよ」

「……何?」

「貴方とその鬼の因縁なんて知らないけれど、それ以前に私はマスターに手を出されているの。散々それを悔やませてから仕留めるつもりだったのに、突然他所からやってきて仕切ろうとしないでくれるかしら?」

 生前の縁。そんなものは関係ない。

 私が酒呑童子と戦っているのは、あの鬼がこの時代を脅かす地獄の一角であるということ以前に、大切な人に手を出されたからだ。

 私からすれば、向こうこそ此方の事情も知らずに邪魔をするな、という話だ。

「……参ったな。そういうことかよ畜生……お前、またそんなことやらかしてたのか」

「だって、うちも鬼やし。元より人とは相容れない生き物やさかい――そこは堪忍してほしいわぁ!」

「ッ!」

 金時が僅か、その声色に憂いを持たせ、斧の重みが薄れたことが分かった。

 それを決して見逃さず、金時の腹を蹴って斧から逃れた酒呑童子はすかさず大蛇をけしかける。

 ならば、私は酒呑童子に集中できる。

「あはは、怖いわぁ。そないにあの小僧っ子にぞっこんなんやね。小僧っ子もあんたはんと切り離されたの知ったとき、ええ顔しとったよ。善哉善哉、とはこのことや」

「ッ――貴女――!」

「なんならあんたはんの骨も抜いて同じ酒に溶かそか? ようけ混ざって、さぞ美味くなるやろ――な!」

 その力強さは、もう慣れた。

 散々の挑発に込める力も強まる。

 そのニヤニヤとした笑みは、私をより苛立たせる。

 相手を討つ最後の一手を詰められない。それを補う人がいない。

 攻め切れないという苛立ちに、思わず舌打ちしたその時。

「おい、嬢ちゃん!」

「――――」

 後ろから這い寄ってくる音に気付く。

 それが笑みの理由であると理解する。

 金時を襲わせたのは、私に隙を作らせるためだとしたら。

 抜かった、よもや二度も同じ手に掛かるとは。

 ――清姫。

 この状況で先程窮地を救う一手を担ったサーヴァントが頭をよぎる。

 いや、無理だ。まだ軽く能力を把握した程度だが、決して強力なサーヴァントではない。

 これほどの眷属を倒しきれるような力は持っていないだろう。

 であれば――僅かでもその挟撃を受け止め、脱出する。

 水膜を展開する準備をしつつ、振り向き――

 

 

 ――ほんの一瞬、炎に燃える赤い蛇竜を見た。

 

 

 視界に映っていた時間はごく僅か。

 二匹の蛇が絡み合っているような光景があった気がした。

 しかしそれを脳がはっきり理解する前に光景は消滅し、

「……ふぅ」

 焼け跡には、素知らぬ様子で微笑む清姫の姿があった。

「マスターの傍に立つがわたくしの流儀。マスターの道を開くがサーヴァントの使命。しかし、どちらも貴女というマスターと契約を結ぶにおいては相応しくないようですわ」

 その口元から零れる火の粉は、それを自身が行ったことを証明しているようだった。

 私は清姫の伝説はよく知らない。

 だが、その結末は知っている。

 情念からその身を竜と化し、恋しい者を焼き払った。

 今、断片的に発動された宝具は、その伝説を具現化したものなのだろう。

「マスターの後ろを守る。それがわたくしの役目と判断しました。背後からの奇襲など、できると思わないことです」

 ――多分、その時感じたものは、信頼ではなかったと思う。

 安堵、あるいは、もっと軽い何か。

 そしてそれは同時に、今失っているあまりにも大きなものの喪失感をほんの少しだけ、補えるものだった。

「……言ったからには、任せるわよ」

「ええ。ですので安心して戦ってください。この清姫、盤石にその背を守らせていただきます」

 蛇の相手をしていた金時も戻ってくる。

 予想外に力を見せた清姫により、その有利はより絶対的なものとなった。

「……今の炎」

「一思いで駄目ならば、二つ三つと想うのみ。この情念、決して容易いものではない自覚はありますわ」

「……ほーか。ちょっと舐めてたわぁ。堪忍な?」

 酒呑童子の目の色が変わる。

 どうやら、清姫も同等に外敵と判断したらしい。

「……まあ、そういうことらしい。ならしょうがねぇ。オレとアンタの因縁は次に持ち越しってことにしようや」

「せやね。うちも今回はそれどころやないし――」

 そして、その瞳にはまだ諦めはない。

 寧ろ、ようやく本気を出すに値すると判断したようで。

 その余裕さがまた、腹立たしかった。

「纏めて蕩かして終いにしよか。安心しい、あんたはんもあの小僧っ子の骨と同じ瓢箪で、ゆっくり、ゆぅっくり一つにしたるさかい。これ以上ない幸せやろ?」

「――そう。やれるものなら、やってみれば?」

 酒呑童子の言葉が何を意味するのか。その神髄なんて知ったことじゃない。

 だがこの時、確実にあの鬼は宝具を紐解こうとしている。

 それは先程から武器として操っている毒の大元ともいえる何か。

 そして――その毒からハクの香が感じられた理由。

 酒呑童子が何処からか取り出した杯を掲げる。

 妖艶と言うのが相応しい独特な雰囲気の魔力を持ったそれを、金時は知っているらしい。

「神便鬼毒酒――! テメェ、どうして――!」

「あっはははは! この酒に酔うてうちが死んだなら、うちが持っていてもおかしくないやろ? ああ――この香、昂ぶるわぁ」

「チッ……離れろ嬢ちゃんたち、ありゃあ元の神酒じゃねえ。とびっきりの毒になってやがる!」

「っ、マスター!」

 金時と清姫が距離を置く。

 ああ、あの毒を振りまくのが酒呑童子の宝具であるならば、それは正しい対策だろう。

 だが、私はそれをしない。

「蛮勇やねぇ。ほなら――」

 ――くる。

 臨むところだ。此方も特別大きな魔力を使用する。

 ハクはこの時代の何処かにいる。とにかく今は、彼が窮地でないことを祈りつつ、その魔力を貰う。

 あの鬼に一切言葉を与えない、絶対的な勝利のために――!

 

 

「椀飯振舞や――『千紫万紅・神便鬼毒(せんしばんこう・しんぺんきどく)』!」

 

「魔力一滴まで溶け落ちなさい――『弁財天五弦琵琶(サラスヴァティー・メルトアウト)』!」

 

 

 杯から垂らされた毒がたちまち周囲に満ちていく。

 それを覆うように、私の波が“防波堤”を作る。

 外側の私の宝具と内側の酒呑童子の宝具。

 二つが激突し、演者として操る私に相手の性質が伝わってくる。

 浸った敵にあらゆる害を与える毒。

 時に盾を腐食させ、時に筋肉を解きほぐし、魔術回路にさえ手を加える万能毒。

 ゆえにどんな相手にも通用し、どんな相手をも侵し切る可能性を秘めた、悪辣なる宝具。

 人を生きた心地のままに腐乱させ、肉を蝕んでいく神の酒気。

 そして――それを強化するのは、人間たちの恨みや辛み。

 俗世に生きる者たちの苦悶を吸い上げ、より強大な呪いと化しているのか。

 何らかの理由で弱体化していれど、それでも強い毒素を持った一滴。

 なるほど。鬼に相応しい宝具だ。

 だが、足りなかった。

「ッ――――」

 ()()()()の毒で、私に勝てると思ったこと。

 そして、あまりにも――相手に与えんとする影響が、多すぎたこと。

「相手を溶かそうって気が足りないわ。毒を洗練させて出直しなさい」

 酒気を飲み干し、波が荒れ狂う。

 あっという間に酒呑童子の姿は見えなくなり、その力が分解、変換されて私の力へと変わっていく。

 深く浸食したウイルス。そして私個人が持つ最大の権能(ちから)

 溶解の限りを尽くし、酒呑童子に満ちた水を踏み躙ることで、宝具のさざ波は消えていく。

「なんと……美しいのでしょう。わたくし見入ってしまいましたわ、マスター」

 駆け寄ってくる清姫とは真逆に、金時は警戒を崩していない。

 当然か。これほどの耐久力とは、流石に予想外だった。

「――なんてしつこい。嫌われるわよ?」

「――うちは鬼、嫌われるんが役目のようなものやさかい。今わの際に首一つで一矢報いようとした執念は伊達やあらへんよ」

 その(レベル)を大幅に落としながらも、酒呑童子は生存していた。

 雨粒ほどの余力でなおも粘る姿に、しかし同情など起きない。

 動くこともままならないだろう鬼は、それでも再び杯を掲げる。

 ――往生際が悪い。

 最早先程の威力すら出ないだろうが、油断して飲まれるつもりもない。

 心の中でハクに謝罪し、もう一度宝具の準備を整える。

 そして――

「……千紫万紅、神便、鬼毒――」

 最後の力を振り絞るように解放された真名。

 その一滴が落ち、迎撃をしようとして――思わず、その足を止めた。

 毒は広がらない。

 杯は己に満たされた酒を地に吐き出すだけで、それ以上の何も起こらない。

 当たり前のように地に吸われた酒は、炎熱で空しく乾いていく。

「な――」

 本人もまた、何が起きたかわからない。

 清姫でも、金時でもない。

 勿論私が宝具の機能を消した訳でもない。

 その詰めの一手を打った者は――

 

「悪ぃな。ダチが巻き込まれてるんで、つい手が出ちまった」

 

 酒呑童子の、後ろにいた。

 紅葉をあしらった派手な色の着物を着崩したサーヴァント。

 後ろで纏めた燃えるような赤髪は、その性質を現すように四方八方に跳ねている。

 鋭い、というより悪い目つきはしかし、悪意も邪気もなく、笑みを浮かべるために細められる。

 たった今使ったのだろう刀を納め、此方に歩いてくる女。

 首に巻くマフラーは、先が広がり体の後ろで翼のように展開されている。

 そして、何より特徴的なのは背負っている――棺、だろうか。

 直方体の箱のようなものを鎖で体に括り付けている、奇怪な風体だった。

「面と向かうなぁ初めてだが、その魂の色、間違いねぇよな。一応確認するけど、清ちゃんだろ?」

 あのドレイクを思い出させるような、力強い笑み。

 それは私の後ろの、先程契約したサーヴァントに向けられていた。

「――まさか!」

 清姫もまた、相手の正体を感付いたらしい。

 驚愕、そして信じられないといった表情で、相手の名を呼ぶ。

「――――紅閻魔、さん?」

「おうよ。今回はサーヴァント、クラスはセイバーだ。よろしくな、清ちゃんに、初めましてのあんた方」

 紅閻魔、と呼ばれたサーヴァントは、その邪気のない笑みを此方にも向けてきた。

「あんた、はん……うちに、何を……?」

「んー? いやねぇ、宝具とか使ってるとこ見たら、衝動的に手が動いたというか。なんというか、あれだ。舌切っちまった」

 さらりと、紅閻魔は酒呑童子にそう説明した。

 舌を切った。実際の話ではない。これは――概念としての話。

 意思を舌に乗せて外に出すことで発現する言葉。それをこのサーヴァントは封じたのだ。

 言葉の意味を無くし、酒呑童子の言葉から真名解放という宝具のトリガーの機能を喪失させた。

 最後の一撃という逆転の芽を、彼女は摘んだのだ。

「――終わり、みてぇだな」

 金時が紅閻魔と入れ替わるように前に出る。

 力の殆どを失い、宝具解放という手段も喪失した彼女に、最早一片たりとも勝ちの余地はない。

「興醒めだが、オレらの勝ちだ。許せとは言わねえよ。怨みたきゃ怨んでくれ」

「……は……そないに意味ないこと、しいひんよ。そもそも浮世から零れ落ちたら、鬼は終いよって。今回はまあ……茨木への義理みたいなもんやし」

「……そうかよ。んじゃ、いけ。どうせオレっちも長くねえ」

「……せやね」

 会話のうちに仕留めに行こうとして――やめた。

 何故かはわからないけれど、多分。

 ――あの二人の間にあるものを、知っていたからだと思う。

「――まぁったく……そないな物で隠しよってからに。勿体ないわぁ……」

 震える手で、酒呑童子は金時のサングラスを外す。

 それと同時に、金時もごく弱い力で斧の刃を刺し、酒呑童子の胸の霊核を突いた。

「あぁ……そうそう。精々アレには気ぃ付けや。ほんに悪いんは、地獄やのうて、ま――」

 最後まで言い切らず、酒呑童子は消えた。

 消滅を見届けると、少しだけ空気が良くなった気がした。

『――メルト! 無事ですか!?』

「……カズラ?」

 通信が不安定なところに飛び込んだ以上、カズラとの会話は不可能な筈だった。

 しかし回線の乱れも感じさせず、カズラは心配そうな声色を隠しもしない。

「通信、出来ないんじゃないの?」

『それが、急に観測可能な範囲が広がって……ミコさんたちは無事シャドウサーヴァントたちを撃退しました。メルト、は――』

 追及は、途中で止まった。

 とりあえず、向こうの状況は収束したらしい。

 観測範囲の拡大。恐らくは、地獄の一角の消滅が理由だろう。

 しかし、もしかしたら何かあったのか。

 カズラが驚愕し、言葉を失うような、出来事が。

『……通信は、此方からは不可能ですか。だけど――』

「一体どうしたのよ、カズラ」

『――落ち着いて聞いてください、メルト』

 

 

『――ハクトさんの反応が、見つかりました』




殺爽地獄こと酒呑童子はこれで退場。
そして新たに紅閻魔ちゃんの登場です。宜しくお願いします。
キャス狐から時々名前の出ていた舌切り雀ですね。
なんか実装説濃厚ですが出る前に出しゃあ勝ちなんですよ(ヤケクソ)

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