Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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色々すまない。


第七節『白の使い魔』

 

 

 朝――とは言っても、まだ日が昇る前。

 薄暗く、少し肌寒い。

 しかし、目を擦る者は一人もおらず、英霊、異邦人、そして王と付き人は集まっていた。

「さて。時間だ」

 マーリンは変わらず、呑気に言う。

 カムランの丘に向かう朝。決戦ではないものの、命に関わることであるのは間違いない。

 寧ろ、少人数で向かう此度はより危険だと言って良いだろう。

 敵の偵察にすら、人手を回せないのが今のキャメロットだ。

 超常の敵陣に入り込んで、生きて帰ることのできる人員は、それこそ数える程しかないのだ。

「全員、霊体化を可能としている。お前の一存で出現させ起用するがいい」

「……凄いな。この性能、上級エネミーも超えるレベルだ」

「ええ。ムーンセルでも、これ以上を作るのはそれなりに時間が要るわね」

 アグラヴェインの連れてきた人形騎士は、合計三十。

 強固な鎧を纏った人形――中身はないかもしれないが――はそれぞれが剣や槍、弓を所持している。

 ある程度の低級サーヴァントなら拮抗、ないし打倒もあり得る性能だ。

 英霊たちが独自に磨いた技術は持っていないが、即席のセイバー、アーチャー、ランサーとしては十二分に扱えるだろう。

「マーリンが夜通し手を加えたほか、私が狂化を与えた。ステータスを軽く引き上げる程度のものだがな」

 狂化……英霊をバーサーカーとして召喚する際に、付加されるスキルだ。

 理性と引き換えにステータスを上昇させるスキルだが……なるほど、元より精神のない人形騎士であれば、何を犠牲にすることもなく強化することが出来るということか。

「皆さん、気を付けてくださいね。欠けることなく、戻ってきてください」

「勿論。アルトリアは王様らしく、玉座で待ってれば良いってば」

「い、いえ……それは私の矜持にもとるというか……」

 アルトリアはブーディカに頭を撫でられ、満更でもない様子ながらも心配を隠さない。

 ブーディカはこのキャメロットに来てから、アルトリアの姉、或いは母のように接していたのだろう。

 アルトリアにとって、そんな存在がいつも以上に危険な場所に出るのは、途轍もない不安なのかもしれない。

「お気をつけて。如何なる危険が待ち受けているか、想像も出来ませんから」

「首級の一つでも挙げられればいいがな。成果無しでおめおめ帰ってくることなどないとは思うが」

 どうやら、まだケイには信頼されていないようだ。

 一方でベディヴィエールは真摯に無事を祈ってくれている。

 同じ円卓の騎士でも、随分性質が違う。

 アグラヴェインやモードレッド、そして此処にはいないガウェイン。これ程までに性質の違う騎士たちを、よく纏めていたものだと関心した。

「んじゃ、とっとと行ってこい! 強いのは残しておいて良いぞ。オレが仕留めてやるから」

 モードレッドは笑って背中を叩いてくる。

 鎧を外し、妙に露出の多い赤い服装を纏っている彼女はつい先ほどまで、付いて行くと言っていた。

 アルトリアの説得により落ち着いたが、いつでも戦闘は歓迎だとのことだ。

『マスター二人が離れる以上、キャメロットはこっちで観測できなくなるけど……本当に大丈夫?』

「問題はない。此方にも手練れの英霊は残る。オペレーター殿は向こう側で、その役割を全うしてくれれば良い」

『……そう。なら、頑張らせてもらうよ』

「さて、では、今から君たちをカムランに出来るだけ近く転移させる」

 白羽とアグラヴェインの話が終わると、マーリンが前に出て言った。

「出来るだけ……?」

「そう。人形騎士を作るついでに覗いてみたんだけど、どうもカムラン一帯に変異が起きている。千里眼どころか、私の魔術の一切が届かないな、これは」

「では……カムランまでどの程度掛かります?」

「限界に転移させてからは歩きになるが、休息も含めて明日になる。疲労を度外視すれば今日中に着くだろうがね」

 疲労の度外視は論外だろう。

 敵は竜牙兵やワイバーンだけではない。

 場合によっては、敵対サーヴァントとの戦いもあり得るだろう。

 その際は万全でなければならない。疲弊した状態での接敵、そのまま戦闘など無謀極まりない。

「そうなると、一晩明かす必要があるか。人形騎士やサーヴァントは霊体化できるけど、僕とレオは無理だから……」

「近くに森があるが、今どんな状況か見ることは不可能だ。普段なら良い場所なんだけど。休息を取れる場所かどうかは、君たちがその眼で判断してくれ」

 マーリンの千里眼で見通せない、この時代の異質の中心部と断定される空間。

 その内部は、全てが敵陣であると考えた方が良い。

 何処に敵の目があるかも分からず、何時襲撃されてもおかしくはない。

 黒竜王側のサーヴァントに、アサシンクラスがいる可能性もあり得る。

 休息の際は、十分に注意が必要か。

「それで、君は帰還手段も求めていたね。休息時の警戒や、出先での案内役も兼ねて用意したよ」

 マーリンが次の話題を切り出すと、呼応するようにローブが揺れる。

 マーリン自身によるものではない。動きの主は、ローブを飛び出してマーリンの前に降り立った。

「――フォウ!」

「……」

 それは、リスともウサギとも、猫ともつかない小動物だった。

 白いふわふわの毛に覆われた獣は、奇妙な鳴き声を上げる。

 幻想種……だろうか?

「……これは?」

「キャスパリーグ。私の使い魔さ。私には及ばないが、分体のようなものだ。ある程度の魔術の使用はコイツに任せるといい」

 キャスパリーグ……その名前はアーサー王伝説に存在する。

 だが、決してマーリンの使い魔ではなく、ブリテンを脅かす怪物であった筈だ。

 それを討ったのは、ケイともアーサー王とも言われている。

 まさか、このような小さな獣であったとは……。

「……」

「……」

「……セイバー?」

「……メルト?」

 ふと気付けば、メルトとアルテラがキャスパリーグをじっと見つめていた。

 その眼差しは尋常なものではない。一体何を――

「フォウ?」

「……文明に因らず、文明に利さぬ獣、か。良い、私の寵愛に値する」

「まるでぬいぐるみね。ねえ、私のモノにならない?」

「フォ!? フォ、フォ―――ウッ!」

 次の瞬間、フォウと鳴く不思議な生き物は二人の手に掛かった。

 わしゃわしゃ。そんな擬音が相応しい様子に、ただただ唖然とする。

 人を超常する二人に抵抗空しくもみくちゃにされ、キャスパリーグは多分抗議の声を上げるが、当の二人は一切意に介さない。

 その場の面々が驚愕を隠せず、ただアルトリアだけが、的外れに笑う。

「ふふ、人気者ですねキャスパリーグは。これなら向こうへ行っても仲良く出来そうです」

 かくいう僕も、衝撃は大きかった。

 どうやら目の前の珍生物は、メルトのツボを捉えたものだったらしい。

 フィギュアをはじめとした小さいモノを好むメルトだが、この小動物ももれなく対象だったということか。

「……まあ、なんだ。弄るのは勝手だが、殺さないでくれ。ソイツがいないと、君たちを向こうから戻せないからね」

「え? どういう……」

「帰り道を担当するのはキャスパリーグということさ。無論、異質地帯の外へ出ないと転移は出来ない」

 転移は魔術の中でも、かなり特異かつ難度の高いものだ。

 霊子世界のように、理屈が成立していれば出来るというものでもない。

 それが単独で可能というということは、存外キャスパリーグの力も高いのか。

 意外だが、頼りになる。或いは、僕たちの気配遮断も任せられるか。

 内部からの転移が出来ないのは仕方ない。咄嗟の判断で使うこと不可能か。こればっかりはどうにか外にまで出るしかない。

「もしもの際は人形騎士を囮にでもして逃げてくれ。耐久に秀でているから、時間稼ぎには使えるだろう」

「……すまないが、そういうことだ。非常時の帰還手段とはいかなかった」

「いや、構わない。十分だ。ありがとう、二人とも」

 マーリンとアグラヴェインの用意は、信頼できるものだった。

 後はこれらをどう使うか――それは、僕が考えなければならないこと。

 一人も欠けず、良い成果を出せるよう、励まなければ。

「それじゃあ――――行こう」

 出発の時だ。

 薄暗い世界に、ようやく太陽が顔を見せ始める。

 解決には至らなくとも、少なからず手掛かりを得て、解決への一歩にしなければ。

「では、始めるよ」

 マーリンが魔術を紡ぐ。

 僕たちの時代には失われた遺物。マナに満ちた世界でこそ通用する、神秘の再現。

 転移、或いは置換魔術。

 否――この時代に通常に生きる人々が幾ら足掻いても届かぬ奇跡の域は、或いは魔法と呼ぶのかもしれない。

 一般的に知られるマーリンは、偉大なる魔法使いなれば。

「私が預かるわ。貴女はセイバーらしく剣を持っていなさい」

「マスターより指示(オーダー)は出ていない。この腕は今、剣を持つ理由はなく、しかしその……ふわふわを抱えることを求めている。大人しく退くことだ」

「……何よ、やるの?」

「……退かぬとあれば、やるしかあるまい」

「…………フォーウ」

「あの、二人とも。頼むから喧嘩しないで……」

 ……どうも、先行きが不安だ。

 キャスパリーグの懐抱権を賭けて仲間割れが起きないことを祈るばかりだ。

「さあ、跳ぶよ。キャスパリーグ、皆をよろしく」

 魔術が成立する。

 僕たちがこの場に在ることを異質とし、正しい場所へと送るように、神秘が動く。

 その一瞬と一瞬の間、視界が切り替わる寸前。

「――じゃ、ね」

 無意識だろうか。

 ブーディカがそんな声を漏らした気がした。

 

 

 マーリンが見通せない場所は、何ら変化が起きている訳でもなく、異界に入り込んだ気配もなかった。

 まったく同じ世界が広がっているばかり。

 竜牙兵に溢れている訳でもなく、ワイバーンが空を統べていることもない。

 キャメロットの周りのように、草原を風が抜けていく心地よい場所だった。

 ともかく、キャスパリーグに気配遮断の魔術を掛けてもらいながら、慎重に歩き――結局誰に会うこともなく、日は暮れた。

 人形騎士たちは姿を消しつつも、付いてきている。

 どうやら周囲の警戒も行っているらしい。本当に優秀だ。

「さて。じゃあ、この辺りで休もっか」

「そうですね。暗くなってから移動するのは危険が過ぎる」

 マーリンに教えられた森を通り、およそ二時間。

 少し開けた場所に出たところで、ブーディカが提案した。

「ミス黄崎、すみませんが、椅子を出してもらって良いですか? そうですね……あれが良いです、生徒会の時の」

『私雑用じゃないんだけど』

「おや。生徒会での貴女の役職は雑務だった筈ですが……」

『だから今は違うってば……というか、椅子をそっちに送るなんて」

「出来ますよね。でなければ、食料やらをキャメロットから持ってこないなんてあり得ない」

 ……まあ、そう気付くのも当然か。

 僕たちを時代への上書きによって世界に存在させているのと同じように、霊子世界の物資を此方に送ることは可能だ。

 やり過ぎると時代への干渉が強くなるため多用は出来ないが、食料くらいなら構わないだろう――そう考えての策は、見事レオに悪用されることが決定した。

 ぶつぶつと文句を言いつつ、しかし迅速に白羽は懐かしい椅子を出現させた。

「はは、懐かしい。埃一つ被ってませんね」

「それはそうでしょ。わざわざそう作らない限り古くなんてならないもの」

 椅子に腰かけて感嘆するレオに、キャスパリーグを抱えたメルトが得意気に言う。

 ――ちなみに、キャスパリーグは一時間おきにメルトとアルテラの腕の中を行き来している。

 そういう条件で互いに譲歩したようだが、抱かれる獣に拒否権はないらしく、最早諦めたキャスパリーグは何も言わず術式を紡ぐだけのぬいぐるみと化していた。

「メルトリリス。一時間経った。キャスパリーグを渡せ」

「まだ二十分と経ってないわよ」

「セイバー、メルトさんの言う通りです。時間は守りなさい」

「む、ぅ……レオ、時間は文明か? 破壊、破壊しなければ……」

「文明ではなく自然法則ですよ。破壊してはいけません」

「……ぐぬぬ」

 何やら物騒なことを呟いたアルテラだが、レオに窘められる。

 一体このやり取りは何度目か。この流れも三人の板についてきた。

「……賑やかだな。これ程の野宿は経験したことがない」

「そう? 戦いの前は賑やかに、だよ。まあ……あたしも晩年はそんな余裕なかったけどさ」

 メルトとアルテラの様子を見ながら苦笑するジークフリート。

 戦いに生きた彼は、生前こういう経験はなかったのだろう。

「シラハ、ゴハン作るから、食材とか送ってもらえる?」

『了解。何作るの?』

「ガレット。得意料理なんだ」

 送られた平鍋と食材を見て満足するように頷いてからブーディカは調理の準備を始める。

「……ん? ハクト、どうかした?」

「いや、随分手慣れているなと思って」

「あはは。一応、子供や旦那に料理振る舞ってた頃もあったし。大したことないけど、昔取った何とやらってね」

 ……そうか。

 その結末がどうあれ、ブーディカは二児の母であった。

 家庭的であるのは当然なのだろう。

「よし、準備オッケー。あたしの腕の見せ所ね」

 その手際に、ジークフリートも見入っている。

 用意している量はかなり多めだ。

 大したことはないと言っているが、これでも問題ない辺りその技量は確かなものだ。

 ガレットは、作った生地を休ませる時間も含め、キャスパリーグがメルトからアルテラ、またメルトの腕に戻る頃には焼きあがった。

「さ、召し上がれ。特にレオとハクトはたくさん食べなきゃ」

「――いただきます」

 一時休戦。

 アルテラとメルトは一旦キャスパリーグを解放し、食事に移る。

 ブーディカはガレットを小皿に分け、更に次を焼き始める。

「美味しいですね。味わったことはないですが、何処か親しみを感じます」

「うん、美味しい。ほら、メルトも」

「ええ」

 小さく分けてメルトの口にも運ぶ。

 神経障害により、指先をうまく使えないメルトと何年もいれば、必然的に日常となることだ。

「……」

 好奇の目で見られることも、比較的慣れている。

 が、普段と違うのはアルテラの視線。

 此方をじっと見つめること十秒あまり。

 やがてアルテラは自分の皿をレオに渡して(おしつけて)言った。

「レオ、私もあれをやってみたい」

「セイバーは一人で食べていたじゃないですか。必要がないでしょう」

「……わ、私はあの行為の良し悪しを確かめねばならない。故にこそ、レオが私にあれをすることは果たされるべき義務だ」

「何時からですか……」

 嘆息して、レオは食器を受け取る。

 レオのこうした献身(本意ではないだろうが)は、彼の性格を知っていれば知っているほど驚愕できる。

 まあ、この会っていない十年で変化があったのかもしれないが、僕が知るレオからすれば考えられない。

 レオに差し出されたガレットに、やはり無表情のままアルテラはかぶりつく。

「……悪くない。破壊するには値しない」

 一体何を破壊しようと思っていたのだろうか。

 ともかく、この行為はよく分からないアルテラの採点に合格したらしい。

「……」

 ジークフリートは何も言わず、咀嚼と嚥下を繰り返す。

 その表情からは何も読み取れない。

 まあ、しっかり完食している辺り、悪い感想を持っている訳ではないだろう。

 ――こうして、初めての野宿の夜は吹けていく。

 それは、明日の戦いに向けての、小さな宴だった。




旅のお供、キャスパリーグです。
見事二人魅了の餌食になりました。
逆に食べればHPやATKが上がります、多分。

……ところで、ガレットってフランス料理じゃないんです?

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