Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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気分やその他諸々により執筆速度がここまで変わるのが私です。


第四夜『茜さす火は照らせれど射干玉の』-1

 

 

 ひとまずのところ、呪いの浸食を止める方法だけは分かった。

 分かった、が――どうやらこの呪いを仕込んだ主は、よほどの外道か吐き気を催す性根の持ち主らしい。

 何故か。その理由は、呪いが心身を蝕む条件にある。

 ハクのことを、思考に含めること。

「ッ……」

 ――ほら、じわりと、肉の内を這うような感覚が走る。

 気持ちの悪い感触を振り払うため、不安な、愛しい人を思考から消し去る。

 このトリガーは、マスターとサーヴァントという関係、パス、その絆を断裂させる、悪辣なものだ。

 例えば、呪いの主が契約の解除を目的としていたとして。

 どれもこれも認められるものではないが、方法は幾つかある。

 どちらかを殺害する。これが最もシンプルな手段。

 契約破りの類を可能とさせる法を操る。これもまた、一心同体ともいえる関係には有効な方法と言える。

 魔術破壊の宝具などであれば、十分契約解除も可能とするだろう。

 そう、ここまで悪辣な呪いを掛けられる者であれば、契約をジャミングし、パスを妨害、最悪断つことも可能な筈なのだ。

 だというのに、呪いはそれよりも冗長で、性質の悪い手段を取ってきた。

 契約の相手を考えれば考えるほどに、心身への干渉という形で追い込んでいく。

 思考から外したままを維持できれば、特に障害はないだろう。

 その、思考に特化した呪いというのが、非常に嫌らしい。

 ――もしも、その呪いに掛かった者が、相手がいなければまるで機能できないほどに依存していた場合。

 どんな呪詛より強力で高速な代物へと姿を変えることになる。

 ひとまず冷静になり、ここまで考えを行き着けた私は、意識してその対象を思わないようにしていた。

 問題は、呪いを受けた者が危機的状況に陥った場合。

 精神的パニックは自然と依存対象に意識を向けざるを得なくなる。

 これはあくまで仮定。最悪を想定してだが、私にこうした呪いが掛かっている以上、同じ呪いが仕込まれている可能性がある。

 敵サーヴァントに連れ去られ、味方はなく、どうしようもない状態で、誰を必要とするか。

 心配だ。果たして再会したとき、これがどうなるか――そういった懸念もあるが、それ以前の問題として、彼が無事かどうか。

 何かあてさえあれば、今すぐにでも飛び出したい。

 だが、それは出来ない。手掛かりなんて見つからないし、何より――

「前だ! 余所見をするなっ!」

「ッ――!」

 周囲を軽く確認し、後退する。

 私に向かい振るわれた炎の腕は横からの弾丸で爆砕し、私が着地すると同時、第二撃が本体を穿った。

「戦えないならば下がっていろ。空いた余裕をお前の保護で使えるほど、オレも暇じゃない」

「……大きなお世話よ。……いえ、今のは少し、集中を欠いていたわ」

「そうか。その判断が出来るのなら結構。なら精々上手く動くことだ。巻き込んでも責任は負えん」

 ――そう、今、私たちは戦闘中である。

 ハクと離れ、二回、日が変わった頃。

 拠点としていた天国の小屋を、大量の鬼が襲撃してきた。

 完全な顕現ではない。一部、肉体は欠損し、それを炎で補ったような不完全な体。

 力は大したことがないものの、竜牙兵よりは数段強く、数はそれと変わらない。

 加えて、ひたすらに宝具を放ってくるシャドウサーヴァントも複数。

 突然の襲撃は、圧倒的な物量によるものだった。

「アーチャー! 群れよ!」

「チッ……次から、次へと!」

 十あまりの鬼が、同時に炎から生まれる。

 アーチャーは一つ舌打ちをすると、手に出現させた手榴弾を群れに向けて投げ込む。

 炸裂と同時に一帯に吹き荒れる破片代わりの短剣。

 肉を裂き、貫き、勢いが及ばず突き刺さったものは順次爆発し、鬼たちを討伐していく。

「セナちゃん!」

「ッ!」

 アサシンはマスターの指示を受け、軽く地面を蹴る。

 すると地面に不自然な波紋が広がり――まるで水面であるかのように、飛沫が上がった。

 襲い来る鬼や影を対処するのは、アサシン本人ではない。

 波紋から飛び出した海獣。我先にと小さな波紋を押し広げながら勢いよく出現したアザラシたちが、鬼たちを押し潰す。

 恐らくは、使い魔の一種。サーヴァントとは別のような、何処か懐かしさを感じるような、そんな不思議な魔力で構成されたアサシンの“武器”は、この炎の中でまるで海を操っているようだった。

 シャドウサーヴァントが遠距離から矢を放ってくれば、一つ舞い、揺らした髪から跳んだ飛沫が小魚を呼び、迎撃する。

 そして、その弓兵の位置を捕捉し、一言。

「――お願い」

 そう命じ、足元にあった石ころを蹴る。

 石は弓兵の近くにいた鬼に当たる。威力はない。だが、地面を蹴るのとは違う、“横向きの波紋”が広がり――

『――――!』

 飛び出した巨大な海獣の牙で体を抉られ、影は消滅した。

 やたらに肉のついた不格好な巨体。剥き出しになった太い牙。

 確か、セイウチといったか。影を仕留めたそれは、ただの動物らしからぬ怪力で以て、周囲の鬼を叩き潰していく。

 鬼たちの攻撃一発二発など、物の数ではない。

 あまり美しいとは言えない。アサシンの大人しそうな容姿とはかけ離れた戦い方だが、数の差を補い不利を覆していた。

 どうやら居士と天国は、戦いに向いてはいないらしい。

 天国はタマモキャットが、居士は段蔵が守るように戦い、今のところ此方に被害は出ていない。

 私は――

「ふっ!」

 ――どうにか、戦うことは出来ていた。

 ただ、完全とは言えない。こんな程度のものが、完全である筈がない。

 いつも通りに踊っている筈なのに、動きは重く、テンポはずれる。

 有象無象程度に遅れなんて取らないが、到底好調とは良いがたかった。

「どうした我が戦友(ライバル)。よもやドジョウ掬いに目覚めたのではあるまいな。宗旨替えならやめておけ、滑稽だぞ?」

「煩いわね……これが今の精一杯なのよ」

「むむむ……なるほど、誰しも毛並が優れぬ時はあるもの。よし、援護するぞ。戦わないなどとはプライドにかけて言わぬと見た。なれば一蓮托生であるな。貴様のような悪女には猫付きまとうが似合いである!」

「意味が分からないわ」

 大して本来の私を見たことがある訳でもあるまいに、妙に察しのいいキャットは、その爪で鬼を引き裂いていく。

 手練手管だけは淑やかなタマモとは違い、獣の獰猛さを隠しもしない。

 だが、全員が好き勝手に戦うだけでも、此方の不利は無くなっている。

 鬼や影が戦略も何もないというのも要因だが……これならば、際限があるならば面倒ではあれど敗北はない。

 しかしそれはあくまでも、鬼や影だけであればの話。

 こんな規模の襲撃は、この特異点に来てから初めてのことだった。

 これがこの特異点の悪――地獄と呼ばれた英霊たちが、私たちを明確に敵と判断したがためだとしたら。

 その本体が此方を見ている可能性が高い。

 混沌とした戦場で、勝利を確信し油断した一瞬。

 それも、調子が出ていないと一目で分かる者を優先し、確実に仕留められる好機を狙い――――

 

 

「――甘いわよ!」

 

 

 ――そう、首を狙ってきてもおかしくはない。

 体を大きく捻り、大きく振るった脚。

 何かを弾き、近づいてきた気配が遠のいた方向を見れば、分かりやすいこの場最大の脅威がそこにいた。

「いけないいけない。事を急いだわぁ。ちょろこいと決めつけるんは、うちの悪いクセやわ」

 ――サーヴァント。

 額に二本の角を持った、周囲の不完全な者たちとは比較にならない存在感を持つ鬼だ。

「あんたが話に聞いた地獄ってサーヴァント?」

「そや。話が早くて助かるわぁ。殺爽地獄、酒呑童子。よろしゅうな」

 京を大いに脅かしたとされる鬼の名を名乗ったサーヴァント。

 ようやく見つけた、この特異点の敵。

 不意打ちが失敗したにもかかわらず、彼女は不適な笑みを消すことがない。

「ほう。可愛らしい鬼だ。まるで人形のようだネ」

「……」

「ふぐぅ!? セナちゃんなんで今蹴ったの!?」

 ……こんな状況で漫才を始めた二人は放っておく。

 あれでふざけている様子が見えないというのがまた性質の悪いところだ。

「あら、久しぶりやね剣牢。あぁ、ここは親しみ込めて真名で呼んだ方がよろしおすか?」

「剣牢で結構よ。それで、殺爽、ご用件は何かしら?」

 同じ、地獄として呼ばれたサーヴァント――天国は、酒呑童子に完全な敵意は向けていない。

 対して、酒呑童子もまた同じ。

 どうにもあの鬼の性質は読めないところがある。確信は出来ないが、やはり完全に敵としてみなしている訳でもないらしい。

「別に、剣牢に用はあらへんよ。うちが用があるんは、時を超えてやってきたあんたはんたちや」

 ……いや、この鬼には、敵意も何も関係ないのか。

 戦うというならば、それは戯れと同じ。殺し合いも手遊びも、なんら変わりはない。

 だからこそ、私たちに向けても、不気味なほどに柔らかい雰囲気を向けているのだ。

「恨みはこれっぽっちもあらへんけど、邪魔されると面倒やさかい。どうせあんたはんたちも、殺し合うつもりやろ?」

 その雰囲気のまま、剣呑な言葉で挑発する。

 戦うつもりなのは明白だ。片手で軽く振るわれている、酒呑童子の背丈ほどもある剣がその証明。

 およそ戦えるような恰好には見えないが、そこはサーヴァント。それも、力を自慢とする鬼。あの体躯からは想像できない膂力を持っているだろう。

『……気を付けてください、メルト。敵サーヴァントの筋力はAランク。一撃でも受ければ――』

「わかってるわ。自分の脆さは、自分が一番自覚してる」

 サーヴァントではサーヴァントのステータスは読み取れない。

 カズラが観測者として解析すれば、やはり酒呑童子の筋力はサーヴァントにとってのほぼ最高クラスに位置していた。

 私は耐久力がない。彼女にとってはただの一撃であっても、重傷を負っても仕方ないほどに。

 いつもなら、ハクがそれを補ってくれるのに――と、何気なく考えて、決して見逃さない呪いに舌打ちした。

 戦いの最中であっても空気を読まず、これは私を蝕んでいくようだ。

「……めると?」

 そんな時、驚いたように酒呑童子は私の名を口にした。

 初対面の、それも敵に名を呼ばれ、軽い苛立ちを覚える。

「……そう。あんたはんがめると。ほーかほーか、思いのほかすぐに会えたわぁ」

 ――しかし、その苛立ちはすぐに、怪訝と焦燥で塗りつぶされた。

 明らかに酒呑童子は、私の名を知っている。

 記憶をもう一度探るも、やはり私は彼女を知らない。

 つまりは向こうが一方的に私を知っているということで、それが何故かと考えれば最も高い可能性――何より恐ろしい結論に行き着く。

「……貴女、ハクを知ってるの?」

「はく……ああ……そう、あの小僧っ子、はくって名前なんやね」

 それまでの呪いよりも鋭く、冷たいものが背筋を走っていった。

 無意識に、契約を確認する。パスはまだ繋がっている。だが、それだけでは決して安心できない。

「そないに怖い顔せんでも、多分死んではおらへんよ。うちが目ぇ離してからの責任は取れへんけど」

「何があったのか、何をしたのか――答えなさい」

「何もしとらへんよ。その証拠に、契約も切れてないやろ? 何かする前に余所者が攫っていった、っていうのが正しいけど」

 余所者――それが誰なのかなどわかる筈もないが、地獄の敵対者と見るべきか。

 この特異点に、地獄に対立している別の悪がいれば話は別だが、今は味方である存在と期待するしかない。

 彼女の弁が本当であれば、今のところ安全な可能性はあるということだ。

『……待ってください。メルト、敵サーヴァントと同位置に、小さいですけど、ハクトさんと同じ反応があります』

「……なんですって?」

 カズラの報告に、酒呑童子は「バレたか」とでも言いたげな笑みを浮かべた。

「……まぁ、うちも鬼やし。あないに柔こい肉前にしたら、昂ぶるものもあるんよ」

「…………もう一度聞くわ。何をしたの」

 その二回目の問いに返ってくる答えが何であろうと、関係はなかった。

 答えを聞いた直後の行動は、この場の誰もが予想できたことだと思う。

 それほどまでに単純で、だけど、私は己の行動を止めることが出来なかった。

「安心しいや。肉には傷一つ付けとらへん」

 言いながら、剣を持つ手とは反対で、持ち上げたのは、腰から下げていた瓢箪。

 笑みを更に濃くして、核心の一言。

「――極上に甘い酒のために、骨一本抜いただけやさかい」

 言葉が終わると同時に、私は地面を蹴った。

 振るった脚に力の限りを込めて叩き込み――しかし、酒呑童子の剣はそれを肉に届かせない。

 今の一撃で死のうと受け止められようと、どうでもいい。どうせ今のは、衝動的なものだ。

「ハクの全ては私のものよ。骨一本とて、渡す許しなんか出してないわ」

「なら取り返せば良いんやないの? ――どろどろに酒に溶けたもので良ければ、やけど」

 地獄たちの目的が何なのか、未だにわからない。

 だが、何であろうと、この鬼が許しがたい敵であることには変わりはない。

 ハクの不覚を払拭すべく、もう一度脚を振るう。

 呪いなんて気にならないほどに、その時の怒りは強いものだった。




EXTRA編から続いてきて初、一話丸々メルト視点でお送りしました。
という訳でメルトたちVS殺爽地獄・酒呑童子となります。
相変わらず京言葉が分からないのでまた、何か変でしたら報告いただけると幸いです。

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