Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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(サリ)エリちゃんを狙ったら先に雷帝がお出ましになる現象。


第三夜『朧気に見ゆ朔の槍』

 

 

 ――白斗様。白斗様。

 

 体が揺さぶられ、意識を取り戻すと同時、無機質ながら落ち着く声が聞こえてきた。

 先日、精神的に大きな負担が掛かっていたせいか。

 なんだか、久しぶりによく眠れたという充足感を以て、目は覚めた。

 僕を揺さぶっていたのは、昨日出会った、黒と白の入り混じる少女。

「――ナガレ」

「はい。おはようございます、白斗様。よく眠れましたか?」

「ああ――そういう君は……」

「私は、問題ありません。元より、普通の人ほど睡眠を必要としない身でして」

 少女――ナガレに刻まれた隈は、とても充実した睡眠を取れているとは思えないほど深い。

 一体何夜寝ずに貫徹すれば、ここまでになるのか。そう考えてしまうほどに。

「目覚めたか。ある程度吹っ切れたようじゃな」

 今の声の主、信長は囲炉裏の前に胡坐をかき、火箸で炭をつついていた。

「何が原因かなど知らんが、昨晩までのお主は随分と死にそうな顔をしておった。大した問題ではなかったか?」

「大した問題ではあるけど……貴女の言う通り、ある程度は吹っ切れた。牛若のおかげだ」

「そうか。あ奴にも他人の心配が出来たのじゃな。あ奴ほど人の心が分からん者もいないと思っていたが」

 信長の言葉に返しつつも起き上がり、辺りを見渡す。

 彼女と、ナガレの他には、小屋の入り口で外を見ながら立つ明智 光秀。

 彼は刀に手を添え、いつでも抜ける状態だった。

 何より、小屋の中にはサーヴァントがいない。尋常ならざる事態であることは明らかだった。

「……何が起きているんだ?」

「英霊の影の襲撃じゃ。これで四騎目じゃったか。毎日毎日、ご苦労なことじゃ」

「ッ、シャドウサーヴァント――!?」

 なんじゃ、アレそんな名前なのか、と呑気に言う信長だが、事は軽いものではない。

 襲撃というからには、ほぼ間違いなく地獄の手先。

 自分たちに抗う者たちを殲滅せんと、ここに送り込んでいるのだろう。

「落ち着け。所詮は一騎、数じゃ負けん。戦と見るのは増援を悟ってからじゃ」

 更に増えることはない――それは、信長が培った戦術眼によるものか。

 相手は本来のサーヴァントには及ばない影。であれば、サーヴァント五騎という過剰な戦力でもって相手をしている以上、予想外など滅多なことでは起こりえない、と。

「ま、それはそれとしてお主も惰眠を貪るだけでは持て余すじゃろ。ほれ、わしにその力、示してみよ」

「……そういうことなら」

 僕の力を試したい、ということらしい。

 そういうことならば、構わない。

 メルトがいない以上普段のような戦い方は出来ないが、それでもマスターとして最低限の役割ならこなせる。

 それを以てサーヴァントたちをサポートすることならば可能だ。

「……お気をつけて。どうやら此度の影、これまでの輩とは違うようです」

「……わかった」

 ナガレの警告を聞き、気を引き締める。

 影とはいえ相手は英霊。決して油断できる存在ではない。

 準備運動のように、魔術回路に魔術を流す。

 不調は見られない。術式の構築、発動も可能。

 ただ一つ、傍にいる筈の人はいない。その事実を考えた一瞬で再び襲う黒い靄を――首を振るって取り払う。

 今はそのことを気にかけてはいけない。自業自得の代償は、戦いの結果を以て支払おう。

「――貴方も、出るのですか」

 小屋の入り口まで歩くと、外を見ていた光秀が僅か視線を此方に向け、問うてきた。

 頷く。無言のままの返答に、光秀は鉄のような冷たい目はそのままに、頷き返してきた。

「よろしくお願いします。私には、あの影に抗う力はありませぬゆえ」

「僕も同じだ。だからこそ、補助を精一杯努めさせてもらう」

「……蛮勇、ではないようですね。己の役目を熟知している、それならばよろしい。死兵の如き覚悟のみでは、あの影に太刀打ちできますまい」

 彼なりの、激励なのだろうか。

 凪のない海のように、その性質は穏やかだ。しかし、目はそれとは違う冷たさの鉄そのもの。

 纏う業火の如き着物――彼を構成する全てはチグハグで、何処までも歪だった。

 ただ、主君への忠誠がそれらを縫い留め、辛うじて人の形を保っているような異質さ。

 たった一晩だが、それだけで分かった。彼の信長への忠誠は、紛れもなく本物だ。

 だからこそ、信じられなかった。彼がこの年、信長を討つべく蜂起するなどと。

 ――ともあれ、今はそれ以前の問題だ。

 地獄たちをどうにかしなければ、その“正しい歴史”さえ迎えることなく、時代は終わってしまう。

 それは決して許容できない。

 シャドウサーヴァントの打倒も、解決のための一歩になるだろう。

 光秀の眼前を通り抜け、外へ出る。

 当たり前のように、視界は火炎の世界へと移り変わった。

 

 

 以前サクラから聞いた情報によれば、シャドウサーヴァントとはサーヴァントの召喚不備により不完全な状態で現界したモノである。

 その実態を、僕は二つ目の特異点で何度か体感した。

 低いランクの魔獣らとは比べ物にならないが、それでもサーヴァントには到底及ばない、中の上ランクのエネミー。

 ある程度成功に近い形で召喚されようとも、戦闘能力はサーヴァントの六割にも満たないだろう。

 そこに戦法や能力による相性や細部を視認しにくいというアドバンテージも加味して、ようやく通常のサーヴァントと拮抗できるかどうか。

 それが、“通常のシャドウサーヴァント”であるはずだ。

 しかし、目の前の戦闘に参じている影は、それとは違った。

「オラァッ!」

 剣戟の合間に放たれた土方の銃弾を、真正面から突くことで粉砕する。

「そこ!」

 突き出された得物を引き戻すことなく、手首の動きだけで取り回し沖田の追撃を防御する。

「■■■、■■■■! ■■■■■■■■■■■■■!」

 ――その咆哮は、意志の見えないものではなかった。

 何を言っているのかは判然としない。だが、明確な意味があることだけは分かる。

 理性を奪われたバーサーカーではない。確たる意志を持ち、しかし言語能力を失った影だった。

 輪郭のぼやけた影。その得物は細長い槍に見える。正常な形で召喚されれば、ランサーとなる筈だったサーヴァントか。

 牛若の刺突、金時の力押し、そして鈴鹿の三本の刀による不意打ちを遍く対処し、それでもその体勢は崩れない。

 金時と鈴鹿が此方に気づき、下がってくる。

「よォ、おはようさんホワイト。よく眠れたか?」

「ああ――ところで、アレは……」

「ここ最近やたら出てくるモンスターマシンさ。それも今回はイかれた馬力だけが自慢の奴じゃねえ。とびっきりのテクニシャンじゃん?」

 二人を回復しつつ、戦場を観察する。

 敵は防御が主体――という訳でもなさそうだ。

 牛若、沖田、土方の攻撃が止んだ僅かな隙にも攻撃を仕掛けている。

 敵も味方もダメージは大きいものではない。しかし決定打にはならないものの、皆には小さな傷が散見された。

「今までに戦った影とは、違うのか?」

「まあ、根本的には今までと一緒って感じ? ただひたすら、宝具をぶっぱするだけ」

「それがビームでもゴリ押しでもねえ、喧嘩の順応性を高めるってのが違う点だ。し合う分には悪くねえが、如何せん攻めづらいのなんのってな!」

 そうか……あの影は、宝具を使用している状態らしい。

 これまで彼らが戦ってきたシャドウサーヴァントは、一撃必殺、その使用で戦局を変えうる高威力の宝具を所有していた。

 しかし今回はそれらとは違う。自身の強化を主体とした、長期的な視点で自身に有利を齎すタイプの宝具。

 それにより、まったく戦い方の異なる五人のサーヴァント、それぞれの戦法に順応し、最適解を叩き出す。

 或いは全てを躱したその先のカウンターこそが真価なのかもしれないが――そこまで繋げられないのはやはり数の差か。

 この数ならば負けることはなくても、非常に攻めにくい難敵となっているらしい。

「ともかく! あんたマスターでしょ? なら手伝って! 五人がダメでも六人ならってね!」

 得物を持ち直し、再び二人は影へと向かっていく。

「お前ら、ホワイトが来たぜ! 攻め時だ!」

 まずは牛若、沖田、土方の回復。

 ダメージは少なくとも、それが後々に響く可能性はゼロではない。

 続けて敏捷と筋力。各サーヴァントの、劣るステータスを主体として補っていく。

 筋力が高ければ、あの防御を打ち崩せるかもしれない。

 敏捷が高ければ、戦闘において打てる策が増える。

 変化した戦法、増えた手数にも、影は対応する。

 それでも、いずれ限界は訪れよう。

 マスターによる補佐の役割は、その戦いによって異なる。

 此度の場合は、五では攻めきれなかったゆえに、その数を六、七と増やしていくこと。

 複数のサーヴァントを補佐するならば、そこにサーヴァントが更に一人増えるよりも大きな役割をこなすこと。

 そして何より、これはどんな時でもマスターとして当然の仕事――短所を補い、長所をより伸ばすことで活路を切り開くこと。

「――■■■■、■■■■■■■■!」

 影の槍が此方に向けられる。

 弱い者から仕留めた方が良いと判断したのか、それとも、マスターという存在を認識したのか。

 向かってくることを悟り、弾丸を射出する。

 それは時間稼ぎにもならないが――突撃を未然に防ぐには十分すぎる隙だ。

「ふっ!」

「そら!」

 沖田の迅速と、鈴鹿の特殊な手数。

 此方に向かってくる槍はなくなった。あの影に、ペースは握らせない。

「白斗殿、これならば押し切れます!」

「ああ――頼む、牛若!」

 跳躍からの振り下ろし。それもまた、影にとっては防げる一撃でしかないだろう。

 ならば、僕はそれを決定的なものにする。

強化(フォルテ)!」

「■■!?」

 魔力の消費量こそ増えるものの、瞬間的な能力を飛躍的に上昇させる独自の強化術式。

 使いどころを誤れば魔力を無駄にするだけだが、相手の不意を打つには大きな力を発揮する。

 小柄な牛若の一撃は地すら割るほどの威力となり、これまでと同じものと踏んでいた影の防御を打ち崩した。

 そこにすかさず、土方と金時の斬撃が叩き込まれる。

 それまで槍によって受け流す、いなすなど、小さな動きで対応していた影は、ここにきて大きく動いた。

 大柄な金時の懐を潜り抜けるように追撃を回避し、己にとっての活路を見出す。

 槍の投擲――影にとっては本来あり得ぬ戦法のようで、威力こそ伴っていない。

 だが人間一人貫くには十分すぎる――僕に向かって放たれた槍は、しかし届くことはなかった。

 反撃を予期していたのか、いつの間にか前に立っていた沖田が刀の一振りで槍を弾く。

 それは影も分かっていたのだろう。既に弾いた先に駆けていた影は槍を受け止め、追撃に移行する。

 影にとっては、これはようやく見出した勝ちの目。

 この時、完全に僕に狙いを定めたあの影は、誰の敏捷を以てしても追いつけまい。

 それでも、大丈夫だという信頼があった。

 たった一人、沖田が前にいる。

 彼女の剣技ならば、渾身の一撃も防げよう。

 一撃さえ凌げば、後方のサーヴァントたちが影に追いつく時間は確保できる。

 迫る影、沖田はそれに対応すべく、腰を低くして構え――――

「――――――――ッ!」

「なっ――!?」

 突如大きく咳き込み、口から血を零しながら崩れた。

 何が起きたのか――一瞬、思考が途切れ、反射的に体が動いた。

 迎撃などままならない大きな隙。マスターよりサーヴァントのそれを突けるならば、それをしない手立てはない。

 影の標的が変わったこと。

 槍の軌道も計らないまま、沖田を突き飛ばす。

「っ、あ――――!」

 視界が一瞬真っ赤に染まるほどの激痛。

 槍は、縦に薙ぐように振り下ろされていた。

 その軌道から離れた沖田は両断されることなく――無傷に終わる。

 肉を断つべく力を込められた槍は勢いのまま大地に突き刺さり、影の戦はそこで終わった。

 誰よりも素早く、影の背後に迫った牛若の一太刀によって影の首は飛び、それで終点と存在は霧散して消失していく。

「……終わった、かな」

 周囲に敵性反応はない。新たなシャドウサーヴァントが発生するような気配もない。

 どうやら襲撃は一騎だけ。戦闘はこれで終了したとみても良いだろう。

「ケホ、ゴホッ……!」

「沖田!」

 戦闘が終わってなお、喀血する沖田に駆け寄る。

 回復術式でも、それが治まることはない。一体何が――

「白斗殿! まずは己の身の心配を!」

「っ……」

 気付いていない訳ではなかった。この鮮烈な痛みを、思考から切り離せよう筈もない。

 ただ、意識してしまうと気が狂いそうになるだけだ。

「……ぁ、貴方、腕……!」

 正直なところ、これは危ないなと思っていた。

 前腕の中ほど辺りから先が、無い。正確には、石ころのように地面に転がっている。

 シャドウサーヴァントの槍の凄まじい切れ味によって、真っ直ぐに断たれていた。

「馬鹿が……中に入るぞ。ナガレでどうにかならなきゃ、それで終わりだ」

 土方に担がれ、血を滴らせながらも小屋へと連れられる。

 黒いコートに赤が付着することに申し訳なさを感じつつ、ただなされるがままにする。

 痛みで途切れそうになる意識を繋ぎ止めることに精一杯で、何かをする余裕はなかった。




ハクのステータス:呪い・腕封じ(右)・サーヴァント無し・令呪一画
三章の頑張りっぷりは何だったのかレベルに踏んだり蹴ったりですねこの人。

シャドウサーヴァントさんはこの章にうってつけながらプロットにどうにも組み込めなかったプルガトリオの人です。
え? なんで段蔵は入ったのか?
いやまあ、ねえ?

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