Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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何があろうともメルトの誕生日に更新する。
無事五年目も達成しました。一体何年続けるんでしょうね。
ちなみに「次の更新は4月9日にしよう。余裕もあるし」って思って執筆サボってたら割と危なかったです。

ところでカドックくんとアナスタシアについて(ry


第三夜『逢はむ日をその日と知らず常闇に』

 

 

 空の色は変わらず、時計もない。

 時間を把握しているだろうカズラの通信も無い以上、時間の経過は僕自身の感覚でしかない。

 この新選組の屯所に訪れてある程度。多分、日が変わって、暫く経ったと思う。

 敵対していない者たちといることで、随分と落ち着くことができた。

 少なくとも、二画の令呪使用を早計だったと考えられるくらいには。

 この時代の状況も、彼女たちから詳しく聞けた。

 地獄たちが出現し、京の都が炎に包まれたのは、信長が上洛したその日とのことだ。

 引き連れていたのは僅かな小姓のみであり、有力な臣下は殆ど連れてきていないらしい。

 京の外とは隔絶された巨大な箱庭。

 その中で、民は日毎に殺され、失踪し、数を減らしている。

 聞くところによると、かの地獄たちを討滅すべく、信長はすぐに動き出したという。

 そして、発見したのがアーチャー――弓境地獄。

 しかし捕捉する前に彼女が引き連れていた小姓は殆どが撃ち抜かれ――最早これまで、そんな諦観が脳裏を過ぎった時、現れたのが、サーヴァント。

 坂田 金時と鈴鹿御前。

 彼らの助力により弓境地獄は討たれ、その成果を以て信長は地獄たちに宣戦布告を出した。

 それから数日。

 沖田ら新選組を発見し、サーヴァントの力こそ地獄に対して有効だと判断した信長は彼らの屯所を根城とした。

 そして、京を守るべく召喚された牛若が参じ、今の時代に生きる信長をトップとした対地獄連合が結成された。

 残る地獄は六騎。真名が分かっているのは、僕の前に現れた二人と、地獄らと袂を分かった天国のみ。

 敵となるのは茨木童子と酒呑童子。ともに京の都を荒らしまわった鬼の首魁。

 あのキャスター・ナルが術懐地獄ではないのだとすれば、あと三騎の真名不明の地獄がいる。

 ブリテンでの戦いのように、敵ははっきりしている。

 だが――状況としては、紛れもなくこれまでで最悪だと言っていい。

 他のマスターと離れ、カズラの通信も届かず、何より、メルトが傍にいない。

 出来るだけ、その事実を考えないようにしていた。

 だが、何もしていない時、じわりと思考を蝕んでいく。

 他の何を考えていても、薄墨色の空が誘うように、当たり前に辿り着く終着駅。

 呼吸が荒くなるのを自覚する。それに伴って、今、視界に何が映っているか分からなくなる。

 目を擦る。視界を取り戻し――燃え盛る世界を見た。

 ああ、外に出ていたのか。

 無自覚のうちに小屋を出ていたらしい。

 ……あまり、この景色を見ていたくない。

 大悪の自覚はない。世界が焼ける光景を、良く思える筈がない。

 一瞬一瞬で焼却へと進む世界を実感する程に、頭が締め上げられるように痛くなる。

 更に、呼吸は荒くなる。息を吸う度に、胸に痛みが走る。

 どうしてこんなにも、体調が悪いのだろうと考えて――ようやく、節々の痛覚すら刺激されていることを知った。

 その痛み、体の異常一つ一つが、脳を溶かしていく。

 動悸の音が鼓膜を裂かんばかりに大きくなる。

 不味い――本能的にそう感じ、一つでもその痛みを減らすべく、咄嗟に息を止めた瞬間、

「――――――――ッ!」

 体の内から喉を通って、何かが口から零れ出てきた。

「っ、が……ぁ……」

 この時代で摂った食事が否定され、地面にぶちまけられる。

 ここまで不快なものだったのか、と下らない感慨を抱いた。

 醜態を嘲笑うように、痛みはより一層増していく。

 不安の連鎖に押し潰される――この場で舌を噛み切れば、この苦痛は終わるのだろうか――

「白斗殿!」

「ッ――」

 ――自身の名を呼ぶ声で、我に返る。

 今感じていた不快感の全てが、嘘のように消滅した。

「――――牛若」

「白斗殿、気を確かに。呼吸を意識して、目は瞑らず、此方に」

 牛若の手が頬に添えられ、首を動かされる。

「……良くないものに憑かれていますね。この時代に来てから一体、何があったのですか」

 先程の、「死んでも構わない」と思えるような苦痛は、牛若がこの場からいなくなれば、また襲ってくる。

 それは予感ではなく確信だった。

 ひとまず、今は彼女から離れない方が良い。

 精神を落ち着かせるためにも、ゆっくり、振り返るように牛若に経緯を話す。

「……迂闊、ですね」

「――あぁ。わかってる」

「聞く限りでは、此度の一件はメルト殿に非はありません。白斗殿が軽率に、メルト殿が咄嗟に守れぬ状況に踏み入ったことが原因です」

 こうして、他者の言葉として聞くと、己の愚かさがより浮彫になる。

 全て、僕の自業自得だ。

「……いいえ、私が責めるのは相応しくありませんね。しかし……術懐に魅入られたとして、それは一体いつなのか……」

 ――今のもまた、術懐地獄の仕業なのだろうか。

 そうなのだとしたら、出会ったと思われる場所はたった一つ。

「その、地獄の根城たる山ですね。そこに術懐が潜んでいたと」

「ああ」

「確かに、そう見るのが妥当でしょう。山一つが術懐の陣地と見て良いかもしれませんね」

 あの山では、術懐地獄と名乗るサーヴァントには出会っていない。

 だが、此方の様子を伺っていた可能性は十分にあり得る。

 此方に悟られないうちに、何らかの呪いを掛けていた、と。

「……暫く――少なくとも、メルト殿と合流するまで、私が傍に付きましょう。我が刀は退魔の一振り。多少はその呪いも進行を緩めるかと」

 ――確かに、今は呼吸も動悸も落ち着いている。

 信頼し得る存在が近くにいるということもあるが、彼女の刀も効力を発揮しているようだ。

 今の僕は、あまりにも非力だ。「引き立てるべき存在」すらもいない今、誰かに頼る事しかできない。

「……ごめん、牛若。暫くの間、頼んでも良いかな」

「承りました。これもまた縁のうち。よろしくお願いします、白斗殿」

 焦燥は、いつしか治まっていた。

 早くメルトに会いたい。それは変わらない。

 だが、牛若や信長――ここで出会った者たちと協力していれば、必ず再会できる。

 心強い味方に出会うことが出来た――そう、ポジティブに考えていこう。

「……うん。少し、顔色が良くなりましたね」

「そう、なのか。牛若のおかげだよ。ありがとう」

「はい。それでは、もう少し休まれては? 朝も知れぬ世界ではありますが、それでも睡眠は必要です」

「……眠れる、かな」

「メルト殿の為にも、休んでください。再会した時にやつれていてはメルト殿も心配しましょう」

 体調は良くなった。後は眠れるかどうか、だった。

 だが……そうだ。あまり無理をした状態で再会しても、余計な心配を掛けるだけだ。

 その辺りの心遣いまでしてくれた牛若に感謝しつつ、小屋に戻る。

 それから、意識を手放すまでそう時間は掛からなかった。

 微睡みに揺れる中で、ふと、

 ――メルトは、大丈夫だろうか。

 そんな、懸念があった。

 

 

 +

 

 

「っ……っ……」

 咳き込むという経験は、あまりなかった。

 どうも、ハクと離れた辺りから胸の絞まるような感覚に襲われている。

 体の内側を這うような、不愉快極まりない感覚――もしかしたら感じ取れていないだけで、感覚の薄い部分もまた同じ“何か”に干渉されているのかもしれない。

 他人から干渉されるのは嫌いだ。吸収の対象でもないものが、肉の内にまで入り込んでくるような不躾な干渉など、そもそもたった一人にしか許していない。

 ――その、唯一の例外が今、傍にはいない。

 その事実が、一秒ごとに私の精神を蝕んでいく。

 飛び出したい。今すぐにでも、ハクを探しに行きたい。

「……っ、で、どうなってるのよ、カズラ」

『呪い、ですね。それも、体に浸透してから発現するタイプです。対魔力が効果を成さない、呪術の類と思われますが……』

「随分、性質の悪い呪いね……」

 気付かない間に、何かしらの呪いを受けていたらしい。

 タマモが扱うそれのように、呪術の類が発生させるのは物理現象だ。

 月での権限から、私はある程度のランクの対魔力を獲得した上で地上に降りた。

 しかし呪術の影響は対魔力を貫通する。

 この体の不調がその呪いによるもの。そして、私が受けているならば――

「……カズラ。ハクの状態は?」

 ハクが同じものを受けている可能性もある。

『…………分かりません。観測不可能な場所にいるみたいで』

「……生きては、いるのよね?」

『はい。それは間違いなく。メルト、貴女とのパスも繋がっているでしょう?』

「……ええ」

 ――契約は、続いている。魔力も問題なく

 だが、それは安心感に繋がることではない。

 ハクはサーヴァントに連れ去られた。状況からして、間違いなく敵。

 そのうえで生きているということは、或いは――死ぬ以上の何かに晒されているかもしれない。

 ハクとあのサーヴァントを追ったものの、炎の中で追うのは、すぐに限界が訪れた。

 速度としては私の方が速い。だが、地理を把握してかつ逃げ上手らしいあのサーヴァントが上を行った。

 何をされているか分からない。カズラに諭され、一旦追跡は中断し、天国の小屋に戻ったものの――焦りはつのる。

 ――――。

「……カズラ。コレ、治せない? 思考が阻害されて、鬱陶しくてならないわ」

『……簡易的な洗浄プログラムを構築しました。今送ります』

 恐らくは、何かをトリガーとして悪影響を及ぼす類の呪い。

 そのトリガーが何なのかはともかく、今その条件を成立させているようで、邪魔で仕方がない。

 カズラが送ってきたプログラムを実行する。体内の洗浄(ウイルスチェック)――カズラが自身の専門分野として有する能力。

 体全体から不浄物が洗い出される。だが、不快感が抜けることはない。

『結果、返ってきました。……状態に変化はありません。今すぐの治療は、駄目みたいです』

「そう……ハクも同じ状態になってたり、しないわよね」

『……精神的な干渉です。同じものだとすれば、ハクトさんなら――』

「……どうかしらね」

 ハクの精神は強い。それは確かだ。

 だが、それは私が傍にいてこそのもの。

 自惚れではなく、紛れもない事実。

 私たちが生きてきたのは、小さな月の世界だ。私とハクが離れることは、あまりなかった。

 ハクの自我が目覚めた瞬間から、私は共にいた。

 私の傍で成長してきた彼のことだからこそ、私は分かっている。

 ――――ハクは、完全に私に依存してしまっている。

 あの強さ、頑なさは、私が在ってこそだ。

 私がいなくなった時、ハクはただの人間よりも弱くなる。

 彼の強さの本質を知ってしまっているからこそ、今の状況はあまりにも悪い。

「ッ――――」

 頭痛を覚えた。

 感じたこともない不快な感覚に、唇をかみしめる。

 それで上書きされるような痛みなど感じないというのに、無意識のうちに。

『あ、メルト――』

「……」

 カズラの言葉で気付く。

 背後から近づいてきたサーヴァントに。

「交代の時間だ。休め」

「……後ろから近付いてくるの、やめてくれないかしら」

「お前が小屋に背を向けていただけに思えるがね」

 やってきたのは、同行していたアーチャーだ。

 周囲の警戒を順番に担当していたが、交代の時間が来たらしい。

「……随分と参っているな。サーヴァントが魔力以外の面でマスターに依存しても良いことなど無いと思うが」

「軽口を叩き合う気はないわ。余計な世話よ」

「その様子ならまだお前のマスターはまだ無事のようだな。何よりだ」

 ――このアーチャーは、一々癇に障る。

 見た目も、声も、それらから伝わってくる性質も、全てが腹立たしい。

「――しかしまあ、問題は此方か。サーヴァントがこの程度でここまで弱るようではな」

「……何ですって?」

「自分の状態も把握し切れていないと見える。それでは囮にもならん。いない方がマシな程だ」

 何を分かり切ったようなことを。

 衝動的に、背後の男に殺意を覚えた。

 気付けば脚を振るった後で――

「ふん――」

「ッ!?」

 片手で弾かれただけでバランスを崩した自分が、信じられなかった。

 そこから立て直すなど、セラフで生成した最弱のエネミーを蹴散らすよりも簡単な筈なのに。

 たたらを踏んで、それで安定することさえなく、支える者もいない。

 ゆえに――――転ぶというのは、生まれて初めてのことだった。

『…………え?』

 カズラの困惑以上に、私も、何が起きたか分からなかった。

 何故自分は地面に崩れ落ちているのか。

 ただ一撃防がれた程度で、私がバランスを崩すなどあり得ない。

「足の腱を切った――いや、ヒールが折れたといったところか。憐れだな。自分の依存度にも気付かないなんて」

 ニヒルに、皮肉げに笑うアーチャーの言葉の意味を、暫し考えた。

 私がハクに依存している――ああ、それは自覚している。

 だけど、それでも戦いに支障が出るなんてことは無かった筈だ。

 だって、存り方からして、私はプリマだった。

 誰かが引き立てる必要もなく、始めから私は輝いていた。

 ハクがいることで、完全(100)であった私は二倍にも三倍にも輝く。

 だけどハクがいない状況であっても、完全(100)より落ちることなどことなどない筈なのだ。

 それが――いつの間にか、堕落していたとでもいうのか。

「……」

「二人で完璧というのも効率が悪いな。離れた傍からこれだ。こうして特異点に関わってみれば、マスターありきのサーヴァントとはデメリットしか感じられないな」

 ――立つことは、出来る。

 歩くことも、出来る。

 だけど、戦えない。体から、その機能が消失したように。

 ――誰のために戦うのか。

 ――誰のために舞うのか。

 気付けば上書きされていた己の価値観に気付き、しかしそれを否定することもできず。

 私から視線を外し、周囲の警戒を始めるアーチャーの背中を前に、私は呆然と立ち尽くしていた。




悶々とする――を十歩ほど行き過ぎた二人の視点でお送りしました。
EXTRA編以来のメルト視点だったりするかもしれません。
十年間でより熟成された二人の不完全さ。
いやあ、主要人物の苦しみを書くのは楽しいですね。

二人のステータスには呪い状態が追加。
ここにきてボブが微妙に書きにくいことに気付く。

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