Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
あとバレンタインイベで何度か死んでましたごめんなさい。
我ながらダブルスタンダード感が酷い。
とは言え作中には影響しません。特に進展ないですがどうぞ。
――この時代を脅かす七つの地獄。
その一人は己だと、天国は言った。
まだ、人々に手をかけた訳でもない。
だが、そもそも自分はそのために召喚された存在だと。
「おっと、クロに手を出すは例え旧友と言えど許さぬ。一宿一飯……いや、それなりにここに住み着いている恩があるゆえな」
「ありがとね、たま。まあ、わたしを討ちたいって言うなら別に抵抗はしないわよ」
「いや、アタシが認めん。サーヴァントであろうとも楽しみ無くて死ぬ事などあり得ん。具体的には美味い飯と美味いおやつ。風呂に寝床もあれば完璧なのだな」
相変わらずキャットの言葉は無駄に長く意味がよく分からないが……ともかく、天国を庇っている。
恐らくこの特異点で仲を深めたのだろう。
僕もこの時代と敵対しているのではないならば、無理に戦う理由もないが……。
「彼女を殺す必要性は薄いでしょう。倒したところで、杯の在り処が分かる訳でもなし」
「然り。代わりに貴様が死ぬか。身代わり、生贄であるな。段蔵はアタシが預かる。誰も困る輩はいまい」
「お断りしましょう。何も成さずに死ぬのは私もいただけません」
……何故キャットはここまで居士を嫌っているのだろうか。
彼女のことだ。多分理解できないだろう、他愛もない理由のような気もするが。
「……で? 貴女の居場所はその地獄とやらに分かるの? 追手は?」
「……さて、どうかしら。勝手に離れてここまで何もお咎め無しだし、何もないんじゃない?」
天国自身にも、それは不明らしい。
もし知らされていれば、離反した彼女に追手が掛からないのはおかしい。
それなりの日数が経っているようだし、黙認されているのか、それとも別の理由があるのか……。
「即座に始末すべきだろう。僅かなりとも可能性があるならば、片付けておくに越したことはない」
提案したのは、ミコと契約したアーチャーだった。
幻想など抱かない。現実のみを移した澱のような目は、冷徹に、冷酷に少女を見据えている。
「……そうね。貴方の言う通りよ。わたしが彼らと縁を切った証拠なんて出せないし」
「そうだろう。上辺だけを繕い欺こうとする人間など幾らでも見てきた。そういう者を信じればこそ、後々に足を掬われることになる」
「ええ、その通り。……そう、貴方……」
自身を殺そうと提案するアーチャーに天国も同意する。
この時代を脅かす側に召喚された存在として、それは当然のこと、と。
「……なんだ?」
「大して長くもない人生で、そんな現実を知ってしまったのね。それが、貴方の世界、か」
しかしそれとは別に、天国はアーチャーに何処か憐れむような視線を向けた。
「色々な人を見てきたけど、貴方みたいな人は初めてよ。一目見て、鍛つべき剣の形が見えてこないなんて。というより……貴方にはもう、剣はないのね」
「他人の世界を覗き見るのが趣味ならオレに向けるのはやめておけ。こんなモノを喰うのは犬か神くらいのものだろう」
物悲しそうな天国の評に、アーチャーはさして気にも留めないように返す。
生涯他者の為に剣を鍛ってきた天国は、他者の心象の目利きにも優れているのだろう。
その天国をして、剣の形が出てこないというアーチャー。
自身を無銘の英霊とする彼は一体どんな出自の英霊なのだろうか。
「アーチャー、今はいいわ。敵対してないなら、良い拠点よ。こっちにも貴方たちサーヴァントがいる。例え敵が来ても抵抗は出来るでしょ」
「……」
ミコが制止を促し、仕方ないとアーチャーは霊体化する。
アーチャーの意見も一つの手段ではある。
地獄の一人たる彼女が敵となる可能性は決してゼロではない。
寧ろ警戒して然るべき相手なのだ。
「まあ……彼の言葉は正しいわ。今晩は泊まっていきなさい。そこから先は、好きにすると良いわ」
時間は夜。やはり、この時間帯は外にいるのは適さないのだろう。
だが、一旦拠点を定めておくのは悪くない。
ミコ、ピエールと顔を見合わせる。反対ではないようだ。
「それじゃあ、一先ず今夜は世話になる。いいかな?」
「勿論。たま、お客様を部屋へ」
「相分かった。付いてくるがいい夢追い人。布団の用意は万全である」
大量の布団を両手で抱え、前も見えないだろう状態でキャットはふらふらと部屋の奥へと歩いていく。
恐らくは魔術による空間の拡張――これは居士によるものだろう。
外見以上に内部の空間を広げ、勝手の良い部屋としているのだ。
「さて、私も一旦休みますかねぇ。段蔵、外の警戒をお願いします」
「承知いたしました。それでは、皆様」
居士の命を受け、段蔵は僕たちに一礼した後、外に出る。
彼女はアサシンだ。何らかの襲撃があった際、迎撃をするのは難しいだろう。
しかし周囲の警戒においてならば、忍びとしての技術を活かすことが出来るのかもしれない。
未だ彼女の能力は不明だが、少なくとも、無防備の間を居士が任せるレベルではあるようだ。
現存する体に憑依させる特殊な形とはいえ、段蔵はサーヴァント。
彼女が警戒している以上、休んでも問題ないだろう。
――真言立川詠天流。
マナの枯渇が発生して以降も、旧時代の魔術理論を受け継いできた、日本の密教。
本来、取るに足りない教団に過ぎない。
だが、僕とメルトはこの教団について、通常の観測とは比較にならない情報を集めていた。
何故――その理由を知っている者は、月の民の中でも僅か。
実のところ、最早気にしなくてもいい理由ではある。
それでも、ほんの少しであろうと悲劇を招く可能性を考えると、動かずにはいられなかったのだ。
詠天流は多くの可能性において、現代――2042年には瓦解している。
全ての可能性を拾えている訳ではないが、これから先のイフを生み出す根幹にして主要である世界線――編纂事象と呼んでいる世界では、実にその99.98パーセントでは歴史から抹消された邪教として、その存在を消滅させている。
それほどまでに、この教団の破滅には大きな力が働いている。
この数値が増した原因に僕たちが関わっていない訳ではないのだが、そうでなくとも、この教団の瓦解は確定的と言ってもいいくらいに可能性が高い。
その理由には、必ず宗主の家系が関連している。
――殺生院。
この姓を僕やメルト、白羽やリップといった月の一部の面々が忌避している理由は、その他の大勢は知らない。
特例により、月の蔵書からも失われ、永遠に喪失された可能性。
BBや五人のアルターエゴ。そしてそれより前に生まれた、メルトやリップが創られることになった原因。
僕という存在が今まで在れた理由。この月の、ある意味全ての始まり。
それでも、一切の感謝の概念など抱けない――僕の、唯一の憎悪の対象。
その女の姓が、殺生院だった。
殺生院
彼女こそ、詠天流の破滅に最も関わった存在だ。
何らかの理由――大抵は語るも悍ましい事柄により、信者たちを大規模に巻き込んで死亡し、それが教団の破滅に至っている。
その可能性に至らなかった事象も無い訳ではない。
私情を抜きにして彼女を語るならば、彼女は、最初から悪な訳ではなかった。
“そうなった”要因さえなければ、彼女が正しいセラピストとして大成した世界さえある。
だから、そういう世界の可能性だと思っていた。
正しく人生を歩んだ彼女に関わる存在である、と。
「……」
「……」
『あの……? ハクトさん? メルト?』
それぞれの部屋に案内され、一旦解散とした後、僕はカズラにミコの情報を送ってもらった。
マスターとなった面々はこの異変を解決する意思がある者。それはマスター選定において前提となる事柄だった。
特別、その出自の如何で選んではいない。
そもそも、魔術師はそのほぼ全てが出自に何らかの異質を宿しているのだから。
ミコも、そんな例に漏れない魔術師だった。
その異質が、僕たちにとって、決して無視できないものだったのだが。
「……キアラの、娘」
「……」
――殺生院
キアラが邪悪に手を染める過程で、信者の一人との間に宿した子供。
ごく稀有な可能性だ。少なくとも、僕たちが戦ったキアラに、子がいたというデータはなかった。
無限に存在する並行世界の中でさえ、ごく一握りしか存在しなかった可能性。
そして、その全てにおいて、
ミコの世界においても、教団はキアラにより、信者たちが巻き添えになる形で壊滅した。
事情を知る僅かな者は、彼女をこう呼び、それだけで国際手配をするに至った。
――詠天流の置き土産。
――愛欲の残滓。
――獣の残り香。
邪教を引き継いでいるのではないか。悍ましき術式を継承しているのではないか。そうでなくとも、不安の種など無い方が良い。
今日まで逃げ延びたミコは、月からの要請を受け、地上を発った。
――――肉体との接続を、全て切断した上で。
捨て身、いや、自殺。
逃げられるならば何処でも良いと、全てを捨てて彼女は月に来た。
言わば、この事件は彼女にとって帰り道のない逃避行。
後の事など考えない。ともかく追われ続ける現状から逃げるために、彼女は全てを置いてきたのだ。
「……ハク。どう思う?」
「……経歴を見た限り、悪ではない、とは思う」
だが、それでも、払拭できない疑心があった。
それほどまでに、キアラという存在は、悪に映っている。
「――月の管理者は悪趣味ね。わざわざ本人を離した上でそんな事を調べるなんて」
「ッ――――!」
あまりに集中していた。カズラがそれを伝える理由はない。
部屋の前に立つミコは、あからさまな不快感を眼差しに乗せていた。
「本人に聞けば良いじゃないの。大して語れる人生でもないけれど、隠すことでもないわよ」
「……ごめん。気を悪くすると思った」
「覗き見られてるようでそっちの方が嫌だけど。どうせ月に来た時点で、経歴なんて全部明かしたつもりだったし」
肩を竦めるミコは、部屋に入り僕が持つデータを覗いてくる。
「……さっきの様子。やっぱり知ってるんじゃない、母さんのこと」
いつから見ていたのだろう。
少なくとも、今データを読んでいて、僕たちがキアラを知っている様子を見せたことは気付いていたらしい。
「それは……」
「わかってるわよ。観測者が名前を知るくらい、どうしようもない悪人だってのは、私も知ってる。少なくとも、十四の子供にこう思われるくらいは、母さんは邪悪よ」
――僕たちの知るキアラを、この少女は知らない。
だけど同じように、ミコはキアラに対して、良い感情は抱いていないらしい。
思い出すだけでも腹立たしいと眉根を寄せる少女の表情は、およそ十四歳の少女とは思えなかった。
「……ごめんなさい。貴方たちからの要請を、私は利用した。本当は世界の危機なんてどうでもいい。未来がなくなってくれるなら、それに従っても構わない。だけど、とにかく追われるのはもうごめんだった。まぁ……」
そもそも、なんで逃げてるのかすら曖昧なんだけどね、とミコは自嘲するように笑う。
ミコの世界では、未だ西欧財閥の管理体制に対し、レジスタンスが抵抗を見せている。
僕が聖杯戦争を戦った頃よりそれは激化し、地域によってはその混乱の影に隠れることも簡単だという。
だが、そんな、子供が逃げるには過酷に過ぎる世界で、ミコという少女は生きてきたのだ。
「……この事件が終わったら、どうするんだ?」
「さあ? サイバーゴーストとして彷徨うんだとしても、それはそれで前よりは良いんじゃない?」
後先を考えずに、月まで飛び込んできた。
その先で待っているかもしれない宛てもない流浪でさえ、地上よりは良いと言ってのける。
平然と言う少女の眼に宿るものは何処か、狂気にさえ見えた。
「まあ、ここまで逃がしてくれた借りがあるから、協力はちゃんとするわよ」
「……頼む。出自は気にしない。一人でも多く、協力者は必要なんだ」
「はいはい。それじゃあ、お休み」
手をひらひらと振り、ミコは部屋を出ていく。
楚々とした普段の佇まいの中に、ほんの少しだけ見せる年齢相応の少女の仕草。
それはひどく不自然に見えるもので、キアラという存在によって縛られた呪いを感じられるものだった。
「……情なんて掛けるんじゃないわよ。警戒は緩めないで、ハク」
「……わかってる」
ミコが何も企んでいないとしても、その姓と疑心は、切っても切れないものだ。
名前が残す影響というものは、途轍もなく大きい。
殺生院というだけで、ミコは大いに警戒の対象となってしまう。
だが、少し話して、その人間性は人並みのものが見えた。
彼女は、キアラとは違う。可能な限りは、そう信じたいと思った。
ミコとキアラの関係が判明。引っ張りません。
いやあ、どいつもこいつもキアラに影響されてますね。
皆でキアラ絶対殺す同盟とか作ったらどうですか。