Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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書けるときに書き、更新できる時にする。
書き溜めなんて言葉は忘れました。とりあえず三章だけは終わらせます。

という訳で、三章ラストです。どうぞ。


第十四節『星の開拓者』-2

 

 

 イアソンとメディアに対面する。

 神話に名を残す英雄と魔女。当然のように脅威だろう。

「――イアソン」

「そうだ、なんでお前が生きてる。お前、ヘラクレスに殺されただろう!」

「僕を助けてくれた人がいた。ああ――確かに死んだ。だけど、その人はそれを許さなかった」

「ふざけるな! ならば私が、『お前が死なないこと』を許さない! さあ死ね! それが、この海の新たなる王の決定だっ!」

 この海の王となる――それが、イアソンの望み。

 そうだ。疑問があった。戦う前に、それは聞いておかないと。

「イアソン。『契約の箱(アーク)』にエウリュアレを捧げる、なんて、誰に唆されたんだ?」

「はあ!? そんな事、お前になんの関係がある!」

「だって、あの箱に女神なんてものを捧げれば、世界は滅びる。神霊は世界の理だ。それを、死そのものである箱に供するなんて、おかしいことだ」

「――――は?」

 その、「何を言っているのか分からない」という呆けた顔で、確信した。

 イアソンは自身が行おうとしていた事の真実を知らなかった。

 誰かにそうしろと唆され、王になるという虚言で以て、動かされていたのだ。

「――メディア?」

「――――はい。なんでしょう、イアソン様」

「今のコイツの言葉、嘘だろう? 私は無敵の王となる。女神を生贄にさえすれば。だって、あの御方も……」

 あの、御方……?

「はい。この世界が滅びれば、敵はいなくなる――敵が無い。ほら、無敵じゃあないですか?」

「お前――」

 メディアに、悪意などない。

 それが紛れもない真実であると、純粋に笑って見せた。

 その笑顔のまま、杖を振るう。

 現れた一振りの剣を、イアソンに押し付けて。

「共に戦いましょう、イアソン様。貴方の願いを叶えるために。だって、そうしなければ、貴方はここで死んでしまいます」

「ッ……!」

 提案ではない。強制だった。

 イアソンがそれを拒むならば、メディアは全力を以て彼を守るだろう。

 しかし、メディアは理解している。

 単独では勝てない。この時代最後の敵に勝つには、二人である必要があると。

「……クソッ! サポートしろメディア! 私を勝者とするんだ!」

「はい、イアソン様」

 その剣を奪い取り、イアソンは構える。

 僕もまた、『愛憎のサロメ』を展開する。

「さあ、やるわよハク。テンポは貴方に任せるわ」

「了解だ。一緒に踊ろう、メルト」

「うわー、なんか俺除け者の予感。ま、いいや。俺の言葉はちゃんと聞けるようにしておけよ」

 イアソンが駆けてくる。メディアが瞬間的に多数の魔法陣を展開する。

 それに対してメルトは前方に水飛沫を撒き散らす。

 メルトの持つ強力な守りの概念。その拡散使用。

 防御力を疑う理由なんて存在しない。だから、僕はイアソンのみに対応する。

「ッ!」

「おおぉっ!」

 ティーチとの戦いのように、体が軽くなる感覚はない。

 それは僕のせいだ。彼女は僕の死を覆すために、力を使い過ぎてしまった。

 だから、身体強化で少しでも補う。

 剣戟に重みは感じない。だが、統一した真っ直ぐさが感じられる。

 十、二十と剣をぶつけ合って、理解した。

 イアソンはサーヴァントたちから侮られていた。しかし、それはあくまで彼らの基準だ。

「舐めるな! 平凡、凡夫、何の取り柄もない人間に負けるほど弱くて、アルゴー船の船長が務まるか!」

「くっ……!」

 戦闘能力――武で英雄となった存在ではないのだろう。

 だが、何も出来ずに神話の英雄となれる訳がない。

 ヘラクレスやアキレウスのように、大賢者ケイローンに教えを受けたイアソン。

 ならば、基本的な分野を一通り習熟していて然るべきなのだ。

 だが、地力で負けていても、僕は一人で戦っている訳ではない。

「ハク!」

「ああ!」

「ッ、お前、卑怯な……!」

 首を切り裂くように振るわれたメルトの足を、寸でのところでイアソンは回避する。

 追撃の対処に追われるイアソン。それを助けるべく展開されたメディアの魔術への対抗手段は、僕が担当する。

「『黄金鹿と嵐の夜(ゴールデン・ワイルドハント)』!」

 この特異点の最初から最後まで世話になった船と後年の伝説が昇華された、ドレイクの宝具。

 本来の火力はないが、メディアは敵を害する魔術に秀でていない。

 相殺は十分に叶う。そうしているうちに、イアソンの腕をメルトが切り裂いた。

「今よ!」

「セット――『祈りの弓(イー・バウ)』!」

 メルトが操るは毒。その性質から、組み合わせることで絶大な力を発揮する宝具。

 体内の毒を爆発させるロビンフッドの弓。

 必殺にも等しい一撃を、イアソンは躱せない。

 

「――『修補すべき全ての疵(ペイン・ブレイカー)』」

 

 しかし、命中した矢にそれほどの威力はなかった。

 精々が只の矢。威力を殺された――いや、爆発させるべき毒がなくなった。

「宝具……!」

「毒など私の前では存在しないも同然。癒すことしか能のない私ですが――だからこそ、そのような手段は通用しません」

 メディアによる回復宝具。

 それによって、メルトが打った毒が消え去ったのだ。

 見ればメルトが付けた切り傷もなくなっている。

「いいぞ、メディア!」

 加えて、イアソンに対する強化も行ったらしい。

 動きがより洗練されている。

「ッ、ッ――!」

「落ち着け。まだ落ち着けばどうにかなる。メルトちゃん、引き続きメディアを頼む」

「分かってるわ。これ以上変に強化させる訳にもいかないわね」

 メルトはオリオンの指示で再びメディアに向かう。

 そのまま攻め込めば、メディアに負けるメルトではない。

 メディアがまだ健在なのは、僕にテンポを合わせているからだ。

 この事実に対し、僕がすべきは成果を急ぐことではない。

 落ち着いて――確実に、自分のすべきことを成すこと。

「黒髭の奴の時ほど動けはしないのか」

「ああ――だけど」

「そうだ。今のお前には、あの時の勘がある。相手をよく見て、正確に防ぎ、対処しろ。イアソンなら、絶対隙はある」

 防御第一。

 防ぐ。防ぐ。防ぐ――イアソンの膂力には劣っていれど、守ることに集中すれば不可能ではない。

 これまででは受け止められなかっただろう際どい斬撃をも、受け止められる。

 ――成長だった。

 自身で踏みしめ、辿り着いたものではない。

 他者によって与えられた、外付けの成長。

 ならば、その上で僕は更なる成長をすればいい。

 この場で勝利を掴むことは、僕の成長の証明となる筈だ――!

「このっ――」

 焦らず、小さな挙動まで見逃さず。

「この――――!」

 敵の決定的な隙を探す。

「このぉ――――!」

 メディアからの妨害はない。

 メルトが、それを許さないから。

「何故! 何故死なないっ! 私が、オレが、戦っているのに!」

 動きが大振りになってきた。

 苛立ちから、一振り一振りが力任せになっている。

 だが、それは即ち、目立つ隙を生むことに他ならない。

「はっ――!」

「ッ、雑魚風情が、私を斬るなどと――――!」

 激昂するイアソン。

 しかし、怒りが増す度にその隙は大きくなる。

 メルトは上手く、メディアがサポートを出来ない程に攻め立てている。

 イアソンを弾き飛ばす。決定的な一撃を与えるに足る、重大な隙。

 これで――

「紫藤っ!」

「ッ!」

 振り向く。シンジたちが相手していた亀の双眸が、此方を見据えていた。

 体中に付いた傷は深い。だがまだ限界を迎えていない怪物は、新たなる獲物に大口を開いている。

「なっ……」

「ハクト、お前は何をしなくてもいい!」

「オリオン!?」

 オリオンが肩から飛び跳ねる。

 彼はサーヴァントとしての力の大半を、アルテミスに奪われている。

 今の彼に、戦う力はない――!

「俺が、何も出来ないと思ったかよ。女ばかりにいいカッコさせるだけで、ギリシャの色男が勤まるか、ってなぁ!」

 オリオンが、手に持った小さな棍棒を空高く放り投げる。

 亀に放った訳でもない。

 それはさながら、空に捧げているようで――

「行くぜ、アルテミス! 『女神に捧ぐ流星矢(ベテルギウス・アーチ)』ッ!」

『――――――――――――――――!』

 オリオンが、その真名を解き放った瞬間、空からの矢が眉間を打ち砕いた。

 それは、果たして宝具の類か。

 もしかすると、あの熊の状態であるオリオンが隠し持っていた、唯一の攻撃法かもしれない。

 怯んだところに、マリーのイバラが絡みつく。

 アタランテとダビデの矢が、皮膚へと突き刺さる。

 ドレイクの弾丸をシンジが強化し、甲羅を貫く。

 あの亀は間もなく打倒出来る。ならば、此方も決着をつけよう。

「メルト!」

「ええ!」

 メディアへの斬撃は勢いを増す。

 体勢を立て直したイアソンに踏み込む。

「――メディア! メディアッ! 何をしてるんだ! オレを助けろ!」

「ッ、イア、ソ――ぁ――――」

 イアソンの叫びにメディアが僅か意識を移した瞬間を、メルトは突いた。

 背後から正確に心臓を穿つ。

「なっ……へ、ヘクトール!」

「いや……ちょっとばかし、難しいですね――!」

 見れば、ヘクトールは左腕を断たれ、足を繊維に封じられている。

 そして、腕を絡め捕られ、回避手段をなくし――エウリュアレの矢が、ヘクトールの胸に刺さった。

「あとはお前だけだ、イアソン!」

「なん、だと……!」

 力の限り右腕を振り抜く――イアソンの剣を打ち払い、吹き飛ばす。

 最後の一歩。

 今の剣を手放し、持ち替える。

 ローズの双剣。メディアの回復を、この剣は許さない。

「おおおおおおおお――――――――!」

「がっ、ぁ……あ!」

 完全なる刃、不滅の刃。

 二つは過たず、イアソンの霊核に突き刺さった。

 

 

「お、ぁ、あ、が……! ぁ、アイツは、アイツはどうなった……!?」

 倒れ込むイアソン。

 最後の望みたる亀は、イアソンがその目を向けた瞬間、粒子となって消えていった。

 誰一人、欠けていない。

 シンジたちは無事、あの怪物を打倒したのだ。

「なん、なんで……くそ、が、あ……メディア、メディ、ア……!」

「……どう、なさいました。イアソン」

「治せ、なお、して、くれ……この傷、痛いんだ……!」

「…………いいえ。それは、できません」

「……え?」

 傍に倒れ伏すメディアに命じるも、メディアは杖を振るうことをしない。

「だって、私も……もう、倒れます。……本当なら、貴方と共に、世界が沈んでいたのに」

「……お前」

 二人とも、既に霊核を貫かれている。

 間もなく、彼らは消滅する。

 最早どのような治癒も意味はなく、この世界から離れるまで秒読みとなっている。

「私は、知っていた。王女メディアの記憶、私は全て有していました。貴方に裏切られたことも、全て知っていました」

「――言っただろう。私は反省、した。だから……」

「いいえ。貴方はまた、私を裏切る。そうしなくては、生きていられない人間だから」

 決して、イアソンの虚偽にメディアは頷かない。

 最初から全て知っていた。

 そして、此処に来て、全てを打ち明けた。

「それでも、私は、本当に貴方が大好きだった。それだけは、本当です」

「ふざ、けるな。魔女め、裏切りの、まじょ、め……! ヘクトール、ヘクトール……ッ!」

「……はいはい。この死に体に何の用ですかい?」

「まだ戦えるだろ。槍を振るえるし、投げられるだろ……! 皆殺し、だ……! トロイアの英雄だろっ!」

 ――いや。ヘクトールにも、この趨勢を覆せる力は残っていない。

 彼に戦闘続行スキルがあったとしても、此方の全滅は不可能だろう。

「無茶、言いますねぇ……しっかし、こっちについた責任があるか。メディア、良いんだろ?」

「……はい。それを止める力も、私には、ありません」

「は、ははは、いいぞ、ヘクトール。さあ、全員、殺……――――ッ!」

 全て言い切る前に、槍は放たれた。

 蹲ったイアソンの胸目掛けて。

「がっ――ぁ――ヘク、ト――――――――――――――――ッ!!」

 吹き飛ばされ、状況を理解して。

 怨嗟の叫びを上げながら、イアソンは消滅した。

 弾けて消えていく船長に続くは、徒手となった大英雄。

「ったくよぉ……最後の最後に尻拭い、たぁ……損な役回りになったもんだぜ。いやぁ、慣れない悪役なんざ、するもんじゃねえなあ」

 後悔の感じられる愚痴を残し、ヘクトールは消えていった。

 ティーチの部下として出会い、イアソンの部下として戦った彼は、敵としてはこの特異点で最も長く顔を合わせていた。

 飄々としながらも、政治家然とした底知れぬ頭脳を以て立ち回ったトロイアの守護者。

 彼の、最後の悪の清算を行った槍は、持ち主を追うように消滅した。

 残るはメディアのみ。そうだ――彼女に聞いておかねば。

「メディア。あの御方とは? この事件を起こした元凶を、知っているのか?」

「……いいえ。私には、分かりません。知っているのは、その手段だけ。そして――それさえ、口には出来ません。魔術師として、私は敗北しましたから」

「敗北……? メディアが……?」

 幼い状態とはいえ、メディアは神話の魔女だ。

 キャスターとしては五指に入る存在だろう彼女を、魔術で負かす存在がいるのか――?

「この先も戦い、抗うとあれば、どうか覚悟を。月の管理者。その同盟者。その道程には、あまりにも邪悪が多い」

「――邪悪」

「正規の数字は、これに関与していません。ですが――その規格の外なるモノが見えます。ただの人間、ただのサーヴァントでは、手を伸ばすことすら許されない存在が」

 予言か、或いは忠告か。

 メディアの言葉は、この先に待つ、強大な敵を示唆しているようだった。

 どんなものなのか、想像は出来ない。

 ただただ、メディアから語られるのは、漠然とした脅威だけ。

「止めたいのであれば、努、変わらぬことです。今の世界の尊いものを、輝く繋がりを忘れないで。それだけが、あらゆる人間が持つことが出来る、彼らを打倒する手段なのです――」

 消滅したメディアは、最後にそんな、小さなアドバイスを遺していった。

 

 

 主を追って消滅したアルゴー船。

 『黄金の鹿号』に戻ると、ちょうどマリーがイバラで海から聖杯を回収してきたところだった。

「こっちは終わったぞ、紫藤」

「ああ――こっちも、終わった」

 残敵は無し。この時代の問題は、全て取り払われた。

 怪物となっていた聖杯。脅威の無くなったそれをマリーが取り、手渡してくる。

「はい、どうぞ」

「ありがとう。これで――」

『ん。お疲れ。これでこの時代の修正は完了だよ』

 散々にカグヤや女神たちに振り回されたが、どうにか終えることが出来た。

 この時代は修正され、正しき歴史に戻る。

 僕たちの役目も、これで終わりだ。

「――良い風だね。元の風だ。海の終わり、海の始まり。アタシらの海が戻ってくるんだね」

「ああ。後は、勝手に元の時代に戻るよ」

 正しきこの時代の人間以外は、元の場所に帰らなければならない時。

 最初の特異点も、次の特異点も同じだった。

 今回もまた、退去の時がやってくる。

「それでは、私は戻る。この状態はどうにも好かん」

 魔猪の皮を纏い、バーサーカーにも等しい状態になったアタランテ。

 あの状態は彼女に相当の負担が掛かっているのだろう。

 ――どうも、それ以外の心労が大半のようにも見えるが、ともかくアタランテはさっさと休むとばかりに退去した。

「あ……? ああ、そうか。アンタらも帰るんだね」

「もう、いる理由がないからね。それに、まだ事件は解決していない」

「――そうかい。まあ、そんな予感はしてたけどさ」

 名残惜しさはある。

 だが、それでもこの時代に残ることは許されない。

 僕たちマスターも、サーヴァントも。

「さて、と。俺も帰るかね。あー、座にもアルテミスがいたらマズいなー」

「オリオン……最後まで力を貸してくれてありがとう」

「おうよ。ま、メルトちゃんもいたしな。ここからも、ちゃんと傍にいてやれよお前」

「ああ――勿論だ」

 僕の答えに満足したように頷いて、小さな狩人は消えていった。

「次は僕だな。基本隠れてるだけだったけど」

 ダビデもまた、黄金の粒子と肉体を散らしていく。

「しっかし……どうやらソロモンは関わっていないみたいだ。そんな予感がしたんだけど、気のせいだったかなぁ」

「ソロモン――」

 古代イスラエルの魔術王。

 神から十の指輪を賜され、七十二の魔神を使役した賢王。

 ダビデの息子たる彼の関与を考慮していたらしい。

「まあ、それならそれでいいか。それじゃあ。金銭が関わってくる困りごとがあればまた呼んでくれよ」

 しかし、その大いなる王はこの事件にか関わっていないと確信したらしい。

 ダビデは退去した。残るは一人。

「はぁ……やっと終わった。とんだ役割だったわ。なんて酷いお仕事だったのかしら」

 エウリュアレ。彼女が退去していくことに、一際大きな感情を見せる者がいた。

「――下姉様」

「メドゥーサ。貴女は引き続き、戦うんでしょう。精々頑張りなさい」

「……はい」

「それから……いえ、やっぱり良いわ。きっと、貴女なら、間違う事はないでしょうから」

 やはり、彼女が何を言っているかは分からない。

 だが、エウリュアレはヴァイオレットに関して何か勘付いているようだ。

「いつか、アイツともまた会いたいものだわ。あの恥ずかしい告白を揶揄ってあげなきゃ」

「……やめてあげてください。嫌われますよ」

「あら、姉に意見なんて、偉くなったものね。駄メドゥーサ」

「ごめんなさい、ごめんなさい。許してください下姉様……!」

 あのやり取りも、最早慣れたものとなった。

 ヴァイオレットは本気だが、エウリュアレは愉快そうに笑い、離れていった。

「さて、ハクト」

「ん?」

「あの大英雄相手の無茶、平凡な人間なりによく頑張った方よ。だから、ご褒美をあげる。跪きなさい」

「ご褒美……?」

 そんなものを求めてはいないのだが――ともかく、断ると怒りを買いそうなので体勢を低くしておく。

「――」

 警戒する様子のメルトをするりと躱し、その顔が近くに迫る。

 そして、その事実を理解したときには、柔らかい感触が唇に触れていた。

「――な」

「……それじゃ、ごきげんよう。この先も、面白おかしく足掻きなさい。その先でまた、会えるといいわね」

 無邪気を装う小悪魔のようだった。

 悪戯が成功した子供の微笑みを、メルトに向けて。

 最後に、挑発するように舌を出して、エウリュアレも消滅した。

「……………………」

「……あの」

「……………………」

「――無罪放免とは」

「なると思ったなら私はハクの察しの悪さについても躾けないといけないわね」

 エウリュアレは最後にとんでもない災厄を残していった。

 なるほど。女神と関わるというのは、どうあっても碌な事にはならないらしい。

 メルトが笑っても、怒ってもいない、真顔というのが何より怖い。

 シンジが同情するように肩に手を置いてくる。

「……まあ、なんだ。僕たちも行くよ、ドレイク。じゃあな」

「ああ。シンジ、カレン、ハクト。短い付き合いだったけど、楽しい航海だったよ」

 ――そして、ドレイクとの別れの時もやってきた。

 彼女がいて助かった。豪快に海を往く彼女がいなければ、この時代の修正は叶わなかっただろう。

「アタシにゃ大したことは出来なかった。サーヴァントとやらになれば、もちっと格好付いたんだけどね」

「……ドレイク。アンタも、絶対サーヴァントになれるさ」

「はは、そりゃあ無理だよ。海賊ってのは悪人だ。誰かの害にしかなれず、縛り首になるのがオチの悪党。英雄扱いされる筈もないさ」

「いいや。断言する。お前は偉大な英雄だ。絶対に――僕が保証する」

「……そうかい。なら冗談半分に信じておこうか」

 彼女が英霊となる事は、知っている。

 最後になって、シンジはその小さな事実を、ドレイクに打ち明けた。

 言っても、言わなくても、それはドレイクの記憶には残らない。

 だが、彼はかつての相棒――命を懸けて共に海を駆け抜けた友として、言わずにはいられなかったのだろう。

 ドレイクはそれをシンジの最後の冗談と笑って、頭に手を置いた。

「じゃあな。海の人間ってのは、いつだって別れは唐突だ。砲弾で吹っ飛ばされ、波にかっさらわれ、嵐に呑まれ、その全部が行先を見失って死んでいく」

「ああ――だから、そんな恐怖を笑って誤魔化すんだろ。能天気な考えだよ、まったく」

「ハッ、減らず口な奴だねえ! ――良い航海を。アタシの悪運を土産に幾らか持っていきな」

 元の時代に引っ張られていく。

 残る時間はもう数十秒とないだろう。

「……行きましょう、お父さま、お母さま」

「ああ。さようなら、ドレイク。協力してくれてありがとう」

「こっちこそ、だ。最後になるけど、後悔はしないようにな。出し惜しむな。後腐れのない全力は、人間の一番の喜びだからね」

「――はい」

 それに答えたのは、カレンだった。

 彼女もまた、この事件、多くの英雄を通して成長している。

 僕たちでは教えられなかった、世界に生きる人間たちの信念。

 僕にも、強く刻まれた。この時代では、特別、学ぶものが多かったように思えた。

「アタシも、アンタらもいつか死ぬ。だから今を楽しく生きるんだ。それが、どんなピンチであってもね!」

 そんな、享楽的な助言が、その時代で聞いた最後の言葉だった。

 これが、第三の特異点における最後の記憶。

 三つ目の欠片を埋めて、僕たちは次の欠片へと歩いていく。

 

 

『第八特異点 嵐の航海者

 AD.1573 封鎖終局四海 オケアノス

 人理定礎値:A』

 

 ――――定礎復元――――




これにて三章のサーヴァントは退場。
そして三つ目の特異点を定礎復元。お疲れ様でした。

シンジとサロン・ド・マリーは一旦舞台裏へ。
マリーの掘り下げはまだ終わっていませんので、また今後。

三章前半は個人的にCCC編の五章を思い出させる、コミカルな感じになりました。
そして全体を通して、三章はハクの物語として書いています。
キルカウントを一つ増やし、少しは主人公らしい成長を果たせたと思います。
という訳でまた特異点の難易度は上げていきましょう。

次回は三章マトリクス。その後、四章に入ります。
GO編を通し、とある部分でやや異質な章となるでしょう。

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