Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
まだ更新を安定させることは出来なさそうですが、とりあえず今年最後の更新としたいと思います。どうぞ。
アルテミスは消滅した。
彼女の捨て身の宝具により、ヘラクレスの宝具を防ぐことが出来た。
だが、そこまでだ。
ヘラクレスは健在。今の宝具で一度殺せた訳でもない。
女神の宝具でさえ、あの光を相殺することしか敵わなかったのだ。
「――見事、女神アルテミス。しかし――何が変わったこともない」
殆ど距離は離せていない。ヘラクレスにとっては、一息で詰められる距離だ。
だが――アルテミスに代わり、ヘラクレスに立ちはだかる者がいた。
「貴方はアーチャー。ランサーの前に出るのは得策とは言えないと思うが」
「そうだろうな。汝相手では尚更だろう、ヘラクレス」
アルテミスを失ったのは大きな損失だ。
信仰の対象を目の前で倒され――しかし、アタランテは自棄になったという様子はない。
その左手には弓、そして、右手には――
「アルテミス様は消えた。であれば、損失によって空いた穴を埋める必要があるだろう」
「そのための宝具か。なるほど、それは――」
「然り。汝とて容易く討ち取れはすまいよ。ギリシャの大いなる厄災、此度は正しき道に使わせてもらおう」
黒い毛皮。それを見るだけで走る怖気は、その宝具の由来たる魔獣の悍ましさを如実に物語る。
かつて力を借りた際にも使用された宝具。
だが、今回はあの時とは違う。
武器としてでなく、その災厄そのものを纏わせる――或いは、その宝具本来の使用法。
「行くぞ――『
背後で爆発する憎悪の魔力。
思わず立ち止まりそうになるが、足を止めてはいられない。
意識を向けるのは視覚だけだ。
「アレ……アルテミス様の猪ね。あんなものを宝具として持ってるなんて」
「だけど、あの宝具なら……」
「どうかしら。怪物を倒すのはいつだって英雄よ。私も、それは良く知ってる」
エウリュアレの視線は、ヘラクレスと戦うヴァイオレットに向けられている。
魔猪の皮を纏い異形と化したアタランテ。その爪は人の文明によるものではなく、ネメアの獅子皮による防御を貫くことが出来ている。
『
だが――それでも、ヘラクレスは彼女たちに一歩も劣っていない。
「それは――」
「ええ。あの時は、私たちももういなかったけど。変じてしまったメドゥーサを討ったのも、また英雄だったわ」
ペルセウス。ギリシャにおいて、ヘラクレスに匹敵する逸話を持つ大英雄の一人。
彼の伝説の代表が、ゴルゴーンの怪物たるメドゥーサの討伐だ。
当然ながら、エウリュアレは彼に対して良い感情を持ってはいないだろう。
「怪物ってのは、どうあっても英雄には勝てない定め。だから――勝負がつく前にこっちから決めに行くのよ」
「分かってる」
ヘラクレスの最優先はエウリュアレだ。
アタランテたちとの決着より、ヘラクレスは此方を見失わずに追ってくることを優先している。
時折突き出されてくる槍は、メルトが防いでくれている。だが、メルトの消耗も小さくない。
僕自身も、身体強化を掛けているとはいえ、限界がない訳ではない。
後方の確認もしなければならないのが、余計にスタミナを消費させる。
これだけの英雄を相手取りながらも距離を離さないヘラクレスは、やはり凄まじい英雄だ。
「ハク!」
「え――」
大きく踏み込んできたヘラクレス。
横薙ぎの槍はその余波で以てメルトを巻き込み、僕たちを吹き飛ばした。
直撃はしなかった。だが、浮いた体をコントロールする術など持っていない。
ともかくエウリュアレを守るように体を丸め、勢いそのままに背中から地面に叩きつけられる。
「っ――は――!」
「痛っ……出鱈目ね、まったく……!」
「クソッタレ……! たかが余波でなんて威力してやがんだ」
「エウリュアレは……問題ないわね。ハク、まだ行ける!?」
「っ……ぁ、ああ……!」
必要以上の身体強化が功を奏した。
使っていなければ、今頃骨の一つや二つ折れていただろう。
オリオンも少し離れたところに転がったが、健在だ。
「今のを防ぐか。全員の隙を突いたものと思っていたが」
サーヴァントたちに囲まれながらも、ヘラクレスは危機感を抱かず、冷静でいる。
今の一撃は必殺を信じたものだったのだろう。
それでも――まだ。僕たちは終わっていない。
起き上がる。足の限界は来ていない。
「合わせろ、アステリオス――――!」
「ぅおおおおおあああああああああああああああああッ!」
アタランテとアステリオス。今の状況において、力に秀でた二騎の同時攻撃。
その攻撃を確たる一撃にすべく、マリーがイバラを操り、アマデウスが音楽魔術で支援する。
四騎の連携にさえ、ヘラクレスは一切動じない。その対処はたった一つの行動。
「ふっ――――」
槍の魔力を展開することによる防御壁。
魔術を弾き、宝具を弾き、物理攻撃を弾き、ヘラクレスの身を護る。
何処までも、防御に秀でた英雄だ。攻撃のための武器でさえ、ヘラクレスは盾として使用できるのか。
「――しかし、何処まで逃げるのか。今一度我が可能性を以てその策を打ち砕く手段もあるが――」
「ッ」
「その企て、神の悪戯を超えるものか見てみたい。それが、此方の側に立った私からの、貴方たちへの礼儀だ」
それは、自身が世界を侵す側に在ると自覚しているかのような発言だった。
理想的な英雄然としたヘラクレスの性格が無ければ、僕たちはここまでも来れなかった。
彼の正々堂々さを利用し、僕たちは勝利に手を伸ばす。
見えてきた――この戦いに決着をつける場所が。
目立った何かがある訳ではない。
これまで走ってきた道となんら変わりない草原。
ただ、この道中に同行していなかった二人が立っているのみ。
――目に映る情報だけでは。
『行けるね、白斗』
「ああ――!」
「信じるわよ、力の限り飛びなさい、ハクト――!」
『三、二、一――――!』
メルトと視界を共有するのはここまでだ。
サーヴァントたちがヘラクレスから離れる。
それを隙と見たのか、瞬間的にヘラクレスが迫ってくるのを圧で感じる。
だが、気にしてはいられない。
全力を以て飛ぶ。
――飛び越える。
接近するヘラクレスを、メルトも、アタランテも、止めることはない。
このままであれば、五秒と経たずに僕は殺されるだろう。
生と死、勝利と敗北の境界線。前者を掴み取るべく、『月の愛』は手を伸ばす。
「――令呪を以て命じます。ゲートキーパー、ヘラクレスを拘束してください」
「ッ――――――――!」
着地する。
振り向き、すぐ傍にまで迫っていた槍を視認した。どうやら、本当にギリギリだったようだ。
驚愕に染まったヘラクレスの表情。
その肉体を縛る無数の鎖。
ヘラクレスの周囲の空間から出現したそれらは、大英雄に抵抗の余地さえ与えず完全に拘束していた。
「これ、は――っ」
「大英雄ヘラクレス。神霊ゼウスの子。であれば、この鎖はさぞ効くことでしょう」
指一本動かさず、ゲートキーパーは自身の力を解放した。
世界最高峰の英雄でさえ縛る拘束宝具。
そして、詰めの一手はあと一つ。
「ゲートキーパー、お願いします」
「了解。仕事は、ここまでだ」
カレンの指示で、ゲートキーパーは鎖を操り、ヘラクレスを地面に叩き付ける。
瞬間。
「――うおおおおおおおおおおお――――!?」
ヘラクレスの肉体から、魔力が奪い去られた。
獅子皮は存在を可能と出来なくなり、消滅する。
無限の可能性が武器となった槍も、光を霧散させ消えていく。
「くっ……!」
渾身の膂力で僅か、起き上がる。
しかし、ヘラクレスは大部分の魔力を失っていた。
「私の、魔力を――今のはまさか……!」
「そう。君らが探し求めていた、僕の宝具さ」
ダビデの召喚と同時にこの特異点に現れた、霊体化不可能の宝具。
それは不可視なれど、確かにここにある。
「さて、サービスもこれでお終い。大した宝具じゃあないけれど、驚いてくれました?」
言いながら、ゲートキーパーはもう一つの宝具を回収する。
『
「ハデス神の、隠れ兜……!」
視認さえ出来ていれば、ヘラクレスは何らかの対処をしていただろう。
正直、箱の透明化を打って出てくれたゲートキーパーの気紛れには感謝する他ない。
「しかし、完全な昇華は出来なかったか。恐ろしい英雄だなあ、君は」
ダビデは感心しながら、姿を現した『契約の箱』を見る。
触れた敵の魔力を奪い死滅させる宝具。
その神髄に触れてなお、ヘラクレスは消滅していない。
「――『
「最早人理否定の護りはなく、槍もない。素手でこの数を押し返すのは不可能だろうよ、ヘラクレス」
アタランテが厳かにチェックメイトを言い渡す。
拘束されたヘラクレスに、此方を全滅させる力はない。
「……さて。それはどうだか。確かにこの身は徒手となった。そして、自力でこの鎖の縛めから逃れることも不可能なようだ」
――だが。
それは、降伏ではなかった。
敗北を確信した訳でもない。未だ、ヘラクレスの目には勝利が映っている。
「何を――」
「だがな。どうやら困ったことに――我が友は私を重用してくれるらしい」
薄く笑ったと同時、ヘラクレスの体が消えた。
サーヴァントとしての消滅ではない。これは――!
「転移!?」
「然り」
その声は、背後から。
あの強固な鎖――令呪での転移さえ許さないのではと思えるほどの拘束力を逃れる手段。
一つだけ、心当たりがあった。
聖杯。イアソンの手に渡ったアレを、イアソンがヘラクレスを救うために使ったのだとしたら!
「ヤバ――」
「ハクト! 下姉様!」
背後の気配は、スライドするように横へと移動していく。
今の転移の行き先を瞬間的に推測したのだろうヴァイオレットが、既に僕の背後に繊維を伸ばしていたのだ。
腕を絡め捕られたヘラクレスは、そのまま引き摺られ――しかし、すぐに体勢を立て直し、繊維を引っ張る。
「ッ――!」
ヴァイオレットの筋力はヘラクレスには及ばない。
その、ヴァイオレットに振るわれようとしている拳を防げるのは、ただ一人。
「ばいおっ!」
ヘラクレスとヴァイオレット、二人の間に割って入る巨躯。
僕が抱えている女神に振り回される者同士として、ヴァイオレットが親近感のようなものを抱いていた相手。
この特異点において、常にエウリュアレと共にいたサーヴァント。
「アス――――」
――無垢なる反英雄の腹を、ヘラクレスの拳が貫く。
「ぐっ……!」
ヴァイオレットは、致命傷を免れた。
代わりに拳を受けたアステリオスは、口と腹から血を溢しながらも、自分の背にぶつかってきたヴァイオレットに振り向いた。
「……ぶじ、か?」
「アス、テリオス……!」
腹を貫かれながらもヴァイオレットを見て笑うアステリオスは、心底から安心したようだった。
「ほう。今度は貴方か。だが――次は逃がすことはせん」
一度、貫いた相手が生きているのを省みたからか。
引き抜いた拳の速度を緩めることなく、心臓に叩き込む。
「っ……それで、いい」
「何……?」
アステリオスが、その腕を掴む。
――逃がさない、と、無言のままにヘラクレスに告げる。
――邪魔をするな、と、無言のままに僕たちに告げる。
その瞳は、怪物のものではなく――――英雄のものだった。
「おまえは、ぼくの、せかいで、ころす」
「……貴方が庇った女性も巻き込まれるが?」
「だいじょうぶ……ばいおはからだが、いとだから、ぜったいに……そとに、でられる!」
発露する膨大な魔力。
これは――宝具の予兆。
「アステリオス!」
「はくと……しんじ……せんちょう。だれも、ぼくを、かいぶつって……みのたうろすって、よばなかった」
ただそれだけで、アステリオスは「世界を守る」側についた。
「ばいおは、ぼくを、しんぱいしてくれた。やさしかった」
きっと、人間ならば当たり前だろう感情を、仲間が向けてくれたというだけで。
彼の人間性を肯定したことが、何より彼を突き動かした。
「えうりゅあれ、が……えうりゅあれが、ぼくに、やくめをあたえてくれた。えうりゅあれが、ぼくを、みとめてくれた!」
「アステリオス、貴方……」
「ぼくはみんなが、だいすきだ。ぼくは、えうりゅあれが、だいすきだ! だから――――!」
命を握られながらも、ヘラクレスに捕らわれたヴァイオレットに手を伸ばさせはしない。
この時、彼は、英雄だった。
ヴァイオレットを殺させるかと立ちはだかり、守り通す――騎士だった。
「……アステリオス。貴方は、英雄よ。誇りなさい。ペルセウスなんかよりも、テセウスなんかよりも、英雄になった。だから、そんな奴には、負けないこと」
「うん――うん! へら、くれす……ぼくは、おまえを、たおすっ!」
「ッ――――!」
アステリオス、ヴァイオレット、ヘラクレス。三人の姿が、視界から消え去った。
宝具、『
その結界は、僕たちを巻き込まず、自身と守る存在、そして敵だけを呑み込んだ。
形成された迷宮の中での決戦は、僕たちが見る権利はない。
だが、きっと、アステリオスの英雄としての戦いがあるのだろう。
相手は究極の大英雄。だが、敗北する予感など一切なかった。
ヘラクレスにも劣らないほどに、今のアステリオスは英雄だった。
「……私は、イアソンたちのもとへ行こう。アステリオスたちが凱旋した時、この場が戦場では驚こうよ」
アタランテは猪の皮を変化させ、翼へと変えて飛び立つ。
確かに、ヘラクレスの危機を悟れば彼らが向かってきてもおかしくはない。
アステリオスたちの凱旋を待つならば、彼らの牽制が必要だ。
戦場だった場所に、ようやく訪れた静寂。
誰も、何も言うことなく、僕たちは決着を待った。
※まだ退場してないです。
英雄を倒すのは、また英雄。
延命の結果、とんでもないジャイアントキリングとなりそうですね。
では皆様、良いお年をお迎えください。