Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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聖櫃って打とうとすると静謐がかなりアピールしてくる不具合。
レディもう退場してますぜ。


第十二節『失われた聖櫃(アーク)』-2

 

 

「にしても……女神様が随分と積極的じゃないか」

「勿論よ。私を慕ってくれる狩人だもの。祝福を与えない訳にはいかないわ」

 島に辿り着いてから、オリオンとアルテミスが先導する形で歩く。

 カグヤが言うには、サーヴァントは二騎。どうやら同じ場所にいるらしい。

「なんかあるのかい? その狩人って」

「あー。コイツ、純潔の女神だからな。同じ誓いを立ててる訳だし、贔屓にしてるんだろ」

「やだダーリン、純潔だなんて……あ、でも純潔を失う日のシミュレーションは毎日やってるのよ?」

「何それ」

 雑談を交わすオリオンとアルテミス。

 ドレイクは疑問を投げたが、凄まじい速度で話題が逸れたことに嘆息する。

「あのね? まずダーリンが壁をドンってするの。で、耳元で『俺じゃダメか?』って。それから、それから――!」

「…………ねえ、ハク。私って、あんななの?」

「違うから、ね? 違うから」

 アルテミスがハッスルするたびに、メルトは自己嫌悪染みたダメージを受ける。

 あまりにも可哀想だ。

 アルテミスには自重してほしいが……止まることなく話を続けている。

恋愛脳(スイーツ)すぎるわね……彼女が見たらショックで卒倒しない?」

「私よりマシよ、マシ。自分の中にアレが含まれてると考えてみなさいよ……」

「…………ええ、悪かったわ。ちょっと最悪ね、それ」

 エウリュアレでさえ、揶揄うことをしなかった。

 彼女を肩に乗せたアステリオスは理解が及んでいないようだったが、ヴァイオレットは心中察するとばかりに頷いた。

 二人とも、今回は自身を構成する女神に散々振り回されている。

 そしてその表情をエウリュアレが見咎め、またヴァイオレットを詰るという最早お決まりな流れに帰結する。

『ん、もうすぐ先だよ』

 カグヤが言った、その瞬間。

「ッ」

 目の前に、矢が刺さる。

 先程と同じ作りのものだ。射ったのは同一人物だろう。

「――答えよ! 汝ら、アルゴナウタイに仇なすものか! 既に諦め屈したものか!」

 その、懐かしい声は大きな警戒を伴っている。

 答えなど決まっている。まだ、歩みは止まっていない。

「諦めてはいない。まだ手段がある筈だと思っている」

「……良いだろう。試すような問いかけをして、すまなかったな」

 謝罪の後、木々の奥より現れた、獣の狩人。

 獅子の耳と尻尾。そして、全てを射抜かんばかりの鋭い瞳。

 緑の装束に身を包んだ女性は、かつて月の裏側で力を借りたサーヴァントだ。

「我が真名、アタランテ。女神アルテミスに仕える狩人である」

 アーチャー・アタランテ。最速の狩人も名高い彼女もまた、この狂った海の危機に召喚されていたのだ。

「私もまた、アルゴナウタイとは敵対している。汝らの味方、という事だ」

「こりゃ……心強いな。弓の腕なら英霊の中でも上位だろ」

 彼女との再会は嬉しかった。

 向こうには既にあの時の記憶はないが、幾度となく助力を受けたのを、僕たちは覚えている。

 アタランテが真名を名乗り、それに対して僕たちも名乗る。

 ただ――その流れになった時点で、少しだけ、察していた。

「俺がオリオン。んで――」

「アルテミス、でーす!」

「ふむ。幾つかは英霊としての知識にある名だ。国は違えど名を上げた英雄たちか――――アルテミス?」

「はぁい」

 暫く間をおいてから、生まれた疑問が声に出される。

 彼女が何より信仰する女神は、ピースサインでアタランテに笑いかけた。

「……下らぬ冗談はやめてもらおうか。アルテミス様がサーヴァントとして召喚されることはない」

「わぁん、ダーリン、アタランテが信じてくれないのぉ」

「まあ、目を背けたくなるよな。お前がアルテミスなんて、出会っただけじゃ誰が信じられるかっての」

「…………え? 本当?」

「本当よ。愛に生きる狩猟女神、それが私、アルテミスよ」

「……………………」

「アタランテ!?」

 ふらりと力の抜けた体を支える。

 ……顔色が悪い。

 仕方ないか。確かに、それほどまでのショックを受けて当然のことだ。

「……いや、大丈夫だ。大丈夫。この海で私もそれなりに鍛えられた。アウチ・バビロニア……」

 ああ、だいぶ参っているらしい。

 メルトはようやく同類を見つけたことに、何処か安心した表情を見せている。

「ああ……ともあれ、だ。紹介したいサーヴァントがもう一人いる。アルゴナウタイが求める、『契約の箱(アーク)』を宝具として持つサーヴァントだ」

「『契約の箱(アーク)』……?」

 聖櫃。モーセが十戒を封じた箱。

 パンドラの箱と同系統の、開けてはいけない箱であり、聖杯に匹敵する聖遺物だ。

 イアソンは、そんなものを求めている……? いや、そもそも何故アタランテはそんなことを知っているのだろう。

「私は、最初にイアソン側に召喚されてな。あの者に従うなど御免だ。目的を聞くだけ聞いて決別したのだ」

 なるほど……アタランテもまた、アルゴー船の一員として旅をした英雄だ。

 その縁から、イアソン側に召喚されていたということか。

「奴らの目的こそかの聖櫃。そして、それの持ち主はこの海域において最初に召喚されたサーヴァント。真名を――」

「――ダビデ。待ちくたびれたよ、君たち」

 緑の髪と白い肌。

 その絶大な知名度を持つ名にはあまり相応しいとは思えない軽装の男性。

 爽やかな表情と透き通る声は、どうにも軽い印象を抱かせる。

 彼が――ダビデ。旧約聖書に名を残す、イスラエルの王か。

 

 

「さてと。本来なら酒と食事で饗宴でも開きたいところだけどね。その前に『契約の箱(アーク)』について話すとしようか」

「いいじゃないの。話が直截的な男は嫌いじゃないわ」

「どうも、女神様。僕の宝具『契約の箱(アーク)』は宝具として見ると三流なんだ。効果は、触れると相手は死ぬ――それだけ」

 取り出されたのは、片手で持てる程の箱。

 簡単に言うが、それはシンプルながら強力な宝具だ。

 相手を問答無用に殺害する。使いようによってはサーヴァント戦においても恐ろしい力を発揮する。

「だけど……悪用は出来る。これは神が人類に与えた契約書。実際は僕の所有物ではない。容易に奪えはしないが、奪われたら最悪だ」

 正確な持ち主が存在しない以上、他者が悪用する事も不可能ではないということか。

 何らかの方法で他者の手に渡れば、その人物の切り札になりうる。

 敵対する強大な存在をも殺し得るのなら、喉から手が出るほど欲しがる者もいるだろう。

「おまけにこの宝具は霊体化が出来なくてね。僕は『契約の箱(アーク)』の現物と共に召喚される。僕が死んでも、誰かが所有していれば残り続ける。どうにも制御が厄介なのさ」

「そして、私はこの者にイアソンがそれを求めていることを話し、共に森に潜み機をうかがっていたわけだ」

 二人では、彼らに対抗することは限りなく不可能に近い。

 よって、二人は待っていたのだ。

 アルゴナウタイに抗し得る戦力が揃うことを。

 彼らへの勝機を発見するときを。

「……ねえ、ダビデ。一つ聞いて良いかしら?」

「いいとも、何でも聞いておくれよ」

 一つ、思い当たった節があるのか、エウリュアレがダビデに問いを投げる。

「もし、私がその『契約の箱(アーク)』に捧げられたらどうなるの?」

「ッ――――」

「神霊たる君が捧げられたとなると……そうだな。この時代そのものが死ぬだろう」

 ――――それが、イアソンの目的!

 イアソンはエウリュアレを求めていた。そして、『契約の箱(アーク)』もまた求めている。

 あらゆる存在に死を齎す聖櫃。どれほど低いランクであっても、神として存在する霊基が生贄となれば、箱は暴走する。

 神が死ぬ。即ち、世界の死。

 そういう時代にあったのが、この聖櫃なのだ。

 サーヴァントであっても、神霊であれば変わりない。その死を箱に捧げることで、世界は死ぬ。

「それが目的かい……女神様を捧げて世界を滅ぼす……イアソンは何だってそんな事をしたがるんだかねぇ」

「もしかして、知らないんじゃないかしら。あのイアソンって人は誰か悪い人に唆されてる、とか」

「あり得るな。アイツは頭は良いけど言い包められやすい、単純なヤツだろうし」

 マリーの考察。その可能性は、高いかもしれない。

 それほどまでに、彼がこの海を滅ぼす動機が見当たらない。

「だけど……どうするかな。メディアとヘクトールはどうにかなるかもしれない。だけど、ヘラクレスが問題だ」

「ああ。イアソンは考慮せずとも良いだろう。奴は弱い。弁舌とカリスマの怪物だが、戦いに関しては数に含める必要はあるまい」

 だが、イアソンを数に含めるも含めないも、大きな違いはない。

 アルゴナウタイにはヘラクレスがいる。

 結局のところ、彼をどうにかしなければ、勝ちはない。

 蘇生魔術の重ね掛けと凄まじい戦闘技術。これだけサーヴァントがいても、勝ち目が見えない難敵だ。

「そうだなあ。『契約の箱(アーク)』に触れてくれれば一発で昇華できるかもだけど……」

「バーサーカーならまだしも、ランサーってのがなぁ。自分から爆弾に近寄る馬鹿じゃないだろアレ」

「だけど……一番、勝機のある手段かもしれないな」

 別の手段であと十一回殺す。そんな途方もない方法より、可能性はある。

 問題は――どうやって触れさせるか、だが。

「それにしても、メディアやヘクトールがいれば無理難題になるよ」

「この手段を取るとしても、ヘラクレスを引き離して単体で相手取るのが必須科目か」

「……」

「――ヴァイオレット?」

 暫く、考え込んでいたヴァイオレットは、苦い顔をしながらも、顔を上げる。

「……確かに、ヘラクレス一騎をどうにかすることが最重要、ですか」

 彼女をしても、困難極まるのだろう。

 その手段しか思いつかなかったことに歯噛みし、悔しそうに拳を握り込んでいる。

「知性の欠片も無い戦法です。何人か、死ぬかもしれません。下手をすれば全滅さえあり得ます」

 自分でそれを思いついたことを間違いと信じたい。

 だが、それが最も勝機の大きいものだった。

 だから――ヴァイオレットは発案する。

 全額勝負。たった一度切りの大博打。

 ヴァイオレットはその作戦を発案しながらも、反対されることを予想していたのだろう。

 だが。

「面白いじゃないか。アンタからそんな賭けが飛び出すなんてねえ!」

「うん。妥当な作戦だ。ヘラクレスを倒すなら、そこまでやらないと勝負にさえならない」

 全員が命がけ。ヴァイオレットの言った通り、誰が死んでもおかしくはない。

 だが――それ以上確実な手段など、思いつかなかった。

「いまいち読めないのはイアソンの行動だけど――」

「問題ないだろ。アイツ、ヘラクレスの撤退を受け入れるくらい信頼してる。絶対にこういう風に動くよ」

「僕も乗った。掛け金は全員平等。誰かが生き延びて、総取りしてくれればそれが全員の勝利だ」

「なんか破滅的だなあ、この兄さん。っつーか無責任というか」

 ゆえに、誰が反対することもない。

 サーヴァントたちは全員、死ぬ覚悟をしている。

 そして、マスターである僕たちも、そういう覚悟はある。

 参戦を承諾してくれたマスターたちには、出来る限りの保険を掛けているが、死ぬ可能性はゼロではない。

 あまりにも鮮烈な死。アレの繰り返しをするかもしれない。

 メルトは猛反対していたが、

「貴女が頼りです、メルトリリス。最後まで、ハクトを守り切るのは貴女ですよ」

 その一言で、黙り込んだ。

 僕もまた命を賭ける作戦だ。その一線を守る存在は、メルトしかいない。

「……よし。やろう。メルト、頼む」

「……まったく。それ以外思いつかない自分が嫌になるわ。いいわ、やりましょう。いい、ハク。誰が死のうと、生き延びるのよ」

「――――わかった」

 そういう作戦だ。苦渋の回答だった。

 打倒へラクレス。これがこの特異点最大の作戦になるだろう。

 始めよう。僕たちの全額を賭けた、大英雄との戦いを。

 

 

 +

 

 

 ――そして、観測する。

 

 彼らが挑む、人類最古の海賊たちを。

 

 

「あの島かい?」

「はい。あそこに、彼らはいるようです」

「まったく。あれだけ無様に一人殺されておきながら、まだ何か抵抗しようとしているのか」

 イアソンたちは、彼らがいる島を睥睨しながら、至極面倒くさそうに舌打ちする。

 この期に及んでまだ尚抵抗する者たち。やはり、殺しておけば良かった、と。

「で? エウリュアレは生きているかい?」

「ええ。生きておりますわ」

「ふぅん……狙われているのが分かっていながらまだ殺さないか。大した戦力でもあるまいに、何考えているんだかねぇ……」

 ヘクトールの疑問は、イアソンには届かない。

 メディアは聞こえていても、何も言わない。それが――イアソンに告げることでもないと判断したから。

「ま、良いでしょ。あっちの選択だ。こっちの判断は船長にお任せしますよ」

「ああ! いいぞ、天運はやはり我々にある! ヘラクレス! メディア! ヘクトール! あの島に上陸し、『契約の箱(アーク)』とエウリュアレを奪え!」

 高らかに命じた瞬間だった。

 イアソンの前に踏み出したヘクトールが槍を振るう。

 弾かれた矢。イアソンの眉間目掛けて飛んできたそれは、明白な敵対心と共に放たれていた。

「馬鹿な奴らだな。この程度の矢、ヘラクレスに効くとでも――」

「いや、違う。この矢が狙っているのは」

「イアソン様、貴方です!」

「え――――?」

 二射、三射。その両方とも、イアソンに向けた攻撃だった。

 どちらもヘラクレスを狙うことなく、ただ一人に向けられている。

「ッ、やべえなこりゃ、宝具まで使ってきやがった――!」

「くっ、マスター!」

 膨大な矢の雨を、メディアが防御壁を作り出し防ごうとする。

 だが、宝具の五月雨を防げるほどの壁を即座に作り出せる筈もない。

 罅割れ、砕け、嵐はイアソンに卒倒する。

「ッ――――!」

 それを防いだのは、ヘラクレスだった。

 その身を挺し、イアソンを守り切る。

 とは言え――その肉体には傷一つついていない。

 今の攻撃は、ヘラクレスを傷つけるほどの強大なる威力は有していなかった。

「よ、よくやったヘラクレス! くそ、しかしアイツら、なんて卑怯な……」

「大丈夫です! マスターは、私が護ります……!」

「ッ、あ、ああ……ありがとうメディア。しかし、お前だけじゃあ……いや、お前も残れヘクトール! ヘラクレス、お前一人でやれるな!?」

「……いいだろう。それがお前の望みならば。朋友として、それを叶えるまで」

 ヘラクレスは、その手に光の槍を顕現させる。

 一度は見逃した。だが、二度目はない。誰でもない、友のため。

「では、行ってこよう」

「ああ! 信じるぞヘラクレス!」

 言葉を交わし合い、ヘラクレスは船を発った。

 残されたイアソンに、不安は一切ない。

 ヘラクレスは敵対する者を殺し、エウリュアレと聖櫃を持ち帰るだろう。

 絶対的な信頼の理由などただ一つ。彼が、イアソンにとって友であるからだ。

「……やれやれ。ここまでは敵さんの思惑通り。けどどうする気なんだかねぇ。Aランク宝具持ちを十二人集めたって訳でもないだろうし」

 尚も降り注ぐ矢を対処しながら、ヘクトールは思考を巡らす。

 やがて――一つの解に辿り着くが、それはないだろうと首を振った。

「…………まさか、な。あのマスターは死んだ。他に命張れるような奴もいないだろうよ」

 どうあれ、イアソンの決定だ。自分はこれを対処し続けるべし、とヘクトールは片付ける。

 どの道、向かったのはヘラクレスだ。失敗などあるまい。

 彼は古今無双の大英雄。敗北する事こそが、最大の理不尽なのだから。




>傷は深いぞ、がっかりしろ

という訳でアタランテ姐さん、豚…………ダビデ王の登場です。
メルトとアルテミス被害者友の会結成。

次回はVSヘラクレス。なんか一部にフラグが建っていなくもない。

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