Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
「ここが……女神島」
「これまでの島と、雰囲気は変わりありませんね」
辿り着いた島は、何ら違う雰囲気を感じる訳でもない、普通に見える島だった。
「カグヤ、反応は?」
『サーヴァントはいるね。それがアルテミスかどうかは知らないけど。あと……何これ、凄く小さい反応が一つ』
「凄く小さい……使い魔?」
『ん、分かんない!』
……まあ、この返答は概ね予想が付いていた。
結局は足で探し、答えを見つけるしかないということだ。
「ま、良いわ。サーヴァントがいるなら、それがアルテミスと仮定しましょう。さ、案内してちょうだい」
「やけに楽しそうだな、コイツ……」
やはり、メルトはアルテミスと出会うのを楽しみにしているらしい。
まぁ……僕も楽しみではある。
メルトが敬意を払う存在であれば、やはり相応の存在なのだろう。
『そこから最短で行くと、小さい反応と先にぶつかるけど』
「構わないわ。面倒そうなら無視すれば」
カグヤが示した位置に向かい、メルトは揚々と歩いていく。
どうやら反応は森の中だ。
相変わらずマリーは楽しそうに。アマデウスはそれに乗じ、デオンとサンソンが呆れて追いかける。
ゲートキーパーは姿すら現さず、霊体化して後をついてきているらしい。
「……ですが、彼は信用できます。先日も、少なからずヘクトールの相手をしてくれました」
――とはカレンの弁。
最初の特異点では殆ど力を貸してくれなかったようだが、どうやらマケドニアの戦いで少し心変わりをしてくれたようだ。
「アステリオス、少し屈みなさい。木の枝が当たるわ」
「ぅ……わか、った」
「……アステリオス。何でも下姉様に従わなくとも――」
「駄メドゥーサ。貴女が私を乗せるかしら」
「……いえ……すみません、アステリオス」
「いい……」
どうやら自然とエウリュアレを「下姉様」と呼んでしまうらしいヴァイオレット。
やはり、元になったメドゥーサの影響を多分に受けてしまっているようだ。
アステリオスの肩に乗り、足をぶらぶらと揺らすエウリュアレは、既にアステリオスとヴァイオレットへの絶対的な命令権を手に入れている。
自身の足としてアステリオスを使い、メイドのようにヴァイオレットを侍らせる。女神っぷりを早くも全開にしていた。
「にしても……随分アタシの船も大所帯になったもんだ」
「それで足りるかどうかは、分からないけどな」
「……そんなに大きな問題なのかい?」
「少なくとも、これまで僕たちが戦ってきたところはそうだった。僕も――紫藤も、多分な」
「へぇ……アタシらとは違うベクトルの冒険を繰り広げてきたわけだ。良いじゃないかシンジ、ティーチを倒した後にでも聞かせとくれよ、アンタらの冒険」
「構わないよ。僕も、お前とは話してみたかった」
ドレイクにとっても、シンジの戦いは新鮮なものだろう。
僕たちは時代を超えて、この事件に立ち向かっている。
ドレイクすら知り得ない冒険。きっと、宴の席でも盛り上がる話題だ。
ティーチを倒した後――それが、解決ではないとしても。
宴の席を設けて、その話で盛り上がっても良いだろう。
『あ、その辺。反応が小さすぎて場所がはっきりしないけど、何かがいる筈だよ』
「何か――と言われても」
辺りを見渡してみるも、目立つような何かはない。
魔力の反応も、微弱過ぎて分からないレベル。
これは、スルーしても良いくらいなのでは――
「あら」
その時、メルトが声を漏らす。
視線の先は、小さな茂み。
「メルト?」
「ハク、あれ――」
メルトが指さす、茂みの陰。
危険はないと判断し、そこに手を突っ込む。
「むぎゅ」
「……むぎゅ?」
奇妙な音、というか声のようなものが聞こえた。
もさもさとした、毛皮のような肌触り。
とりあえず、何かを確かめるため、引っ張り出してみる。
「……」
「……ぬいぐるみ?」
頭を手で掴めるくらいの大きさの、熊のぬいぐるみだった。
妙に時代錯誤。そして、この島のこんな場所に存在するようなものではない。
「……いる?」
「いえ、いらないわ。私の感性にピクリとも響かない。ここまでブサイクなぬいぐるみもそうはないわ」
とりあえず、ぬいぐるみも好むメルトに差し出してみたところ、非常に辛辣な評価が渡された。
確かに……なんだろうか、この微妙な顔つきは。
作った者は何を思ってこういう顔にしたのだろう。
「……なんだいこれ。アタシが作った方がマシなレベルじゃないか」
「あら。これはこれで可愛いわよ。ね、デオン」
「へ? ……あ、あぁ……そうです、ね。愛着の湧きそうな顔つきではありますね」
「魔力はこれから感じられますね。使い魔……でしょうか」
マリーを除き、良い評価は持っていないらしい造形のぬいぐるみ。
まあ、ぬいぐるみに造詣が深い訳ではないが、良いものとは思えない。
「……」
「……なんか、視線を感じるわね」
「私もよ。イヤーな視線」
「わたしもです。なんでしょう」
「奇遇だね、アタシもだ」
「視線も……このぬいぐるみから、ですね」
「……使い魔とは言うが……この視線は……」
「……? みんな、どうしたの?」
視線が一斉にぬいぐるみに向けられる。
どうにも……僕が睨まれているようで落ち着かない。
「――わっ!」
「ッ!?」
「ぎょわっ!? な、いきなり何すんだテメ!」
アステリオスが突然上げた大声に、ぬいぐるみが跳び上がる。
そして――喋った。
「……あ」
「喋るぬいぐるみなんてレアね。作りが気になるわ。そういうのは趣味じゃないけど、ニーズはありそうね。解剖してみましょう」
「待った。ぬいぐるみじゃないから。ぽいけど違うから」
身振り手振りまで交えて、ぬいぐるみは思いっきり喋っている。
「で、何なんだお前」
「それはこっちの台詞だな。何者だお前ら……あ、ごめんなさいごめんなさいマジすいません多分味方です」
メルトが膝の棘を突き付けると、ぬいぐるみは手を上げて降参の姿勢をとった。
……多分、戦闘能力はない。
現状その役目すらも分からないぬいぐるみ。そもそも、喋る以外に何かできるのだろうか。
「あ――――ッ!」
さて、どうしたものかと考えていると、女性の大声が聞こえてきた。
『あ。サーヴァント』
「ッ!?」
すぐさま警戒の姿勢をとる。
今の声には、明らかな怒気が含まれていた。
戦闘に発展する可能性もある。慎重に――
「ま、待って。一応そいつ敵じゃな――」
「ダーリン――!」
「うわ!?」
凄まじい速さで接近してきたそのサーヴァントは、僕からぬいぐるみを奪い取る。
ふわふわとした白い髪の女性だ。荘厳な雰囲気を纏う弓の弦に座って浮遊している。
「ダーリン、また浮気したの!? 私がいるのに! 私というものがありながら!」
「あだだだだだっ! 脳が! 脳味噌が潰れる! あるか分かんないけど!」
「もう怒りました! 我慢の限界です! お仕置きです!」
「もうしてるじゃん!? ふぎ!? ぐえ!? もぎゅ!?」
「……」
目の前で、喋る熊のぬいぐるみを折檻する女性。
彼女がこの島のサーヴァントらしい。
まったく状況は分からないが……見たところ、この熊はこのサーヴァントの使い魔なのだろうか。
「あの……」
「何よ!? これは男女の問題よ、口出し無用よ!」
「……もういいわ。期待したのにこのザマよ。所詮神霊の召喚なんてレアケースだったのよ」
露骨にメルトは落胆している。
当然か。アルテミスに会えると期待して来てみれば、いたのは奇妙なぬいぐるみとテンションの高い女性サーヴァントが一人。
「あら、貴女――」
「なに? 貴女に用はないわ。私が用があるのは――」
「よく見れば、私じゃない」
「は?」
不機嫌を隠さないメルトに、女性は意外そうな表情を向ける。
メルトが……
「それにそっちの貴方……」
「僕?」
「いつか会ったわね。あれはそう……確か、私の力を貸してあげた時かしら」
――僕が、彼女に力を借りた?
「ハク、どういう事? 私、こんなサーヴァント見た事ないんだけど」
「いや、僕も会ったことなんて――」
「えー心外。これじゃ私だけじゃなくてレヴィっちもサラっちも怒るわよー」
不満を訴えて来る女性だが、記憶の何処を探ってもこの女性の記憶は存在しない。
それどころか、今名前が出てきた「レヴィっち」「サラっち」なる人物も――
――――ん?
「レヴィ……サラ……?」
レヴィ――――アタン――――サラ――――スヴァティー――――。
…………。
……………………。
…………………………………………。
……いや、まさかまさか。
そんな筈はない。そんな筈はないが、僕やメルトは多分、このサーヴァントの真名は聞いてはいけない。
「……さ、メルト」
「……? 何よ、ハク」
「帰ろう。船に戻ろう。このサーヴァントたちの正体は僕たちが知るべきじゃ――」
『ねー、君、真名は?』
「カグヤ――――!!」
一切空気を読まないカグヤの質問。
それに女性は、不思議そうに空を見上げ、首を傾げたあと――
「え? アルテミスだけど」
「――――――――」
「――――――――」
――――その周囲一帯の、世界が制止した(または歴史が動いた)。
「よし、何となく事情は理解した。この時代の異常をどうにかしないといけない訳だ」
「ねーねーダーリン。何もしなきゃこの世界、永遠じゃない?」
「いや、違うだろ多分。これは俺の直感だが、放っておいたらこの世界は終わるな」
「ワオ、第六感? ダーリンかっこいい!」
シンジが彼女たちに状況を説明している間、僕たちは衝撃で碌に頭が回らなかった。
「嘘よ。アルテミスよ? 清廉で美麗なる狩猟女神。そうでなければならない神性。嘘よ。アルテミスが、あんな。あり得ないわ、私の中に、あんなスイーツ女神が在るなんて、あってはならない事なのよ。だってそうじゃなきゃ、私までスイーツみたいじゃない」
「……」
「……あの。お母さま、お父さま、大丈夫ですか?」
――アルテミス。
ギリシャ神話に名高き狩りの女神。
ああ、確かに一度、力を借りたことがある。
キアラに対抗すべく、神話礼装を解放した時。
あの時、この姿を見た訳ではないが、確かに女神と邂逅したと言えるだろう。
「ところではっくんもメルトも、どうしたの? まるで信仰していた神が死んだみたいな顔してるけど」
あながち間違ってもいない。
というか、メルトからすればまったくそのような気分だろう。
メルトが信じていたアルテミス像は、ここに消えたのだ。
というか何だろう、はっくんって。
「まあ、一つ分かるのは間違いなくお前のせいって事だな」
「ひどい! 私が何をしたっていうのダーリン!」
「したっていうか、存在そのものにショック受けたっていうか。まあ分かるよ。神と初めて会った時はそうなるって」
熊のぬいぐるみ――聞くところによると、彼もまたサーヴァントらしい。
というか、正しくは彼がサーヴァントとしての本体であり、アルテミスは彼の霊基に付随し、英霊としての主導権を奪取したとか何とか。
英霊を基盤にした神霊代理召喚。まあ……縁深い神霊であれば、そのようなことも可能なのだろう。
彼はオリオン。アルテミスと同じくギリシャ神話に語られている狩人だ。
ギリシャ屈指の狩人であったが、アルテミスと恋に落ち、それが原因でアルテミスの兄アポロンの怒りを買い、命を落とすことになる。
オリオンは今回、アーチャーとして召喚されたが、見ての通りアルテミスに主導権を奪われ、現在は力のない熊のぬいぐるみの姿になっている。
本人曰く、「限りなく役立たず」。完全にアルテミスに依存しなければ現界すら保てないらしい。
彼もまた、自由気ままな女神に振り回されているのだろう。
「ま……いいや。女神だし、とんでもなく強いんだろ? 力貸してくれないかい?」
「え!? コレ連れてくの!?」
普段のメルトとは明らかに違う驚愕。
拒絶も含まれたそれは、尚も目の前の光景が信じられないというものだ。
「まあまあ、好き嫌いするものじゃないわ。この女神様とどういう関係か知らないけれど、話してみればきっと仲良くなれる筈よ?」
事情を知らないマリーは、多分仲が悪い相手とでも思っているのだろう。
だが、メルトは首を横に振る。
余程にショックなのだ。自分に、こう――甘たるい女神が組み込まれているという事実は。
「メルトリリス。選り好みは出来ません。きっと心強い味方になることでしょう」
……多分、ヴァイオレットの肯定には意趣返しも含まれている。
エウリュアレと出会ってしまった。それに比べれば、自身の中身と出会うくらい――と。
「……ハクぅ……」
「うん。……まあ、うん。強く生きよう。まだレヴィアタンがいるから。きっと、メルトの大部分はレヴィアタンだから」
アルテミスは、この通りだ。
サラスヴァティーは神話礼装を獲得する折、助言を受けた。
あの時、二つの性質を見せたが……どちらも、メルトとは似ても似つかないものだった。
であれば、きっと残る一柱、レヴィアタンこそ、メルトの主を構成する女神なのだ。絶対にそうだ。
「んー? レヴィっちも可愛いけど、メルトより堅物な――」
「もう言わないでやれよ……よく分かんないけどお前あの娘の地雷踏みまくってるんだって……」
どうやら本来は空気の読める好青年らしいオリオン。
彼の気遣いに感謝しつつも、もしかしたらレヴィアタンも、メルトと全然違うのでは――と悪い想像をしてしまう。
ともあれ――ここに新たな仲間を得た。
先日のティーチに続き、メルトの厄日と引き換えに。
オリオン と アルテミス が なかまに くわわった!
まあ、オケアノスにメルトが参戦すると当然こうなります。
お前がスイーツになるんだよ!
アルテミスが記憶持ちなのは神霊的シンパシーとかそういうアレです。
自身が組み込まれていることに関しては別段、どうとも思っていません。