Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
多分ずっとこうはいかないです。
大荒れの海。嵐の夜。
波に揺られながらも傾きはせず、悠々と船は往く。
「――こんな嵐の中、逃げ延びたかよ」
遥か遠く、幽かに見える船に向かって、男は不敵に笑う。
「流石は英雄。アレ以外が間違ってもフランシス・ドレイクは名乗れまい」
そんな風に、今まで戦っていたのであろう相手に賛辞を述べる。
やがて船が見えなくなると、男は更に笑みを深める。
「いや、だからこそだ。この黒髭と戦うならば、ああでなければならない。く、ククク……」
そして、肩を震わせ、その姿を知る者であれば誰しもが恐れるだろう残虐な笑い声が漏れる。
「ククク、ハハハ、ハハハハハドゥ――フフフフフフフフwwwwww」
――残虐な、笑い声が――――
「フォカヌポウwwwではでは、黒髭伝説第三章・封鎖終局四海、始まり始まりですぞwwwコポォwww」
『第八特異点 嵐の航海者
AD.1573 封鎖終局四海 オケアノス
人理定礎値:A』
「……」
「……カグヤ、何か弁解はあるかしら」
『……たはは、ごめーん。でもさー? これだけサーヴァントいるんだし、問題ないじゃん?』
周囲、三百六十度どこを見渡しても全く同じ、青の景色。
海だ。間違いなく。予告されていた通りの大海。
海上に降りるということは危惧していたが、結果は僅かな慈悲を伴ってのそれだった。
「な……なんだテメエら。いきなりオレたちの船に現れやがって」
そう、海の上だが、僕たちは立っている。
船の上で、海賊に囲まれて。
「よ、良く分からねえが、やっちまえ! 男は殺せ! 女はキズモノにすんじゃねえぞ!」
「オォー! 楽しむだけ楽しんで、後は売っ払っちまえぇ!」
「はぁ……しょうがないわね。やるわよ、ハク」
「あぁ……カレン、シンジ、頼む」
「やっぱり、不安だな、これ……」
「ゲートキーパー、貴方は――」
「雑兵過ぎるね。ボクが出るまでもないよ」
相手は英霊ではなく、魔獣の類でもない。
ただの、この時代に生きる人間。
相手が神秘も何もないのに対して、此方はサーヴァントが六騎。明らかに過剰戦力だ。
僕たちに銃弾や剣が当たればただでは済まないが、それを許すサーヴァントたちではなく――ほんの二分と経たず、海賊たちは鎮圧された。
「す、すみませんでした……」
一応、全員を殺すことなく鎮圧させることに成功した。
何人か当たり所が悪く気絶してしまっているが、残った面々も戦う力は残っていない。
「初っ端から災難だけど……とりあえず、話が聞けるのは悪くないか」
そう、ポジティブに考えないといけない気がした。
カグヤという心配なオペレーターがいて、始まりから襲われる始末。
多分、ここからも色々と災難に見舞われる気がする。
「誰か、この海の状況を知らないか?」
「さっぱりでさぁ。羅針盤も地図もまるっきり役立たず。オレたちゃ気付いたらこの海を漂流してたのさ」
「んで、そしたら船にいきなりアンタらが現れるじゃん? そしたら襲うしかねえ訳よ。こう、海賊的に」
「野生動物か何かかよ……」
呆れたシンジに、「うっす」と海賊たちは声を揃えて肯定する。
「野生みたいなモンさ。目の前のお宝にありつくのが海賊ってな」
……そこは否定するべき部分ではないだろうか。
どうにも、海賊の価値観と僕たちの価値観は最初からズレている気がする。
「じゃあ、アテもないワケ?」
「アテはあるっす。この近くに海賊島があるそうで」
「久しぶりの獲物にはボコボコにされ、食い物も水もそろそろ無くなる。ひとまず、そこを当たるしかねえですわ」
海賊島……海賊たちが物資を補給する拠点のようなものだろうか。
それぞれが対立しているイメージのある海賊だが、そういう所だけは協力している、のか……?
分からないが、しかし、今の頼りがどうにも海賊しかいない以上、とりあえず情報が一番ある場所はそこだろう。
手掛かりは必要だ。何か少しでも、見つかれば幸いと思おう。
「それじゃあ……そこに僕たちも連れてってくれないかな?」
「アイアイサー! まっ、アンタらを海に突き落とすことも出来ないし、従うしかねえからな。島に行く許しが出たなら万々歳さ」
操舵を担当していると思しき男が面舵を取る。
波に揺れる船の上は、然程良い感覚ではない。
その特異点の状況に最適化された体は、船酔いという感覚は知らないだろう。
だが、足場としての不快感だけは消えないらしく、海賊島に着くまで慣れることはなかった。
この特異点に来て初めて、地に足を付ける。
数十分ほどで、海賊島と呼ばれるそこに着いた。
「……ここが、海賊島」
「思ったより普通ね。なんかこう、散らかった感じだと思ったのだけど」
「そんな余裕がないのか、まだ出来て間もないのか、ですね」
ただ、目に見える範囲でも、海賊と思しき男性が数人歩いている。
その一人が、明らかに海賊ではない僕たちを見据えた。
「――」
「……何か、嫌な予感がするわね」
「……同感だ。僕にもついてきたかな、サーヴァント並みの直感」
心底嫌そうなメルトの言葉に、シンジが軽口を返す。
そして――
「ヒャッハー! 有り金全部寄越しな!」
「陸地で海賊が盛ってんじゃないわよ!」
「ヘブッ!?」
プールに飛び込むような体勢で突っ込んできた男を、真正面からメルトが蹴り飛ばす。
本人の意図とは真逆の方向に吹っ飛ばされ、三度ほどバウンドして動かなくなる。
鼻っ面を思いっきり蹴られたが――大丈夫だろうか、あの男。
「ああ汚い。それに潮風で錆びそう。ハク、拭いて」
「はいはい……」
布を取り出し、メルトの脚具を拭く。
潮風で錆びるような作りにはなっていないと思うが……まあ、メルトに言われたら吝かではない。
「次の方、どうぞ」
今の一撃を見ていた海賊たちにカレンが言う。
当然ながら、それに応じて突っ込んでくる者はいない。
サーヴァントとの力の差、それを分からない彼らでもないということだろう。
「いやぁ……そこまで馬鹿じゃないっすよ。コイツ特別欲求不満だっただけで」
赤いバンダナを巻き、左目を眼帯で覆った海賊の一人が苦笑いで降参を宣言する。
どうやらこの海賊たちの中では、力がある男らしい。
彼が両手を上げたのを見て、周囲の海賊たちも一斉に武器を捨て、降参を示した。
『うっわ、情けな』
「喧嘩にならなくて良かったわ。皆仲良くが一番だもの」
「はは、マリアは相変わらず危機感がないな。君も獲物扱いされてた事分からないかい?」
……まあ、これ以上無駄に戦う必要がなくなったのは幸いか。
無謀にもメルトに挑戦し、砂にまみれた海賊は鼻血を流しながら、エッサホイサと他の海賊たちに運ばれていった。
うわ言のように「我が生涯に一片の悔いなし……」とか呻いていたが、正直ひどくどうでも良かった。
「えっと……それで、この島で状況を把握している人間は、誰かいないのか?」
「あー、姐御ならどうですかね。この辺の海にゃあ一番通じてると思いますぜ」
「姐御?」
「おうよ。聞いて驚け、強靭・無敵・最強、あらゆる敵をなぎ倒し、粉砕・玉砕・大喝采の我らが栄光の大海賊――フランシス・ドレイク様だ!」
「ッ――――!」
――、暫し、思考が固まった。
そうか。この時代なら、いても不思議ではない。
シンジは、呆気に取られていた。
彼がかつて召喚し、契約していたサーヴァント。
彼を導き、あの夜を乗り越えた、あらゆる難航を突破する星の開拓者。
フランシス・ドレイクが、この島にいるのだ。
「……お? 本当に驚いてら。……今なら隙ありみたいな事――」
「残念ながら無理です。特別驚いたのは、お父さまにお母さま、シンジだけですから。ところで、どうかしましたか?」
「ん――ああ、ちょっと、ね。……シンジ」
「……連れてってくれ。ライ……フランシス・ドレイクのところに」
「お、おう? 構わないけど……ふっふっふ、名前を聞いただけでそんなに驚いてんだ、実物見たらチビっちまうんじゃねえだろうな――」
ぶつぶつと言いながら、眼帯の海賊は先導するように森の中へと入っていく。
「シンジ、大丈夫? その……ドレイク? って人は知り合いかしら?」
「ああ……少し、な。昔の知り合いだよ」
「へえ! どんな? どんな人だったの?」
「王妃。シンジにも触れられたくない事があります。我々が追及することではないでしょう」
森を歩いているうちに、シンジも落ち着いたらしい。
そう――少しだけ、彼も考えていたのだろう。
昔契約していたサーヴァントと出会う可能性を。
「――と言う訳で、ドレイク姐御に掛かりゃあテメエらなんか一瞬よ!」
『多分誰も聞いてないよ、海賊くん』
「なぬ!? ってかこの声何!? 魔法ってやつか!?」
『そーそー。天からの魔法の声、人呼んでカグヤちゃん。よろしくー』
「ほー……まさか女神の声が聞こえるなんて、オレの迎えも近いかなぁ……」
冗談か本気か分からない、海賊とカグヤの会話を聞きながら、森の深くへと向かう。
「……なあ、紫藤」
「ん?」
「この時代って事はさ、まだ、アイツ生きてるんだよな」
「……そうだね。歴史が確かなら、ドレイクはまだ存命の筈だ」
「そっか……まだ、僕の事は知らないんだよな」
「……多分」
ドレイクがまだ、世界一周などの偉業を成し遂げる前の時代。
まだこの時代のドレイクは英霊ではなく、当然、召喚の記憶もないだろう。
「……でも、この時代のドレイクも、頼りになる人だと思う」
「……当たり前だろ。太陽を沈めた英雄――アイツの強さは、僕が一番わかってる」
シンジはドレイクに、無条件の信頼を置いている。
少なくとも、僕が知り合った人物の中では、彼が一番ドレイクという人間を知っているだろう。
ゆえに、確信しているのだ。彼女がこの特異点の攻略において、力を貸してくれるということを。
「姐御! 姐御ー! 客人でさあ! 姐御と話がしたいとか何とかって!」
「あ? 誰だい客って。んな予定も勘もなかったけど。つまんないヤツなら追い返しちまいな」
森の奥地、開けた場所の入口で、男が広場に向かって叫ぶ。
返ってきたのは懐かしい――粗野な声だった。
「いえ、無理っす! 多分オレらが束で掛かっても五分持たずにボコボコでさあ!」
「はあ……? 海賊かい?」
「多分違いやす! やたらにキラキラしてて上品で、ウチらよりだいぶ乱暴で――」
「何か言ったかしら」
「間違いやした! とんでもなくお美しい一行です!」
メルトが傍にあった木の皮を脚具で奇麗に削ると、海賊は慌てて言葉を訂正する。
乱暴なのは間違いない。多分、今回のやり方はメルトも自覚しているだろう。
今のは単に、それを海賊と比較されることが嫌だったのだ。
「意味わかんないね……まあいいや。連れてきな!」
許可が下りた。海賊に続いて、広場に入る。
その広場のド真ん中、ひと際大きな椅子に豪快に腰かけて、ドレイクは此方を眺めていた。
「……はっはあ。妙なのを連れてきたね、ボンベ」
「へえ。ですが目は確かっす。姐御を指して、偉大だとか強い、憧れだとか」
「アタシが偉大で憧れねえ……ほんとに?」
「へえ」
明らかに疑い、というより胡散臭いといった目を向けてくるドレイク。
……まあ、そう思われても仕方ないだろう。
時代錯誤でバラバラな服装。集まった年齢もまた統一性がなく、そしてそれらが傷一つなく海賊に連れられてやってきたという状況。
疑われても仕方のない、奇妙極まりない状況か。
「ふーん……分かった。下がりなボンベ。アタシが話をする」
ボンベと呼ばれた眼帯の海賊は、再び「へえ」と返事をして何処かへ歩いていく。
周囲に警戒した様子の海賊は何人かいるが、これで人払いとしたようだ。
「で、何者だい? うちの馬鹿どもが世話になったみたいだけど?」
「ああ――」
ドレイクに事情を説明する。
未来から来たこと。特異点の概要。そして、この異質な状況の原因たる聖杯を探していること。
「……今の海はおかしい。貴方も、分かっていると思う」
「……そりゃね。確かに、おかしい。こんな海は初めてだ」
――良かった。やはり、分かってくれ――
「だがね、それはそれで面白い」
「は?」
「未知と未開だらけの海、これで心躍らない海賊がいるもんかね。こんな楽しい世界は他にないさ! なあ、野郎共!」
『ヒャッハー! 姐さん最高! 肉美味え! ラム酒美味え! 海賊生活最高ゥ――!』
バラバラに、しかし総意だけは合っている、海賊たちの雄叫び。
「……」
カレンも唖然とする状況。僕もメルトも、開いた口が塞がらなかった。
異質だということは、分かっている。
だけど、それでも構わない。寧ろそれが楽しくてしょうがないと、彼女たちは言っているのだ。
「ま、そういうワケ。アタシら海賊は自由の為ならあらゆる悪徳を許容するってこと」
「……知っちゃあいたけど、やっぱり無茶苦茶だな」
ドレイクのスタンスをよく理解していたシンジだけは、呆れながらもそんな答えが返ってくることを予想していたらしい。
そして、だからこそ、小さく笑った。
「――だから、力を借りたいならまずは自分たちをぶっ倒せ、だろ?」
「……へえ。分かってるじゃないか。アンタも海賊の一味だったり?」
「まさか。ただ、その手のヤツを知ってるだけだよ」
シンジが前に出る。それに追従するように、マリーもその隣に立った。
「王妃」
「大丈夫よ。ちょっと遊ぶだけ。危なくなったらデオンとサンソンを呼ぶわ」
「育ち良さそうな姫さんだねぇ……そんなナリでアタシとやるってのかい? 手加減は出来ないよ?」
「勿論! 手加減されたら遊びはつまらないわ。本気で来なさいな」
「って訳だ。紫藤、ここは僕がやる。いいな?」
「……ああ、任せた」
ドレイクに力を示す。それは、シンジにとって大きな意味を持つことなのだろう。
ならば任せる。サーヴァント・マリーの力の一端も、ここで見られるか。
「はっ――よく言った。今のアタシはだいぶ酔ってるからね、派手に覚ましとくれよ!」
「望むところだ、行くぞマリー!」
「ええ――さあ、歌いましょう! 踊りましょう!」
星の開拓者、最強の女海賊、フランシス・ドレイク。
彼女の協力を得るための、大きな意味を持つ戦いの幕が、ここに切って落とされた。
小説で平然と「www」とか使いやがる変なヤツ……一体何者なんだ……。
はい、と言う訳で今回のメインとなるドレイク船長の登場。CCC編から続投となります。よろしくお願いします。
ボンベ以外のモブ海賊たちも、色々騒がせてやりたいところですね。