Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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1000万DL、まさかの星四鯖一騎プレゼント。
皆さんは誰を選ぶか決めたでしょうか。
私はセイバーランスロットかエルドラドのバーサーカーにしようと思っています。
でもラーマも欲しいです。

さて、ようやく二章ラストです。どうぞ。


第二十三節『いざ、遥か万里の彼方まで』

 ――そして、観測する。

 

 この特異点における、一つの「最後の戦い」を。

 

 

 片方には、信念と意地があった。

 或いはそれは、先のラーヴァナとの戦いよりも苛烈かもしれない。

 その手に持つ剣だけではない。

「吼えろ! 『偉大なる者の腕(ヴィシュヌ・バージュー)』よ!」

 ラーマが所持した数多の武具を包括した宝具『偉大なる者の腕(ヴィシュヌ・バージュー)』を出し惜しむことなく解放する。

 例え、彼の魔力供給に限界があろうとも、彼はここで一切惜しむことはないだろう。

 まだシータが消滅した訳ではない。それは、彼が十分理解している。

 故に、一刻も早く、この障害を取り払わなければならないのだ。

「侮るなよ大英雄! こちとらキャスターだが衰えた気は微塵もねえ!」

 片方には、義理と矜持があった。

 考えてみれば、別に此処で戦う程の義理なんてないかもしれない。

 同じ陣営に召喚され、オジマンディアスの義兄弟としてクー・フーリンは此度戦った。

 今の状況は好ましいものとは言えない。

 オジマンディアスは変質し、今自分は愛のために奔走する大英雄の最後の障害となっている。

 クー・フーリンとてラーマがどれ程の気持ちで今戦っているかは理解している。

 彼のため、そしてシータのために、この場を譲りたいという感情もあった。

 だが、それは出来ない。

 此度の自分はエジプト陣営。オジマンディアスの最後の命令は守らなければならない。

 それがゲッシュでなくとも、一人の戦士として。

“――――クー・フーリン、ラーマを止めよ。最早シータは助からぬ。あ奴が間に合ってもそれは死に瀕した時。ならば――”

(――お優しいこって)

 オジマンディアスは愛妻家と聞いた。

 ならば、その結論は妻を想う夫として、導き出したものなのだろう。

 苦渋の決断だったかもしれない。だからこそ、この道を譲る訳にはいかない。

 相手がセイバー、神話の大英雄であろうとも。

「甘えよ!」

 ラーマの強弓から矢が放たれる。

 霊核を粉砕して余りある威力を持ったそれを、クー・フーリンは一切焦ることなく回避した。

「――矢除けの加護は健在か。ならば!」

「ッ――」

 剣、槍、棍棒、戦輪。次々に武器を変えつつ、ラーマはクー・フーリンを攻め立てる。

 クラスの枠組みに収まらない、規格外の戦い方だ。

 そして、クー・フーリンはキャスターでありながらそれに対応出来ている。

 戦場に仕込んだ数多のルーンを惜しみなく解放し、杖を強化し槍のように近接武器として使用する。

「チッ……」

 しかし、それでも限界がある。

 あまりにも明白な、地力(ステータス)の差。

 ランサーで召喚されれば一歩たりとも劣らなかっただろう。

 だが、今のクー・フーリンはキャスター。筋力はEランク、耐久はDランクというかなり低い値で召喚されている。

 師スカサハから学んだルーン魔術は強力だ。だが、そもそもこれはクー・フーリンに適した戦い方ではない。

「――おおぉ!」

「クソ……槍が無いってのも、不便なモンだ、な――!」

 此度の召喚における不満を吐露しながらも、ラーマの攻撃を霊核には届かせない。

 傷は少しずつ増えている。ラーマにもダメージを与えてはいるが、その数は比較するべくもない。

「だが――!」

 それでも、まだ決着がついた訳ではない。

 どうせ使うまいと思っていた切り札は残っている。

「ハッ……テメエに使うなんざ、想像だにしなかったがな……」

「何を……っ」

「こちとら奥の手があるって事だ! こんな因果で甚だ不本意だが、冥土の土産に見て行けや!」

 その発動を、ラーマは許した。

 クー・フーリンを守るように展開されたルーンは、それまで彼が使っていたものとは根本からして違う。

 膨大な神秘は一つでも宝具に匹敵しよう。

 総数十八。クー・フーリンの有するルーンの究極。

「行くぜ、スカサハ直伝――原初のルーン! 許せよオーディン! この地にその銘を刻んでやる!」

 咄嗟に距離を置いたラーマは、自身の過ちに気付く。

 キャスターを相手にセイバーが距離を取ること。それ即ち、相手にリーチを譲る事に外ならない。

 故に、その過ちを即座に認め、新たに行動を起こす。

 出現させた弓。矢除けの加護を備えるクー・フーリンには通じなくとも、それが攻撃であるならば迎撃はできる。

先見せし太陽弓(サルンガ)――!」

大神刻印(オホト・デウグ・オーディン)――!」

 十八の原初のルーンが起動する。

 ラーマの矢は暫く拮抗し、弾かれる。

「ッ――――――――」

 僅かに出力を弱めた原初のルーンは、尚も絶大な威力を以てラーマを襲う。

 矢による威力の減衰、そして、セイバーゆえの高い対魔力がなければ、その直撃で消し飛んでいただろう。

 それは正しく、キャスターとしてのクー・フーリンの切り札だっただろう。

 一秒にも満たない僅かな時間、ラーマは意識を飛ばした。

 そしてその、大英雄同士の戦いとしては絶大な隙に、クー・フーリンは新たな魔術を起動する。

「我が魔術は炎の檻――茨の如き緑の巨人!」

 根性で以て、ラーマは『大神刻印(オホト・デウグ・オーディン)』の奔流に耐え切った。

 ボロボロの体に鞭打って、詠唱でルーンを紡ぎ上げるクー・フーリンに迫る。

 しかし、剣による渾身の一撃は、杖により防がれる。

「なっ――――」

 今紡いでいるルーンは、杖の耐久力を上げるものだった。

 そして受け止めたクー・フーリンが新たに唱えるは、炎の宝具。

「因果応報、人事の厄を清める社!」

 大地から何かが来る――そう直感で悟ったラーマは、退避しようとした。

 ――出来ない。体の重さに気付いた時には、既にその魔術は逃れられない場所にまで迫っていた。

 『大神刻印(オホト・デウグ・オーディン)』の副次効果による、ステータス減少。

 それを耐えると分かっていたからこその、迎撃準備。そして、詰めとなるもう一つの宝具の使用。

 三段階のルーン使用により、ここに完全にラーマは捕えられた――!

「倒壊するは、『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』! 土に還りな、大英雄――――!」

「お、おおおおぉぉぉ――――!」

 真下より出現した炎の巨人。その内部に、二人は収容された。

 内部に生贄を捕える構造。周囲から生贄を焼き尽くす、ドルイドの秘法。

「ッ、何のつもりだ、光の御子……!?」

「へっ、オレ自身が囮にならなきゃ、テメエは掛からなさそうだったからな。元よりオレはテメエの足止め目的だ。興覚めな結末だが、悪く思うなよ――!」

 英霊でもなければ、ほんの数秒で事切れよう炎の檻は、屹立した後、再び大地に倒れ込む。

 それが二人の戦いの終焉だ。戦士としての決着より、オジマンディアスの命をクー・フーリンは優先した。

 激昂すれど、ラーマはそれを卑怯とは思わない。寧ろ、その執念にようやく敬意を抱いた。

 なればこそ、障害ではなく、一人の好敵手として。

 残り数秒の炎の戦場で勝ちを拾う――!

「悪いが、突破させてもらう――!」

「やってみやがれ。尚もシータの奴に逢いたいんならなぁ!」

 戦輪を展開、棍棒を、槍を、弓を、剣を。

 制限された戦場で、全てをクー・フーリンにぶち込む。

 そして――

「獲った――――!」

「ッ」

 互いに慣れぬ戦場で、規模に見合わぬ武器をありったけ解放したラーマが、クー・フーリンの杖を奪う。

 幾つか、肉体に仕込んだルーンはある。

 しかし、この窮地を凌げるものの用意は残念ながら無い。

 故に――

羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)――――!」

 その斬撃を、仕方なしと受け入れた。

 クー・フーリンを切り裂いた勢いのままに、ラーマはその剣を投擲する。

 巨人の一部を粉砕、最後の強敵を一瞥とてせず、ラーマは炎の檻を脱した。

 それから二秒と経たぬ後、膨れ上がった炎が内部の生贄を焼き尽くす。

 術者であっても、囚われた者全てを灰も残らず滅ぼすのが、その巨人の役目だ。

 クー・フーリンは消滅した。

 それを証明するように、ラーマを縛っていた不退転の陣地は消滅している。

 火傷が酷い。この身も、長くは持たない。

 だが、ラーマは走る。まだ消えてはない。最大の目的を果たすために、止まる訳にはいかない。

「シータ……余は、必ず……!」

 特異点の終点は近付く。

 一足早く戦いを終えた大英雄は、最愛の妻を求めて砂の地へと走り続ける。

 

 

 +

 

 

 三つの宝具の着弾により、肉塊は大きく弾け飛んだ。

 通常の宝具ではない。それぞれが神代の非常に強力なもの――。

 そのうち一つは見覚えがある。紛れもなく、カルナの宝具。幾度となくその力を借りてきた、『日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)』だ。

「これは……君が?」

「私が依頼しておいたのはカルナさんだけですけどね。コレの退治に余計はありません。誰だか知りませんが、助かりました」

 タマモ・オルタはその絶大な威力を僥倖と頷いた。

「さて。アレの力も再生力も無限ではない。最早死に体、アレを仕留めきる力はありますか?」

 早くも再生を始める肉塊。しかし、再生速度は先程のように早くはない。

「そうね。あと少し削れれば、私の宝具で溶かしきれるわ」

 メルトが自信を込めて言う。

 メルトの宝具は本来、対界、対都市としての性質を持つ。

 今の出力でこの魔性全てを覆いきれるかは不明だが、あと少し規模が減れば――そういった確信をメルトは抱いている。

 ならば――

「イスカンダル、ハサン、牛若、タマモ・オルタ。四人の宝具で、出来る限りアレにダメージを与えてほしい。後はメルトが終わらせる。可能かな?」

 その勝利までの詰めを、四人に任せる。

「ふふん、無論。余には手段があるとも。幕引きを奪われるのは癪だが、まあこの際仕方あるまいて」

「チッ……やっぱりそんな役割か……ええい、やってやる。こうなれば玉砕覚悟で……」

「あら。なら暗殺者さんはあちらを相手しては? ほら、スフィンクスが凄い勢いでやってきますよ」

「だからそっちも無理だと言っているだろ!」

 タマモ・オルタが指した方向からは、数匹のスフィンクスが走ってきている。

 オジマンディアスがこの周囲に配置していた個体か。

 それがこの戦いを嗅ぎ付け、戻ってきたらしい。

 不味い――積極的に襲い掛かってくる神獣が多数で攻めて来るとなると、あの肉塊より驚異的かもしれない。

 どちらかならまだしも、両者を相手にするなど――

 

「――ならば、そちらは僕が! 鉄血無情の鮮血魔城(カズィクル・ベイ)ッ!」

 

 接敵する直前、空中から飛来した無数の杭が、スフィンクスの群れを刺し貫いた。

 串刺しとなったスフィンクスは動きを止め――攻撃の主が、戦場に降り立つ。

「ランサー!」

「すまない、遅れた。どうにも、この姿の制御に時間が掛かってね」

 別れてから姿を見なかった黒騎士は、その姿を変貌させていた。

 鎧を貫く翼と尾。そして何処か、見覚えのあるような角――

 まるで無辜の怪物を取得したかのように、悍ましい姿へと変わっていた。

「あの獅身獣に痛覚があるならば私が多少相手を出来る。その隙にアレを倒せ!」

「それでは、私の軍勢も御貸ししますか。軍略はお持ちで?」

「ん? ――ああ、大したものではないが、持っているよ」

「重畳。ま、別に軍略とか関係ないんですけどね。はい、どーぞ」

 タマモ・オルタは、そんな軽い言葉で、“何か”に指示を出した。

 瞬間、神殿の上空に輝く黒太陽が膨れ上がり――無数の亡霊が飛び出す。

「なっ……」

「あれ、弱いですけどほぼ無尽蔵ですので。うまく使ってくださいね」

「待て待て待て、流石にあんなものを率いた事はない――っと!!」

 杭を振り払ったスフィンクスに、ランサーは体から出現させた新たな杭を突き刺す。

 確かにその咆哮、悲鳴はそれまで聞いたことのないものだ。

 まるで痛覚を刺激する事に特化したものであるように、適格な痛打を与えている。

「ええい、ならば私も兵になってやる! おい貴様、私が軍勢になる以上大した戦力にはならんが、使い潰すなよ!」

「む――?」

妄想幻像(ザバーニーヤ)!」

 ハサンが宝具を発動させる。

 生前、多重人格者であった百貌のハサンは、英霊となるにあたってその人格一つ一つに肉体を与える宝具を得た。

 その総数は八十。この戦いで幾らか消滅したとはいえ、それでも小さな軍勢にはなる。

 スフィンクスが動きを制限されている間に分裂は完了し、飛散する。

 隠れ潜む場所はない。ここは決して、アサシンの戦場ではない。

 だが、それがどうしたとハサンは蛮勇に出た。

 紛れもなく――彼ら、彼女らも、世界を救うべく召喚された英霊なのだ。

「ふっ――分かった。そこまで言われたら、僕も泣き言を言う訳にはいかないな! 亡霊、影の軍勢、実に良し! ハクトたち! あの化け物は任せたぞ!」

 ランサー、影の群れ(ハサン)、そして亡霊たちがスフィンクスに迫る。

 勝てるかは分からない。だが、僕たちから僅かでも気を逸らせるならば、それだけで助かる。

 僕とメルト、イスカンダル、牛若、そしてタマモ・オルタ。肉塊を倒す事は、決して不可能ではない!

「見事なり、異形の黒騎士よ! これで余の軍勢もヤツに集中できるというもの! では、行くぞ!」

「え、何を――――ッ!?」

 哄笑したイスカンダルは、次の瞬間僕の手を掴み――戦車を牽く神牛に鞭を打った。

 当然、鞭を受けた牛は走りだし――――

「――――うわあああああああああっ!?」

「ハク――!?」

 咄嗟に手を伸ばしてきたメルトの手を握る。

 結果として、二人そろってイスカンダルの戦車に引っ張られる事になった。

 見れば、牛若は太夫黒で追従し、タマモ・オルタに至っては何食わぬ顔で戦車に同乗している。

 いつの間に――なんて考えもさせずに、荒い運転は僕たちを振り回しながらスフィンクスの群れを避け、肉塊へと向かっていく。

「さあ、獅身獣どもも最早物の数ではない、敵はあの醜悪な化け物のみ! 好敵手の軍勢と比べればちと物足りんかもしれんが、これも“未来”を救わん為!」

 疾駆していく戦車。その上で、イスカンダルは剣を掲げる。

 気付けば、何やら砂を伴う風が吹き荒れていた。

 この砂漠のものか――と思ったが、どうも、それとは違うらしい。

 暑い。熱い。その熱は、オジマンディアスのものとは違う。

 これは正しく、イスカンダルの熱――

「遠征は終わらぬ。我らが胸に“彼方”への野心ある限り――!」

 荘厳に、断固として、そして、心底から楽しそうに、イスカンダルは吼える。

 野心家の如く獰猛に、そして、童子の如く純粋に、イスカンダルは笑う。

 今向かっているのは、一歩間違えれば死に直結するだろう魔だ。

 だというのに、イスカンダルはそれが愉快で仕方ないというように、剣を振り上げている。

 例えるならば、その先に、彼が――否、彼らが焦がれた“彼方(ユメ)”があるように――!

「いざ、遥か万里の彼方まで!」

 

 

 ――景色としては、何が変わった訳でもなかった。

 

 

 それまでと変わらない砂漠。何処までも続く蒼穹。

 だが、スフィンクスはいない。ランサーも、ハサンも、見渡してもその姿は見えない。

「ほう。我が固有結界の中に在ってヤツの神殿は健在か。ふむう、固有結界が混同するとこうなるのだな」

 やはり楽しそうに、いつの間にか戦車を止めていたイスカンダルは言う。

 気付けば僕たちもまた戦車に乗せられていた。

 しかし、今イスカンダルが口にした名詞は――

「……固有結界?」

「応さ。大して変わり映えせんように見えるか? だが、これは正しく余が駆け抜けた大地。我らが乾きを共にし、しかし雄々しく駆け抜けた大地よ」

 誇るように、イスカンダルは手を広げる。

 ――ふと、背後に気配を感じた。

 単体ではない。複数。それも、今まで感じたことのない、膨大な数。

「これこそ余の――否、余たちの最強宝具。その目に焼き付けよ、勇者よ。余が征服王に外ならぬなら、余の宝具がこうなるのは当然であろう?」

 その姿が、確かになっていく。

 一人一人の装備は違う。だが、それぞれが等しく、同じ方向を向いている。

 同じ思想に魅入られ、同じ王に追従し、同じ夢を見た。

 駆け抜けた大地に生きる民を朋友として遇し、それらも連れて夢を追いかけた。

 そんな、イスカンダルしか持ち得ない究極の軍勢――

「さあ、勝鬨を上げよ、王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)!」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ――――――――!!』

 大地が震えた。

 数えきれないほどの騎兵たちが、好き勝手に、しかし一人の王の命として叫ぶ。

 その規格外の宝具の中に在る事に、ある種の感動を覚えた。

「あの軍勢……一騎一騎がサーヴァント、なのか……?」

 見えるだけでも数百、数千。

 あの分では、数万という域にまで達しているかもしれない。

 イスカンダルの臣下を連続召喚する宝具――凄まじい宝具だ。対軍宝具の一つの極みが、ここにあった。

「なんと……」

「はっはー……とんでもない宝具ですこと……」

 牛若も、タマモ・オルタも、呆然としていた。

 彼女たちとしても、その宝具は凄まじいものなのだ。

「ふっ、何を呆然としておる! アレを倒すのだろう!」

「ッ、そうだ――メルト、宝具の準備を!」

「え、ええ――!」

 迫っていく騎兵たちに、肉塊が吼える。

『――――――――――――――――!』

 この時代諸共焼却せんばかりの灼熱を周囲に振りまきながら、再生を試みるが――そんな単純な攻撃をまともに受けるような兵はいない。

 回避、翻弄。そして見出した隙に投槍で肉を削る。

 空をも駆ける戦車はその数倍の肉を粉砕し、牛若も宝具で以て腕を引き裂く。

「……確実に仕留めるには、再生力が多少速いわね。私の宝具も随分弱まったものだわ」

「ッ……」

 だが、足りない。

 これだけの手数を以てしても、肉塊はあと一歩を譲らない。

 それが、聖杯の成せる業か。

 それとも……

「あの神殿でしょうね。ファラオに不死を与える加護……ファラオが変じたものが繋がっている以上、それが回復力に恩恵を与えているのでしょう」

 タマモ・オルタは扇で口元を隠しながら言う。

 そういえば、そんな情報を彼女から教えられていた。

 尚も不死の能力は、魔性と変じたオジマンディアスを支えているのだ。

「どうすれば……」

「……はぁ。仕方ありません。至らぬ兄を持った私の不運と思いましょう。それでは、ちょっと行ってまいります」

「へ――?」

 そんな、近所へ買い物に行くような軽いノリで、タマモ・オルタは戦車から飛び降りた。

 勿論、そんな事をすればすぐに肉塊に捉えられ、灼熱に身を晒すことになるだろう。

 だが――

「さてさて。いつまで耄碌してるのやら。それじゃあ奥さんも浮かばれませんよ。聞いてますか、()()

 初めて口から出したような、言い慣れないたどたどしさで、タマモ・オルタはオジマンディアスに言葉を投げかける。

「故にこれは酒に酔った貴方の失態と思いなさい。そして――神王たるならこの程度笑って許すべし! 今からやる事成すこと、私は何一つ悪くありませんので!」

 掴みがたい雰囲気を一瞬でぶち壊し、扇を思い切り振り被る。

 そして、さながら野球選手のバッターのような要領で――

「結界撲滅! 目下日光大傾国箱庭倒壊(もっかにっこうだいけいこくはこにわがえし)っ!」

「な……っ」

「……は――?」

「え……?」

「お、おぅ……?」

 ――神殿を引っ繰り返し、文字通り、倒壊させた。

『――――――――!?』

 そして、神殿と繋がっていた肉塊は、思い切り躓いたように倒れ込む。

 今のは……微妙に認めたくないが、宝具……?

 それも、固有結界を打ち崩すという、限定的ながら強力な……。

「よっと。ただいま戻りました」

 ひょっこりと、唖然としている僕たちを尻目にタマモ・オルタは戻ってくる。

「今のは……?」

「見ての通り、箱庭を千切って投げてぶっ壊す私の奥の手です。で、何を呆けてるんです? ほら、好機ですよ好機。あのファラオ、いい加減哀れなんでとっとと終わらせてあげてくださいまし」

「そ、それもそうか――メルト!」

「そうね、終わらせるわ、ハク――!」

 メルトが跳躍する。

 再生能力を格段に鈍らせた肉塊に、騎兵たちの槍が卒倒する。

 牛若が退魔の宝具を使用し、肉塊の損傷を増やしていく。

 イスカンダルは最後に痛烈な一撃を与え、離れていく。

 そして、全員が離れたのを見計らい――メルトはその宝具を起動させた。

弁財天五弦琵琶(サラスヴァティー・メルトアウト)!」

 それは、静かで凄烈な滝の如く。

 全てを溶かす大波は、弱った肉塊を心の底から愉しそうに踏み躙り。

 この時代の終焉を攫っていった。

 

 

 

 

「……さて。僕たちは帰るとしよう。そちらで帰還させてくれるのだろう?」

『はい。聖杯は回収しました。今回のオーダーは完了とします。お疲れ様でした、皆さん』

 イスカンダルの固有結界が解かれれば、ランサーとハサンは満身創痍ながら生き延びていた。

 スフィンクスはもういない。それを指揮するオジマンディアスに、もうその力は残っていないためだ。

 肉塊は完全に消滅し、零れ出た聖杯は回収した。

 これで、この時代の危機は消えた。三国の戦争も強制的に終わりを告げ、時代は元通り、争乱の世界に戻っていく。

「ふん……最後にこんな、スフィンクス相手の戦闘などまるで考えていなかったが……いや、何故私は生きてるんだ」

「君の力だろう。僕の大したことのない指揮で、よく戦ってくれた。ありがとう、ハサン・サッバーハ」

「今回ばかりはその礼は受け取っておく。その程度しか報酬がないのはどうにも不満だがな……」

 疲れ果てた様子のハサン。

 最後に残ったほんの数人は、影のように溶けていった。

「では、僕も。今回の召喚は良いものだった。友に巡り合えて、かつ過去の清算も、多少なり出来た。願いの成就には程遠いがね」

 結局、ランサーの真名は掴めなかった。

 セラフに戻り、召喚の履歴を確認すれば分かるだろうが――まあ、今は良いだろう。

 一緒に戦ってくれた。それだけで十分だ。

「そうだ、ハクト。これを」

「ん……? これ……」

 ランサーが鎧の中にしまっていた何かを取り出す。

 小瓶だ。中には透明な液体が入っている。

「ミトリダテスの解毒薬だよ。飲んでおくといい。今後も戦うなら、いつ毒を受けるか分からないだろう?」

 揶揄うように、ランサーは笑った。

 ……それもそうか。いつ静謐のハサンのように、不意打ちで毒を受けるか分からない。

 こんなものを残していたミトリダテスにも感謝し、その薬を呷る。

 苦味の強いそれは、しかし嫌悪感は感じなかった。

 飲み干すと同時、ランサーも消える。感謝を告げる事が出来なかったのが、ほんの少し、心残りだった。

「余も行くか。最早この時代、余がいる意味もあるまい。後は臣下共がどうとでもやるさ」

 イスカンダルにも、消滅の兆しが現れる。

 何てことのないような言葉だが、やはり引っかかった。

「……イスカンダル。この国は、この後……」

「言うな言うな。余も英霊、全部分かっとる。だがな、結末に後悔をしていては王は務まらん。報われずとも、それは我ら人間の運命。どう解釈するかは重要だぞ? 月の民よ」

 さながら教師のように、イスカンダルは大らかに笑う。

 僕には、そういった見識はない。

 故にこそ、その言葉は強く突き刺さった。

 それが人々全ての結論ではないにしろ、イスカンダルという偉大な英雄が至ったものであるならば、それは確かな人の結論の一つなのだろう。

「機会があれば貴様らにも余の王道を一昼夜かけて聞かせてやりたいのだが……まあ、それは今回ではないという事だな。ではな、この後の道程、道は険しかろうが――恐れずに進むがいい! 然らば必ずや、この災厄を打ち払えようさ!」

 最後まで力強く、イスカンダルは笑っていた。

 ほんの数日前に命を落とした大英雄。危機を前に復活した征服王は、粒子となってこの時代に消えた。

「やはり、彼は偉大な王ですね。兄上のように、力強く、雄々しい。数多の英雄豪傑を従えたのも頷けます」

「ああ……っ、牛若、君も……」

「ええ。最早この時代にいる理由もなくなりましたから」

「そうか……ありがとう、牛若。また縁があれば、力を貸してほしい」

「無論。次は……そうですね。やはり日本が良い。戦い慣れた土地であれば、私も本領が発揮できるというもの」

 牛若にはこの時代で、何度も助けられた。

 何も返す事は出来ない。だが、それで構わないと牛若は優しく笑う。

 無償の献身を、彼女は良しとした。

「それでは、また会いましょう。白斗殿、メルト殿」

 牛若もまた消えていく。そして、この場に残る英霊は――あと二騎。

「――」

 力なく倒れるオジマンディアスと、その傍に立つタマモ・オルタ。

 聖杯を奪取したことで、変貌した肉体は戻った。

 ただし――現界の依り代を無くしたうえで。

 間もなく、オジマンディアスにはサーヴァントとしての死が訪れる。

「……大儀であった。羅刹王め、あのような策を弄しているとは思わなんだわ」

「まったく。油断ですよ、兄上」

「……最後の最後に認めおったか、我が妹。ふっ、幾度となく繰り返した戯言も報われるというものよ」

 愉快そうなオジマンディアスに溜息をつき、タマモ・オルタは腰から下げていた刀を抜く。

 まるで――自身の最後の役目を分かっているかのように。

「ハクト、メルトリリス」

「……ああ」

「……何よ」

「一つ問う事があった。この時代において、貴様らをこの国に住まわせた。どうだった」

 ファラオとして、それは問わねばならない事なのだろう。

 言わば僕たちは客人。

 その評価は、即ち自身の評価にも等しいものなのだ。

「……良い場所だった。住まわせてくれて、ありがとう」

「そうね。月ほどではないにしろ、それなりだったわ」

「ふっ、そうか。では、次は月以上を目指さねばな。建築王としての名が泣くわ」

 オジマンディアスは次の目標を定めた。

 月以上――僕たちが住まう場所が、偉大なファラオの目標になる。

 それはなんとも誇らしく、嬉しい事だった。

「では……我が妹よ。頼む」

「承りました。それではお二方。私も最早話すことはありません。今後力を貸すこともありませんので、そのつもりで」

 断固として、しかし、今後の行く末を応援するような、そんな物言い。

 僅かに微笑んでから――タマモ・オルタは、その刀でオジマンディアスの首を断った。

 消えていく神王。それに付き従うように、タマモ・オルタも消えていく。

 そして、この場の英霊は全て消滅した。

『……では、お二人も。カレン、凛さん、カリオストロさんも、既に帰還しています』

「そう、か……うん、行こう、メルト」

「ええ。まだ先は長いわ。こんな事を何度も繰り返すでしょうけど……覚悟は出来てる?」

「ああ、勿論……少し悲しいものはあるけど」

 しかし、この別れは必要なことだ。

 だからこそ――受け入れる。先へと進むために。

『と、そうでした。紫藤さん、凛さんから言伝が。『合格よ』――との事です』

「……何か、採点されてたのか」

「リンらしいわね。まったく……」

 確かに、凛ならばやりかねない。

 十年ぶりの再会。此方が衰えていないか見極めたのだろう。

 合格判定が出たなら嬉しい限りだ。きっと、彼女は今後も力を貸してくれる。

 これが、第二の特異点における最後の記憶。

 二つ目の欠片を埋めて、僕たちは次の欠片へと歩いていく。

 

 

 +

 

 

「そういえば」

「ん?」

 サクラから最後の障害を討ち果たしたという報告を聞き、それではと退去を始めた頃。

 わたしはふと、カリオストロに疑問が生まれた。

「カリオストロ。貴方は、何故この戦いへ?」

「何故って。世界を救うためだけど」

「わたしが聞いているのは、建前ではなく、本当の目的です」

 何となくだが、それが仮初のものであるのは、理解していた。

 自身のサーヴァントであるキャスターから「胡散臭い」と言われるその性質。

 わたしは、彼のその目は――何かを追い求める、子供のようだ、と思っていた。

 ガラス玉のような瞳に映るのは、救済ではなく――別のものに見えたのだ。

「そっか。まあ、分かるよね」

 頭を掻きながら、カリオストロは笑う。

 悪気は微塵も感じていない。ただ、悪戯が失敗したかのように、愉快そうに。

「ただ、世界を救いたいってのも理由の一つではある。それを分かってくれるなら、教えてあげるよ」

「……」

 頷く。

 彼の救済は台本に書いたように作り物のようでありながら、それを追い求めているような真摯さも何処かに合った。

 だからこそ、わたしは気になったのだ。

 台本ではない、彼の真の目的は何なのか、と。

「探してる存在がいるのさ。きっと、この事件なら会える。そう思った」

「……ほう?」

 興味深げに言葉を返したのは、キャスターだった。

 それは一体誰なのか、と言外に問うている。

「虚構の悪性。凶悪、醜悪、最悪。そんな、ボクの愛しい人」

「……恋人、ですか?」

「まさか。ただ、彼女はボクの存在意義さ。だから会いたい。そして、やるべき事がある」

 ……新たに、瞳に何かが映った。

 それが何なのか、わたしには分からない。

 お父さまやお母さまなら分かるかもしれないけれど、わたしにそんな見識はなかった。

「……名前は、何というのです?」

「――R、さ」

 それが、カリオストロの、この時代最後の言葉だった。

 逃げるように、その“R”を求めるように、彼はこの時代から退去した。

「……R、とな」

 妙な名だ、と言った表情で、カリオストロも追従する。

 最早羿もそこにはおらず、わたしとゲートキーパーだけが残される。

「……帰りますか」

「そうだね。次がまだあるんだろう?」

「はい。次も、きっとお願いします」

「……」

 返事はない。だが、きっと力を貸してくれると信じる。

 ――そう言えば。

 先程会った、彼女はどうなったのだろう。

 正体不明の少女、マナカ。この時代で、誰より悍ましく感じた存在。

 この時代の危機は去ったのに、めでたい筈なのに、彼女の存在だけが――不穏で仕方なかった。

 

 

 +

 

 

 ――そして、観測する。

 

 残る英霊たちの、最後の瞬間を。

 

 

 消えていくローマの地で、たった一人、残る者がいた。

 カエサルではない。クレオパトラでもない。

 バーサーカー――カリギュラは、空を眺めながら立っていた。

「……」

 視線の先には、青空が広がっている。

 しかし、もしかすると彼には月が見えているのかもしれない。

 月への陶酔が、彼をバーサーカーとした原因なのだから。

「……ここにいないのは、当然か。我が愛しき、妹の子――ネロ」

 バーサーカーでありながら、落ち着いた声色だった。

 カリギュラの高い狂化は、しかし条件付きで抑えることが可能だ。

 ローマを引き合いに出すことで判定を行い、場合によってはその狂気は鎮まる。

 そして今、ローマの終焉に至って、カリギュラは少しばかりの平静を取り戻していた。

「この災厄は、獣性を呼ぶもの。聡明な、おまえ、ならば……意地でも、呼ばれぬだろう」

 カリギュラもまた、消滅が始まっている。

 だが、残された少ない時間で――彼は、ただ、ここにいない姪に向けた言葉を紡ぐ。

「それで、いい。だが……おまえが望むなら、参ずるのも、かまわない。その、場合は……」

 眼を見開く。

 狂気を宿した瞳に、決意が映る。

 決して躊躇わず、その選択を、カリギュラは選ぶ。

「……その獣性、余が、預かろう。おまえは、美しく、あれ。愛しきネロよ……」

 バーサーカーながら、愛を込めた言葉を残し、カリギュラは消え。

 ローマ領の英霊全てが、退去した。

 

 

「終わったようだな」

「ああ――私たちの戦いも、決着はつかず、か」

 仕方ないと思った。

 特異点の終焉と、自分たちの決着。

 どちらが先かなど、はじめから分かっていた。

 一晩戦い続けても決着などつくまい。

 これは最初から、互いが信念をぶつけ合う自己満足でしかなかったのだ。

「では、あと一撃、だな」

「ふっ……それで貴様の首を獲る可能性も、ゼロではないか」

 ゆえに、最後まで二人は、楽しむ。

 この機を逃せば次はいつになるか分からない、宿敵との戦いを。

「いくぞ――アルジュナ」

「こい――カルナ」

 矢と槍の応酬は、この特異点の終わりまで続いていた。

 決着がついたか否かは――観測の外だった。

 

 

 走っていた。

 或いは、そう彼が思っていただけで、歩いていたかもしれない。

 満身創痍の肉体に鞭を打って、ラーマは最愛の人に向かっていた。

 彼らを引き裂いた離別の呪いは絶対的だ。

 どのような事があろうとも、消え去る事はない。だが――

「――シータ!」

「ラーマ、様……!」

 きっと、オジマンディアスの憶測は合っていたのだろう。

 この召喚は、離別を否定した。それを是としない奇跡によって、遂にラーマとシータは互いを視界に入れた。

「シータ! シータ、シータッ!!」

「ラーマ様……ラーマ様ッ!」

 二人とも、傷は深い。

 片方は火傷に、片方は毒に侵され、かつ開始した退去によって刻一刻と時間は迫っている。

 ああ――既に満足だ。

 シータに逢えた。ラーマに逢えた。それだけで、満たされている。

 それでも――この欲が、叶うならば、と。

 二人は近付いていた。

「シータ! 僕は、この時を……この時だけを、求めていた! 君に、再び逢う、この時だけを!」

「ラーマ様――ラーマ、私も……そうだった。貴方に、今一度、逢いたかった!」

 それまでとは違う。

 二人が互いのみに見せる性質。

 その純粋な喜びは、正しく恋する少年少女だった。

「叶った。叶ったんだ。だから、だから……もう少しだけ……君に触れたい。君の手を――!」

「ええ、ええ――大丈夫、間に合う。ラーマ……届く、貴方に――!」

 手を伸ばす。もう二人の距離はごく近い。

 退去は早い。この距離でも、今の二人では間に合うか分からない。

 それでも、諦めない。だって、これは――もう二度とないだろう機会なのだから――――!

「シータ――!」

「ラーマ――!」

 触れた。

 指先だけだけど、確かに触れたことを二人は確信した。

 そのあとは、分からない。

 互いを思い切り抱きしめた気もする。唇を合わせた気もする。

 しかし、それら全て、本人たちも判然としないまま、二人は消えていった。

 ここに一つの奇跡は成就した。離別の呪いは残ったままなれど、確かに二人は触れ合った。

 ラーマーヤナの小さな続きを最後に、特異点の記録は全て虚像となって、時代から忘れ去られていった。

 

 

『第十四特異点 王の軍勢

 BC.0323 覇王降臨伝承 バビロニア

 人理定礎値:A-』

 

 ――――定礎復元――――




これにて二章のサーヴァントたちは退場となります。レオニダスとか羿とかを書けなかったのが微妙に後悔。
ともあれ二つ目の特異点を定礎復元。お疲れ様でした。

やや駆け足気味だった二章。イスカンダルが主役と言いつつ、実際はスーパーラーマーヤナみたいになりました。
ちょっとだけ方向転換したがためです。すまない。
色々と伏線を残しつつ、次の特異点に向かいます。
次章は色々ふざけました。先に言っておきます。ごめんなさい。

次回は二章マトリクス、その後三章に入ります。

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