Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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第二十節『ラーマーヤナ』

 

 

 ラーヴァナは目に見えるダメージがある訳ではない。

 しかし、これまでとは明らかに何かが違う。

 彼女にとって重要な何かが変化していることを、その焦燥の表情から察する。

「……二重の不死は断ったぞ、ラーヴァナ」

 剣を突き付け、告げるラーマ。

 どうやら、既にラーヴァナの不死性は無いらしい。

 今のラーマの宝具によるものか。ともあれ、ここに戦況は決定的となった。

「……ッ」

 ラーヴァナに、最早余裕はない。

 まだ、戦う力が無くなった訳ではないが、油断なく構えるサーヴァントたちから逃れ、再び戦闘態勢を取ることは難しいだろう。

「……侮らないでよ、ラーマ。貴方が倒したラーヴァナはそこまでヌルい存在だったかしら」

「いいや。不死を断った後の貴様がどれだけ厄介か。よくわかってるさ。今度は何を仕掛けている? 辺りに残った羅刹共を特攻させるか? それとも――」

「やる訳ないじゃない。これだけ姿を変えてもアタシの可愛い羅刹たちよ? 使い潰して、殺すなんざ……面白い訳ねえ、だろう?」

 それでも――ラーヴァナは諦めていない。

 今なお、何らかの方法で、勝てる確信を持っている。

「まだオレには手駒がいる。知ってんだろ? テメエらを悉くぶち抜けるだろう、アルジュナちゃんをよぉ」

「ッ――」

 そうだ――まだラーヴァナには、強大なサーヴァントが残っている。

 大英雄アルジュナ。

 彼は此度、ラーヴァナの手下として召喚され、それを良しとしている。

 前回の戦いでは静謐のハサンやミトリダテスという犠牲を払って尚、倒しきることが出来なかった。

「サクラ――反応は……?」

『確認できる範囲にはありません……細心の注意を払い警戒します!』

「ヒヒ、警戒なんて無意味さ。テメエらが何しようと、たとえオレを殺そうと、止められねえ!」

 何かを、しようとしている。

 この状況でアルジュナの名を出すこと。そしてこの狂笑。

 考えられるのはただ一つ。即ち、この場へのアルジュナの召喚――!

 不味い。カルナはこの場にいない。ラーマがいるとはいえ、アルジュナの相手は一筋縄では……。

「く――」

 その時、堪えきれぬとばかりに零れた笑い声が聞こえた。

「……あ?」

「く――くく――フハハハハハハハハハハハハ!」

 腹を抱えて笑うオジマンディアスに、敵味方誰もが好奇の目を向ける。

「己の民でもない英霊に縋るか羅刹王! 堕ちたものよな!」

「なん、だとテメエ……」

「ラーヴァナよ。貴様、何故余がこの場に出てきたか分かるか?」

 不敵に笑うオジマンディアスの問いに、ラーヴァナは苛立たし気に怪訝な目を向けるのみ。

 その様子により一層笑みを深めると、オジマンディアスの視線はメルトへ移る。

「では、メルトリリス。答えてみよ」

「出しゃばりに来たとしか思えないのだけど」

「然り。余は目立ちに来た! 空を仰げ。あれなる太陽の輝き、この戦場の如何なる場所であろうとも視認出来る、絶好の目印よ」

 空――太陽船の強い輝きは、確かに何処だろうと捉えられる光だろう。

 だが、それが何なのか。

 オジマンディアスの何らかの確信。その正体は、すぐにわかることになる。

「何を――ッ」

 問い詰めようとしたラーヴァナの言葉は、途中で止まる。

 理由は明白。ラーヴァナの左肩に突き刺さる、一本の矢。

 あまりにも意識の外で、反応が出来なかったのだろう。

 一体それは……何処から飛んできたものなのか。

「アルジュナ……いや、アイツの矢はこんな軟弱なものじゃねえ。ここまで威力の減衰した矢なんざ、アイツが射つのはあり得ねえ……誰だ?」

「分からぬか?」

 その射手を、オジマンディアスは知っている。

 威力を弱めつつも、この矢をラーヴァナに届けんとした者。

 オジマンディアスの掲げる輝きを、目印と判断できる者。

 ローマ領(ここ)より、遥か遠くに存在する弓兵――――

「――まさか」

「我が妹は信用していたのだろうよ。あの小娘が尚も矢を放つ力があったとは思わなんだ。ネフェルタリにも劣らぬ芯の強さよ」

 そうか……彼方より、この矢を届けたのは――

「……シータ」

「馬鹿な! シータだと!? あり得ねえ! ラーマがここにいて、何故シータまでがいる!」

「あり得るのだろうよ。この異質の時代に呼ばれる英霊に際限は無い。座を共有する英霊が同じ場に召喚されても不思議ではあるまい?」

「ふざけるな! コイツらの離別の呪いはそんな生半なものじゃねえ! どんな奇跡だろうとあり得ねえんだよ!」

「では――奇跡を超える必然なのだろう。この者たちを招いた者が、呪いによる離別を是とせぬ甘い者たちだったのではないか?」

「――――ッ」

 己の仕事はもうない。そう言わんばかりに、オジマンディアスは下がっていく。

 ローマの英霊たちも動く様子はない。

 僕も、メルトも、また同じだった。

 この戦いを終わらせるべきは、僕たちの誰でもない――そう、理解できたから。

「……そうか。シータ、君なのか」

 ラーマはシータがこの時代に召喚されたことを知っている。

 彼女と再会することこそが、彼の全てだった。

 その機会を失うとしても、ラーマはこの時代の修正を優先した。

 シータへの信頼があるから。

 そして、シータもまた、ラーマへの信頼があった。

 だからこそ、ラーマは今、シータの心積もりを理解し、弓を構えたのだ。

 

 

 ――ラーマ様。私も英霊。ラーマの名を冠するサーヴァント。ゆえに、成すことを成します。

 

 シータ。余は……ラーマは、ラーヴァナを討つ者。なれば今やる事は一つだ。――

 

 ――はい。此度こそ、共に参りましょう。私もまた、一人の英霊として。

 

 

「……いや。いいや! ラーマ! シータ! 例えテメエらが同じく召喚されたとして! そのあり得ざる現象が続いていたのはオレがいたからだ! テメエらが共に居られるのはオレが生きている間だけ! オレを討った後、テメエらの仲は引き裂かれた!」

 ――ラーマとシータを繋ぎ止めていたのはラーヴァナ。その可能性はあり得る。

 ラーヴァナを討つべくラーマが召喚されたのであれば、それは叙事詩の再現だ。

 シータが引き寄せられるという奇跡が起きるということもあるかもしれない。

 そして、その奇跡、二人が出会える可能性は、あくまでラーヴァナあってこそだ。

 ラーヴァナを討てば、今度こそ二人は会えない。この共に召喚されたという奇跡の機会でさえ、失うことになる。

「何故その機会をみすみす失える! テメエらが互いをどれだけ愛していたか知っている! なのに、何故――!」

 だが、それでも――

「――そうか。知らないだろうな、ラーヴァナ」

「あ――――?」

 ラーマは。シータは。

 その弓と、矢を持つ手に込められた力を緩めることはない。

「貴様を討ち、国に凱旋するまでの僅かな間……余とシータは、確かに手を取り合っていたぞ?」

 国民に動かされ、シータに疑いを持つよりも前。

 国に帰るまでは、二人は再会の喜びを享受していた。

 ならば、それと同じように……目の前の怨敵を討てば、僅かな間は、可能性がある、と。

 

 シータ、いいな?――

 

 ――はい、ラーマ様、いつでも。

 

 追い込まれていようとも、ラーヴァナには余力がある。

 周囲の誰もが邪魔をしない今ならば或いは、二つの矢を躱し、反撃も可能だったかもしれない。

 だが、ラーヴァナは呆然と立ち尽くし、動かない。

「故に今、(ラーマ)は――貴様を討つ」

「――――――――」

 

 『先見せし太陽弓(サルンガ)』、終点より、君へ。――

 

 ――『追想せし無双弓(ハラダヌ・ジャナカ)』、始点より、貴方へ。

 

 出会えなくても、互いを想える。

 たとえ引き裂かれていようとも、その絆までは失われない。

 かつて、そこに在ったものは永遠であり、信じる限り、消えることはなく――

 故にこそ、彼らは、あの矢を放てるのだ。

 

 『愛しき人へ、届けこの矢よ(サルンガ・ラーマーヤナ)』――

 

 ――『愛しき人へ、届けこの矢よ(ハラダヌ・ラーマーヤナ)

 

 二人の出会いから始まり、二人の離別で終わった物語。

 その矢を放つことは、即ち再会という何にも勝る願望を捨てることにも等しい。

 二人の人生と願望を――全てを捧げた矢を向けられて、ラーヴァナは何を思ったのか、決して動くことをしない。

 始まりの弓と、終わりの弓。ラーマの、シータの、ラーヴァナの運命ゆえか、どれだけ距離が開いていようとも、二つの矢は同時に獲物を穿つ。

 この場の、コサラの大英雄が放った一矢。果ての、強き姫が放った一矢。

 二つは狙いを過つことなく、宿敵の心臓を射ち抜いた。

 

 

「……ハッ。やっぱり、勝てねえなあ」

 意外にもラーヴァナは、あっさりと敗北を受け入れた。

 二つの矢を受け、霊核を完全に破壊された。

 最早その死を逃れる方法はなく、ラーヴァナの肉体は消滅を始める。

 その手から杯が零れ落ちる。その輝きは残っていれど、既に羅刹を生む能力は残っていない。

 そうだ、杯――

「……ラーヴァナ。聖杯は何処だ。君が持っていると聞いた」

「あ? 聖杯……ああ、そっか。そんなのもあった、な」

 忘れていたのか……?

 聖杯は有しているならば、切り札になりうる筈だ。

 特異点を生み出した要因であり、特異点攻略における最大の目標。

 忘れる程のものではないのだが……。

「貴様、持っていないのか?」

「アレは確かにオレのものだ……欲しけりゃ、くれてやるが……ラーマ」

「なんだ?」

 消えゆくラーヴァナは、大して此方に関心も持たず、その目をラーマにのみ向ける。

「……オレを討った。だが、なおもシータに会いたいか?」

「当たり前だ。どれだけ今の一矢に全力を尽くしていようとも、余は間に合って見せる。それが余のシータへの愛の証明であり、貴様という宿敵への最大の敬意だ」

「…………チッ。クソッタレが……なんで、オレじゃなかったんだ」

 その、小さな呟きは、ラーヴァナの本心だったのだろう。

 何故彼女がシータを攫ったのか。ラーマ最大の敵として立ちはだかったのか。

 その理由の一端に、触れたような気がした。

「まだシータは死なねえさ。オレによる影響が残る間は、同時召喚の例外は残り続けるだろ。その間くらい耐えられねえシータでもねえよ」

 しかし……距離が離れすぎている。

 ラーヴァナを倒し、聖杯を回収すればこの特異点での戦いも終わる。

 どの道、間に合う距離ではない。

 なのに――ラーヴァナは、それを可能であると確信している。

「まあ――その前に死ぬかもしれねえけどな。運とシータの技量を試しな」

 誰もが手を出さず、ラーマもラーヴァナの言葉の意図を掴みかねている僅かな間。

 それが愉快でならないと言ったように、ラーヴァナは笑みを深めた。

「オジマンディアス……貴方、一つ勘違いしてるわよ」

「む?」

「これで貴方への対策が消えたと思ってるのかしら。アタシ、そこまで甘くないわ」

 オジマンディアスへの対策……先程、ラーヴァナはそれを持っていると言っていた。

 だが、それは成立することなく、ラーヴァナは消える。

 そう、思っていたが……。

「ラーマ。英霊たち。そして坊やたち。これがアタシの最後の足掻きよ」

 その身を粒子と散らしていく。

 残り数秒とあるまい。ラーヴァナは、目を閉じる。

「……さよならね、ラーマ。どうなるか期待してるわよ」

 そうして、遂に羅刹王は消滅した。

 この時代最大の敵。聖杯の持ち手は消え去った。

 だが――聖杯は現れない。

 あるのは、この時代に元々あった杯のみ。これは、回収すべきものではない。では――

「聖杯、は……?」

「ふむ。ここにあるが?」

「は?」

 何を今更。そんな声色で言ってのけたのは、オジマンディアスだった。

 当たり前のようにその手に握られているのは、黄金に輝く――――

「――はぁ!?」

『せ、聖杯です! オジマンディアスさんが持っていたんですか!?』

「余がラーヴァナに招かれた折、渡されたものだ。正しくは没収せしめたものだがな」

 ――お、オジマンディアスが、聖杯を……?

 そんな素振り、一切見せていなかった。

 しかも、ラーヴァナによって召喚された、って……?

「三国戦争の切り札として有していたものだが、最早ローマは潰えた。さて、どうしたものか」

 挑発的に、手で聖杯を転がしながらオジマンディアスはローマの英霊たちを睨む。

 ラーヴァナが持っていたならばまだしも、オジマンディアスが持っていたとなると話は別だ。

 戦争は再開される。これでは、特異点は消滅しない。

 寧ろ、ラーヴァナによって更に不安定になった時代の崩壊に拍車を掛けることに――

『――――聖杯、発動しました! オジマンディアスさん、今すぐそれを手放してください!』

「ぬ!?」

 サクラの報告は、あまりにも唐突だった。

 輝きを増す聖杯は、オジマンディアスにとっても想定外のものだったらしい。

 瞠目する彼から離れることなく、聖杯は輝きを更に強め――

「オジマンディアス!」

「よもや、これがラーヴァナの言っていた――!」

 その場から、オジマンディアスは消えた。

 サーヴァントとしての消滅ではない。これは……

『オジマンディアスさん、エジプト領域神殿に転移! 聖杯の反応が変質していきます!』

 そう、それが、ラーヴァナの奥の手。

 背筋を怖気が走る。今、この時代に何かが出現した。

 ただ、同じ世界に在ることすら悍ましい、悪魔のような存在が。




ラーヴァナはこれにて退場となります。お疲れ様でした。

ラーマとシータの協力攻撃は、宝具には該当しません。
強いて言えば、ラーヴァナ特効攻撃です。

そして聖杯発動。二章もクライマックスに入ります。
二章はあと二話を予定しています。よろしくお願いします。

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