Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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リアルで色々とあり、執筆できる環境で時間が取れず更新遅れました。申し訳ありません。

ついでにメルト、リップ、BBちゃんの絆はそれぞれ9になりました。
このまま10まで走り抜けたいところです。


第十九節『崩落の都で』

 

 

 日毎に狂っていく彼女を、私は黙過した。

 どれだけ狂っていても、彼女が幸せであれば私は良かった。

 どれだけ他の誰かが犠牲になろうとも、私は彼女に笑っていてほしかった。

 私もまた、狂っているのだろう。

 彼女の悪逆の基になったのは、私が使用人に行っていた折檻だ。

 それを教えてしまったから、彼女はこうして、変じてしまった。

 この後悔は、未来永劫消えることはない。

 過去を払拭出来る程の願望器など存在しないだろう。

 だが、それでも私はこの願いを持ち続ける。

 彼女には笑っていてほしい。

 でも、ここまで残酷に変わってほしくはなかったのだ。

 だから、私は――

 

 

「……そう。貴方、そこまで狂っていたのね」

「ああ。君が狂うならば、僕はもっと狂っていなければならない。そうでないと――君が安心できない」

 だから、私は、槍を振るった。振るうしかなかった。

 槍を突き出してみれば、あまりにも、呆気なかった。

 彼女もまたサーヴァントとは言え、戦闘の逸話がある訳ではない。

 私もサーヴァントとしては大したものではないだろうが――それでも、一介の武人であった。

 こうして戦ってみれば、結果など分かり切っていたようなものだった。

 羅刹や魔物どもを逐次対応してなお、相手が出来るほど。

 尤も――それは、私の力という訳ではないのだが。

「……馬鹿な人。そこまで後悔しているなんて。貴方が背負うべき罪じゃないのに」

「僕が背負うべきことなんだ。全てを担うことは出来ないけれど……せめてこうして、召喚されている間くらいは」

 此処に至って、私はようやく、エリザの苦しみを分かち合うことが出来た。

 私の後悔が、エリザを堕とした罪悪感が、英霊となった私にコレの使用を許した。

「それで、どうかしら。反英霊の味、貴方はどう感じる?」

「悍ましい、としか感じないな。でも……こんなものを一人でずっと背負っていた君の苦痛を、少しでも和らげられたなら……」

「……思い上がらないで。私は苦しくないわ。分かったでしょう? これは、貴方が背負えるほど真っ正直で潔白なモノじゃないのよ」

 ――宝具『無双夢想の鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)』。

 これは、私の身を反英雄にまで貶める宝具ではない。

 彼女の――エリザベート・バートリーの罪と、死後の呪いの全てを肩代わりする宝具。

 カーミラという汚名を。鮮血魔嬢という事実を。そして、このエリザではない、別の召喚で有り得たかもしれない、無辜たる竜の因子を。

 全てをこの一身に受けることで、エリザベート・バートリーを潔白に変えるもの。

 だが、所詮はサーヴァントの一宝具に過ぎない。

 私の願いが叶う訳でもない。

 私が現界している間のみの、ほんの僅かな間の虚像、自己満足に過ぎない。

 それでも私は、彼女を救いたいと思った。

 それを果たしてエリザは望んでいるか。望んでなくとも良い。私は狂っているのだから、このくらい身勝手で良いのだ。

「ほら、鏡でも見たらどうかしら。……そんな醜い姿、貴方には相応しくないわ」

 自分が変貌している自覚はある。

 しかし、その一方で、カーミラ――エリザの怪物性は、完全に失われていた。

 こうなってしまったエリザは最早、サーヴァントとしての力は発揮できない。

 宝具も使用できず、変貌した私であれば周囲の怪物に遅れを取ることもなく、手の槍は過たずエリザを貫いた。

「いや……これでいい。君はやはり、変貌()わる前の方が美しい」

「……酷い人。美しさのために私は変わったのに、それを全部否定するなんて」

 そんな事をしなくても、美しかった。

 でも、彼女は堕ちていくと、自身を卑下して疑わなかった。

 何故それを、私は否定しなかったのか。

 もし彼女が認めないとしても、私が言えば何かが変わったかもしれないのに。

 私の死後、彼女の罪が加速することも、なかったかもしれないのに。

「ふん、もういいわ。気付けば怪物たちも随分減ったし……ラーヴァナも貴方の仲間に倒されたのかもしれないわね」

 そういえば……ハクトたちは。

 先に向かった彼らは今頃、ラーヴァナと戦っているだろう。

 或いはもう、勝敗は決したのかもしれない。

 彼らが負けるということは、考えられなかった。

 怪物は人に倒されるもの。あの大魔も、彼らならば打ち倒せる――そんな信頼があった。

「そうかも、しれないな。まだ戦っていようとも、きっとすぐラーヴァナを倒し、この時代を救うだろうさ」

「……本当に、もう。その信頼、羨ましいわ。私が世界を救う側につくなんてありえないけれど……」

「君は正義の側にも立てる人だと思うけど」

「どうだか。そんな眩しいモノ……相応しくないわよ。そこまで恥と世間を知らない自分なんて、遥か昔に置いてきたんだから」

 その身を粒子と散らしていくエリザは、自嘲するように笑う。

 これが最後だ、と握り込んでいた手が、魔力となって消えていく。

「エリザ……」

「せっかく来たんだから、貴方は最後まで使命を全うなさい。変わってしまっても、貴方は私とは違う。正義の人、なんでしょう?」

 穏やかであった頃の、懐かしい笑み。

 無邪気さも僅かに含んだ、愛おしい笑み。

 ああ――そうだ。

 私は、エリザのこの笑顔を、取り戻したかったのだ。

「じゃあね、フェレンツ。楽しかったわ」

 存在を解れさせて消えていくエリザを、その最後まで見届ける。

 悔いはあった。

 でも――

 ――貴方は最後まで使命を全うなさい。

 彼女がそういうならば、私は最後までそう在ろう。

「……さよならだ、エリザ。この呪い――いつか僕が永遠に取り除いてみせる」

 本人が肯定していても、私はこれを覆すつもりはない。

 きっと、それで……彼女は幸福になれる筈なのだ。

 

 

 +

 

 

 降臨した太陽王に、ラーヴァナは苛立たしげな視線を向ける。

 オジマンディアスは供回りもつけず、しかしその絶対的な存在感を隠さない。

 その様子に誰しもが目を奪われる。

 それは、あまりに強大で。

 あまりにも決定的な増援だった。

 如何にラーヴァナが強力なサーヴァントだとしても、覆しようのない差がある。

 流れ込んでくる羅刹は、先程のような勢いはない。

 これならば、ラーヴァナと同時でも十分に相手取れる数だ。

「オジマンディアス様……!」

「良い働きだ、ファラオ・クレオパトラよ。よく余が来るまで建国王を守り通した」

 崩れゆくローマ領。残る時間は少ない。

 それでも、ここまで時間を延ばしたことを、オジマンディアスは称賛する。

「それで、気紛れで来た貴方は何をするつもりなのよ」

「決まっていよう。そこな羅刹王を裁く。如何な時代だろうと、余が在る限り小汚い魔性にくれてやるものなぞ土塊一つ無いわ」

 言葉の終わりを待たず、一体の羅刹がオジマンディアスに向かい飛び掛かる。

 その鋭い爪の餌食となれば、生半な守りなど物の数にもならず引き裂かれよう。

 だが――

「――甘い!」

 オジマンディアスは指先一つ動かさず、それを対処する。

 降り注ぐ光。未だ空に浮かぶ太陽船から射出された熱線は羅刹を呑み込み、いとも簡単に灼き尽くした。

「民では話にならぬ。余と戦おうというならば国を以て挑むがいい。我が宿敵、ムワタリのようにな」

 言いつつも、手を軽く振り上げるオジマンディアス。

 それが指示であるように、太陽船は空高くに飛翔していく。

 彼方にまで届くだろう、強い輝きを放つその様は、まさに太陽だった。

「さて。どうする羅刹王。このまま無様に戦い死ぬか。それとも、逃げるか。どちらでも構わんぞ」

「……言うじゃねえか三下。テメエへの対策が無えとでも思ってるのか」

「あったとしてどうする。貴様が何かをする前にその汚体を貫ける者は余一人ではあるまい」

 カエサルとラーマは、剣を構え油断なくラーヴァナを見ている。

 カリギュラは今にも突っ込まん勢いだ。クレオパトラもまた、周囲の蛇を更に増やし、更なる戦闘に備えている。

 当然、メルトと僕も準備は万全だ。どんな状況にも対応できる――そんな布陣が築かれている。

「やってみやがれ。オレとて王、羅刹共を統べる(ラージャ)だ。テメエら人間にゃあ負けねえよ!」

 この差を見ても、ラーヴァナは怯むことはない。

 バーサーカーというクラスゆえか、それとも彼女本来の性質なのか。

 片手に杯、片手に宝具たる剣。

 そして周囲に更なる剣を出現させる。

 浮かぶは合計十八本。これが、二十の腕を持つと伝えられるラーヴァナの真実。

「ふっ――!」

 輝ける太陽船から光が落ちる。

 それを素早く回避し突撃してくるラーヴァナ。続くように、残る羅刹たちも飛び掛かってくる。

「クレオパトラ! 周囲の者共は任せる!」

「はい! カエサル様、お気をつけて!」

 ラーヴァナの剣を、自身の名剣で以て受け止めるカエサル。

 本来ならば続く圧倒的な手数で切り刻まれるのが当然の末路だろうが、それを許すほどカエサルという大英雄は甘くない。

来た(ウェーニー)!」

 剣を打ち払い、続く一本を叩き落す。

見た(ウィーディー)!」

 同時に振るわれた三本を、その体型に不相応な素早さで対処する。

「――勝った(ウィーキー)!」

 五本。凄まじい膂力が、振り下ろされる。

 ながらそれに対してカエサルは剣を振るわない。

 確信していた事が実現したかのように笑うのみ――。

「させぬ!」

「ヌウウウオオオオオオオオオオッ!!」

「ッ、うるさいわね。あまり近くで騒がないで!」

 三本をラーマが切り払い、一本をカリギュラが拳で叩き伏せる。そして、残る一本をメルトが弾き飛ばした。

 彼は策略家だ。だが、事を運ぶ力のみならず、武芸さえも卓越していたからこそ、彼は大英雄と謳われた。

 その剣技は、決して神代に劣らない――!

黄の死(クロケア・モース)!」

 その名剣の真名を解放した瞬間、攻防は逆転した。

 一撃、二撃、三撃――。すぐに、数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの連続攻撃となって、剣はラーヴァナを襲う。

「ッ――!」

 圧倒的な手数全てを防御に使用するなど、ラーヴァナは考えてもいなかっただろう。

 そして、彼女の信ずる羅刹たちを対処するのは、クレオパトラ。

「其はエジプトの落陽。終焉を示す時の蛇――最後のファラオとして命じます。この国、この時代、この同盟を脅かす魔に制裁を!」

 彼女が直接手を下すのではない。

 クレオパトラはファラオとして、ただ命じるのみ。

暁の時を終える蛇よ、此処に(ウラエウス・アストラペ)!」

 召喚されたウラエウスたちが作り出した渦は、たちまち灼熱となった。

 羅刹の心臓を貫く。羅刹の目を焼く。羅刹の動きを封じ、それをメルトたちが狩る。

 何より、味方への攻撃を通さぬ防壁として、渦は機能している。

「ク、ソが――鬱陶しいんだよデブ野郎!」

「ふくよか、と言ってもらおう。我が身の繁栄は、即ちローマの繁栄ゆえな」

「それはどうなのでしょう……」

 ……カエサルの肉体についてはともかく、戦況は有利だ。

 このまま押し切れば、あの不死性でさえ――

「ッ、舐めるなァ!」

 いや、宝具の能力の限界か、その瞬間カエサルの連続攻撃が止んだ。

 その隙を的確に突き、遠く距離を取ったラーヴァナ。

 手に持つ剣には再び、眩い光が宿っている。

「フン、奴も死に物狂いか。良い、その執念、余が応じてくれる」

「いや――これを隙と見ねばラーヴァナは倒せぬ! 奴の不死性をここで断つ!」

 防御のために光を落とそうとしたオジマンディアスを言葉のみで制したラーマが前に出る。

 ラーヴァナの不死性を破る手段を、ラーマは有している。

 そう、原典においてあの不死性を破ったのは外でもない、この少年だ。

 当てなければならない。しかし、当然ラーヴァナも警戒しよう。

 必中の一撃でも油断は出来ない。絶対的な隙で、これを叩き込まねばならない。

 そしてその隙は、今だとラーマは踏んだ。

 ならば、任せるのみ。あのラーヴァナの宝具とぶつかり合うだろうラーマの切り札を、僕たちは信じるのみ――!

「いい度胸だラーマ! 二度もそんなモノで殺されるか! シータを助ける訳でもねえテメエが、オレに勝てるか!」

「余はそのために召喚された! 勝てずとも殺しきる! 貴様を討つためだけに磨いた、余の刃を以て!」

 互いの宝具(やいば)に魔力が込められる。

 それは、聖典の再現。

 この歪んだ時代における、極限の激突。

 ラーマとラーヴァナ。人と羅刹。この時代の戦いの帰趨を決定する、その瞬間――

 

羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)!」

 

破滅の月光(チャンドラハース)!」

 

 二つの真名が紐解かれる。

 満ちた光は宮殿を跡形もなく吹き飛ばし、周囲を更地へと変えた。

 僕たちを含め、全てを貫くべき光。

 しかし今、僕たちが無事なのは――同時に解放された宝具があるからこそ。

 持っていた剣に規格外の回転を加え、ラーマは投擲した。

 味方に向けられる光全てを切り裂いて、斬撃は標的へと奔っていく。

 見えた光景はそこまでだ。光が満ちる。全ての色が反転し、視界を取り戻すのに短くない時間が掛かった。

 それでも、生きている。

 僕たちは誰一人欠けず、立って、ここにいる。

「――まだ立つか、羅刹王」

 聞こえてきた最初の声は、ラーマのそんな一言だった。

 投擲した剣を再び右手に握り込み、悠然と立つ少年。

 対して、羅刹王ラーヴァナは――――光を失った剣を片手に、膝を付いていた。




カーミラ様はこれにて退場となります。お疲れ様でした。
戦闘特化ではないため、戦うとなれば割と一方的になります。
ところでFGOでのあの光弾って何なんですかね。

そしてラーヴァナ戦もいよいよ佳境。
二章もあと二、三話を予定しています。
次の更新も遅れるかもですが、ご了承を。

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