Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
バーサーカーと戦った日から間もなく、三人の王にそれは伝えられた。
それからの行動の早さは、流石王と言えよう。
バーサーカーは動きを見せない。
聖杯の使用を止めたらしく、反応を追えなくなってから二日。
示し合わせた、その日はやってきた。
『皆さん、もう少しです。あと五分ほどで、バビロンに到着します』
戦場に出向いていた数日である程度慣れたとは言え、スフィンクスの乗り心地は良くはない。
元より守護のための神獣であり、騎乗するためのものでないため仕方ないのだが……メルトの有する騎乗スキルが羨ましく感じる。
スフィンクスに乗っている時間は、今までとまったく変わらない。
だというのにいつもより疲れが目立つように感じるのは、共にいるだけで息が詰まるような同行者がいるからか。
「随分と振り回されているではないか。メルトリリスがいなければ十歩と保つまい」
「元々ハクには騎乗の経験はないもの。いきなりこんな神獣に乗れってのが無理な話よ」
現在進行形で聖骸布に巻かれ、メルトがいなければどうにもならない状況。
並走する、一際豪奢な装飾を施されたスフィンクスの上で、玉座に腰を下ろし足を組むオジマンディアスは平然としている。
彼の騎乗スキルは、ライダークラスに相応しいランクのようだ。
そのスフィンクスは特別なようで、揺れは控えめだが、それにしてもその上にゆったりと座る様の方が異質に見える。
決して、その荒さに振り回されるのがおかしいのではないと思いたい。
「ハク、厳しいようなら言ってちょうだい。速度を落とすわ」
「いや……問題ない。僕たちだけ遅れる訳にはいかないよ」
同じくして走っているスフィンクスは四頭。
僕とメルトのもの。オジマンディアスのもの。追従しているカルナのもの。そして――
「白斗殿、無理をなさらず。大事があれば困ります。我々も合わせればそれで良いのですから」
あの日から複合神殿の一室を借り受けた牛若だ。
戦いが終わり、拠点のなかった牛若に、神殿を拠点とすることを提案したところ、快く許諾してくれた。
彼女の助力は心強い。今後も力を貸してくれるとあらばありがたい。
……まあ、その旨をオジマンディアスに告げた際、
――貴方の陣営に属する訳ではありません。私に何かを命じたいのであれば、白斗殿を通されますよう。
臆面もなくそんなことを言ってのけたため、あわや大惨事となりかけたのだが。
タマモ・オルタが丸く収めてくれなければあの場が戦場となっていたかもしれない。
彼女もまたライダークラス。高い騎乗スキルにより、スフィンクスをいとも簡単に乗りこなしている。
「大丈夫だ、牛若。遅れたらオジマンディアスの印象も悪くなる」
「余は構わぬぞ。貴様たちが遅れるならば置いていくまでよ」
「……そういう訳だ。メルト、今の速度で構わない」
オジマンディアスは一人二人が遅れたところでそれを気に掛けるような王ではない。
この速度で付いていけなければ、それまでと判断するのだろう。
速度はこのままでも、落とされるようなものでもない。
少しくらいは、数日間の成果が出てきた、ということだろうか。
「ところでオジマンディアス。何故わざわざスフィンクスを起用した。お前が出向くならば太陽船の方が速いのではないか」
「船を使う程の事でもあるまい。それに、有事に備えてスフィンクスも数匹侍らせておくべきと判断したまでだ」
カルナの疑問は、オジマンディアスの持つ宝具についてだ。
固有結界『
そして空を翔ける船『
空を自在に移動し、光の柱で敵を灼き払う王を運ぶ船。
彼をライダー足らしめる宝具を使えば、地を駆けるスフィンクスとも比べ物にならない速度が出るだろう。
だが、彼は何らかの問題が起きる可能性も考慮し、この移動手段を選んだようだ。
太陽船は彼の意思で出現させることが可能だが、スフィンクスは神殿周辺に全てを出現させている。
強力無比な使い魔と言えど、あくまで彼らは神殿の守護獣なのだ。
「……あれか。廃都を会議の場に選ぶとは、征服王めも珍妙なことをする」
見えてきた都。
つい先日まで戦場だった王都は、バーサーカーの撤退によって奪還された。
魔獣発生の発端となっていた杯は持ち去られ、既にここは安全だ。
復興には時間が掛かるだろうが、要所のみの限定的な回復は素早かった。
相変わらず内部には人気はない。戦っていた戦士たちも、今は大半がそれぞれの領に撤退している。
ただ、“その場所”の周囲だけは例外だった。
「オジマンディアス殿の一行ですな。よくぞいらっしゃいました」
スフィンクスから降り、離れた広場に待機させ指定された場所に赴くと、歩み寄ってくる者がいた。
その場所を守るように居並ぶ者たちの中でも屈指の実力者であると一目で分かる男性だった。
尋常ならざる筋肉の塊。簡素ながら堅実な作りの槍と盾を持ち、素顔を巨大なトサカの付いた兜で隠した戦装束の男。
サーヴァントだ。僅かに警戒するが、相手にまったく敵意はない。
「貴方は?」
「レオニダス。かつてスパルタを統べた身ではありますが、此度はこの時代の守護者として召喚を受けました」
その外見とは裏腹に、礼儀正しく頭を下げながらサーヴァントは名乗ってくる。
レオニダス一世。テルモピュライの戦いで名を馳せた、スパルタ国の王。
脳筋であったスパルタの兵士を纏め上げ、決して勝てぬ戦いに果敢に挑んだ守護の英雄だ。
十万のペルシャ軍を相手に、たった三百人で挑み、熱き門テルモピュライを守り抜く。
その偉業を以てして英霊となった彼もまた、召喚を受けてくれたのだ。
「して、何処の者だ? マケドニアか、ローマか」
「マケドニアの客将として席を預かっております。今はこんな風にこの寺院の門衛をしていますがね」
はち切れんばかりの胸を張って、槍で地面を叩くレオニダス。
なるほど。守勢に秀でたサーヴァントのため、この場の守りを任されたということか。
「まあ、魔獣共ならまだしも貴方たちを止める理由はありません。どうぞお入りください」
道を開けるレオニダスの横を、堂々とオジマンディアスは歩いていく。
レオニダスの他に、門衛を担当しているだろう周囲の兵士たちに目を向けることもない。
その後ろを追従していくカルナ。
どちらも、目の前の建造物に萎縮した様子はない。
「……ハク?」
「どうしました。行きましょう」
「ああ――」
その場所は、此度、王が集う場所として選ばれた寺院。
最古の神霊を祀る神殿。
エサギラ寺院。
イスカンダルが修復させた、神霊マルドゥークを祀る神殿である。
この神殿で此度行われるのは、共同戦線の延長と更なる会議。
魔獣の脅威は一度過ぎ去ったが、その首領たるサーヴァントの存在が判明した。
あの強大なるバーサーカー。特異点発生の一要因たるあのサーヴァントをどうするか。
彼女を討伐する為の作戦を話し合う、バビロン会議である。
「やあ、待ってたよハクト」
寺院の中に入るなり、カリオストロが僕たちを迎えた。
彼はローマ領に属する者ではあったが、今回の会議に差し当たり会場の準備を行っていたのだ。
「壮健そうだな。通信では細かな状態までは分からぬもの。無事なようなら何よりだ」
キャスターもまた健在だ。
彼女もカリオストロ同様、昨日からエサギラ寺院にいる。
正体までは分からないものの、先日見せた特殊な能力がなければ、バーサーカーを見つけ出すことも出来なかった。
ステータスは低いが、あの特殊性が彼女がサーヴァントたる所以なのだろう。
「貴様らがハクトと同じくこの時代に下りた者共か。……ふむ、何と珍妙な面構えだ」
「カリオストロ・エルトナム・アトラシアです。以後、お見知りおきを――ファラオ・オジマンディアス」
仰々しく、深々と一礼するカリオストロ。
どうにも胡散臭いという印象を受けるが、しかし不思議と様になっている。
そこにあるのは、紛れもない敬意だった。
「初めて会い見える身で余の名を呼ぶ不敬はその功績に免じ不問としよう。して、貴様は――」
カリオストロに向けていた視線をキャスターに動かす。
オジマンディアスの表情が、その瞬間、怪訝なものへと変わった。
「……なるほど。その不相応な神秘……我らの加護を宿した者か」
「如何にも。我が絶対なる勝利、それに汝らの祝福が関与していなかったとは言わぬ」
カリオストロに対し、キャスターはオジマンディアスと対等な態度を取っている。
物怖じする様子を見せないキャスターに、オジマンディアスは不機嫌さを隠さない。
だが同時に、その表情からは別の何かも感じられた。
「良い。気難しい神に気に入られたのは貴様の真髄。それを否定はせん」
「まあ、否定されても困るのだがな。では、会場へ案内しよう。付いてくるがいい」
オジマンディアスの物言いに肩を竦めると、キャスターは踵を返し寺院の奥へと歩いていく。
寺院内部に存在する、一際大きな広場。
会議の場と定められたそこには、既に先客がいた。
「おう、太陽王か。久方ぶりだのう」
「二度と見えまいと思ったが、随分と再会は早かったな、征服王?」
イスカンダルと、その一行。
置かれた巨大な円卓に備え付けられた、三つの椅子。
その一つに座る征服王は、片手を軽く上げて笑いかけてきた。
「お父さま、お母さま」
その後ろに控えていたカレンが歩み寄ってくる。
毎夜連絡は取っているものの、こうして会うのは久しぶりだ。
傍まで来た彼女の頭に手を置くと、表情の乏しい目を細めて受け入れる。
「カレン、怪我は……ないわね」
「はい。お母さまたちと違い、戦線に出ることはなかったので」
凛とそのサーヴァント、孔明もまた、イスカンダルの後ろに控えている。
二人は此方を一瞥するのみ――あくまでも、イスカンダルの家臣然としている。
残るはカレンのサーヴァント――ゲートキーパーとラーマ。
ゲートキーパーは相変わらず悠然と、子供らしからぬ余裕の態度で壁に体を預けている。
そして、ラーマ。彼は戦場では見たこともない、極めて難しい表情で、俯いていた。
その理由を問える空気ではない。だが、彼をして相当の問題に直面していることは明らかだ。
「ふむ。征服王、ローマの者共はどうした」
「間もなくではないか? このような場で欠席する男でもあるまいて」
オジマンディアスは椅子の一つに腰かけ、残った一つを眺めながら言う。
カリオストロは昨日からこの寺院にいるため、ローマの代表の動向は分からない。
まあ、予定の時間にはまだ余裕がある。問題は起きていないと思うが。
僕たちが辿り着いて十数分と経過した頃。
扉が開かれ、二人のサーヴァントが入室した。
「遅れて申し訳ない。ローマ代表を神祖ロムルスより一任され、参上した。ガイウス・ユリウス・カエサルである」
「――――」
「――――」
「――――」
その場の誰も――正確にはカリオストロとキャスターを除く――が、絶句した。
何らかの理由でローマ領の長たるロムルスがこの場に来れなかったとして。
その代理を務めるならば、そのサーヴァントが名乗った名を持つ者は相応しいだろう。
ガイウス・ユリウス・カエサル。古代ローマ最大の英雄。
ローマにおける帝政の基盤を作った将軍であり統治者。
ガリア戦争やブリタニア遠征など、その逸話は尽きない。
大英雄として認知されている彼は、ローマに属してもおかしくはない。
では何故、僕たちは言葉を失ったのか。
到底想像などつくまい。
大英雄カエサルがこうも見事に、丸々と太っているなどと。
「む? 揃いも揃って如何した? 目の前で天変地異でも起きたような顔をしているが」
「カエサル様……まず間違いなく、貴方様のお体についてだと思いますが……」
その衝撃の理由に一切気付いていない本人に、眉間に指を置きながら申告する、同行者の女性。
腹が押し上げる、赤く派手な衣装のカエサルを目立たせるように、黒と白が基調の近代的な服装に身を包んでいる。
長い黒髪と大人びた顔つきが生む妖艶な雰囲気は、カエサルによって絶賛台無しになっている。
「――クレオパトラか。となると、その男はやはりそうなのだな」
「はい。お久しぶりです、オジマンディアス様。ええ――間違いなく、このお方はカエサル様ですわ」
「半信半疑であったか。では改めて。私はローマ将軍カエサル。そして――」
「カエサル様の補佐として参上しました。クレオパトラ七世フィロパトルと申します。二国の面々にあっては、オジマンディアス様、そしてカルナ以外の方とは初対面ですね」
優雅に一礼する女性。どうやら、オジマンディアスとカルナとは面識があるらしい。
クレオパトラ七世。言わずと知れた、世界三大美女の一角。
その手腕によって古代エジプトを経済国家として発展させた才女。
カエサルとの恋に落ちたものの、結末は悲劇に終わった女帝。
そんな彼女が縁を持つのは、ローマとエジプトだけではない。
「クレオパトラとな。プトレマイオスの奴が始めた王朝の終焉か。なるほど、噂に違わぬ美女ではないか」
「お褒めに与り光栄です、プトレマイオス朝の祖イスカンダル様。貴方様のような偉大な方が開かれた王朝に終焉を招いたこと、申し開きも――」
「よいよい。それは抗えぬ時勢、そうなるべき運命であったというだけのこと。悔やむのは馬鹿馬鹿しいぞ?」
そう――プトレマイオス朝はイスカンダルとその家臣によって始まった王朝。
征服王もまた、クレオパトラにとっては畏敬の対象なのだろう。
彼の成果、栄光に瑕を付けたこと。それはクレオパトラにとって、どうしようもない後悔だろう。
だが、イスカンダルは気にした様子もない。重大なる出来事をまるでそよ風であるかのように、笑い飛ばした。
豪胆な王だ。多くの国、多くの勇者が彼に魅せられたのも頷ける。
「それで、ローマ将軍カエサルよ。建国王の奴めはどうした。度々よく分からんことを口走る奴だが、不調を来たすようなヤワな男でもあるまい」
「少々……我らがローマ領の事情が動きましてな。征服王イスカンダル、太陽王オジマンディアス。お二人におかれては、どうぞ容赦をいただきたい」
何か事情があるのは間違いない。
カリオストロも怪訝な表情だ。彼がこのエサギラ寺院に来てから、何かがあったのか。
「まあ、貴様が建国王めの副官でありローマ軍を動かせる男であるならば問題はあるまい。席に着くがいいカエサル」
とは言え、ロムルスの到着を待つ王たちでもない。
オジマンディアスの許可によってカエサルが席に着くと、会議は始まった。
「さて――報告にあったバーサーカー。そ奴が魔獣共の首魁であることが判明した訳だが……」
「戦力の真髄も見せず、真名も露見せず、か。小賢しい。――サクラ!」
『へ!? な、なんでしょうか!』
「バーサーカーの姿をこの場に映せ。そのような魔術なり何なり、あるのだろう」
『はい、今すぐ! ……何かもう、慣れましたね。オジマンディアスさんから指示されるのも』
ぶつぶつと言いながらも、サクラは迅速にバーサーカーの姿を映写した。
多数の剣を一度に操り、命に至る傷を受けてもものともしない狂人。
その姿を見るや否や、オジマンディアスは眉根を寄せ不快感を露にした。
「なんとまあ、醜悪な姿よ。秩序もない魔獣共を統べるに相応しいわ」
「――――ッ」
不快感のみを押し出すオジマンディアスと違い、イスカンダルはその姿を注視している。
そして、息を呑む者が一人。
「……む? どうしたコサラの王。貴様もまた王の一人。発言しても良いのだぞ?」
それに気付いたイスカンダルが発言を促す。
ラーマは――その顔に、嫌悪の表情を浮かべていた。
「……奴の真名。余は知っている」
瞠目する僕たちを見渡し、ラーマはもう一度、口を開く。
「人と道を同じく出来ぬ混沌の化生。死しても死なぬ狂人。報告を聞いた時からまさかとは思っていたのだ。だがその姿、やはり間違いはない」
姿さえ見たことがない英霊の正体。
それをラーマが知っているという事実。
彼が嫌悪を覚える程の理由。そして――思えばバーサーカーの撤退は、ラーマの名を聞いた直後ではなかったか。
繋がった。これらの情報があれば、バーサーカーの真名も憶測がつく。
「奴こそは、余が余として生まれた理由。我が宿敵、我が怨敵。神をも凌駕する
英雄ラーマ。一人の大魔の傲慢が世界を支配せんとした時代、神々の訴えを聞き入れた大神ヴィシュヌが神を忘れ転生した姿。
ラーマの妃シータを攫い、彼が生涯を賭して戦うことになった最大の宿敵。
大魔の名は――
「ランカーの支配者、十の意識の集合体。
バーサーカーの真名が判明しました。
ラーマの宿敵、羅刹王ことラーヴァナです。
なんで女なんだって、いつもの事なのでやっちまいました。女体化やってみたかったんです。
そしてカエサルとクレオパトラ、守護者レオニダスも参戦。
ローマが何やら怪しい雰囲気ですが、さて。
そういえば何気に今特異点初のマスター全員集合ですね。