Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
剣を一つ手放し、左手に杯を持つバーサーカー。
だが、それで手数が落ちるということはない。
浮遊する剣は合計六本。人には決して不可能な手数を、バーサーカーはその異能によって実現させている。
「さあて、どうするかなあ。不意打ちもダメだったしぃ……本気出しちゃってもいいかなあ」
「……今までものが本気ではないと?」
「当然でしょう? アタシを倒せるのはセカイでたった一人だけ。キミたちが幾ら集まって、幾ら力を合わせても、アタシは倒せないわ」
そんな概念防御があるならばともかく、一サーヴァントがそれだけの力を持つとは考えにくい。
蘇生の能力を持つとしても、必ず回数の制限なり、突破の手段なりが存在する筈だ。
「随分余裕じゃない。この戦場にはまだサーヴァントが多くいるわよ?」
「ハッ、だったら全員相手取るまでだ。オレに勝てるってんなら、御託じゃなくて力で示してみやがれ!」
クー・フーリンが加わったことは非常に大きい。
不向きなキャスタークラスとはいえ、その力は圧倒的だ。
それに、このバーサーカーの魔力を察知すれば、やってくるサーヴァントもいるかもしれない。
『皆さん、その場にラーマさんが向かっています。彼が加われば、きっと打倒も叶います!』
「よし……なら、それまで持ちこたえよう。頼む、皆」
ラーマ――インドの叙事詩に伝わる最大の英雄。
彼は紛れもなく、最強クラスのサーヴァントだ。
きっとバーサーカーにも匹敵、或いは、凌駕する戦闘能力を持つだろう。
ここ数日で見たのは、あくまで彼の一端だ。神話に語られる力をまだ、ラーマは秘めていよう。
「おうよ、ラーマの奴が来るのを待つまでもねえ。アイツが七面倒なのは十分理解した。ちょっとばかり、オレも上げていくか」
「…………いや。ここまでだ」
クー・フーリンが杖を構え直すが――それを待たず、バーサーカーの剣が下ろされた。
「え……?」
「確かに、そうだな。慢心しちゃあならねえ。このサカズキの調子も万全とは言えない以上、先にコッチからだ」
それは唐突な、撤退の宣言だった。
どういう心境の変化なのか。バーサーカーにそれを聞いて答えが返ってくる筈もないが……。
「この期に及んで逃がすと思うか? この辺一帯は既にオレの陣地。張っているルーンは一つ二つじゃねえぞ」
「ヒヒ。まさかとは思ったがそのルーンとやら、向いてねえな? アンタ」
「……何?」
「――どうだったかしら、ハサンちゃん?」
幾度めか、数えるのも馬鹿馬鹿しくなった性質の変化。
その口から発された名前を聞いて、背筋に冷たいものが走った。
死角から現れ、バーサーカーの傍に降り立つ黒い影。
鮮やかな紫の髪。褐色の肌。しなやかな肢体。肌に張り付くような、黒い装束。
髪の先から指の先、つま先まで、その体全てが人を惹き魅了するために存在するかのような、官能の人形。
そして、その人物の役割を如実に表す、顔を覆う髑髏の面。
「周囲のルーンは九割がた解除しました。少なくとも逃走の邪魔となる攻撃の性質を持ったものは存在しません」
「うん、いい子いい子。流石はアサシンねぇ」
猫なで声で称賛するバーサーカー。髑髏の少女は「はい」と短く答え、小さく頭を下げている。
「……ハサン・サッバーハ」
その少女は、正しく死神だった。
流れる冷や汗は、紛れもなく、恐怖から来たものだっただろう。
僕は、あの少女に一度殺された。誰の助けもなければ、あの死から逃れることは出来なかった。
誰よりも鮮烈に、何よりも濃厚に、僕に死の色を刻んだのは――
――聖杯戦争で戦った暗殺者でも、
――あの一夜を弄び、この首に手を掛けた魔性の女でもなく、
アサシンの名を世界に残した教団の長たる、あの少女なのだ。
「……っ」
少女の顔が、此方に向けられる。
仮面の奥からくぐもった声が漏れると同時、その足が一歩下がった。
「生き……てる……?」
それは、余程想定外であったことなのだろう。
震える声は、驚愕を隠さない。
だが事実、彼女が手を掛けた獲物は、今、ここに生きている。
「そんな、なんで……」
「んん……? ハサンちゃん、ボーヤは知り合い?」
「い、いえ……私、は……」
そうか。静謐と呼ばれるハサン・サッバーハは、三国の何処に所属するサーヴァントでもない。
かといって、単独で無秩序に暗殺を続けるサーヴァントでもなく。
あのバーサーカーに仕えていたのだ。
「……そう。その女までそっちにいるって事は――どうやら、どこまでも私の敵ってことね」
そのアサシンとバーサーカーの関係を確信した瞬間、メルトの彼女への感情は確定した。
「はー……なるほど。なんかあったワケだ。うん、後で聞かせてもらおうか」
「ッ……あ、の……」
「オレの手駒は四騎。それと……ああ、こっちはヒミツでいいか。そしてこのサカズキが生み出す魔獣共がオレの今回の軍勢だ。相手してやるよ、ニンゲン共」
何か言おうとしていたハサンを気に留めず、言葉を早々に切り上げ、バーサーカーは再び此方に目を向けた。
魔獣は……あの杯が生み出したものだったのか。
恐らくそれは、バーサーカーが操ったがゆえのこと。
ならば、杯が本調子ではないということは好機、というより、本調子にさせてしまってはどうなるか分からない。
彼女が配下に置いたサーヴァントは気になるものの、周囲に反応はない。ハサンが増えただけならば、まだ対応も可能だ。
逃がすものか。このまま攻め切ろうと、指示を出そうとしたその時だった。
「――それじゃ逃げるんで。ヨロシク、アルジュナ君」
「……――――な」
『ッ、前方右側、膨大な魔力が超速で接近! ――クー・フーリンさん!』
「チッ……!」
その名は、状況からしてバーサーカーの配下たる者の名だった。
しかし、あり得ない。それは、あってはならないことだ。
その名を持つ英霊は、僕の記憶が正しいならば、決してあの悪鬼に与する存在ではない。
クー・フーリンがサクラの警告を聞き、体を捩る。
凄まじい風圧を伴い、何かが僕たちの横をすり抜けていった。
警告から三秒と立たないうちに、後方で何かは爆発し、炎と魔力を迸らせる。
「あれは……!」
安全な場所にまで避難し、見てみれば既にバーサーカーとハサンの姿はなく。
代わりに、白き英霊が屹立していた。
「……」
「……まさか」
メルトでさえ、心底からの驚愕を隠せない。
召喚された年齢の違いか。以前と姿は違えども、その雰囲気を見違えよう筈もない。
助けられた。月の裏側において、僕たちは彼に窮地を救われたのだ。
「あれは――マズいね。さっきのバーサーカーより面倒かもだ」
「……神話の大英雄か。よもや、相対しただけでここまで差を歴然と感じるとは」
「並みの存在であれば、英霊の束であろうと歯牙にもかけぬでしょう。……あらゆる神話を紐解いても、兄上を超える弓取りなどおらぬと思っていましたが、まさか」
「ランサーならまだしも、キャスターだとオレでも厳しいかもな。アーチャーとしては五指に入るだろうよ、ありゃあ」
誰しもが掛け値なしに評価するその英霊。
清廉潔白を証明するような、白い衣装。
その白さを目立たせる、褐色の肌。
大人しい黒髪は、僕たちが知る姿とは明確に違った。
手に握りこまれた、黄金で装飾された白い弓の弦は、彼の魔力によって青い魔力を溢している。
「……アル、ジュナ」
「初めまして。我が名はアルジュナ。此度はかの魔王の召喚を受け、現界しました。必然、貴方がたとは敵となりましょう」
マハーバーラタにおいて、中心人物として語られ勝利者として名を残した、ラーマに並ぶインドの大英雄。
カルナを生涯の天敵と定め、これを討ち取った、施しの英雄と対比される授かりの英雄。
世界の全てに愛された、インドラの子――。
彼は規格外のサーヴァントだ。クー・フーリンの言葉の通り、アーチャーとして指折りの力を持つだろう。
「ふむ……なるほど。歴戦の英霊にそのマスター――何れも一筋縄では行かぬ存在のようだ。油断も加減もしませんゆえ、ご覚悟を」
「っ……」
以前の彼と、本格的な戦いになったことはない。
どこまでも彼は、己のマスターのために動き、救済を齎す善の英霊だった。
ゆえに、信じがたい。
神代の魔獣を召喚し、この時代の新たな勢力となったバーサーカー。
悪に属する彼女に、アルジュナが加担するなど。
「何でしょう。貴方が私を見る目は、他とは違う。警戒、敵意とは違う……困惑ですか」
当然のように、アルジュナは僕の心情を見抜いた。
「……アルジュナ。貴方は、バーサーカーの目的を知っているのか?」
「ええ。大魔らしい、悪辣な目的でした。それが何か」
「その悪辣な目的に加担することに、抵抗はないのか?」
「――ハク」
サーヴァントとは、そうあるもの。
メルトに諭されずとも、それは理解している。
だが、アルジュナはこの上なき善の英霊である筈だ。事実、そういう存在だったのだ。
「……特に、何も」
しかし――逡巡する様子さえなく、アルジュナは毅然と答えた。
「確かにあのバーサーカーは人と相容れぬ巨悪でしょう。ですが、それは私が排斥する理由にはなりません。それがバーサーカーにとっての善であるならば、私は応じましょう」
「……だけど」
マスターの立場に従い、敵対したこともあった。
それでも、アルジュナは秩序に立ち、善を勧める存在だった。
だからこそ、暗がりに在ったマスターを外へと連れ出し、希望を見出させることが出来たのだ。
あのバーサーカーはアルジュナが手を貸すに足る存在か。そうは――見えない。
アルジュナの人を見る観察眼は僕では到底及ばない。僕では分からない、バーサーカーの善性は存在するかもしれない。
だが……。
「――貴方は、優しい人間だ。いや、幼いというべきか。頑ななのは意思だけで、その心は童にも等しい。覚えておくといい、敵に対して優しさを抱くのは愚かでしかないのです」
「その通り。白斗殿、あの者の言は正しい。敵に情を抱いては、いつか足下をすくわれます」
「……これを忠告とし、その幼き心に刻んでおくとよろしい。私を案ずることは不要ですが、その情に免じ此度は戦わず見逃しましょう」
ガウェインと敵として相対したように。
アルジュナもまた、敵対は逃れられないのだろうか。
律儀に小さく頭を下げ、アルジュナは撤退していく。
『バーサーカーの反応、周囲にはありません。既に遠くへ退避しているようです。杯の反応は追えますが……』
「……いや。アルジュナの他にもまだ英霊がいるとなると、不安がある。バーサーカーは杯から離れないだろうし、一先ず反応さえ追えればいい」
本当に、戦うしかないならば。
アルジュナの聖人が如き性質が、バーサーカーに与すると判断したならば。
敵として、打ち倒すしかない。
トップクラスのアーチャーだ。どんなサーヴァントであろうとも、苦戦は必至だろう。
だが、僕にはメルトがいる。そして、この特異点には多くの強者がいる。
その中に、アルジュナと同等の英霊だって存在する。
この特異点に在る異変の一端、魔獣の発生にバーサーカーが関与している以上、彼女は絶対に倒さなければならない。
在る筈のない三国戦争の原因は見つからないまでも、これは解決のために必要な一歩なのだ。
だからこそ、慎重に。
「よし……一つ、手を打とう」
「何か策が?」
「ああ。カリオストロ、君にも手伝ってもらいたい。サクラ、カレンと凛に繋いでもらえる?」
『はい。少し待っていてください……』
これが、通常の人間だけしかいなければ、どうにもならなかった。
英霊たちがいるといえど、その精神や方針はそれぞれ異なる。
しかし、キャメロットでアルトリアの下に多くの英霊が集まったように。
今回もまた、英霊たちは三人の王によって統率されている。
出現する理由も分からないままに魔物と戦っていた状況から、今日確かに進展した。
ならばそれを無駄にしてはならない。
『紫藤さん、二人に繋ぎました。どうぞ』
『――お父さま? どうかしましたか?』
『何かしら、ハクト君』
今、この戦場にはいない二人――マケドニア領にいるカレンと凛。
そして、ローマ領に属するカリオストロに策を話す。
三国の現在が共闘関係であるならば、不可能ではない。
異なる時代。異なる国。だが、目的が合致している。
打倒しなければならない脅威は明確になった。ならば――一時の共闘関係もまた、進展するべきだ。
バーサーカー戦はひとまずここまで。そしてアルジュナの登場です。
オリ鯖であったCCC編とは違い、GO編ではFGOにて登場する公式のアルジュナとなります。
また、静謐のハサンもバーサーカーの配下。残る二人と合わせて四人がバーサーカーに付いています。