Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
「――――AAAALaLaLaLaLaieッ!」
奔る雷霆と地を削る車輪の轟音が響き渡る。
神牛の蹄に掛かれば決して生き残ることなど出来ないだろう。
だが、その影は素早い動きで蹂躙から逃れ、退避する。
必然的に晒さざるを得ない隙。そこを――
「メルト!」
「ええ――!」
一筋の流星たるメルトが貫く。
核を失い、霧散していくシャドウ・サーヴァント。
これで五体。あの日から、英霊の形だけを持った影は毎日出現していた。
この戦場で戦いはじめ、四日が経つ。日に日に数は増えているものの、真の英霊と比べれば大したことはない。何より――
「白斗殿、真後ろ! そこを動かれるな――!」
傍を通り抜けていく疾風。
いつの間にか背後に忍び寄っていた影を、刀の一振りで両断する少女。
「助かった、牛若」
「いえ、お気になさらず。昨日の恩返しと思ってください」
戦場にあるとは思えない、屈託のない笑顔で返してくる彼女は、正真正銘の英霊だ。
幼さを残す顔立ちからは決して想像できない、武芸の達人。
地に付かんばかりの長い黒髪は左側で一つに結われ、大人しげな顔つきも相まって貴人を思わせる。
だが、彼女は美を誇る者ではない。れっきとした戦士である。
それを何よりも証明しているのが、右手に握りこまれた刀と、纏う鎧。
ただし――その鎧は、一部だけ。守る部位を極限まで削ぎ落とした――そういう、戦略的なものだと思いたい――身軽な武装。
要所以外は肌を晒し何も着用しない異装。恐らく、いや、確実に彼女の時代でも相応しいものではあるまい。
彼女はこの四日の間に召喚されたサーヴァントだ。
この戦場で出会い、共闘したことがきっかけで、それからは互いに助け助けられる仲になっている。
真名を、牛若丸。日本においてその名を知らぬ者はいないという程に有名な武将、源義経の幼名。
幼いながらも、その天賦の才は凄まじかった。同じくこの時代に召喚された大英雄たちにも決して引けを取っていない。
「ハク、無事?」
「ああ。牛若のおかげで」
「そう――悪いわね」
「こうした混戦の場では一瞬の隙を突かれやすいもの。貴方がたは軍勢を動員した戦は不慣れとお見受けします。全方に十分なご注意を」
召喚を受けた彼女の年齢は、確かに幼い。
だがそれであっても、心得や兵法は完成されている。
メルトは一流サーヴァントをも凌駕する力を有しているが、多対一の戦いに慣れている訳ではない。
こうした場数は、牛若の方が遥かに多い。
「うぅむ。余の獲物とする筈がしてやられたか。しかしそこの英霊、見かけによらず達者な奴よ。どうだ、余の国の将とならんか?」
「なるほど、豪胆な王だ。ほんの僅かですが、兄上に似ています。ですが仕えることは出来ません。白斗殿への義理も果たし終えていないゆえ、諦められよ」
義理、とはいうが、此方がした事など大したものではない。
僕の方が助けられていると言ってもいい。メルトは一人で十二分に戦えるが、僕自身は半人前。
先程のように、メルトが僅かに離れた隙を狙われたことも一度や二度ではない。
その度に、牛若に助けられているのだ。
「……待遇は応相談だが?」
「見返りを求めては真の忠義とは言いますまい。金銭も宝も、私は求めません」
指で輪を作って迫るイスカンダルの勧誘を、牛若丸は悩むこともなく切って捨てた。
「これは残念。ではせめてこの共同戦線の場で、その力量を見極めてやるとしよう。いずれ敵となるならば一騎当千の英霊はこの上ない脅威となろうよ」
不敵に笑ったイスカンダルは神牛に鞭を打ち、戦車を走らせる。
最前線に立って魔獣を轢き殺しつつ、兵たちに指示を出すイスカンダル。
現在ラーマはこの中心部から離れ、後衛を指揮している。
複数の英霊が集い、魔獣やシャドウ・サーヴァントを討伐する共同戦線。
少し離れた場所でクー・フーリンはルーンによる炎をばら撒きながらも荒々しく指示を出している。
そして、ここにいるのは彼らや牛若丸だけではない。マケドニアやエジプトの領に属するサーヴァントがここにいるように、ローマに属する英霊もまた、最前線で戦っている。
「ォォォォォオオオオオオオオオオオッ! 砕け! 引き裂け! 千切り、奪い、犯し、貪、り……っ! 余にっ、捧げ、よ!」
悍ましく、力強く、苛烈に。武器を使わずその手足で魔獣を粉砕するサーヴァント。
金の鎧に赤い外套。それらが包む硬い肉体は血に濡れ、それで動きを鈍らせることなく、より苛烈さを増していく。
男は狂喜に満ちた表情で魔獣を二つに引き裂きながら、指示ならぬ指示を叫ぶ。
「進め! 進、め! 余の、愛す、愛……愛、した……ローマ市民、よ! 全てを、捧げよ! 余に! 女神、に!」
「おおおおおおおおおお――――!」
「三代皇帝に続け! 我らが狂将、神祖の子たるカリギュラ陛下に!」
狂ったように、しかし人と魔獣を区別し異形のモノのみを蹂躙する兵たち。
それを統率するのは、精神性の殆どを喪失した「狂える皇帝」である。
「……相変わらず、煩い陣営ね。ローマ領もなんでアレを最前線に置いているのかしら」
「さあ……? でも、事実士気も上がっているみたいだ」
「バーサーカーゆえ、先頭で暴れるのが一番有効な使い道なのでしょう」
ただひたすらに暴れていたサーヴァントは、此方に目を向けた瞬間――唐突に動きを止めた。
メルトが一歩後ずさる。
ふらふらと、しかししっかりと大地を踏みしめながら、サーヴァントはゆっくりと歩み寄ってくる。
「……女神。女神、ディアーナ……またも余は、巡り合えた。英霊の、身となって……からは、日毎夜毎に……」
「
サーヴァント・バーサーカー。
名君の栄光を翳らせ、暴君と化したローマ帝国第三代皇帝たるカリギュラ。
善政を敷いていた輝かしき日々を突如として曇らせ、月――狂気の輝きのみで帝国を支配した暴虐の皇帝。
月の女神ディアーナの寵愛を受けたがために狂気に堕ちた悪名高い暴君は、ローマの将軍として戦っている。
ところが、メルトと出会った――出会ってしまった時からどうにも、彼の様子がおかしい。
「おお……しかし、その威光。紛れも、なく……女神の、もの……」
「……カリギュラ。まだ辺りに魔獣が残ってる。悪いけど、また後で……」
「っ……女神の、伴侶。言葉を、受けた――我が身に、加護を。オオオオオオオオオ! 殺す、殺すぅぅぅううううう!」
再び暴れだすカリギュラ。落ち着いているかと思えば、何が発端で暴れ始めるか分かったものではない。
ディアーナと同一視される月女神アルテミスがメルトに組み込まれているとはいえ、その存在を混同してしまっているとは。
「ああいう信仰は向けられても迷惑よ……肌が荒れるわ」
「……そういうものなのか?」
「気持ちの問題よ。さて、サクラ。辺りにシャドウ・サーヴァントの反応は?」
『ありません。ですが、ローマ領方面……すぐ近くに、カリオストロさんがいます』
――カリオストロ。現在はローマ領に属する、僕と同じくこの時代に降りたマスターだ。
毎夜連絡を取り合い、情報を交換しているが、彼のサーヴァントはキャスターであり、およそ戦闘には向いていないらしい。
凛のサーヴァントも同じく。そして、カレンのサーヴァントは前線に出る気がないとのこと。
よって三人とも、戦場に出てくることはないと言っていたが……。
合流しておこう。魔獣への対応が出来ないというならば、此処は危険すぎる。
「やあやあ! 久しぶり……いや、通信では昨夜ぶりかな。ハクトにメルト……それから?」
魔獣と兵士で混沌とした戦場を悠々と、カリオストロは歩いてきた。
宝石を散りばめた礼装を着込んだ、貴族でも異質と言えるその姿は戦場においてはまるで別世界の住人だった。
いや、紛れもなく、このマスターは別世界――遥か未来の人間なのだが。
少年は牛若に、微笑を浮かべながら問いかける。
「牛若丸と申します。貴方が、話に聞く時代を救うマスターですか」
「そうだよ。カリオストロだ。ハクトに協力するサーヴァントか。敵じゃないなら、よろしく」
「……貴方、サーヴァントを実体化もさせずにこんなところで何してるのよ」
サーヴァントとは到底戦えないマスターであるカリオストロが、単身でこの戦場を歩いているという異質。
メルトが指摘すると、困り顔で頭を掻きながら少年は言う。
「いやあ、僕のサーヴァントは戦闘ではまるで役に立たないからね。まだ僕が不慣れな格闘でもした方がマシなくらいに。それに兵たちの影に隠れながらなら此処まで来るのも結構楽だったよ」
カリオストロのサーヴァント……確か、キャスターのクラスだったか。
確かにキャスターは魔術を主体としたクラスであり、その神髄は基本的に陣地を敷いた上での拠点防衛だ。
例外は当然、存在する。それに戦闘に一切向いていないキャスターも知っている。
しかし、それならば何故……。
「それに。僕もローマで何もせずふんぞり返っているだけって訳にはいかないだろう? 少しばかり、この場で手伝えるかもと思ってね」
「……と言うと?」
「サクラ、この戦場に聖杯に近しい反応があるって言っていたね」
『はい。しかし、位置が未だ判然としていなくて……』
「そりゃあ凄い。流石、神代の隠蔽技術だ」
さも分かり切ったように、カリオストロは感心する。
まさか、その反応の位置が分かるのか?
「大体場所は分かる。護衛を頼めるかな?」
「……分かった。連れて行ってくれ」
先導するように歩き出すカリオストロは、格好の獲物に見えるだろう。
大挙して押し寄せてくる魔獣を蹴散らしつつ、中心部へ向かっていく。
「そもそも、バビロンはこの大国の王都であった場所……だけどそれより遥か古代に、かの王の統治下だった都市だ」
歩きながら、カリオストロは説明を始める。
「ありとあらゆる宝物を集めた蒐集家。その宝物庫は己の国だけに留まらず、周囲の都市の地下にまで広がった――」
そんな話をしながら、どれくらい歩いただろうか。
倒した魔獣の数を数えるのも馬鹿らしくなった頃。
魔獣が見当たらないくらいで他に目立つようなものもない、廃墟のど真ん中でカリオストロは立ち止まった。
「当然、このバビロンにもね。ここがその宝物庫の入り口。世界最古であり最高位の蔵の一端が、此処にある」
「何も、ないようですが?」
「それを開くのが、僕のサーヴァントだ。キャスター」
そうした宝物庫があったことは、知っている。
それがこの都市にまで広がっている――それは予想外ではあったが、あり得ぬ話ではないだろう。
何もないように見えて、ここには確かに扉があるらしい。
クラスを呼ぶ。現れたのは、幼さを残す少女だった。
「……まったく。慣れぬ仕事を幾度もさせるでない。それもかの王の宝物庫などと……」
黄金と白銀。豪奢なドレスの上に緋色のマントを纏った、一目で貴族と分かる姿。
絹糸のように細く、淡く輝く金の長髪はその根元から先端に至るまで余さず手入れされている。
身長は女性としては高く、僕と同等――いや、靴が厚底だ。派手な装飾で自然に見えるが、あの底は……二十センチはあるかもしれない。
グレーの双眸は不機嫌そうにマスターを睨みつけている。
彼女が、カリオストロのサーヴァントか。
「それに特化したサーヴァントだろう? これでも、僕は君を信頼してるんだ」
「よくもまあ、そんな真摯な瞳で法螺を吹けるものだ。まるで道化よな。仕方あるまい、此度の余はサーヴァント。その戯言に乗ってやる」
その小さな手が、何もない前方に伸ばされる。
「それにしても都合の良い場所よ。エジプトの太陽王、ローマに在る最後の女王、それに、偉大なる征服王。ファラオの目のある場所でこんなモノを使えばどうなるか……」
ここからは聞こえないほどに小さな呟きを漏らしつつも、キャスターは十指を動かす。
魔力が糸の如く伸び、虚空に消えていく。
「どうだい? キャスター」
「末端なのが幸いしたな。この程度ならば真名解放も不要だ。……朽ち果てた神々よ。我が可能性を、原初を開く鍵と成せ」
瞬間、何もなかったその場が開き、暗がりに繋がる洞が唐突に出現した。
「
不機嫌そうに、仕事を終えたキャスターは嘆息する。
その行動は、彼女にとって不満であったようだが、これは驚嘆すべきことだ。
ムーンセルの機能を以てしても場所さえ掴めなかった扉を見出し、その鍵を開く技術。
戦闘にこそ向いていないかもしれないが、この二人はかなり特異な技量を持つ陣営のようだ。
『確認しました! その内部に反応があります! 他にも、異常な反応が無数に確認出来ますが……』
「内部には色々、妙な宝があるだろうからねえ。さて、行こうか。危険がないとも限らない。警戒は怠らないようにね」
呑気な声色のカリオストロだが、今度は先を行こうとしない。
古代の宝物庫となると、危険度は未知数だ。戦闘の出来ない彼らが前に出るべきではないのは当然だ。
僕とメルトが先頭を、そして牛若が後方を警戒しつつ、内部へと侵入する。
外部からは一切見えないようになっている内部。
そこは、光源のようなものが無いというのに屋外であるかのように明るかった。
何とも例えようのない、奇妙な形状の道具が無数に保管されている。僕には想像すら出来ないが、これら全て唯一無二な宝なのだろう。
通路のように開かれた場所を、奥へ向かい進む。
『その前方です。それが外からでも確認できた反応です!』
「あれは――」
聖杯……黒竜王が所有していたものとは形状が違うものの、異常な魔力を有した杯があった。
これは特異点発生の原因となったものではない。
だが、人知れずある筈の宝物庫の外にまで反応が流出しているのはおかしい。
その原因らしき存在は、杯よりも目立っていた。
「……あっれぇ? これは、どうしたコトでしょう! ボクの隠れ家が見つかっちゃうなんて!」
よく響く女性の声。その主は、杯の上に立っている。
『今の声は……!? 内部に生体反応なんて、皆さんの他には……』
「ギ――――ィハハハハハッ! バッカじゃねえの!? こんな無駄に魔力だけ持ったゴミクズの山ン中で、オレがキラキラ目立つ筈ねえだろうがよォ!」
直前の、無邪気を装った声とまったく同じ、しかし同一人物とは思えない、乱暴な言葉が更に響く。
周囲の宝の魔力で気付けなかった。だが、確認し、対峙すればわかる。
サーヴァントだ。それも、非常に強大な。
「でも、そーだなあ……ゴミクズにすら劣るおチビちゃんたちがここまでやってきました。そのカミサマもビックリな頑張りに免じて、今の無能な発言は流して差し上げましょー!」
『なっ……』
「ヒヒヒッ、感謝してよぉ? アタシ、無能は嫌いなんだもの。バッサリぶった切らないよう耐えたんだから」
心底から愉快であるような狂笑を崩さないサーヴァント。
それぞれの手に持つ刀を曲芸師のようにクルクルと回しながら、次から次へと口調を変える女性の瞳は、狂気の塊。
理性で制御されているとは到底思えない。
バーサーカーとして顕現した、僕たちとは決して相容れないサーヴァントであることは、火を見るより明らかだった。
FGOより牛若丸、カリギュラ、そしてオリ鯖であるバーサーカーが登場です。
またパーティにはカリオストロとキャスターが参加。少しだけキャスターの能力が判明しました。
今回のオリ鯖バーサーカーは個人的にお気に入りです。存分に暴れたまえ。