Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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巌窟王が復刻だそうです。
以前はお迎えできなかったので、今度こそ召喚したいですね。


第三節『日輪の王国』

 

 

 翌日、目覚めたのは、大複合神殿の一室だった。

 ベッドから体を起こす。隣のメルトはまだ眠っていた。

 正直、ここまで歓待を受けるとは思わなかった。

 あれからすぐ、オジマンディアスのもと、盛大な宴が催されたのだ。

 料理と酒――酒は丁重に断ったが、料理は楽しませてもらった。

 古代エジプトの料理はそうとは思えないほどに美味であり、口に馴染むものと言えた。

 その後、この部屋を提供され、僕たちはここで一晩明かし、今に至る。

 オジマンディアスが友好的だったのは良かったが――問題は解決した訳ではない。

 宴の後、オジマンディアスからこの世界の状態について聞かされた。

 異質な二国が存在しているこの時代は、それぞれの力が釣り合うことによって成立している。

 いずれかの国が他の国を滅ぼす――或いは、侵攻するだけでも、均衡の関係が崩壊し、この時代そのものの消滅に繋がる。

 しかし、何もしなければ、二国が意味消失を迎え、巨大な虚構を生んだ世界は崩壊へと向かう。

 ゆえに、三国は何れを侵すこともなく、小さな戦争を続けるしかない。

 その中心地となったのが、王都バビロンだ。

 勝利のためではなく、ただ「現れてしまった」国を存続させるためだけに、この時代では毎日何人もの人が戦死していた。

 オジマンディアスは気付けばこの時代に、国ごと召喚されていたと言った。

 ローマ領と神祖ロムルスもそうなのだろう。

 そして不思議と、幾ら戦ってもその民が尽きることはなく。

 戦いが続けば、マケドニアの死人だけが増え続ける。

 マケドニアの民は、この時代に生きる正しい人間だ。そのため、限りがある。

 戦いをせずとも崩壊し、続けてもいずれ限界が訪れるのだ。

 ――しかし、先日。

 降臨せし覇王たちの戦いに、ある変化が起きた。

 三つの時代の境界となるバビロンの時代の歪みが大きくなり、遥か神代の魔獣が出現を始めたらしい。

 英雄をも凌駕しうる魔獣たち。

 三つ巴の戦いは休戦せざるを得なくなり、魔獣討伐が優先されるようになった。

 だが、戦争そのものが終結した訳ではない。

 寧ろ時代の歪みが大きくなっているということは、いつ崩壊してもおかしくはないという非常に危険な状態だ。

 魔獣を倒していれば物事が解決する、ということはないだろう。

 昨日、サクラが休息の前に歪みを解析していたようだが、何かを掴めただろうか。

 それは後で聞いてみるとして、今はメルトの起床を待とう。

 そうしたら、サクラの解析を元にオジマンディアスと今一度話を出来ればと思い――――

 

「――夜が明けた! 目覚めの時だ、旅の者よ!」

 

「ッ、は!?」

 よく通る声が部屋に響き渡り、メルトが驚愕で目を覚ました。

 扉を開けたのは見覚えのない二人の女性――恐らくはこの神殿の従者か。

 そして何の臆面もなく踏み入ってきたのは、オジマンディアスだった。

「……なんだ。余が気を利かせ同室にしたというに、まぐわいもせぬとは。貴様、もしやチキンという奴か」

 此方を見て早々につまらなさそうに溜息をついた神王は、出会って一日とは思えないほどに失礼な言葉をぶつけてきた。

「……他人の神殿でそんなことする訳……」

「つまらん。男女の旅人を同室に放り込んで催さなかったことなど、貴様たちが初めてだ。ふむ……催淫の香でも置いておくべきか」

「なに物騒なこと呟いてるのよ。それで、何の用かしら、ファラオ」

 ゆっくりと近付いていた目覚めの感覚を思い切り妨害され、立腹を隠さないメルトに、ファラオは薄笑いで答える。

「せっかくだ。貴様たちにこの世界を教えてやろうと思ってな」

 この世界……? 何が起きているかは、昨日大体を聞かせてもらったが……。

 そもそも、聞かせるだけであれば、また玉座の間にでも呼べば良いだろう。

 しかし、オジマンディアスはそうせず、わざわざ僕たちの部屋にやってきた――揶揄う目的もあったようだが。

「ハクト。メルトリリス。貴様たちを余の客将としてバビロンへ向かわせる。功を上げ、そして世界を学んでくるがいい」

「――そういうことか」

 断る理由はない。寧ろ、願ったりかなったりだ。

 どの道、この時代の特異点解決のためには、かの地の問題はどうにかしなければならないだろう。

「分かった。それは……いつから?」

「無論、今からだ。サクラ! 目覚めているかっ!」

『へ!? ――ぁ、はい! サクラ、起床しました……!』

 昨日のうちにその存在を知らせていたオペレーターの名を、オジマンディアスは天井に顔を向けて声高に呼ぶ。

 ……何か、通信越しでガチャリと音がした。

 自身に向けられた大声で起こされ、焦ったあまり何かを落としたようだ。

 普段ああいったうっかりを見せることは少ないサクラだが、あまりに不意打ちだっただろうし仕方ない。

「今よりこの者たちはバビロンへ向かう! 補助をするのだろう、仕度せよ!」

『は、はい、今すぐ! ……なんで私、オジマンディアスさんに命令を受けているんでしょう……』

 そんな疑問を呟いたのはまったくの無意識だっただろうが、確かに聞こえていた。

 オジマンディアスの耳にも届いている。だが何も言わず、彼は笑みを濃くするだけだった。

 と、その時。

「ここにいたか、オジマンディアス。なんの用だ?」

 聞き覚えのある、懐かしい声が聞こえてきた。

 部屋の外、廊下から此方を覗く痩躯の男性。

「――――」

 幽鬼のような肉体に張り付いた、鋭利なる黄金の鎧。

 流れる灼熱は陽炎の如く揺らめき、白すぎる肌の異常性を際立たせている。

 その英霊を知っている。

 鎧を完全に纏った姿は一度しか見ていないものの、見違える筈もない。

 僕が知る中でも最大級のサーヴァント。名を――

「――カルナ」

「ほう。オレの名を知るか。オジマンディアスの言の通り、只人ではないようだな」

 マハーバーラタに謳われる施しの英雄、カルナ。

 彼もまた、この時代に召喚を受けたのだ。

 タマモ・オルタと同じように、オジマンディアスの配下として。

「おお、我が弟、ファラオ・カルナよ。どうやら探させたようだな」

「気にするな。呼ばれたものの、お前が王の間にいなかったために探したのはオレの独断だ。オレより優先すべきことがお前にあっただけの話だろう」

 虚飾を取り払った鋭い言葉は、槍の如く率直にオジマンディアスに向けられる。

 カルナという人物について知らない者ならば、それを当然のように嫌味として受け取るだろう。

 だが、その本質は嫌味ではないことを知っている。

 オジマンディアスもそれを理解しているらしく、不快な表情一つすることはない。

「今からバビロンの戦場に向かってもらうが、この者たちをお前に任せようと思ってな。何、貴様に手間は取らせん。使い物にならなければ焼いてしまえ」

「ッ――」

「請け負った。まあ、お前が客と定めた者だ。心配はあるまい」

 あまりにもさらりとした言葉を、何でもないようにカルナは受けた。

 昨日会ったばかりの人間だ。兵とするならば、使い捨てるのに最も適した存在だろう。

 オジマンディアスがそう判断するのは構わない。

 そう思うのであれば、彼の言う通り、功を上げてやればいい。

 他のマスターとの合流も必要な今の状況では、彼に従いバビロンに向かうのが最善だ。

 そこに魔獣がいるのであれば、相手取るのは当然の帰結だ。

「我が獅身獣(スフィンクス)を貸し与える。余の統制にある獣だ、最低限の騎乗の心得があれば乗りこなせようが、その程度は持ち合わせているな?」

「ええ、騎乗スキルなら私が有しているけれど」

「ならば良い。徒歩よりはまだ良いだろうよ。今も余の兵は戦っている。疾く向かい、者どもを凌駕して見せよ」

 随分と気前がいいものだ。

 よもや、スフィンクスを言葉一つで貸与してくるとは……。

 無数にいるとなると、彼にとっては変えの利く駒なのかもしれないが、それでもスフィンクスは最高位の力を持つ神獣だ。

 また砂漠を歩くというのも気が滅入る。

 足を貸して貰えるというならば越したことはないが、失うようなことがあれば何を言われるか分かったものじゃない。

 扱いには極力気を付けた方が良いだろう。

 

 

「ハク、大丈夫?」

「あ、ああ……一人だと、間違いなく無理だけど」

 スフィンクスへの騎乗は、そのスキルを持っていない僕にとっては至難の業だった。

 確かに、オジマンディアスの手によって統率されているだろう。

 だが、それでもやはり神獣。メルトがいなければ、百メートルと移動する前に振り落とされていたに違いない。

 問題なく神獣を駆るメルトだが、僕はその後ろで聖骸布に巻かれしがみ付くので精一杯だった。

 並走するもう一体のスフィンクスに乗るカルナも、その騎乗スキルを活かし、問題なく乗りこなせている。

 訓練もせず先天性のスキルも持たない以上仕方のないことだが、やはり超常の者たちと否応なしに比べてしまい、劣等感が生まれる。

「落ちることはないけれど、手を放すことがないようにね。この神獣、止めるのも一苦労よ」

「努力、する……っ!」

 歯を食いしばり、衝撃に耐える。

 スフィンクスの荒い疾走に体は揺さぶられ続け、妙な気分の悪さすら感じられる。

 加虐体質を存分に発揮したメルトには及ぶまいが、十分な拷問だ。

「彼女の技術とその礼装による力も大きいだろうが、落とされないのは大したものだ。獅身獣を乗りこなす難度は竜種にも匹敵しよう」

「そう、か……!」

 正直なところ、それだけ返すので精一杯だった。

 スフィンクスの疾走が巻き上げる砂塵が目やら口やらに入り込むため、出来る限り顔は伏せていたい。

「カルナ、ところで貴方、どういう経緯であのファラオについたのかしら」

「オレは召喚された折、オジマンディアスの神殿にいた。奴が言うにはオレもファラオらしくてな。ゆえに、今はこのエジプト領に身を置き奴に力を貸している」

「カルナが、ファラオって……」

「太陽の威光を浴びて生を受けた者は悉くがファラオであり、あの男はそれらを兄弟と見るらしい。寛大なものだな。血は繋がっていなくとも同じ光の下に義理を結ぶとは。あの男に会うまでは知らなかった考えだ」

 ……そういうことか。

 オジマンディアスがタマモ・オルタを妹と、カルナを弟と呼んだのは、その出自ゆえらしい。

 タマモ・オルタは元を辿れば天照大神に至り、カルナは太陽神スーリヤの子だ。

 その出自から、あのファラオは彼らを特別視しているようだ。

 当然、それは疑問を持つべきことで、タマモ・オルタは未だに許容していない。

 一方でカルナはそれを偉大なことと評し、全面的に認めているらしい。

 オジマンディアスは虚偽ではなく、心からそう言っているため、カルナが疑うことをしないのも仕方ないが。

「――さて。もうじきバビロンだ。戦闘に備えろ」

 やはり、この砂漠をただ歩くのとスフィンクスの疾走では比べ物にならない。

 よもやここまで早く、それぞれの領域の境界にまで辿り着くとは。

「行くわよ。準備はしっかりね、ハク」

「分かった――」

 降りてすぐにでも戦闘に入れるよう、回路を励起させておく。

 スフィンクスに乗った状態で戦えともなれば無理な話だが、降りれば僕でも多少なり役に立てる。

 神代の魔獣は圧倒的な魔力を備えていよう。

 だが、それを相手に出来ないようでは話になるまい。

「各領域の英霊がいるが、今は共闘関係だ。状況によっては頼るがいい。突入するぞ」

 カルナが一足先にスフィンクスの背から跳び、戦場へと踏み入った。

 そこにいたのは、無数の魔獣と戦士たち。

 姿かたちが様々の魔獣一頭を相手に、戦士複数人が集まって相手をしており、人手が足りていないのは明らかだった。

 カルナがその戦場に着地すると同時、周囲にいた魔獣を焼き払う。

「ハク、私たちも!」

「ああ――!」

 聖骸布に巻かれたままに、メルトと共に跳ぶ。

 弾丸を準備、巨大な角の魔獣の群れを捕捉する。

 射出――命中。動きを止めた群れの中心に着地。メルトが傍の一体に棘を突き刺す。

 僕も負けてはいられない。用意したのは二対の歪な剣。

 その肉体に癒えぬ傷をつけ、その傷の深度を深める完全にして不滅の刃。

 かつて月の裏側の事件において、夜に消えたアルターエゴの一人が持っていた宝具。

 決着術式から再現される宝具、その中で、最も手に馴染むのがこの剣だ。

 メルトの毒を受けた魔獣に刃を突き立てる。

 毒を根付かせ、より悪化させる。

 メルトの攻撃力では魔獣を一撃で仕留めることは出来ない。

 であれば、この魔獣を利用すればいい。

「良いわハク、離れるわよ!」

 一旦この場を離脱する。

 打ち込んだ毒は脳を侵すもの。

 完全に侵されれば思考を奪われ、その末路は操り人形だ。

 メルトによる命令(コマンド)は、同胞を傷つけ人間を護ること。

 魔獣の角や牙から毒は感染し、広がっていく。いずれ限界は生まれようが、一定の制圧力はあるだろう。

「あ、貴方は……!?」

 近くにいた褐色の戦士たちが、驚愕の表情を向けてきた。

 数名の戦士たちは少なからず傷を負っている。ここで魔獣相手に戦っていたのだろう。

「あれは……あの炎は、カルナ様! ファラオの義弟カルナ様だ!」

「加えて、スフィンクスまで! と、いうことは――」

「ファラオの助勢だ! 皆、援護に回れ!」

 疲弊していた戦士たちの士気が上がっていく。

 人である以上、地力では魔獣たちに及ばない。

 だがサーヴァントならば話は別だ。遠目にも、カルナがその紫電の槍を振るい自身の数倍はあろうかという巨大な魔獣を真っ向から相手取り、圧倒している。

「オジマンディアスの助勢……まあ、間違ってはないか」

「ええ。精々恩を売っておきましょう」

 メルトに敏捷と筋力の強化を掛ける。

「――はあ!」

 赤熱し、炎を纏った棘が、魔獣の一頭に突き刺さる。

 メルトの一撃において最大の威力を発揮し、同時に敵の能力を吸収する攻撃スキル。

 基本的に戦闘ではHPの回復に使われるものだが、こうした正体不明の敵の性質を探るにも持ってこいだ。

「メルト、どう?」

「毒ね。私と比べれば大したものじゃないけど、人間なら脅威でしょう。貴方も十分気を付けて、ハク」

「了解、遠距離戦闘を心掛けた方がいいか」

 周囲の戦士たちにもその旨を伝えると、剣を収め弓へと持ち替える。

 これだけの量の魔獣を相手に、常に遠距離で戦うというのは不可能だ。

 故に、出来るだけ僕とメルトで襲撃を抑える。

 手を伸ばせる場所にいながら、いたずらに戦士たちが傷つくのは、出来る限り見たくはない。

 武器を変える。双剣から太陽の聖剣へ。

 王に仕えた太陽の騎士。その絆を拾い上げ、一振りの剣として顕現させる。

 駆動する疑似太陽に魔力を流す。力の限り振りぬけば、燃え盛る太陽が一筋の閃光となり前方の魔獣を焼き払った。

「次は……ッ!」

 瞬間、目の前に巨大な魔獣が突如出現した。

 何の前触れもなく、無から生まれたように。

 強固な鱗に覆われた蛇竜。それまで相手にしていた魔獣とは位階が違う。

「ッ――バシュム! 毒竜バシュムだ! お、俺たちでは手に負えないぞ!」

 バシュム……その名は、シュメール神話に登場する蛇竜の名だ。

 魔獣の域を抜けることはないが、その毒はギリシャ神話のヒュドラに勝るとも劣るまい。

「下がるわよハク、あれだけ巨大だと、相性が悪いわ」

「ああ……そうだね。だけど、放っておくと……」

 あれは単体で甚大な被害を齎す魔獣だろう。

 だが、僕たちではどうにも相性が悪い。僕が紡げる絆でも、莫大な消費は免れないだろう。

 カルナと合流するのが適当か。

 彼の凄まじい火力ならば、バシュムだろうと焼き尽くせよう。

 ――と、その時。

「下がれ野郎ども! 負傷兵は撤退、まだ戦える連中はウガルの相手に移れ!」

 そんな、戦士たちへの指示と同時に背後から複数の炎弾が飛んできた。

 その八割型はバシュムに命中し、残る二割は未だ周囲に残っていた毒の魔獣を焼く。

「よう、名も知らぬ坊主にお嬢ちゃん。オジマンディアスの新しい小間使いか、そりゃあご苦労なこった」

「え……?」

 気付けば、傍に一人の男が立っていた。

 青い髪を後ろで一つに結ぶ、青白いローブに身を包んだ長身の男性だ。

 握っている身の丈ほどもある木の杖には見慣れない文字が刻まれている。

 その瞳の鋭さはカルナやオジマンディアスのものとは違う。

 例えるならば、よく鍛え抜かれた猛犬。

「サーヴァント……じゃあ、ねえみてえだな。ま、いいか。戦えるってんなら何だろうと構わねえ」

「貴方は……?」

「キャスター、クー・フーリン。オジマンディアスんとこで世話になってる。今はこの戦場でエジプトの連中を指揮してる英霊だ」

 その魔力から、彼がサーヴァントであることは明らかだったが、真名を聞き驚かずにはいられなかった。

 クー・フーリン。ケルト神話における最大の英雄だ。

 アルスター・サイクルを代表するクランの猛犬。

 影の国の女王スカサハに師事し魔槍ゲイ・ボルクを受け継ぎ、数多の伝説を作り上げたアイルランドの光の御子。

 太陽神ルーを父に持つ彼も、オジマンディアスの配下となっていたのか。

「カルナは……取り込み中か。ならオレたちであの蛇を仕留めるしかない……いや」

 彼と協力すれば、バシュムの打倒も決して不可能ではない。

 そう思ったが、クー・フーリンはバシュムに向けた杖を下ろした。

「もっと適した奴が来た。魔性を相手取るなら奴には一歩譲るだろう」

「……どういう――」

「無駄な消耗は必要ねえってこった! あのバシュムの相手はマケドニアに属するアイツが片付けるとよ!」

「わ――」

「きゃっ――!?」

 言葉が終わるより先に、体が浮き上がった。

 クー・フーリンに抱えられ、後方に下がっている。

 左腕には僕、そして杖を持っている右腕に同時に抱えられているのはメルト――

「ちょ、ちょっと、放しなさい! 溶かすわよ!」

「なんだ、元気がいいな。お転婆な女は嫌いじゃねえ。まあ今は大人しくしとけって」

「……」

 ――――いや、この行動には考えがある筈だ。

 クー・フーリンはバシュムから離れることを決定した。そのための行動だ。

 暴れるメルトに笑いかける彼に思うことは、何もない。

「ほら、来たぜ。アレがマケドニアの連中の指揮官だ」

「っ――」

 バシュムが何かを捕捉し、牙を剥く。

 あの牙が一ミリでも皮膚に沈めば、数秒の後には毒で体を動かせなくなるだろう。

 だが、道中の魔獣たちを薙ぎ払いつつ接近する者を捉えるのには、速度が足りていなかった。

「――――はあッ――――!」

 振るわれる刃。果敢にもその男はバシュムの口元に跳び、牙を打ち砕いた。

 更に首元に一振り。強固な鱗は布のように剣を通し、鮮血が迸る。

 通常の武具ではこれほどの威力は発揮できまい。

 あれは魔性への強大な特攻効果を有した武具であり、その担い手たる彼は魔性との戦いを無数にこなしてきた英霊。

 炎の如く赤い衣装と腕甲。長い髪と瞳もまた燃え盛る炎の権化。

 中性的な外見ながら、その苛烈さは紛れもなく彼が英雄であることを証明していた。

「ラーマが参った! 悪鬼羅刹よ、ここが汝らの死地と知れ!」

 魔獣をいとも簡単に引き裂く赤熱の刃を掲げ、少年は名乗った。

 幾重にも重ねた猛攻は致命傷を複数生み、呆気なくバシュムは倒れ伏す。

 バシュムであろうとも、その名を持つ英霊が相手であれば、勝てる道理は一切ない。

 魔獣の死を看取った少年英霊――ラーマは、剣を下ろし、此方に向き直った。




クー・フーリン(キャスター)、ラーマ、そしてCCC編より続投のカルナさんです。よろしくお願いします。
何だかんだ、兄貴をちゃんと書くのは初めてです。
FGOにて活躍するキャスター兄貴とは少々異なるところがあったりなかったりですが。

しかし、どの鯖も書いてみると、今まで知らなかった魅力が見えて面白いです。
章ごとに登場人物が一新するのは楽しくもあり勿体なくもあり……。

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