Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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書きたいところ、そうでもないところや、書きやすいところ、書きにくいところでこれくらいの執筆速度の差はあります。
今回は「書きたいところ」に当たりました。


第十節『ヴォーティガーン』

 

 

 名乗らずとも、その英霊の真名は知っていた。

 円卓の騎士ガウェイン。

 日輪の下において無双を誇ったとされる、聖者の数字を背負うアーサー王の片腕。

 ――かつて、レオが召喚し、最大限の信頼を置いていたサーヴァントである。

 何ということか。

 まさか彼が、僕たちと敵対する勢力に存在するなど。

「勇士殿。どうかお名前をお聞かせ願いますか。然る後、我らが王のもとへお連れします」

 ガウェインは、此方に最大限の礼儀を見せている。

 それが虚偽である筈もない。

 そもそも、彼は僕たちを敵視していない。

 此方がそれぞれ警戒態勢を取り、武装をしているにも関わらず、ガウェインは己の聖剣を引き抜きもしない。

 それでも、隙は一切ない。

 加えて空には太陽が輝いている。例え全員で今攻撃を仕掛けたとしても、通用することはあるまい。

「……紫藤 白斗」

「メルトリリス、よ」

「ジークフリートだ」

「ブーディカ……よろしく」

 ともかく、名前を告げる。

 サーヴァントの二人も、クラスではなくその真名を告げた。

 それは、英雄としてのガウェインへの礼なのかもしれない。

「……貴方たちは、名乗ってくださらないのですか?」

 ただ、レオは押し黙っていた。

 レオの後に名乗るのだろうアルテラも、怪訝そうにレオを見つめている。

 認められないのも、無理はない。

 こうした出会いは、レオは決して求めていない筈だ。

 数秒、視線を下げ苦々しげに歯を食いしばっていたレオは、やがて表情を平時に戻し、ガウェインに向き直る。

「……失礼、ガウェイン卿。僕はレオナルド・(ビスタリオ)・ハーウェイ。どうぞ、レオと」

「私はセイバー――アルテラ。レオを守るサーヴァントだ」

「これは奇遇な。私のクラスもセイバーです。ともあれ……ありがとうございます。レオ……何故でしょうね。覚えのない名ですが、何やら只ならぬ、感じるものがある」

 召喚された英霊は、次の召喚の際に記憶は受け継がれない。

 それでも強く霊基に残った記憶は例外足り得る可能性があるというが……しかし、ガウェインは気にしていない。

 あの時のガウェインと彼は紛れもなく同一人物ではあるが、決して、レオのサーヴァントではないのだ。

「いや、些事でしょう。それでは、どうぞ王城へ」

 ガウェインは先導するように、城へと入っていく。

 この時代の災厄の原因たる黒竜王。

 それと対面するとなると、危険はこの時代に来てから最大級のものとなるだろう。

 警戒は決して解かず、城へ一歩足を踏み入れる。

 すると――街の喧騒が嘘であったように、静まり返った。

 違う世界に入ったという訳でも、魔術による業という訳でもない。

 この城そのものが、そういうように出来ているのだろう。

 身体に支障はない。戦闘は問題なく可能だ。

 静寂の空間を、カツカツと足音だけが響く。

 城の造りは、正しいキャメロットと全く同じだ。

 似せたというより同じものが二つ存在するような、完璧なレプリカ。

 通されたのは、玉座の間ではなく、あのキャメロットでも入ったことがない部屋。

 ガウェインが扉を開くと、広がっていたのは、淡い光に包まれた空間だった。

「やあガウェイン卿。その者たちかい?」

「ええ。王は何処に?」

「すぐに来るさ。君たちを見ていたようだったからね」

 そこにあったのは、大きな円卓。

 そして等間隔に置かれた椅子に座る五人。全てが、掛け値なしの英霊だ。

 二人、見覚えがあった。

 シャルルマーニュと、ベオウルフ。

 クリームヒルトは見当たらない。何処かで、別行動をしているのだろうか。

 そして、初めて見る英霊が二人。

「歓迎しよう、勇士たち。おお――見目麗しい女性が三人も、と来た。これは素晴らしいことじゃないか」

 一人、長い金髪の男性。

 白い軽鎧に身を包み、屈託のない笑みを浮かべている。

 そして、その隣に座る男性。

 長髪の男性に決して劣らぬ、絶世の美男子。

 泣き黒子が調和させる完璧な顔つきは、戦場の華と呼ぶに相応し――

「……何かしら。魅了(チャーム)だなんて、大した挑発じゃない」

「ッ」

「む……これは失礼。なりふり構わずという訳ではないのだが、相手を選べぬもので……俺にはどうすることも出来ん」

 若干の不愉快さを込めたメルトの言葉に、その騎士は萎縮する。

 女を魅了する泣き黒子の騎士……それだけで、十分に真名は割り出せる。

 そして、隣に座る金髪の騎士が彼の生前の知己であるのだとすれば、彼の真名にも検討が付くが……。

「まったく、対魔力の備えをしてきてよかったわ。ハク、効いてないから別に庇わなくて結構よ」

「え……? ……あっ……」

 ……どうやら、無意識のうちにメルトの視界に騎士を入れぬよう立ち位置を変えていたらしい。

 一瞬、何を焦ったのか。呪いに対する防備はメルトも持っている。心配することもないではないか。

「アルテラもセイバーだから対魔力はあるし、あたしもちょっとした守りがある……気にすることはないよ、騎士さん」

 警戒を続けながらも――ブーディカは騎士に言う。

 呆気に取られていた騎士だが、その表情を変えたのは金髪の男性の哄笑だった。

「ははははははは! 凄いじゃないかディルムッド! ここは君が悩むことのない理想郷だ! 誰の婚約者を奪うこともなく自由に相手を選べるぞ!」

「あ、いや……それは……その……」

「冗談だ。ブラックジョークというやつさ。いやなに、私も嬉しいのだ。信頼する君の悩みが払拭された環境で、ここに二人召喚を受けたという事実がね」

 その会話で、確信する。

 彼らの真名はフィン・マックールとディルムッド・オディナ。

 ケルト神話におけるフィオナ騎士団の長と一番槍にして、騎士団の瓦解の原因となった二人だ。

 エリンの王女グラニアを巡る諍いは、フィンが青年の姿で召喚された影響か――大きな(しがらみ)となってはいないようだが、少なくともディルムッドからは言いようのない気まずさが感じられる。

「王が来る。軽口は控えよエリンの騎士」

 ガウェインは二人を諫めつつ、自身に与えられたのだろう椅子に座る。

 そして、沈黙が暫く続き。

 やがて僕たちが入ってきた扉とは反対の、奥の扉が開かれた。

「――――――――!!」

 瞬間、空気が変貌した。

 息が詰まる。

 恐怖ではない。歓喜でもない。そんな俗的なものでは計れない。

 思い出したのは、いつか出会った神格。

 あの女神たちとよく似た、規格外さ。

「王よ、遠方よりの勇士殿をお連れいたしました」

「――――ご苦労だったな、ガウェイン」

 ガウェインは、強力極まりないサーヴァントだ。

 日輪の加護の下であれば、数ある英霊の中でも最上位に位置すると言っても過言ではないだろう。

 だが――それさえ、霞んで見えた。

 白銀の流麗な鎧と青藍のマント、そして、竜を模した兜。

 その挙止動作一つ一つが、凄まじい圧を伴っていた。

 正面の椅子に座り、“王”と呼ばれる英霊はガウェインを労う。

「勇士よ、よくぞ参った。私は黒竜王(ヴォーティガーン)。ブリテンに巣食う腫瘍を探しているのであれば、それは私だろう」

 黒竜王(ヴォーティガーン)、サーヴァントは、そう名乗った。

 その名と姿は、正反対だ。

 ヴォーティガーン――ブリテンを暗黒に堕とした白き竜の化身。

 黒竜の名を冠するにはあまりにも神々しい姿だった。

 僕の知る英霊とは、規模が違う。

 確信する。これは、今ここにいる僕たちが総力で掛かっても、決して勝ち得ない存在だ。

「――、」

 言葉を絞り出す。

 このまま黙っていては、何もかもが分からないままだ。

「……何故、こんなことを?」

「こんなこと、か。万物を平等に見る月の民ならば、そう審判しような」

「月の、民……?」

 怪訝な声は、ガウェインのもの。

 しかし黒竜王は、目を向けることなく言葉を続ける。

「然り、私は世界にして悪だろう。故に人にして善に立つ。そう在らねばならない。私は召喚を受けた折、その役目を負った」

 世界にして悪、人にして善。

 意味は判然としていないが、その言葉の真意は。

「……この時代を――未来を壊すことが、善に繋がるのか?」

「未来は崩れない。それは私が確約する。しかし……そうだな、お前たちのあるべき正しい時より過去は全て、無為なものになるだろう」

 それは、人類史の否定だった。

 人がここまで積み上げてきたもの、英雄たちが築いてきた軌跡。

 全てが消失すると、黒竜王は言い切った。

「認められまい。認められまいよ。そうでなければならない。お前たちは私と敵対するのは、絶対なのだ」

「それは……何故?」

「お前たちが人であるがゆえに。月の民も、かの時代を生きる者であれば同じこと。此度の偉業は、人が否定しなければならぬ業だ」

 王は――それを人にとっての善だと言う。

 王は――しかし、人が否定しなければならないと言う。

 繋がらない。この王が何をしようとしているのか。

 否、そもそも、この王もまたサーヴァントだというのなら。

「……貴方、マスターはいるの? 今回の黒幕がそれって言うなら、誰? 何によって召喚されてるの?」

 メルトの疑問が、必然となる。

 サーヴァントにはマスターが必要だ。此度のような例外であっても、英霊を呼び出す大本が必要だ。

 事件の解決に立つ者たちにとってのそれがムーンセルであるように、黒竜王たちにも、それが必須となる。

「私に、それを答える自由はない。ただ立った場所が終末であるならば、私は己が力を以て、民を――国を、救うまで」

 分からない。

 未来が視えなくなったことに、間違いなくこの王は関与している。

 だというのに、その目的は救済にある。

 どちらかが、黒竜王の上に立つ者による強要ならば、説明はつく。

 だがその存在が未だ不透明な以上、今あるパーツでは噛み合わない。

「そのために集ったのが、我が円卓の騎士。三名が此処に不在だが、八人の英霊に私は席を与えた」

 彼らが集まる円卓には、三つの空席があった。

 一つは、恐らくクリームヒルトのもの。

 他の二つにも、該当する英霊がいるのだろう。

 そしてそれは――今も、この時代の何処かで黒竜王のために動いていると。

「私は、この時代を破壊せねばならない。楔は後一つ。それを打ち砕けば、お前たちは敗北する」

「――――楔……まさか」

 

 

「幼きアーサー王。未熟の過ぎる小娘だが、この時代に無くてはならぬ最後の欠片よ」

 

 

 アーサー王の抹殺。彼女は、このブリテンの鍵であり、必要不可欠な存在だ。

 彼女がいなくなれば、この時代は意味を失い、崩壊する。

 文字通り、無かったことになる。

 そして、一つの時代が消えれば連鎖的に他の時代にも罅が広がり、やがては――――

「――ガウェイン。貴方は良いのですか。かつての王に、剣を向けるなど」

 小さく憤るのは、レオだった。

 認めることは出来ないだろう。彼は、アーサー王に絶対の忠誠を誓った騎士だ。

 よもやそんな存在が、アーサー王を殺す側に立つなどと。

「……私は、今の王に仕えるのみ。余計な口出しは無用のものです」

 ガウェインの心は動かない。アーサー王を斬ることを迷っていない。

「貴方は――っ! そんなことを認める騎士ではない! ガウェイン! 貴方はアーサー王に全てを捧げた騎士でしょう! それが――」

「――知った口を叩くな、異邦の魔術師。貴様に私を語られる筋合いはない。それとも、意地を通すか。陽射しの下の我が聖剣、その矮小な身にはさぞ堪えよう」

「ッ……」

 語気を荒げ、ガウェインはレオを否定した。

 彼の意思は絶対だ。

 どうあっても、今の彼の王は、目の前の白銀の王なのだ。

「怒りを収めよ、ガウェイン。此度の貴卿は妙に血の気が多いな。意固地になっているようにも見えるが」

「はっ……! そのようなことは、決してなく」

「まあ、良い。私は卿を否定しないし、信頼する。然るべき時に、我が剣であれば、残りはどうあろうと卿の自由だ」

 彼ら、この時代に現れた円卓の騎士たちは、アーサー王を――アルトリアを狙っている。

 どうやら、敵対は避けられない。

 その目的はどうあれ、僕たちが此方側にある以上は。

「……さて。危険を承知で我が領地に入り込んできた者を無下にはせん。去るがいい」

「今剣は抜かないのか。その霊基、俺たちを一掃して余りあるだろう」

 黒竜王の言葉は、意外だった。

 敵対は絶対的だ。

 この場で戦うことも、十分承知だったのだが。

 ジークフリートの言う通りだ。しかも、この場にいる英霊は黒竜王だけではない。

 僕たちが、今この場で全力で抵抗しようと歯牙にもかけないだろう。

「既にこの日、振るわれるべき聖剣は振るわれた。お前たちを手に掛けることはない。それに――早急に戻らねば、手遅れになるぞ」

「え……?」

 全身に寒気が走る。

 淡々と言う黒竜王が、否な予感をより加速させる。

「……白羽、城は」

『わ、分からない。向こうに観測できる人が、誰も……』

 ――――まさか。

「獅子身中……いや、やはり騎士王に与したか。まったく……何処までも、王に忠実な奴よ」

「王……よもや」

「あ奴はそういう男だ。しかし、最早長くない者の話。卿は気にせずとも良い」

「ッ――皆!」

 部屋を飛び出す。誰も、追ってくる者はいない。

 先程通ってきた道を辿り、城の外に出る。

 街は、相変わらず晴天だ。

 だが、これは何らかの虚像に過ぎない。

 走る。走る。街の外へ一歩出た瞬間、視界は夜になった。

「キャスパリーグ! 最短で転移できる場所まで案内して!」

「フォーウ!」

「待ってハクト! 周りを……!」

 分かっている。黒竜王の言葉とは裏腹に、周囲は敵を帰さぬ用意で溢れていた。

 視界の悪い夜でも分かる。

 無数の竜牙兵。無数のワイバーン。それだけではない。

 岩の巨人であるゴーレム、複数の魔獣を組み合わせたキメラなどが犇めく、地獄が広がっていた。

「黒竜王が嘘を言わないなら、これは別人が仕組んだってことだけど……」

「間違いないだろう。……悪逆の主は、あそこにいる」

 ジークフリートが指す正面。

 僕たちの道を塞ぐように、仮面の女性は立っている。

「この魔物たちが仮令誰の指揮下に置かれていようと、奴に付き纏う呪いを前に狂わされよう。あの時も、或いはそれを利用して操っていたのかもしれん」

 ジークフリートが、握り込む聖剣の黄昏を放出する。

 応えるように、クリームヒルトもまた、魔と化した大剣の闇を拡大させる。

「Siiii……」

「一刻も早く、城に戻らねばならん。このまま正面を蹴散らし、突破するぞ」

「……ああ。人形騎士は――」

「後方に展開、前方は走りながらあたしたちが。そして彼女は……君がでしょ、ジークフリート」

「……それで構わない。行くぞ」

 此方に気付いた竜牙兵が、金切声を上げる。

 それが号令になったように、周囲の兵も反応し、魔獣たちも気付き始める。

『百や二百じゃない……ずっと戦闘続きになるよ? 気を付けて』

「白羽も……ランクの違うエネミー反応があったら教えてくれ」

『了解――敵サーヴァント、来るよ!』

「Sieeeeeeeeeeeeeeeeeeee――――――――!!」

 咆哮の直後、鏡合わせの大剣がぶつかり合う。

 ジークフリートが大きく弾き、活路を拓く。

「――行くぞ!」

 人外の魔物たちを押しのけて、走り抜ける。

 何が起きているかは不明だが、間違いなく異常が発生している、正しきキャメロットへ向けて。




黒竜王との謁見、そして撤退。クリームヒルトとの再戦です。
黒竜王には謎が多いでしょうが、それはおいおい。
レオと敵対するガウェイン。どうにも、新鮮ですね。

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