Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
それは牽制だったのだろう。
一発撃っただけで、その後は見向きもせず、その人物は獣との戦闘に移った。
二丁の得物から放たれる真っ黒な弾丸で獣たちを追い込み、適格に一カ所に纏めていく。
――この場のサーヴァントたちは、それに手を貸すことはない。
困惑と警戒か。マスターたちを守るように、傍で構えている。
先の不意打ちのこともある。何処で誰が狙っているか、分かったものではない。
そして、その状況を継続できるほどに、獣の相手を一手に担う人物は高い実力を持っていた。
サーヴァントのような雰囲気は感じられない。だが、力は間違いなくサーヴァントに匹敵するもの。
その武器は、遠近どちらにも対応できるものだった。
近距離ではやや短めの双槍として機能し、離れればその先端から弾丸を発射する。
高い威力を望めばその砲身ごと凍結させて射出し、標的を粉砕する。
「……神造兵装の類か」
「――アーチャー? 何か分かったの?」
その、どんなカテゴリに含めれば良いのか判断できない武器を見て、アーチャーは呟く。
「ああ。あの中途半端に近代兵器を取り纏めたような形態は、あくまで手で取り回せるように変形させているだけに過ぎない。本質は神霊クラスの力だな。どこからの出典かは知らんが」
アーチャーの目利きによれば、あの武器の外見はあくまで見せかけらしい。
しかし、それにより少なからず制限されているだろう武器の力で以て、その人物は獣たちを圧倒している。
単純な相性の問題か――僕たちと戦っていた時に比べ、獣たちは攻撃にやや消極的になっているように見えた。
「……セイバー、何か知っている?」
「……貴方たちがあの獣に――この街の悪に抗おうというのなら、味方である、とだけ」
味方――確かに、僕を助けてくれた。
それだけを理由に信じるのは浅慮だ。だが――
何か、胸がざわつく。
気のせいかもしれない。そもそも、それは目の前の人物に対してのことか。
こんな感覚は初めてだ。信じられるか否かの判断材料にはなり得ないが……何かを、知っている気がする。
そんなことを考えている間にも、その人物は獣たちに対し、決定的な好機を作り出していた。
ブラフの弾丸を織り交ぜることで獣たちを一カ所に纏め、そこに向けて片側の武器を構える。
放出されたのは、青白い炎のような魔力。
対軍か、それ以上かというほどの威力を持った奔流は獣の群れをいとも容易く呑み込んだ。
その前方にあった建物に大穴を開け、通った跡には何も残さない。
たった一頭、高い力を持った白い個体のみがどうにか範囲から逃れ果せ、此方を一瞥してから走っていった。
「……」
それを見届けつつ、その人物は炎を放った武器の砲身を凍結させ冷却する。
追う意思はないらしい。戦闘が終了したとばかりに、ほんの少し、力を抜くのが分かった。
「……ありがとう。助けてくれて――」
正体は不明だが、助けられたのは事実。
礼を言うが、此方に目は向けられない。
危険がないかと周囲を見渡し、その後ビルの影に隠れるように消えていった。
「……何だったんでしょう」
「わからない。けど……味方であるなら、一度話はしたい」
「その判断は、また今後に。今は安全な地帯に案内するのが先です」
脅威は去った。セイバーはそう判断し、移動を始める。
その後、その場に辿り着くまで他のサーヴァントなど、敵と遭遇することはなかった。
「ここは――」
「安全地帯。この街のルールとして取り決められた不可侵地帯です。貴方たちは、このフロアを拠点として使ってください」
セイバーによって連れられたのは、他とさして違いの見られないビルだった。
その中の一フロアに、何回かに分けてエレベーターを使うことで、全員が入り込んだ。
数十人分の席が用意され、今の人数であれば十二分に余裕のあるオフィス。
エレベーターを降りた廊下と、幾らかの設備のある部屋にオフィス、それらが、僕たちに与えられた安全地帯とのことだ。
「この階は、備品も含め貴方たちが自由に使って構いません。ただし敵対存在との戦闘行為は二十二時以降より翌六時までの、安全地帯外においてのみ認められています」
「……それを破ると、どうなるんだ?」
「特殊なファイアーウォールにより、消滅処理が施されます。例外と判断される場合もあるようですが、それには期待しないよう」
……聖杯戦争における敗北処理のようなものか。
如何に強力なサーヴァントであっても、あの障壁を突破するのは困難を極める。
あの壁による処理は、ムーンセルにおける絶対的な法則の一つなのだ。
ファイアーウォールの運用も含め、徹底的にルール付けのされた世界。それがこの例外たる特異点か。
「ある程度戦える手段を持つと判断した以上、この時間帯に何をするなとは言いません。ですが、この街には悪を是とするサーヴァントたちが多く召喚されている。それらを相手取る危険性は、忘れないでください」
それで言うべきことは終わったのか、セイバーはオフィスを去っていく。
彼女はここに連れてくるための案内人であり、味方という訳ではない。
ゆえに僕たちに与する道理もない、ということか。
オフィスの扉が閉じられると、静寂が支配する。
近くにあった電気のスイッチを押すと、部屋に明かりが灯る。ひとまず全員を見渡し、誰一人欠けていないことを確認する。
「……ひとまず、何もわからないうちはルールとやらに従うしかないわね」
椅子を蹴って自分の方に向け、腰掛けながらメルトは溜息をつく。
それを皮切りに、皆がやや躊躇いながらも近くの椅子を引き、座っていく。
ある程度順応できる施設であるのか、シンジと凛は早々にデスクに備えられたパソコンに電源を入れた。
「そうだね。場所もわからない以上……この街にいるサーヴァントたちとの接触はまだ出来ないか」
「手掛かりになる情報くらいこの部屋で見つけたいモンだけどな……お、ネットには繋がるのか」
どうやら設備はある程度整えられているらしい。
開いた検索エンジンにシンジは慣れた手つきで幾つか検索ワードを打ち込み、頷いた。
「……外のニュースは入らないな。この都市内での情報ばかりだ。なのにバカにヒット数が多い、結構手が込んでるよ、この特異点」
「検閲が入ってなければそれなりに有効な情報源になりそうね。探る価値はありそうよ」
シンジや凛は早々にネットからの情報収集を始めた。
この特異点内の情報に関しては、それなりに存在しているようだ。
ならば何か、有益な情報が見つかるかもしれない。この部屋にただいるだけより、ずっと有効だ。
ひとまずネットの情報は二人に任せよう。僕も僕で、確認しておきたいことがある。
「僕は他の部屋を見てくる。何かあるかもしれない」
「では、わたしも。お母さま、BB」
「はいはい」
「私もですか? まあ断る理由はないですけど」
廊下から繋がる他の部屋。それらも使用を許されている。
であれば、一度確認しておくべきだろう。
カレンにメルト、BBを伴い、部屋を出ようとする。
「あ、BB。給湯室があったらコーヒーお願い。砂糖はいらないわ」
「……リンさん? 私オペレーターであって使い走りじゃないですからね?」
当然のようにBBに指示する凛。曰くサクラがオペレーターを務めたマケドニアの特異点でもこのようなことがあったらしい。
今回は現地で用意が必要な以上、少々事情が違うのだが……。
「はぁ……まあ、あったら、ですからね」
「はいはーい。よろしく」
聞いているのか、聞いていないのか。
ディスプレイに向かう凛の顔色を窺うことは出来ないが、どうも目的のものがやってくることを確信しているらしい。
直感か、はたまたこの部屋に来るまでに確認済みなのか……。
後者だろう。その上で、「無ければ構わない」という逃げ道を作り、BBへのせめてもの意趣返しを行ったのだろう。凛のことだし。
案の定、部屋を出て最初に確認した部屋が給湯室であり、悔しそうに歯噛みしたBBは、「濃さと温度は指定されていないので」とびっきりに濃くて熱い、ついでに安い(らしい)コーヒーを用意するという地味な仕返しを敢行するのだった。
フロアはこの階だけである程度の生活は可能な程に充実していた。
先の給湯室をはじめとし、トイレや仮眠室、シャワー室といった生活に必要な設備は一通り揃っている。
特に資料室と思しき部屋はちょっとしたものだった。
この特異点に直接関係があるものではないが、ジャンルを問わずそれなりの数があり、こんな状況でもなければ読み物には困らないほどだ。
「うーん……術式が込められていたり細工の施された本はなさそうですねぇ」
コーヒーを凛に渡し、何がある前に即座に戻ってきたBBが何冊かパラパラと捲りながら言う。
魔導書――何らかの術式を込めたデータファイルの類は見つからない。
どれもこれも、地上で刊行された本の再現に過ぎないようだ。
「……結局、有益そうな情報はこのくらいか」
だが、この都市についての情報を知る手段を一つ見つけることが出来た。
資料室の隅に積まれていた新聞の山である。
どうやら地上のものではなく、この都市について書かれたものであるらしい。
日付は数日跳ぶところもあり、厚さもない。時たま刊行されている程度のもののようだ。
しかしまぁ……軽く目を通すだけでも、見えてくるものはある。
その殆どに、とある名前が出てくるのだ。
その名はAIとして再現されるには考えにくく、かといって生きた人間としてこの都市にいるとも思えない。
ほぼ間違いなくサーヴァントであり、悪事や居場所の考察が書き連ねてあるその新聞はこの名を持つ人物のバッシングにのみ使われているようだった。
つまるところその人物はこの都市における住民共通の敵であるか――もしくは、この新聞を発行している者にとって都合の悪い人物だということ。
――その人物の名は、知っている。
――ジェームズ・モリアーティ。
かの世界的な探偵シャーロック・ホームズ最大の敵として立ちはだかった大犯罪者として描かれる人物。
自身は手を動かさず、部下を用い華麗に悪事を完遂させるその様は、糸を巧みに操る蜘蛛が如し。
ホームズ以外に決して疑いを向けられることなく、最後にはその宿敵と共に滝へと落ちた悪の親玉。
新聞は彼を徹底的に批判しており、居場所について有益な情報を提供した者には多額の謝礼を支払うとの記述さえある。
この都市にいる悪を是とするサーヴァント。彼はその一人と見ても良いだろう。
そんな風に、サーヴァントらしい存在の記述がないかという視点で見てみれば、幾つか目に入るものはある。
気になるものが、『黒魔女』と『幻獣乗り』。
どちらも真名は記されていないが、呼称からするにサーヴァントという可能性は高い。
「……やっぱり、これだけだと該当は多すぎるよね」
「ええ。せめてどんな魔術を使うかだとか、どんな幻獣に乗っているかだとか、そのくらい書いておいてほしいわ」
歴史や伝承を紐解けば魔女と呼ばれた人物は、多くいる。
大海の特異点で敵対したメディアが好例だ。
幻獣乗り――此方は魔女に比べればだいぶ人数が絞られるだろうが、それでも確定に至るには情報が足りない。
少なくとも、歴史に名を遺す実在の人物ではないだろうが……。
ともかく、これらは一度皆に見せた方が良いだろう。
数日分を纏めて持つ。恐らくネットでも手に入る情報だが、新聞という異なる媒体での情報はまた違った意味合いを持つ。
「ところで、カレン。ゲートキーパーは……?」
残った新聞を片付けながら、ふと疑問に思いカレンに問う。
この特異点にジャンプしてから、彼の姿を一度として見ていない。
「……ずっと霊体の状態です。今はオフィスにいるようですが……」
「そうか……」
これまでの特異点でも戦闘には消極的であった彼だが、それでも姿を見せないということはなかった。
気まぐれか、それとも、この特異点に何か思うところがあるのか。
不安げなカレンの頭を撫でる。その上に重ねられたカレンの右手に刻まれた令呪は、形を削ったままだ。
特異点での作戦が完了し月に帰還すれば、令呪の補填は出来る。
大海の特異点で使用したそれを回復させないのは、カレンなりの誠意らしい。
正体不明のサーヴァント。その心は、未だ開いたとは言えない。
だが、この月を舞台にした戦いで、ある程度でもいい――カレンを認めてほしい。
敵としてではなく、味方として召喚に応じてくれた以上、彼もまた未来の消滅を憂いた英霊の一人なのだろう。
そんな彼が、この都市で活動する一人に対し、強い感情を抱いていたことは――今はまだ、知らない。
――余談だが、この後オフィスに戻った時、凛に監督責任だとガンドをぶち込まれたのは言うまでもない。
遺憾なことに、この特異点における最初の傷は、一杯のコーヒーから始まった下らないにも程がある同士討ちだった。
その他、現代知識を持つとはいえ機械に順応した訳ではない一部のサーヴァントによりパソコンが二台ほど臨終していた。
容疑者は原形を留めず黒い煙を噴くパソコンだったものを前に、「わ、わたくしが悪いのではなく! 精神的ぶらくら……? なる悪辣な罠のせいです!」などと供述した。
【悲報】マイクラを踏むサーヴァント
というわけで拠点確保。広めのオフィスです。
生活のための設備もバッチリ。ところでこんな所のコーヒー飲んで大丈夫ですかね。
ややコメディ寄りな雰囲気ですがご安心ください、難易度は上がります。
ちなみにきよひーはマイクラ踏んでビビッて火とか出しちゃったんだと思います。
そしてモリアーティについて言及。
FGOにて真名を隠して登場するサーヴァントに関しましては、原則真名を出す状態での登場となります。ご了承を。