Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
ベオウルフの戦い方は、恐ろしいものだった。
力任せに見えてその双剣は冷静に振るわれている。
遮蔽物が多く、複数での戦いに向いていない戦場とは言え、それぞれに冷静に対処出来ているのは恐ろしい。
剣戟は百、二百と次々に積み上げられていく。
しかしながら、アルテラの戦い方はベオウルフにとって対処しづらいものだろう。
何せ、その剣の性質は見たことがない。
三色の光が束ねられて刀身を形成した剣は、鞭のようにしなりベオウルフを幾度も襲う。
四つの絶え間ない攻撃を単身で対応し、十分あまり。
遂に戦況は動く。
「――――なっ」
攻撃の雨が止んだ。
ジークフリートが僅かに動きを鈍らせた。
偶然にもその二つが一瞬に重なり、隙を生んだ。
その隙を正確に突くのも、ベオウルフが生粋の英雄たる所以か。
ジークフリートに叩き込まれる棍棒が如き剣。
ベオウルフが『ネイリング』と呼んだそれが、力の限り叩き込まれる。
例え彼でも、ただでは済まない。そう思ったが、砕ける音はジークフリートからのものではなかった。
「……そうか。その一振りがネイリングとあらば是非もあるまい。竜殺したるお前の剣は竜に通じないのだったな」
「……テメエ」
粉々に砕けていくネイリング。
ジークフリートは無傷。剣だけが砕け、その一撃は終了した。
「お前に対して、俺の相性は悪いのだろうが、剣は別だ。俺にその剣は通用しない」
「……竜鎧の剣士。そうか、テメエ
曰く、ネイリングは名もなき火竜との戦いにおいて、ベオウルフの膂力と竜鱗の防御力により砕けたという。
対して、ジークフリートは邪竜ファフニール討伐の折、その血を背中を除く全身に浴びた。
全身は竜の如く硬質化し、名剣をも通さない生身の鎧となった。
竜の属性を持つジークフリートは同じく竜殺したるベオウルフとの相性は悪い。
しかし、竜に通じなかった武器は、サーヴァントの武具となった今も通じない。
「でも――まさか剣が折れただけで終わりって訳じゃないんでしょ?」
ブーディカを始めとして、剣の紛失で油断する者は誰一人いない。
「おうよ。だがフルンディング一本で相手ってのは中々キツイものがある、な……」
そして、信頼する剣が失われたとて、ベオウルフも怯みはしない。
言葉とは裏腹に、その獣の如き笑みはより深くなる。
「良いぜ。剣が通じねえなら通じねえなりの戦い方がある。力入れろよ英雄共。精々その体、砕き潰されねえようにな」
言いつつも、ベオウルフはもう片方の剣――フルンディングも手放した。
それは決して、降伏ではない。
寧ろそれは、「剣を手放すべき」という判断による、全力の証明。
何しろ、剣が通用しなかった火竜を仕留めたのは、代わりとなる槍でも弓でもない。
「――メルト!」
「ッ!」
踏み込み。後退。
一手遅れたメルトに迫るベオウルフ。
術式――間に合わない。
ベオウルフが生涯頼りとした究極の武器は、肉体そのもの。
ありとあらゆる闘争の源流たる素手での格闘――!
「おらあ――!」
メルトでは、一撃耐えることもままならない拳。
ここで終わり――一瞬、そんな諦観を抱いた。
なんと愚かなことか。幾度サーヴァントと戦ってきたと思っている。相手は強力なれど、匹敵するほどの英霊との戦闘回数は決して少なくない。
その身の耐久力が平均より劣っていることなど、メルト自身が一番理解しているのだ。
「……チッ」
激突音はない。
メルトの眼前で、拳は停止している。
張られた水の膜は鋼鉄の盾よりも堅く担い手を護り、衝撃さえも通さない。
『さよならアルブレヒト』。
これまで何度も危機を脱するために使われてきた、メルトの低い耐久力を補う万全の防御。
「ふっ――!」
「ッ、甘ぇ!」
初撃を受け止め、すぐさまメルトは反撃に転じる。
ベオウルフが身を反らしたのは、天性の直感によるものか。
蹴りに対して素早く退避し、周囲のサーヴァントの追撃を警戒しながら迎撃態勢を取るベオウルフ。
だが、更に攻めることなくメルトは笑みを浮かべる。
「ハク、掠ったわ」
「……そうか」
それは、メルトの勝利宣言だった。
聖杯戦争やCCCの際とは違う。今のメルトには、彼女を“アルターエゴ”たらしめるスキルが備わっている。
ランクにしてEX。id_esと呼ばれる、アルタ―エゴに属する者だけが持つチートスキル。
「――! テメエ、何打ち込んだ!」
「あら、気付くのが早いわね。たいていはもう少し浸食してから気付くのだけど」
「……レオ、メルトリリスは何をしたのだ」
「――なるほど。そういえば、いつか聞いた覚えが。記憶が正しければ、メルトさんの真骨頂ですよ」
スキル、メルトウイルス。
打ち込まれたが最後、浸食は止まらず宿主を溶かす
たった一撃ならば時間は掛かろうが、それでも決定的に状況を動かし、絶対優位を確定するのがメルトリリスという存在だ。
たとえ大英雄でも、その進行を止めることは出来ない。
これが毒状態に該当するならば、毒に絶対的な耐性を持った英霊ならば或いは防ぐことが出来るだろう。
しかしベオウルフにそのような逸話はない。ウイルスは止まらず、彼を侵し続ける。
「やっぱり、月から出れば速度も落ちるわね。少し調整が必要かしら」
「何だか知らねえが……
「単純な結論ね。間違ってはいないけど、もう少し気品は出せないの?」
「こりゃあ失礼。何分こちとら年若い頃の姿で現界しててな。ジジイで、更にセイバー辺りで召喚されてりゃあそれなりに落ち着きもしただろうが」
ウイルスは即効性はなく、存在の中枢を侵すまで自由は続く。
如何に一撃当てたとは言え、一切油断は出来ない。
「さあ、続きだ。覚悟――」
気にすることなく、ベオウルフは戦いを続行しようとする。
しかし、獲物を捉え踏み込むことなく――その表情を変化させた。
「……悪ぃ、此処までだ。どうやら今回の王様に蛮勇はないらしい」
「何……?」
構えが解かれる。
未だ全員に警戒をしながらも、ベオウルフは肩を竦めた。
「戻ってこい、だとさ。まだ会ったこともねえのに俺が味方についたことは分かるらしい。どんなカラクリがあるんだか」
「撤退するということか?」
「おうよ。嬢ちゃん、テメエが何かを仕込んだってんなら、手遅れになる前に礼参りをする。まあどいつが相手でも良いが……次は最初から全力だ。後腐れないよう、存分に殴り合おうぜ」
その言葉を最後に、ベオウルフは姿を消した。
しかし、霊体化とは違う。
瞬間的に感じられた、高密度な魔力。これは――
「……令呪?」
『近いものなのは確かだよ。多量の魔力による空間転移、サーヴァントが単独で出来ることかな……?』
恐らく、向かった先はカムラン。
黒竜王がいるとされる、敵の本拠地だ。
これ程の魔力を遠距離から操れる存在……もしかすると、相手には極めて強力なキャスターがいるのだろうか。
黒竜王自身がキャスターという可能性が最も高い。
そこまで強大な英霊ならば、時代一つを脅かす災厄も或いは可能かもしれない。
「早めに発った方が良いか。道を変え、迂回すべきだな」
「キャスパリーグ、何処か良い経路はある?」
「フォウ、キュウ!」
この場が知られた以上、残っているのは悪手だ。
キャスパリーグはブーディカの問いに肯定の鳴き声を上げる。
まだ夜明けは遠いが、出発だ。万全に休めたとは言い難いが、仕方ない。
「よし、行こう。頼んだよ、キャスパリーグ」
「フォーウ!」
「その前に、レオ。キャスパリーグを此方に……」
「フォーウ……」
「またですか、セイバー……メルトさん、良いのですか?」
「良いわ。私にはコレがあるし」
……方や、キャスパリーグ。方や、謎の人形。
敵サーヴァントとの戦いを終えた後も、彼女たちには妙に緊張感がなかった。
その後、僅かな休憩も交えて、その日の太陽が傾き始めた頃。
想定していた道とは外れつつも、カムランの丘と呼ばれる場所に辿り着いた。
敵の本拠地というからには、守りは万全であると踏んでいたが――
「……まさか」
その驚愕は、誰しものものだった。
丘――で、あったものに存在する遺物。
それは明らかに見覚えがあり、ここに在ってはならないものだった。
失われることのない輝き。その清らかさを証明する白亜。
「……キャメロット?」
紛れもなくそれは、キャメロット。
あの場所にしかあることを許されない、アーサー王の居城。
そして、それを中心として広がる城下街。
そこに、有る筈のない都市があった。
「偽物か。よっぽど王様とやらは性質が悪いみたいだね」
ブーディカは、静かに怒りを露にする。
自身の後にある英霊の城を模倣されたこと、決して赦せることではないのだろう。
黒竜王は、諸侯を纏め上げ、事実上のブリテンの王となっているらしい。
この国の象徴でもあるだろうキャメロットを自らの城として建設することで、王たらしめているのだ。
「どうする。人形騎士を斥候として送るか」
「目立ちすぎる。隠密行動に長けた騎士があれば良かったんだけど……」
人形騎士はそれぞれ剣士、弓兵、槍兵だ。
そして、此方のサーヴァントはセイバーが二人にアヴェンジャー。
メルトも隠密行動を出来る存在ではない。
アルトリアにつく英霊にアサシンクラスがいないことは、やはり手痛い。
キャスパリーグの視界妨害はマーリンには及ばない。動けば効力は落ちるし、街に入れば敏い英霊には気付かれよう。
「……この街自体に危険はないとは思いますが、内部はもう敵陣地だ。どうするべきか……」
街には、防壁一つない。
さながら迷い人全てを受け入れ、そして出て行くも自由であるような。
『――皆、何かの反応が近付いてきてる。数は一……あまり大きな反応じゃないけど』
「ッ」
キャスパリーグの魔術は、変わらず機能している。
だというのに、見えてきた人影は真っ直ぐ此方へ向かってくる。
英霊ではない。
姿を目視できる場所まで歩いてきたそれは、重厚な鎧を纏った騎士だった。
「……」
その姿には、覚えがある。
今僕たちが連れている、人形騎士そのものだ。
この時代のオーソドックスな鎧なのかもしれないが、どうにも、妙なものを感じる。
「――貴方たちが、騎士王の側にある勇士殿ですかな」
騎士は、抑揚のない機械的な声を発した。
「……」
どう、答えたものか。
この場で戦闘になる可能性は十分に考えられる。
一人ならば容易く片付けられようが、街は近い。援軍はすぐにやってくるだろう。
考えているうちに、再び騎士は声を出す。
「我らが黒竜王がお待ちです。どうぞ、白亜のキャメロットへ」
「待っている……?」
「騎士王を助く正義の勇士、貴方たちを城までお連れするよう、黒竜王は命ぜられました。私も、黒竜王も、戦う意思はありません」
黒竜王に僕たちのことが知れていた――それは、予想していたことだ。
ベオウルフだけでなく、シャルルマーニュやクリームヒルトとも接触しているのだから。
だが、戦うつもりもなく、待っているとは。
「……行きましょう、ハクトさん。どの道ここで立ち往生している訳にもいきません」
「……そう、だね。白羽、周囲の警戒をよろしく」
『了解。気を付けて、皆』
この騎士には、魔術が効いていない。
超常の存在であることは明らかで、黒竜王はそれらを束ね超越する存在だということ。
謁見する機会があるならば、それに越したことはない。
だが、相手が紛れもない敵であるならば――街に入った途端に襲撃ということも考えられる。
常に魔力を体中に巡らせ、不測の事態に対応できるように。
サーヴァントたちも剣を持ち、警戒態勢で歩く。
「……少しよろしいですか。何故貴方は、僕たちの姿が分かったのです」
レオの問いに、詰まる様子も見せず淡々と騎士は答える。
「我ら白亜の民に、魔術は通じません。常に潔白で、誠実たれという黒竜王が与えたもうた
「ギフト……」
恐らくそれは、黒竜王による祝福の類。
宝具か、スキルか。対魔力とは似て非なる、魔術を打ち破る手段か。
敵と考えると、非常に危険だ。魔術による補助が出来ないことは、場合によっては深刻な事態に繋がる。
この街の民全てに、それが掛かっているともなれば、尚更黒竜王は恐ろしい。
そんな王が統べる都市に、今、一歩足を踏み入れ――
「――――え?」
――次の瞬間、何かが変わった。
空気でも、温度でもない。もっと気付きやすいが、あまりにも自然に感じた。
上空を見る。傾いていた筈の太陽は、中天にあった。
どういう理屈か。レオも、メルトも、サーヴァントも、驚きを隠せない。
そして、その太陽の下、街は賑わっていた。
大人が、子供が、老人が、等しく笑う、まるで理想都市。
流石に剣を持った異人は不思議なのか、好奇の視線が集まるが――しかし、警戒には至らない。
此方の無害を信じるように、傍を歩いていく者もいる。
正直なところ、予想外が過ぎた。
戦闘は決して避けられないものだと思っていたのだが……
「間もなく王城です。そこからは、あのお方が引き継ぎます」
「あのお方……?」
近付いてきた王城。
その扉の前に立つ、一人の騎士。
『――――ッ! 何この反応!? 超級のサーヴァント……!』
姿が見えなくとも、白羽の驚愕は伝わってきた。
『――、城内部にも、強大な反応複数! それに、一つ……何、これ……?』
「……白羽?」
白羽の様子は、明らかに異常だ。
城内部には当然、サーヴァントがいよう。
或いは、シャルルマーニュやクリームヒルト、ベオウルフもいる可能性がある。
しかし、それらとは違う。白羽の反応はそれらと比較しても規格外が過ぎるものを見たようだった。
そして――その理由の一つは、すぐわかった。
「ッ!」
「……ま、さか」
門衛の如く屹立する、白銀の騎士。
息を呑んだのは、レオだった。
此方が驚愕に立ち止まると、向こうから歩み寄ってくる。
圧倒的な魔力。通常のサーヴァントだというのに、その力はA級サーヴァントが三人揃っても攻め切れる保証はない。
その根拠も、実質も、全て知っていた。
かつて敵として、味方として、幾度となくその武勇を見てきたのだから。
「ようこそいらっしゃいました。我らが白亜の都へ」
騎士は一礼し、小さく微笑む。
見違える筈もないが、声を以て確信へと至る。
何故――何故、彼が、彼方側にいるというのか。
「――私はガウェイン。王命を受け、今一度ブリテンに立った騎士の一人にございます」
ベオウルフとの戦闘はカット。一行はカムランに辿り着きました。
また、ガウェインと邂逅。此度は黒竜王側の英霊となります。
EXTRA編、CCC編と長らく使用禁止だったメルトウイルスですが、GO編ではしっかりと所有しています。
本来のチート具合が猛威を振るうかもしれませんし、振るわないかもしれません。