ULTRAMAN・BORN IN DARK   作:サカマキまいまい

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Prologue-暗黒時代ー

飢えた獣の目玉のような黄色がかった月がぼんやりと、苔で出来た木が集まった黒い森を照らしている。本来ならオオカミの遠吠えや、虫の歌で賑わうであろう森は不気味な沈黙に包まれていた。

まるで生き物達がなにかに怯えているかのように。

 

その森の下草がいきなりガサガサと動いた。

 

「はあっ!はあっ!はあっ!」

 

茂みから飛び出し、森を駆け出したのは一人の幼い少女。

 

闇の森を独り、何かに怯えながら走る幼い少女━━ペグはお婆の言いつけを破り、穴蔵から出てしまったことを後悔していた。

 

一刻も早く、自分の居場所に戻らなければならないと知りながら、ペグは何度も背後を振り向いてしまう。

 

しかし幾ら彼女が目を凝らした所で、光が届かない森の深部で蠢いているナニカを見つけることは出来なかった。

 

だが姿は見えずとも、べグの鼻をつんと刺す届く魚が腐ったような臭いが、ずりずりと地面を這う湿った音が、背後から忍び寄る影の存在を示していた。

 

くんっ!

 

突如、足がつんのめり、上半身が宙に浮く。

 

「きゃっ?!」

 

背後に気を取られていた彼女の足が粘ついた何かに絡まり、少女を引き倒した。

 

「うっ……ぐすっ、うう」

 

現代でいう所の少なくとも3キロは、彼女は幼い足を酷使して走っていた。尤も、人々から叡智が奪われたこの時代に生きるペグには、気が遠くなるほど走ったということしか分からなかったであろうが。

 

それでも、走る。━━━死にたくないから。

 

彼女の目の前で、訳も分からず笑顔のまま干からびた、彼女が大好きだった二人の親友たちのようには。

 

━━けれど。

 

5歩も歩かない内に、くらりと意識が遠のいたペグは地面に倒れ込んだ。

 

「う……。……あ?」

 

ちらりと彼女の視界に映ったのは己の足。だがそれは慣れ親しんだ細く青白いものではなく、見る間に干からび、茶色くなっていくモノだった。

 

否、そうなっていくのは足だけではない。最早彼女の体全体がそうなっていたのだ。

 

「あ、アア………」

 

 

ばきばきと乾いた枝が折れていくような音を立てながら、彼女の瑞々しかった体が縮んでいく。

 

やがておよそ人が倒れたとは思えない、かさりという微かな音と共にペグは生臭く、湿った地面に転がった。

 

ミイラのようになった少女の体の陰で、ぐぶぐぶぐぶと泥水が泡立つような音をたててペグの足にくっついていた、ぶよぶよとした触手はどくんどくんと脈打ちながら闇に消えていった。

◆◆◆

 

 

 

━━さて、今日はよう集まってくれた。今日は少しばかり、皆に老婆の話に耳を傾けて貰いたくての。

 

薄暗い穴蔵の壁に、弱い炎が老婆を照らすことで生まれた影がゆらゆらと踊る。

 

━━今日話すのは物語でも説教でもない、確かに有った事実。瑶か昔の人々の軌跡、即ち《忘却の時代》についてじゃ。

 

 

━━多くの人間は忘れておる。自分たちが嘗て築き上げてきた栄光の歴史を、嘗て自分たちが明るく暖かい世界で生きてきたことを。そして、彼らを見守る大いなる炎があったことを。

 

彼女の話す声は決して大きな声ではなく、しかし明確に人々が集まる広場に朗々と響いた。

 

彼女が言葉を紡ぐ度、人の中心でひっそりと焚かれた篝火は強さを増し、くらやみからじわじわと染み出て人々の間を這う闇は、こそこそと影へと還った。

 

 

━━遥か昔、まだあの恐ろしき山々が小さな丘ほどの高さもなく、世界が闇に覆われていなかった頃。人々は嘗て自分達を支配していた者達を忘れ、大いなる炎の下でのびのびと繁栄し文明を、栄光を築き上げた。

 

目を輝かせる子供達に老婆はその栄光の一端を語り聞かせた。

 

かつて天にも届くような塔が幾つも地上に並び立ち、今とは違う白く綺麗な雲を突きぬけていたことを。

 

かつて変わらず人々を照らし続けた大いなる炎があったことを。

 

かつて人類が更なる高みへと羽ばたく日を望み、その時が来るまで見守り続けた守護者がいたことを。

 

きっと子供達には、老婆の話の三分の一程も理解出来なかっただろう。けれど、彼らの大きな瞳に輝くものを見て、老婆は顔をしわくちゃにして微笑んだ。

 

彼女はそこで一度話を止め、差出された杯から水を飲むと重々しく続けた。

 

━━だが、そこで輝かしき人類の歴史は終止符を打たれたのじゃ。かつてこの大地を治めていた古き者共、《旧支配者》の帰還によって。

 

《旧支配者》、その言葉の響きに大人達は皆、体をぶるりと震わせた。

 

━━初めは人類は彼らとの共存を目指した。古き者共もまた、知性を持つ生き物だと知ったからじゃ。しかし、彼らは人間の理解を超えた悪意の塊じゃった。彼らの吐く息が空や海を汚し、手を差し伸べた人々を躊躇いなく喰らうその姿を目の当たりにした時、人類は彼らと対峙する道を選んだ。

 

━━旧支配者と人類の戦いは、当初は人類が優勢じゃった。今とは違い、人々は決して無力では無かった。我らよりも遥かに賢く、理性的だった人々は互いの力を合わせ、理不尽な闇の力に抗った。しかし、やがて空は旧支配者がもたらした黒く分厚い雲に覆われ、それと共に大いなる炎の加護は人々から喪われ、心に灯されていた叡智の炎も又消えた。

 

真剣に耳を傾けていた人々が息を呑む。

 

━━悲しみの歴史の始まりじゃ。人は狂気に飲まれ、理性を持たぬ獣となり、同胞を喰らい、犯した。人類はお互いを殺し合い、辱めた。狂気に飲まれた人々は闇の眷属の手に堕ち、理性を持った人々は旧支配者の奴隷となり、供物となった。人類は完膚なきまでに旧支配者に敗れ去った。

 

━━残った、辛うじて人としての境目を守った人々も受け継がれてきた叡智を失い、地上を追われ暗い穴の中へと逃げ込んだ。そうして今に至るまで、人は古き者どもに怯えながら地面の下でひっそりと生きてきたのじゃ。

 

 

 

 

老婆の話が終わった後、暫くは誰も口を開こうとしなかった。否、開けなかった。老婆を中心に輪を描くように座っていた人々は何かに怯えるように、しきりに部屋を見回し、炎に近付いてお互いに寄り添った。

 

パチパチパチと焚き火がたてる音だけが響く。

 

 

その重苦しい沈黙をパン!と乾いた音が破った。驚いた人々の視線が集まる先に立っていたのは一人の少年。

 

無造作にのばされたボサボサの黒髪を掻きながら、彼は老婆を睨んだ。

 

「チッ、おいおいお婆様よお。皆にこんな顔をさせたくてそんな詰まんねえ話をしたのかよ?」

 

「ちょっと、カリン!」

 

少年の傍に座っていた小柄で小麦色の髪をした少女が慌てて少年の服の裾を引っ張るが、彼はその少女には見向きもせず、ふんと鼻を鳴らした。

 

「うむ。皆を過度に怖がらせるつもりは無かった。しかし、ゆめゆめ忘れてはならぬ。最早、大地は、世界は、我らのものではない。一度穴蔵から出れば、我々は狩られるものとして怯えていなければならぬということを。......そして最後に皆に辛い知らせを伝えねばならぬ」

 

その言葉に空気が凍った。誰もが薄々と察してはいた、けれど受け入れたくなかった現実が突きつけられる。

 

「三日前、穴蔵から居なくなったモリー、アラネア、そしてペグーは既にこの世には居らぬ」

 

その言葉にわっと泣き崩れる数人の顔に、カリンは見覚えがあった。三人の幼い少女達の両親だ。いたたまれない気持ちになって下げた視線の先に、同じように声なくボロボロと涙を零す幼なじみの姿を見て、カリンはぎゅっと目を閉じた。

 

 

◆◆◆

 

 

「では、幼くして喪われた命の為に、祈りを捧げようぞ。巫女長は、巫女を連れて祈祷の間にて、像に踊りを捧げよ。私はここで皆と祈ろう」

 

未だすすり泣きの聞こえる広間に老婆の声が響くと、人々はその言葉に抗議することなく従い、とめどなく流れる涙を瞼の裏に押し留めると、のろのろと動き始めた。

分かっているからだ。負の感情はそれに惹かれる良くないモノを呼び、更なる負の感情をもたらすと。この時代、人間は自分の感情を開放するといった、そんな当たり前のことすら許されなかった。

「カリン……。私、行かなきゃ。カリンは此処で皆と居てね」

 

拳を握りしめ、心ここにあらずの状態だったカリンはその言葉に我に返ると、幼なじみに首を振った。

 

「いや、俺も一緒に行くよ」

「え?でも、巫女以外の人は此処でお祈りしろってお婆様も言っていたじゃない」

困ったような顔をする幼なじみの背後に周り、その小さな背中をぐいと押す。

 

「いいんだよ。人が多過ぎて祈祷の間に全員が入らないってだけだから。俺だけなら大丈夫だろ」

「え、えー。いいのかなあ?」

「大丈夫大丈夫」

「大丈夫、ではありません」

 

戯れていた二人の会話を凛とした声が遮った。

 

「げっ」

「あ、お姉ちゃん」

「アズサ、カリン、こんにちは。……ところで、何やら聞き捨てならぬ事を企んではいませんか、カリン?」

 

切れ長の目がカリンをじっと捉えた。

 

「べ、別に企んじゃいねーよ。しきたりを蔑ろにする気もない」

 

その鋭い眼光にたじろぎながら答えたカリンをじっくりと眺め、やがてふっと笑った。

 

「まあ、良いわ。私たちについてきなさい。でも服はちゃんと正装に着替えること」

「わ、分かったよクレア」

 

カリンがクレアと呼んだ、大人びた少女は微笑みながらカリンの頭を撫でると巫女長の元へ去っていった。

 

「むー」

 

撫でられた頭を抑えながら、その背中を目で追うカリンを、アズサがジト目で見つめる。

 

「な、なんだよ……」

 

その視線に気づいたカリンが若干どもりながら尋ねると、アズサはぷいと顔を背けた。

 

「別にー?私、着替えてくるから。カリンもちゃんとした服に着替えてきてよね」

「分かってるよ……」

 

トゲトゲしい雰囲気を醸し出しながら、帰っていく幼なじみの後ろ姿を見て、カリンは独り、ぼやいた。

 

「なんだってんだよどいつもこいつも………」

 

 

 

◆◆◆

 

リン、リン、リン…………

 

 

白装飾に着替えたカリンは、橋を渡って祈祷の間に入ると、自身を包んでいた空気が一変したのを感じた。

 

じめじめとした気持ちの悪い空気は、凛とした空気に一掃され、靄がかかっていたような頭が研ぎ澄まされる。

 

ドーム状の洞窟は壁に立て掛けられた僅かな明かりを、橋の下1面に広がる汚れなき水面が反射し、神々しく輝いている。

 

ここが穴蔵に住む人々の最後の安らぎの場所、祈祷の間。大地は、海は尽く古き者どもによって汚された。しかし、世界は未だ辛うじて息ずいていた。汚れた水は大地の奥深くで浄化され、再び汚染される前にその一部が、祈祷の間に満ちている。

 

それは闇に満ちた世界がまだ完全に覆われた訳ではないという希望であり、狂気に飲まれかける人々を浄化する力だった。

 

リン、リン、リン………

 

祈祷の間の中心部に続く橋を渡る巫女達が、手にした鈴を振り、巫女長を筆頭に一糸乱れぬ舞を見せる。

 

やがて中央に安置された『像』の前に辿りついた巫女たちは、一斉に膝を降り、ソレに頭を垂れた。

 

カリンもそれに倣い、形だけは示す。

 

「「古の守護者よ、大地に彷徨う我らの祈りにお応え下さい。旅立つ魂に道を示したまえ。幼子に大いなる炎の加護があらんことを。大地を彷徨う我らに導きがあらんことを」」

 

朗々と響く巫女長の声は、堂々としたものだったが、カリンには空々しく聞こえた。

 

(皆、そればっかりか。なまじ、縋る対象があるだけに。だけど、俺は違う。こんな何もしないモノに頼ったりなんかしない)

 

そうしてカリンは祈祷が終わるまでの間、ずっと部屋の中央に置かれた人々の信仰の対象を睨みつけていた。

 

 

 

今の人間の技術では到底創り出せぬ程、滑らかに彫られた、水底から天井まで届くほど大きな巨人の石像を。




 Chips

忘却の時代:人類が最も繁栄していた栄光の時代。人が旧支配者の存在を忘れていた時代であり、現在、人々から忘れられている時代であるが故に、こう呼ばれる。

暗黒時代:旧支配者が帰還した時から現在に至るまでの時代。世界の表面は全て、古き者どもに汚染され、深部が僅かに清純を保っているのみである。地表は化け物が跋扈し、人は狂気に飲まれる。それゆえに人々は穴蔵と呼ばれる居住空間を大地の下に築いている。

人間のスペック:工業的技術の殆どが失われており、生活レベルは低い。一方で、旧支配者の使う技術が流れてきており、一部の人間はそれを模倣した「魔術」と呼ばれる技能を発揮する。





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