バイオハザード インクリボンがゴミと化した世界で   作:エネボル
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チャプター2


05 死中に活を……

 掃討作戦指令書

 内容:中央通り及び下水道へのC4爆弾の設置、バリケードの敷設
 時間:本日午後6時
 作戦人員:20名
 補足1:基本的には人命救助を優先するが、対象が呼びかけに呼応しない場合は殺傷を目的とした発砲を許可する。
 補足2:爆薬敷設後は作戦区画から直ちに撤退し、本部からの指令を待て。


「――爆破20秒前!」
 
 血肉を求める無数の唸り声が、合唱、輪唱となって周囲一帯に響く――
 警察の作戦で大通りを抜けた先の広場には数千のゾンビが群れを成し、一区画におびき寄せられていた。
 目の前に広がるのはまさしく正気を害しそうになるおぞましい光景だったが、しかしそれを前にしても彼らは使命を忘れなかった。

「カウント10、9、8、7――――」

 レシーバーを構えた警察職員が作戦開始の合図を取る。
 カウントが始まると同時に、最後の調整を終えた作業員達がパトカーで作ったバリケードの奥へと撤退した。
 しかしその時、亡者を隔てていた檻の一角が崩れた。

「――っぁああ!」

 起爆スイッチを手にする職員が恐れから上擦った声を荒げた。
 亡者の群れが白濁した目で朽ちた手を伸ばし、腐った吐息を吐きながら迫る。
 強い嫌悪感と恐怖が起爆装置を握る男の身を包んだが、それでも彼は手にした希望を落とさずに、震えながらも勇気を振り絞って役目を果した。
 そして直後。地獄の釜が開いたように巨大な焔が地面から吹き上がった。
 起爆地点から距離をとった多くが、その身を焼かれるような強い熱を感じた。
 広場に集められた亡者の群れは等しく焼き払われ、夜の帳が訪れたラクーンシティの空を明るく照す。
 無数のゾンビは天に還り、目の前には巨大なクレーターと紅蓮の炎、そしてもうもうと立ち上る巨大な黒煙が狼煙のように上がった。

「成功だ!」

 紅蓮を前にした警察官らは強く勝鬨を上げた。
 それは後に悪夢と語られるラクーンシティーの惨劇の中で、唯一R.P.D.が悪夢に勝利した奇跡の瞬間である。





 ジョー・ナガトの手記 その2

 自宅から見知った大通りまで脱出するのに壮絶な体験をした。
 たった一日。昨日に比べて街を歩くのにこの様だ。
 こんな事なら、昨日の内にさっさと街を出るべきだったと強く後悔した。
 しかし他の生存者と合流できたのは幸いだ。少しは俺も役に立っただろうか……? だけどコレが精一杯。これ以上は正直、期待されても困る――――
 さて、そんな俺達だが、ついに何とか警察官らと合流する事ができた。
 警察が封鎖する警察署近辺の中央ブロック。その南側にある通称ダウンタウンに最も近いフラワー通り近辺では、ロバートを初めとする多くの顔見知りが独自に防衛網を展開していた。
 何れも知り合いで、ありがたい事に俺の事を探していてくれたらしい。
 互いに無事が確認できて本当に良かったと思う。
 ――だけど正直、さっさと逃げろと思った。
 またその際に状況を尋ねてみると、多くが『間違いなく昨日スタジアムで行われたフットボールの試合が原因だ』と言っていた。
 曰く、スタジアムの観客席に暴徒が現れたらしい。
 そしてその暴徒こそが感染者であり、その感染者から爆発的なゾンビ感染が広がった。
 そして一夜明けてこの騒ぎとなり、明日にはもっと状況はひどくなるだろう、と――

 最後の“明日はもっとひどい事になる”とは明言しなかった。だけど俺も感じた事だし、きっと他の多くも胸に秘めていた事だろう。しかし誰も口にしないなら俺も無闇に口にしない事にする。
 そんな憂鬱な話題の何が面白い?
 ――要するにそういう事だ。

 そしてつい三十分ほど前だが、警察による大規模な反攻作戦が決行された。
 大通りを挟んで少し先の広場では鈍重な鉄のフェンスがいくも設置され、その人為的に作られた檻の中に警察と民兵の協力によって誘導された無数のゾンビの群れが詰め込まれた。それなりの距離からも呻き声の大合唱が聞こえてくる程の数だ。
 ちらりと確認したが、正直数えるのも馬鹿らしくなるほどの大群がそこには居た。
 はっきり言うが、マジでゾッとした。
 もし決壊すればそれこそ津波のような勢いで、奴らは生き残った生存者を嬉々として飲み込むだろう。
 こんな作戦を考える奴も実行する奴も頭がおかしいと思ったが、だけどありがたい事にその作戦は成功してくれた。
 
 署長はクソ中のクソだけど、やはり現場の人間は尊敬出来る。
 一部の素行不良もこの時ばかりは人命優先で最前線に立つ気概を持っているからな。
 親父も警察官だから多少贔屓は入っているが、恐らくこの事件がなかったら俺も警察官を目指したかもしれない――まぁ、それは良い。
 問題はこの後だ。
 この後、俺自身がこの街からどうやって生き残るか、だ。

 ――――リッカーから受けた傷が微妙に痒い。





 “爆破作戦”の成功と共に現場からの撤収作業が始まった。
 それに伴いオルガ達生存者は警察のトラックに乗って一時的に警察署に避難する手はずとなる。
 そこから脱出ルートに向かって陸路でのピストン輸送を行うというのが、警察と消防の立てたプランである。
 脱出ルートは大きく分けて2つ。
 一つは市外に唯一繋がるハイウェイを車で行くルート。
 もう一つはヘリで脱出するかのルートだ。
 ヘリでの脱出を選ぶ場合は一端、陸路で市内を移動し、東西南北に走る路面電車の車両集積ターミナルに向かい、そして4時間ごとに離着陸するヘリを待ってからの移動になる。
 どちらも一長一短で容易にとは行かない脱出ルートだ。
 しかしそれ以外のルートとなると『壮絶!! アークレイ山地横断ウルトラクイズ』を徒歩でやるか、もしくは市内を流れる二本の川を『気合で泳げ!! 激流川下り』をするかの二つだ。
 ゲーム的なメタを言うとアンブレラが秘密裏に使った地下鉄路線を行くルートもある。しかしこれはアンブレラの関係者以外は容赦なく射殺するであろう殺気立った職員が多数居る様子なので、ジョー個人としては余りお勧めできないルートだ。

「――ゾンビを避けながら長い陸路を地道に行くか、もしくはカプコンヘリに乗るかの二択。もしくは“ウルトラクイズ”か“川下り”の四択。それも嫌なら隠しルートの秘密基地潜入、か。命が幾つあってもたりねぇよ。究極の選択過ぎる」

 ようやく一時的な安寧を得た生存者一行は、その場の警察官らに聞かされた脱出路に強い希望を見出している。そしてこの道中を決死の思いで生き延びてきたオルガ達生存者の安堵の顔を見て、ジョーはとてもじゃないが彼ら彼女らの心をへし折るような現実を突きつける台詞を吐く気にはなれなかった。
 ジョーに言わせれば、目の前に転がってるモノはとても希望とは呼べない。差し詰め皆は、次の地獄への招待状をもらったのだ。
 
「………………どうすればいい?」

 ジョーの顔はひどく浮かないままだった。
 加えてジョーには差し迫った不安があった。つい先程、ボブという一人の生存者の壮絶な最期を真近で見てしまったからだ。
 あれが感染者の末路なのだと、ジョーは思い知らされた。
 人間としての尊厳を保つならば自決、一択。いよいよともなれば、彼の様に覚悟を決めるしかないだろう。しかし今はまだ、何も決められない。感染深度がどの程度なのかも把握できず、ボブの言った様な『人を食いたい』という自覚症状もない。――しかし事実として、ジョーの腕にはリッカーから受けた傷が確実に存在した。

「―――――」

 ジョーは撤収作業を尻目に、自宅から持ち出したミネラルウォーターを口に含んで、一呼吸ついた。
 視界の先にはオルガ達の乗った警察のトラックの後姿がある。
 ガラス越しにこちらを見つめるシェリーとオルガと目が合ったような気がした。
 最後となるだろう言葉を交わしたのがつい先程。ジョーは皆から一方的に取り付けられた約束を思い出した。


 皆を警察のトラックに乗せた際。オルガが、テリが、シェリーが、マックスがジョーに言った。
 警察署で待っている、と――
 危険の中を共に歩いた一同は、最後まで一同の先頭を率いたジョーの身を案じていた。しかしジョーの口から聞かされたゾンビ感染の可能性とそれによる危険からの残留の意思を受け、一同は安易な言葉での気休めを吐けなかった。
 だからこそ言葉少なく端的に言ったのだろう。

「――――いや、待たずに先に脱出しろよ?」

 告げられた言葉にジョーは思わずそう切り返した。
 しかしテリは、「いよいよとなったら嫌でもそうするわよ」とふてぶてしく言った。
 マックスもこれ見よがしに使い方を覚えたショットガンを持ち上げる。そして移動用のトラックにテリと一緒に乗り込む際に、真剣な眼で「信じてるぞ」とジョーの肩を叩いた。

「ジョー、コレ持って行って」

 シェリーは出発の間際に教会で調合したハーブペーストの小瓶を渡してきた。その際の伏せた顔が強く印象に焼きついた。
 シェリーと同じトラックに乗ったオルガは一言、「ありがとう」と告げた。
 そしてジョーの手を取り「待ってるから――」と、シェリーと同じようにハーブペーストの小瓶をジョーに託した。

「――オルガ」
「なに?」

 ふと、ジョーはゲーム本編中でオルガは所長に狙われる事になるのを思い出した。
 磨耗しきったバイオ2での記憶だが、そうしたイベントの存在をふと思い出したジョーは、最後のマガジンを装填した愛用のベレッタをオルガに渡した。
 ――――それは気まぐれだった。

「――持ってけ、護身用だ」
「え――?」
「ハーブペーストの礼だよ」
「………………」

 これほど周囲に警察官と他の生存者がいれば、流石に手出しはできないはずだと思う。だが万が一に備え、バイオ2のイベントで折角助けたオルガが死なぬように、その生存率を上げる為の布石を打った。
 困惑するオルガの手を取りジョーは簡単に使い方を説明した。

「――これがハンマー。そしてこっちの横の摘みが安全装置。撃つ時はコレをはずしてから、音がするまで目一杯スライドを引く。そしてハンマーが倒れたら引き金を引く。オートマチックだから一発撃ったらそのまま連射できるが、残り7発しかないから本当にピンチの時にだけ使ってくれ」
「――――――」
「まぁ、警察署に行けばベレッタのマガジンの予備くらい探せばあるだろう。もし警察署でマービンって言う黒人の制服警官に出会ったら迷わず頼れ。きっと力になってくれるだろうよ。じゃ、元気で。――生きろよ」
「ジョー!」

 トラックの荷台の扉を閉めて、ジョーは軽く手を上げ、出発を見送った。
 去っていくトラックから「――待ってるから!」という慟哭が聞こえた。





「――どうした? お前は警察署には行かないのか?」 
「あぁ」
「なんでまた?」
「………………」

 撤収作業が終わりに近づき、未だ現場に残っているジョーに気づいたロバートが話しかけた。
 ジョーは無言で手当てした左腕の傷を見せた。
 
「――バリー達の言った事は覚えてるだろ? 話が本当なら俺も――まぁ、そう言うことさ」
「っ!?」

 ジョーの言わんとする事を察したロバートが悔しそうに顔をしかめた。

「――――本当にどうしようもないのか?」
「さぁ――」
「バカヤロウ! もっと真剣に考えろ! 何か手があるはずだ!」

 その瞬間、ロバートはジョーの胸倉を掴んで叫んだ。普段声を荒げるのも珍しい男が、だ。
 ジョーはされるままにロバートに持ち上げられたが、逆に何とか出来るなら教えてくれと無性に腹が立った。
 そして舌打ち交じりに逆に問うた。

「大体、店長はなんで残ってるんだよ? 早く逃げないとやばいのは一緒だろうが!?」
「――っ 俺は良いんだよ」
「――――はぁ?」

 と、ロバートは腕を解いた。
 思わずジョーも困惑した。
 ロバートはその場に残る同じ民間の生存者達の姿をチラリと一瞥した。

「――持病なんだ。脱出した所でその先があるとは思えない。此処に残ってる連中の大半がそうさ。俺達は脱出よりも救援を待つ事にしてる」
「ぁん? 聞いてないぞ、そんな話――――」
「――秘密にしてたからさ」

 ロバートは肩を落とし、カラリと口に糖分補給用の飴を含んだ。
 




 ラクーンシティーの中心にある警察署。その南側は通称ダウンタウンと呼ばれている。
 その区画に位置するフラワー通りの少し先に、ケンドの銃砲店は存在した。
 ゾンビパニックから数日。
 街のあちこちで人々がゾンビに食われ、ゾンビと化した。
 しかしフラワー通り近辺は警察署の防衛能力とロバート・ケンドを初めとする多くの市民の抵抗によって、この街の中でも一応の安全が確保された地域となっていた。
 ケンドの銃砲店の近辺にある商業設備には、少なくない明かりが灯っており、この地獄の中で唯一人の営みがあると言える。
 しかしその明かりの下にいる者達は殺伐としていた。
 皆、銃を手にして息を潜め、祈りながら救済される日を待っていた。

「――――少し見ない間に随分とこざっぱりしたな?」

 ケンドの銃砲店のすっかり変わり果てた様を見て、ジョーは思わず吐息を漏らした。
 普段は所狭しと銃が飾られている店には、殆ど武器といえるモノがない。
 もはや何を売り物にしていた店なのか、見当もつかないからだ。

「必要としてる連中に配ってたら、あっという間にこうなったんだ」
「稼げただろ?」
「まさか。この状況で金に意味があると思うか?」
「――違いない」

 ジョーの思ったとおり、ロバートは案の定、無償で武器を配ったらしい。
 そうした要所での心根が好かれ、彼は多くの信頼できる友人を持つ男だった。
 ジョーとロバートは直ぐにゾンビ対策に店のシャッターを閉め、窓や出入り口に鍵を掛けた。
 そして生活空間として使っている二階リビングの椅子に腰を下して、同時に盛大な安堵の溜息を吐いた。

「――腹減ったな。何か食うか?」
「あぁ」

 簡易キッチンで買い置きのパスタを大量に茹でた。そして缶詰の豆とミートソースで味をつけ、大皿に盛って二人で分けて食べた。
 外はすっかりと地獄に変わり果てたが、そこにある営みはジョーにとっては日常である。
 本当に久しぶりに感じた安堵に、ジョーはふと泣きたくなった。

「――本当にバリーの言ってやがったゾンビ菌に感染したのか?」
「わからねぇ。だけど噛まれたり、引っかかれたりした奴がそうなるんだ。舌に抉られて負った傷で、そうでないって言いきれるか?」
「舌に抉られた? そんなゾンビもいるのか?」
「ゾンビじゃねぇよ。やたらと舌の長い気持ち悪いバケモノさ」
「そんな奴が――」
「あぁ」

 自宅を出てからの出来事をロバートに吐露した。
 生存者に会い、教会に逃げ、リッカーと戦い、ゾンビと戦い、更に生存者を見つけて、そして一人の人間の自決を見た――――
 
「……よく頑張ったな!」
「慰めはいらねぇ。失敗してるから残ってるんだぜ、俺は?」
「それとコレとは別だ。お前は良くやったんだ! それは俺が認めてやる!」
「よしてくれ――」

 豪快に背中を叩かれ、ジョーは照れくささと、不意にこぼれそうになった涙を見せまいと顔を背けた。 

「――――ところで、店長はどうなんだ? さっき持病がどうだとか言っていたけど」

 ジョーは無理やり話題を変えた。
 同時にオルガの作ったハーブペーストを瓶から爪の先程取り出しペロリと舐めた。強烈な苦味と辛味が舌の上で爆発し、そして風味が鼻を貫いた。ウィルスに感染しているのなら少しでも何とかしたいという思いからの行動だが、少し後悔した。想像以上のハーブの不味さに思わす顔が苦悶に歪んだ。

「あぁ。実はな――」

 と、ロバートは腰に巻いたポーチからペンの様な針のついた器具と薬を取りだした。それがインスリンの注射器である事に気づくのに、それ程多くの時間は必要なかった。

「――新しいの取りに行こうにもこの騒ぎだ。主治医もどこかに逃げてるはずさ。それに何処の病院も飽和状態で機能を停止してるらしい。――仮に上手く脱出しても、この先インスリンが尽きれば俺は死ぬだろう」
「だけどそれは――――」
「ハリケーンの被災地に水を送るのだって容易な事じゃない。ましてや薬だ。脱出してからその先も上手くいくとは思えねェ。だったら此処で一人でも多くを逃がしてやろうと思ってな。だからそういう連中に俺は武器を配った」
「――――――」

 ロバートの諦観の混じった言葉にジョーは絶句した。

「――死ぬ気だったのか?」 
「まさか――。でも、俺より若くて生き残れそうな奴の為に、脱出の優先権を譲ってやりたいと思ったのは本当さ」

 ロバートは飄々と言った。
 だがジョーにはそれがとてつもない強がりのように思えた。





「――――とりあえず今日のところはゆっくり休め。この部屋は貸してやる」

 その後。どちらとも無く会話が途絶えた後。ロバートは食器を片付けて一階へと降りて行った。
 遠く彼方に遠吠えと無数の呻き声が微かに響いた。
 息を押し殺して夜を過ごす多くの生存者と同じく、ジョーも膝を抱えて壁を背に身体を休めた。
 しかしその心には筆舌にし難いもどかしさと強い無力感。そして憤りの感情が芽生えていた。

「――――本当にどうしようもねェのか、よ」

 薄明かりの中でジョーは自問した。
 死を覚悟して受け入れると言えば聞こえが良い。だが自決したボブや持病のあるロバートとは違い、ジョーには避けられない死が目の前にあるとは言い難かった。

(――意識はハッキリしている。食事を終えて空腹は満たされた。俺はまだゾンビじゃない。まだ死んでない!)
 
 本当に治す方法が無いのか? ロバートを初め、オルガ達にも幾度と無くそれを質問された。それを再び、ジョーは己に問うた。
 感染を治す方法について考え、唯一可能性がありそうな記憶の奥底に蘇った“バイオ”の知識をひねり出す。
 かのビデオゲームで遊んだのはもう数十年前になる。
 そんな遠く彼方にある磨耗しきった記憶を搾り出す様に、ジョーは己の手記に乱雑に関連ワードを羅列した。

(――――バイオ1で登場したかの“かゆうま日記”の著者は、数日掛けて狂っていった。正式には“かゆい、うま”。それ程意識が混濁したのならもう諦める。だが俺はまだ正気だ。何かあるはずだ、他の作品はどうだ?)

 現在の状況はバイオ2である。しかし舞台となる正式な日時は判らない。だが恐らくケンドの銃砲店にレオンとクレアが訪れる。それは覚えていた。問題はそこから先だ。
 ――と、その瞬間ジョーは同じ時間軸を描いたバイオ3の存在を思い出した。その記憶の中で、ネメシスとの戦闘で傷を負ったジルが昏睡した描写がある事を思い出した。

「――そうだ。病院に行ってワクチンを作って治療したんだ。それで、その後は――――」

 治療薬が病院にある。
 このバイオと同じ様な世界にそれが、ゲームと同じく実在している可能性は未知数である。
 が、ジョーはそこに希望を見出した。
 問題は何処の病院にあるか、だ。
 バイオ3でのジルの足跡――
 それを辿るように、ジョーは思い出せるOPから順に、覚えている範囲で脳内の映像を再生した。
 アパートから脱出し、ジルはゾンビを太ももで挟んで撃退した。その後、警察署でブラッドが死に、ネメシスと戦闘になる。警察署の中で――その後、銅像の裏でなぜかバッテリーが見つかる記憶が脳裏を過ぎる。

「っ!」

 思い出の中のシーンを順送りに再生するが、大きく途切れ途切れの記憶の方が多かった。
 バイオ3で一番ツッコミどころのあった仕掛けだろう、銅像の裏にあったバッテリーに印象がそれる。
 その印象が強すぎて他の記憶が大きく薄れていくのを感じた。

「――あれはどこだ。どの銅像だ!」

 その周辺のシーンでふと、路面電車と菱形のカラフルな石のついた扉の存在を思い出した。
 カラフルな石のついた扉――
 それについてはこの世界のラクーンシティでも覚えがあった。
 市庁舎の扉である。そして同時に、銅像も市庁舎に飾られたモノだと確信した。

「その後で路面電車か!」

 バイオ3のジルはその後、バッテリーを使って路面電車を動かした。
 それに乗り何処かへ向かったのだ。 ――しかし、ジョーに把握できたのはそこまでだった。
 ラクーンシティーには市民の足として地下鉄と路線バスの他、街の東西南北を路面電車が走っている。
 その為、バイオ3のジルが動かした路面電車が、どの路線のどのレールを走っていたのかまでは流石に把握できなかった。

「――――クソッ!」
 
 バイオ3のジルが何処でネメシスと戦闘したのか――
 そして何処の病院の設備からワクチンを手に入れたのか――
 一番重要な部分が如何しても思い出せない事に苛立ちを覚えて、ジョーは思わず拳を握った。

「――――分からないなら、探すしかないな」

 幾ばくかの沈黙の末に、ジョーは遂に結んだ決意を吐露した。
 ボブは最期まで人であろうとした。
 ロバートは死を悟りながら救いに奔走した。
 道中を駆けた多くの仲間がジョーの無事を祈った。
 ならば己も最期まで抵抗してやろうと腹を決めた。

 手がかりは市庁舎の扉である。まずはそこへ行き、そして最寄の路面電車の線路を探す。
 その周辺でバイオ3のジルの足跡を追う事が、現時点で可能なやるべき最善の抵抗だと思った。
 ジョーは立ち上がった。
 そして一目散に店の階下へと向かった。

「――――ん? どうした。寝ないのか?」
「あぁ」

 店の地下には武器保管庫がある。
 その部屋の明かりはまだ点いており、ロバートは作業場で犠牲者から拾い集めた様々な規格の銃弾を分解し、残った武器の口径に合うように銃弾を作り変えていた。

「――ちょっと出かけてくる」
「なに? 今からか?」
「あぁ。時間が足りないんだ。それでいくつか武器を持ち出したいんだが、いいか?」
「――――――」

 ジョーは地下保管庫に残った数少ない武装に眼をやり、ロバートに尋ねた。
 ロバートは当然の如く、ジョーのやろうとする無茶を察して、真剣な形相で睨んだ。

「――何をする気だ?」
「治療の当てを思い出した。もしかすれば上手く行くかもしれない」
「それは夜が明けてからじゃダメなのか?」
「時間が無いのは御互い知ってるだろ?」
「だけど――――」
「生きる為に必要だからやるんだ! 力を貸してくれ!」

 声を荒げ、負けじと睨み返すジョーを見て、ロバートは小さくため息を吐いた。





 報告書 9月26日
 
 本日午前10時頃、署内に逃げ込んだ42歳男性(飲食店経営)が、同月24日盗難にあった市庁舎の宝石のひとつを所持しているのが死体検査で判明した。
 尚、男性は逃げ込んできた数十分後にゾンビ化した為、射殺。
 本件は箝口令が敷かれている為調査を保留とするが、証拠品である宝石はしばらく署内で保管する事とした。

 報告者 マービン・ブラナー