バイオハザード インクリボンがゴミと化した世界で   作:エネボル
<< 前の話 次の話 >>

4 / 13
04 現実の恐ろしさを前に 後篇

 オルガ・ウォーレンの手記 その1

 時間の流れが不思議に思える不気味な数時間だ。
 そして気づけばもう夕方。空に夜の帳が訪れている。
 私達がジョーと合流してから教会に逃げこみ、長い舌のバケモノと遭遇したのがつい三時間程前。
 体感ではつい先ほどの出来事のように思えるけど――――
 私達は教会から脱出し、今はジョーが働くという“ケンドの銃砲店”に向う途中だ。
 周囲にはゾンビやお化け鴉といった怪物が群れを成し、私達生きた人間を虎視眈々と狙っている。
 シェリーが居るからこそ、私はまだ自分の足で立っていられる。
 だけどもし皆とまだ会ってなかったら、今頃どうなっていただろう?
 そんな怖い想像がふとした拍子に脳裏をよぎり、思わず涙がこぼれそうになる。
 強がっているけどテリもマックスもきっと同じだろう。
 そんな私達を此処まで引っ張ってくれたのがジョー・ナガトと言う日系人の男の子だ。
 たぶん年頃は17歳ぐらい。明らかに私よりも年下かな?
 それを言うとシェリーは私より5つも年下だけど――
 まぁ、そんな彼のおかげで私達は此処まで生きてこられた。
 彼が最前線で武器を構え、戦ってくれたからこそ、私達はまだ何とか希望を捨てずにいられた。
 だけどそのジョーが少し前から変だ。
 正確には教会であの化物と戦った時から……。
 確かにあの戦闘でジョーは傷を受けた。
 だけど骨が折れたわけでもないし、傷自体はそんなに大きなモノじゃない。
 でもあの傷の事をジョーはひどく気にしていた。
 理由を尋ねてみると、それを聞いた私は強く後悔する事になった。
 パパが市長という家柄なので、私もアンブレラの重役とはパーティーの席で幾度か話した事がある。
 だからアンブレラ社についてはそれなりに知っていたつもりだった。
 だけどジョーの言ったそれは私の予想を遥かに超える話だった。
 アンブレラの人達が実は裏で人間をゾンビに変える恐ろしいウィルスを製造していたなんて――
 実際にアンブレラ社の重役らと面識があった私には、その話が到底信じられなかった。
 だけどジョーの言ったそれには何処と無く頷けてしまう妙な信憑性があった。
 加えてジョーは、自身がそんな恐ろしいウィルスに感染したかもしれないと言った。
 悪い冗談だと思いたい。
 だけどアレは恐らく本音だろうと私は思った。
 ジョーはニヒルに笑って「怪我をするなよ」と皆に忠告したが、たぶんあの言葉は強がりだろう。そんな印象を受けた。
 ―――正直、掛ける言葉が見つからない。
 
 今、私達は街からの脱出を目指して行動している。
 ジョーも変わらず、寧ろより最前線に立って私達の為に戦ってくれている。
 主よ、私の言葉が届きますでしょうか?
 もしも届くのでしたらお願いです。
 ジョーを、私達を、このラクーンシティの皆を御救い下さい。

 アーメン





 ガレキとバリケードと死体に埋もれた道を幾つも経て、ようやくジョーは見知った場所へとたどり着いた。

「――今後は鎖対策にプライヤーも持ち歩いたほうが良さそうだな」
「賛成だ。ついでにバールとチェーンソーもリストに加えてくれ」

 ジョーのぼやきにマックスも溜息混じりに応じる。
 狭い路地の多くはゾンビの侵入を恐れた市民達によって、鎖や縄で扉ごと封鎖されている事が多かった。
 鍵を掛けられただけの扉なら破壊すれば良い。しかし鎖等で開け閉めを物理的に封印された出入り口は流石に迂回するしかない。
 その所為で目的地への移動には想像以上の時間が掛かった。

「ジョー!」
「っ!? ――――銃声?」

 この数時間ですっかりと散弾銃の扱いになれたマックスがショットガンでゾンビを蹴散らした。
 それに重なるように、ジョー達のモノではない銃声が周囲に響いた。
 その直後――
 向こう(・・・)もこちらの銃声を聞きつけてか、ジョー達の歩く路地に面した建物の二階から顔を覗かせた。

「――おい! ジョー・ナガトか!?」

 相手はジョーを知っている様子だった。
 二階の窓からチラリと見えた顔にはデジャヴュを感じたが、ジョーは咄嗟に相手を思い出せなかった。

「誰だ!?」

 ジョーは反射的に声の主に問いかけた。
 すると件の建物から銃声が響き、ジョーの立つ路地に面した二階の窓から見知った顔が大きく顕になった。

「俺だ! ケビン・ライマン!」
「ケビンか!? 無事か!」
「――まさか! 暇なら手を貸してくれ!」
「っ!? 判った!」

 相手はケンドの銃砲店の顧客で、ラクーン警察に勤める不良警官のケビンだった。
 知り合いとの遭遇にジョーは思わず声を弾ませるが、連続して響くケビンの銃声を聞いて彼が戦闘の真っ只中にある事を察した。

「――知り合いなの?」
「あぁ、R.P.D.きっての優秀な不良警官だ。行くぞ!」

 救援を求めるケビンの声を受け、ジョーはテリの問いに短く返しながら件の建物の入り口へと向った。
 しかし入り口の扉は内側から当て木によるバリケードによって封鎖されていた。
 蹴り破ろうとするもジョーの体格では破壊できなかった。
 扉を前でジョーは歯噛みする。――が、そこに「どいてろ!」とマックスがショットガンを構えてジョーを押しのけ扉の前に立った。

「マックス?」
「――任せろ」

 日系人のジョーに比べると、マックスはアメリカ人らしい大柄な体躯だった。
 マックスは扉にショットガンを二発打ち込み、扉越しの外からバリケードの当て木に皹を入れると、手にした銃を一度テリに預けてから助走をつけるために扉から三歩程下がった。

「ウォラァ――ッ!」

 そして扉に向けて肩から豪快な体当たりをかました。
 マックスの体当たりで粉砕された扉を見てジョーは思わず感嘆とした吐息を漏らす。

「すげェな……」

 マックスは得意げに言った。

「これでも大学時代はアメフト部だったんだ。ポジションはタイトエンドで……まぁ、レギュラーは取れなかったがな」

 やり遂げた笑みを浮かべるマックスに、「それでも凄いわよ」とオルガとテリも感心した言葉を送る。
 だが一人。シェリーだけは“タイトエンド”の言葉自体に疑問を浮かべていた。

「――とにかく、これで先に進めるぜ? 助けるんだろ?」
「あぁ。助かった。それじゃ迎えに行って来る。皆を頼むぞ!」
「任せな!」

 封鎖された扉を乗り越えジョーはその場をマックスに任せて単身、建物内部に進入した。
 二階での銃撃の音は激しくなっている。
 そうした騒音に呼応して室内で横たわっている無数の死体が、ゾンビとして呻き声を上げながらゆっくりと起き上がり始めた。

「――寝てろ!」

 ジョーは階段を塞ぐ様に立ち上がったゾンビの膝を撃ち、再び床に転倒させ、その頭を階段の段差に叩きつけるようにブーツで蹴り潰した。
 厚いブーツの靴底と段差の角に頭を挟まれたゾンビは、その首を梃子の原理でボキリと折られた。
 そのまま階段を駆け上がり二階に居るケビンの下に駆けると、そこにはケビンの他に3人の生存者が居た。

「――ケビン!」
「見ての通りだ! 援護してくれ!」

 ジョーは了承の変わりにベレッタを構えて、ケビンらに迫るゾンビの群れに向けて引き金を引いた。
 膝を撃ち抜かれたゾンビが転倒し、それに足を捕られて群れの多くがドミノの様に崩れ倒れた。
 その隙を狙ってゾンビの先頭集団に居る三体をケビンが的確にヘッドショットで射殺していく――

「――無事か!?」
「えぇ!」

 その隙にケビンの救助した3人の民間人がジョーの下に駆けてきた。
 その内一人は胸を押さえて顔に苦悶を浮かべ、もう一人に肩を支えられている。

「怪我人がいるのか?」

 3人の生存者の中で唯一の女性が困惑した様子で頷いた。女性はJ's Barのウェイトレスの衣装に身を包み、胸に“シンディー”と言う名札をつけていた。

「いや、怪我とは違うみたいだけど――――」
「発作が起きたらしい。出口まで援護してくれ!」

 すると男の肩を支えていた黒人男性が、その状況を端的に説明した。

「マーク……」
「喋るな、ボブ!」

 恐らく二人は同じ民間警備会社に勤めているのだろう。胸を押さえて苦しそうな白髪の同僚ボブを支えながら、恰幅の良い初老の男マークがジョーを顎で促した。
 そしてマークはシンディーにボブを預け、拳銃を取り出してケビンを援護する様に立った。
 ケビン、マーク、ジョーの3人でゾンビを牽制し、その間にシンディーがボブを支えながら階段を下りてゆく――
 一階の廊下に差し掛かり、出入り口付近に辿りつくと、マックスが懸命にショットガンを駆使して退路の確保に動いていた。

「――ジョー! 早くしろ!」
「判ってる、今行く!」

 ボブに迫ったゾンビを見て、ジョーは咄嗟にベレッタを連射した。
 肩、首、側頭部を撃ち抜かれたゾンビはそのまま倒れたが、同時にジョーの持つベレッタの残弾が尽きた。

「ケビン、行くぞ!」

 ベレッタを仕舞い、代わりに虎の子のマグナムを構えながらジョーは叫んだ。
 狭い室内から建物の外へと脱出したボブとシンディーに続き、足を引き摺るように歩くマークの肩を無理やり引っ張る。そしてケビンの脱出を援護する為に両手で構えたマグナムの引き金を引いた。
 追いすがるゾンビの群れから確実な距離をとったケビンは、その去り際に一発、廊下に備え付けられていた消火器を撃ち抜いて建物から脱出した。
 建物の一階部分が消化剤の白い爆発に包まれた。

「怪我は?」
「なんて事ねぇよ」

 ケビンはふぅとこれ見よがしな態度で銃口から立ち上る硝煙を吹き消した。
 ジョーも残弾の尽きたベレッタのマガジンを最後のモノに交換した。
 
「ねぇ、とりあえず此処から離れましょうよ。なんかヤバイ感じよ」

 と、テリが指差しで一同の視線を路地の奥へと向けさせた。
 この戦闘での騒ぎを聞きつけ、路地の奥からも無数のゾンビが手を伸ばしてこちらに迫っていた。

「違いない。自己紹介は進みながらでも良いな?」
「――あぁ」

 マックスが促しケビンもそれに応じた。
 そして一同もその提案に賛成するようにそれぞれが機敏に動いた。
 テリとシンディーが発作を起して胸を押さえるボブに肩を貸し、オルガとシェリーがマークの歩みを支えた。そしてケビンとジョーとマックスは集団の外周を囲むように銃を構えた。
 互いに初対面同士の集団だが、言葉を交わさずともそれぞれが“生存”と言う目的を共通する。

 ――――しかしその合流が図らずもジョー達に、一つの現実を叩きつける事になった。

「――ボブ! しっかりしろ! もう少しだ!」
「っ……うぅ――――」

 それは目と鼻の先で起こった。
 路地の向こうに生存者の声が聞えた頃。後少しで警察の展開する地点に到着するといった段階で、合流した生存者の一人ボブが膝をついた。

「ボブ!」

 ボブと同じ制服を着た民間警備会社のマークは、直ぐに叱咤する様ボブの肩を掴んだ。
 ボブ達とはまだ知り合って数分と言った仲。
 しかしそれでもジョー達には既に、ボブが並々ならぬ深刻な様子である事が察せた。

「お、おい! 大丈夫なのか!?」
「………………」

 マックスがマークに続いてボブに意識を保つよう問いかける。
 しかしその肩をテリが悲痛な顔で引き止めるように叩いた。
 周囲の空気が、まるで余命幾ばくも無い患者を看取るような――そんな静けさに変わった。
 シンディーが顔を伏せた。
 察したケビンがオルガとシェリーをさり気なく遠ざけようと肩を引いた。
 しかしその行動がオルガとシェリーにボブの最期を悟らせた。
 ジョーは左手に受けた傷がズキリと痛むような感覚を覚え、思わず拳を握りこんだ。
 全員の視線がボブとマークに注がれる中。
 マークの必死な声とボブの力ない声だけが響いた。

「――ボブ!」
「ダメなんだ、マーク。もうこれ以上、足手纏いにはなりたくない……」
「何を言ってるんだ、立て! 行くぞ!」
「違うんだ……奴らと同じなんだ……俺は、お前の肉を食いちぎりたいと思ってしまっている……」
「……ボブ」

 ボブはマークの懐から拳銃を掠め取った。

「もう俺の事は放っておいてくれ――」
「ダメだ、ボブ!」

 ボブは銃を取り上げようとするマークに、その銃口を向けた。
 その顔からは涙がポロポロと溢れていた。

「ダメだ――――」

 マークの引き止めをかき消すように一発の銃声が響いた。
 カラリと薬莢が地面に転がり落ち、そして程なく――
 己を撃ち殺したボブの身体が屍として地面に崩れ落ちた。

「ボブ!」

 マークの慟哭が悲しくこだました。
 
「――――行こう」

 それは誰が取った音頭だったかは判らない。
 しかしその言葉がきっかけとなり、一同の歩みは再開した。
 ボブの死に悲嘆にくれるマークの肩をマックスとケビンが無理やり引っ張り上げた。
 そしてジョーはチラリとボブの遺骸に視線を向けた。
 
「――ジョー?」
「――っ?」

 シェリーがジョーの袖を引いた。
 その少し先にはジョーの出発を待つ悲痛な顔を浮かべたオルガ、テリが居た。

「――あぁ。行こう」
 
 シェリーの肩を叩き、殿としてジョーも歩みを再開した。
 一同が路地を抜け、警察がバリケードを展開する大通りに着いたのは、それから間も無くの事であった。



 赤と青のパトランプを点けた大型の車両と、制服姿の警察官達。
 普段ならありがたみを感じない市民も多いが、この時ばかりは彼ら警察の存在に生存者達は強い安堵を感じた。
 それは口にこそ出さなかったが、ジョーがケビンと合流した際にも感じた安堵であった。

「――――生存者だ! こっちだ!」

 ジョー達が路地を抜けた先には多くの警察官が居た。
 彼らはジョーを初めとする生存者を援護するように動き、背後に迫るゾンビ達に銃口を向けた。
 そしてその中には警察以外の武器を持った民間人の姿も多くあった。

「――ジョー!?」
「店長!? なんで此処に――」
「お前を探してたんだよ。馬鹿!」

 そして警察に協力する一部の市民の中にジョーの顔見知りも居た。
 ロバート・ケンドだ。 
 ロバートはジョーの姿を見つけるなり駆け寄り、怒りながら笑った。



チャプター1 終了