バイオハザード インクリボンがゴミと化した世界で   作:エネボル
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02 悔い改めます。

 道中で数人の生存者を発見した後、ジョーは一同を引き連れて一先ずゾンビの手を逃れる為に近所の教会へと立て篭った。

「――ねぇ、警察に行けば街から脱出できるって本当なの?」

 ゾンビの追跡を逃れた一同は、そこで初めて互いの顔を見合わせた。
 ジョーを筆頭に礼拝堂で顔を合わせる生存者の内一人は、ラクーンシティーの市長令嬢オルガ・ウォーレンである。
 オルガの恐々とした質問に対し、ジョーは予備の弾薬を装填しながら言葉少なく、「あぁ。多分」と応えてみせた。
 するとその返事が気に入らなかったのか、ラクーンTVでカメラマンとして働くマックスが声を荒げた。

「おい、何だよ多分って! はっきり言えよ」
「よしなさいよ、マックス」
「だけど、テリ!」
「大人気無いって言ってるの!」
「――っ!」

 マックスを諌めるように同テレビ局のニュースキャスターのテリが、その場に唯一居る“小さな生存者”を顎で示した。
 俯いた様子で不安そうに立っている少女は、間違いなく生存者の中で最も歳若い。恐らくだが、今年で16になったジョーよりも更に4つほど歳下に見える小学生であった。
 彼女は道中でオルガと同じ方向から逃げてきた為か、自然とオルガが相手をしていた。

「――――貴方は大丈夫?」
「――うん」
「そう。それでお名前は? 私はオルガ。オルガ・ウォーレン」
「――シェリー・バーキン」
「そう。それでシェリーは一人で逃げてきたの?」
「ううん。ママが警察に保護してもらいなさいって――――」

 シェリーと名乗る少女はあの地獄のような世界を見ても尚、泣きも喚きもせずにはっきりとした声でオルガの質問に答えていく。 

「――ほら見なさい。あの子のほうがしっかりしてるじゃない?」

 そうしたシェリーの様子を見て、テリは意地悪い顔で先ほど声を荒げたばかりの同僚マックスを嘲笑した。
 するとマックスは小さく舌打ちして、改めて大人としての振舞いを心がけたように口を開いた。

「あー、さっきは怒鳴って悪かった少年。助けてくれた事には礼を言うよ」
「別に気にしてねェさ。こっちも色々と気が立ってたからな。悪かったよ。俺はジョー・ナガト。おたくは?」
「俺はマックス・コービィ。しがないラクーンテレビの平カメラマンさ」
 
 ジョーは仲直りの印にと差し出されたマックスの握手を受け取る。
 するとその様子を見て、
 
「――ついでに私も自己紹介をしておくわ。テリ・モラレスよ。と言っても一度ぐらいは皆もテレビで見た事があるんじゃない?」

 と、テリも握手の手を伸ばした。

「あぁ、よく知ってるよ。こう言う時じゃなかったらサインの一つでも強請ってやりたいところだ」
「ふふん。ありがと」

 ジョーは苦笑いを浮かべてテリからの握手も受け取った。
 テレビカメラマンのマックス。
 ニュースキャスターのテリ。
 ゲーム本編で警察署長に剥製にされてしまう市長の令嬢オルガ。
 そしてゲームの主要キャラクターの一人である女児シェリー・バーキン。
 目の前にそろった面子の大半が意外な有名人ばかりであった事に気づき、ジョーは内心で「――別にこんな形の幸運は欲しくなかった」と密かに溜息を吐く。

「――とりあえず、今後について話し合おうか。まずはこの後どうするか、だけど――」

 メンバーの中で唯一火器を所持しているのがジョー。加えて最も生き残る為に必要な知恵を有しているのもジョー・ナガトという雰囲気が自然と伝わったのか、必然的に一同の音頭を取る役目はジョーに移された。
 ジョーは一同に向けて、まずはマービンから受けた指示と、警察で把握している限りでの街の状況を口頭で端的に伝えた。
 その上で今後は警察所に向かう事を前提に、他の生存者と合流しながらラクーンシティを脱出すると言うプランを提案した。

「警察署に行くルートの途中に知り合いの店がある。そこに一度寄ってからってのを考えているけど、どうよ?」
「最終目標は脱出で良いと思うけど、その必要はあるのかしら?」
「――と、言うと?」

 まずはケンドの銃砲店へ、そして警察署へというジョーの脱出プランに対して、テリが待ったを掛けた。

「昨日の夜の段階で新しく情報が入ったの。なんでも市はすでに事態の解決を州軍に依頼してるらしいわ。加えてアンブレラも独自の部隊を展開して暴動鎮圧に動いてるみたい。だから態々危険を冒して外を歩くより、此処で大人しく助けを待つのも悪い手ではないんじゃない?」
「あぁ、そうだな。幸いにしてこの教会の近所にはいくつか便利な店がある。保存の利く食料なんかをそこから補充して、窓や扉に釘を打ってバリケードを敷けばそれなりの期間は篭城出来ると思うぜ?」

 テリの意見にはマックスも追従する。
 二人は平静を保ちながら言ったつもりだったが、その内心にある外に対する強い恐怖までは隠し切れていなかった。
 安寧を与えてくれる教会を出る事に関してひどく懐疑的な意見を零した二人に対して、ジョーは口を開く。

「――外に出たくないって気持ちは判らなくも無いけど、それは助けのアテがある場合に限るだろ?」
「それは、そうだけど――。ねぇ、そっちの2人はどう思う?」

 テリは礼拝堂の椅子に並んで座るオルガとシェリーに意見を求めた。
 二人共に金髪なので、並んで手を繋いで座る様は一見すると姉妹のようでもある。
 
「わ、私達ですか?」
「そうよ。他に誰が居るのよ?」
「――ママが警察に行きなさいって言ってたの。だから多分、ママも警察署に来ると思う」

 テリの問いにオルガは動揺し、シェリーは小さくもはっきりとした口調で答えた。
 するとテリは、「じゃあ、コレで警察署に行くが2票、ここで助けを待つが2票ね」と、オルガを見た。

「――わ、私が決めるんですか!?」
「別に決めろとは言ってないわよ。ただ意見を頂戴って言ってるの。市長令嬢さん」
「――――――っ」

 テリの気の強い言葉に対し、オルガは顔を伏せて沈黙する。

「おい、テリ。少し落ち着けよ」
「何よ、マックス? 私は――――」
「そう喧嘩腰になるなっての」
「――っ?!」

 先程の意趣返しを含め、場の空気の悪さにいち早く気づいたマックスが早々にテリを諌めた。
 知り合ってから間もない程だが、その間にジョーはテリとオルガという二人の女性の性格を何となく察する事が出来た。
 テリは第一線で働く女として生き、対照的にオルガは模範的な箱入りのお嬢様。
 マックスの介入で二人の間に険悪な対立こそ生まれなかったが、ひどく対照的な女性二人の構図は一同の空気を少し剣呑なものに変えた。
 しかし直ぐにその懸念はより強い不安によってかき消された。
 ガタリッという不審な物音が響いたのだ。

「――今のは!?」

 一同の視線が、反射的に物音の響いた礼拝堂の扉の奥に向いた。
 教会内部に繋がる扉である。

「――何かあったみたいだな。ちょっと見てくる」

 意を決して、ジョーはベレッタを抜いてゆっくりと立ち上がった。
 物音の方に足を立てずに近づき、音の先にある扉をゆっくりと開く――
 扉の先には廊下があり、不審な物音はその更に奥にある部屋から響いたようだ。

「ちょっとぉ! 幾ら銃を持ってるからって危険よ!」

 テリが小声で叫ぶように言った。

「どのみち此処に立てこもるなら、安全の確認は必要だろうが?」
「だけど――――」
「おい、ジョー! 二つあるなら1丁寄越せ。そっちのリボルバーでいいから」

 女性陣を背中に庇いながら最前面に立つジョーの後を追って、マックスが提案した。
 及び腰だったが心強いマックスの提案にジョーは思わず腰の拳銃に手を掛ける――が、脳裏に一つの懸念がよぎった。

「――おたく、銃を撃った経験は?」
「いや、その、少しだけ――――」
「本当か? ゾンビとはいえ人間の形をしているぞ? パニック起さずにちゃんと撃てるんだな?」
「…………………」

 するとマックスは沈黙した。
 ジョーが念を押して尋ねた意図の中にマックスに対する嘲笑などは欠片も含まれてはいない。単純に、先日の段階で初めてゾンビを撃った時、ジョー自身が体感した出来事への衝撃を懸念しての、重要な問いであった。
 そして沈黙によって返された事で、ジョーは察した。
 
「――つまり初心者なんだな?」
「悪いかよ! だけど教えてくれりゃ俺だって――――」

 追求の末に初心者だったことが判明したマックスは恥ずかしそうに顔を赤らめた。しかしジョーは一切、それを笑わなかった。寧ろマックスの提案をありがたく思ったほどだ。
 しかし初心者に拳銃を――ましてや弾薬が希少で扱いも難しいマグナムを貸す事に対して悩んだ。
 ベレッタを貸すべきかとも一瞬考えたが、結局的には銃弾の希少性が違うだけだと思い、ジョーは苦肉の策として自宅から持ち出した大降りのコンバットナイフを貸す事にした。

「――悪いがこいつで我慢してくれ。銃の方は予備を手に入れたら直ぐにそっちに回す。撃ち方もその時に教える」
「あぁ、わかった。約束だからな?」
「皆を頼む」
「おう」
 
 マックスは部屋の隅に女性陣を追いやり、ナイフを構えてその背中に庇った。
 ジョーは視線でマックスに合図を送り、礼拝堂から物音のする部屋の方へと足を進めた。
 やり取りを見て、「――これじゃどっちが年上何だか」とテリが小さくぼやいた。





 英雄さながらにたった一人で危険に立ち向かうという構図になってしまった現状に対して、ジョーは思わず自嘲を浮かべた。
 ガラじゃない。これじゃまるでバイオの主人公だ。ホラー作品に登場する人物を見ては常々、単独行動をするキャラクターに対して視聴者として苦言を呈してきたのに、どうして一人で行動するんだ馬鹿野郎と常々思っていたのに、いざ自分がその場所に立つとそれを行っている。

「――馬鹿だな」
 
 ジョーの口から不意に独り言が漏れた。
 恐怖と不安に汚染された現実味を感じない風景を前に、ジョーは自分の中にある大切な螺子のいくつかを、どこかに落とした様な気分であった。
 状況を俯瞰で考えてみると、非戦闘要員をぞろぞろ引き連れて狭い通路を歩く方がリスクが高い様な気もする。大勢引き連れて安堵を感じる途中で襲撃を受け、結果道中で大勢を見捨てる事になり最終的には一人の状況に落ち着く事を考えると、最初から一人の方が機敏に動ける分だけマシかもしれない。
 礼拝堂を出て直ぐの廊下には二階に続く階段と二つの部屋があった。それを行く最中。状況に対する恐怖と不安の所為か、ジョーは己の思考があちらこちらへと飛び散る妙な気分であった。
 緊張の中で何故か笑みが浮かんでしまったり、もしくは茶化すようなふざけた思考に浸れるのは、ある種、心の防衛本能だ。
 事実、「――怖い」と口にするジョーの顔には、何故か笑みが浮かんでいた。
 廊下の途中にある扉のひとつは階段裏に位置しており、開けずとも物置であると判った。
 すると必然的に物音がしたのはもう一つの扉であると推察できる。

「――行くか」

 出発した以上は進む以外に無いと、ジョーは意を決して廊下の一番奥にある部屋の扉を開いた。
 扉を開けた先には食堂が広がっていた。
 銀の燭台と食器、椅子の数から推察して、そこそこの数の聖職者がこの教会で生活をしていたのだろう。
 そう考えると、恐らく二階は聖職者達のタコ部屋か――

「っ!?」

 ――と、思考するよりも早くにジョーの鼻が異臭を捕らえた。
 異臭の原因が死体である事は直ぐに判った。
 臭いの先には教会のシスターだったと思われる三体のゾンビが居た。
 ゾンビはグチャグチャと汚らしい音を立て、司祭と思われる老人の死肉を貪っていた。

「――やっぱり居やがったな!」

 ジョーは込み上げる吐き気をかみ殺し、機敏に構えたベレッタでゾンビの頭を撃ちながら後退した。
 呻き声を上げて迫るゾンビの頭が石榴のように弾け飛んだ。
 三体のゾンビを無力化するまでに掛かった時間は一分にも満たないが、全身に感じた疲労は対照的にひどく大きいモノであった。
 ジョーは安堵を込めた小声で「……クリア」と呟き、ゆっくり息を吐いた。

 悪人も聖職者も区別無くゾンビになる。その原因をジョーは己の中に蘇った記憶で知っていた。
 原因は“T-ウィルス”。死者の細胞を活性化させるそのウィルスがアークレイ山中の秘密研究所から流出し、それが時間を経て麓のにある街全体に広がったのだ。
 感染源は地下下水道に潜む鼠であると推察されている。
 その感染が下水道に住むホームレスへと伝播し、地上に出てパンデミックを起した。

「――そして住民達はこの地獄と化した街から生きて脱出するのが本編の目的ですってか? 願わくば映画世界のバイオじゃない事を祈るぜ、まったく――」

 映画の世界か、ゲームの世界か――
 本音はどちらもゴメン被りたいが、できればゲームの世界の方であって欲しいと不意にジョーは思った。
 ジョーの中に蘇った記憶によると、うろ覚えだが、映画の方では最終的に世界が滅ぶ事になる。
 ――もしもこの先の未来がディストピアに変わるのなら、今此処で自決する事が一番幸せかもしれない。
 ジョーは右手に持った拳銃に視線を落とした。
 ――例え知識があったとて、それがどのくらい役に立つのか。
 そう考えるジョーの目の前には、食堂の片隅でふと見つけたタイプライターとインクリボンの束があった。
 騒乱の最中に飛び散った血糊が付着するインクリボンを見て、コンナモノに命を預けられる世界はない事を、ジョーは改めて見せ付けられた様な気がした。
 聖職者のゾンビを射殺した後、ジョーは手早く食堂の付近を散策した。
 ゲームさながらに周囲を散策するジョーは既に事切れた司祭の手の中に銀色の鍵束があるのを発見した。
 気が引ける思いだったが、ジョーは仕方なく食い荒らされて冷えきった老司祭の死体に手を伸ばした。

「うわぁ……」

 冷え切った死体に触れると、全身に鳥肌が立つほどの強い忌避感を感じた。
 それでも気合を入れて鍵を入手したジョーは、食堂の裏手にある厨房から武器になりそうな数本の果物ナイフを拝借した上で、そそくさとその場を辞去した。
 手に入れた鍵束には幾つか種類があり、内一つの使い道を察して、その足で階段下の物置を調べた。
 すると案の定、鍵のひとつが物置の鍵穴にぴたりと嵌った。

「――――この分だと、その内ボウガンだとかグレネードランチャーも拾えるかもしれねェな」

 扉を開くと農具や掃除道具に紛れて古いショットガンと弾を発見した。
 迷う事無くそれらを拝借したジョーは思わずぼやき、笑みを浮かべる。
 ゲーム的に考えると初期装備でマグナムを入手しているのが現状である。しかしそれらの装備が難易度的にベリーイージーだからなのか、ルート的に凄まじい困難が待ち受けるからなのかは一切不明である。
 願わくばこの先が是非ベリーイージーであって欲しいと祈りながら、ジョーは皆の待つ礼拝堂に戻った。





 ジョーが礼拝堂に戻るとナイフを構えて周囲を警戒していたマックスが声を上げた。

「大丈夫か!? 銃声が聞こえたからもしかしてと思ったんだが――――」 
「あぁ。司祭とシスターがゾンビになってた。立てこもるつもりなら、一応他の部屋も調べた方がいいだろうな。――――後、階段下の倉庫でコイツを見つけた」
「これは、確かショットガンって奴か?」
「あぁ。レミントンのM1100だな」
「へぇ――」

 ジョーは先程入手したショットガンを、約束通りマックスに手渡した。
 レミントンM1100とはセミオートショットガンの一種で、見た目は散弾銃といえばまさにコレという感じの狩猟銃である。
 ジョーは手に入れたばかりのショットガンの扱いに戸惑うマックスに向けて、早速その遣い方をレクチャーした。

「――今更だけど、どうしてそんなに銃に詳しいの? まだ学生でしょう?」

 使い方を説明している途中で、ふと興味深そうにオルガが尋ねた。

「この先の通りにあるケンドの銃砲店って所で働いてるんだ。後は、親父が警官だからかな?」
「へぇ、そうなんだ。警察官の息子さんなのね」
「まぁ、な。――ところで折角の機会だ。アンタも使い方を覚えてみるか? マックスに何かあった時に、備えて」
「おい、縁起でも無い事言うなよ!」

 ジョーのふとした提案の動機を聞いたマックスが呻くように言った。
 その様子が滑稽な物に見えたのか、オルガは可憐に笑いながら、「えぇ、折角だからお願いするわ」と、頷いて返した。

「なら、構えてみてくれ」
「え? えぇ――」

 ジョーはマックスに説明した内容と同じモノを繰り返しながら、オルガの手にショットガンを持たせ、その撃ち方と弾の込め方をレクチャーした。
 その説明を一通り終えた所で、オルガは改めてジョーに向き直る。

「――ねぇ、さっきの物音は何だったの?」
「言わずもがな。バケモノだよ。何処から奴ら(ゾンビ)が進入してくるかは分からない。もし礼拝堂に立てこもるつもりなら、入り口も窓も全部塞いだ方が良いだろうな」
「そう――――」

 不安がらせるつもりは毛頭無い。無いが、それでも命に関わる以上は情報は精確に伝えておくべきだと思い、ジョーは立てこもる際の注意点を思いつく限りで聞かせた。
 するとオルガは思案するように顔を伏せた。

「さっきの質問だけどもし私達が此処に残ることを選んだら貴方はどうするの?」
「ぁん?」
「このメンバーの中で唯一、銃の扱いに長けているのは貴方よ。幾ら武器を手に入れても貴方の有無が私達の今後を大きく左右するとは思わない?」
「――――つまり?」
「私は貴方の判断に任せたいわ――――」

 オルガは不安そうに眼を伏せながら言った。
 その様子を見てジョーは思わず考え込むように首筋を掻いた。
 年齢だけならばオルガはジョーよりも3つほど年上の大学生である。
 実際はそうした実年齢よりも遥かに幼く見えたからだ。 

「――――改めて言うけど俺は警察署に行きたい。理由は確実に脱出のルートがあるからだ」
 
 ジョーはオルガを含め、その場に居る全員に聞えるような声で、改めて己の意思を明確にした。

「この先にある銃砲店に居る友人で上司のロバートにも脱出するように言わなきゃだし、なにより立てこもったところで状況は好転しない……と、思う。隠れてるだけじゃ最終的に全員死ぬ。俺は、そう考えている。だから――――」
「だったら、警察署に行きましょう」
 
 ジョーの台詞に被せるようにして、顔を上げたオルガは言った。

「シェリーのお母さんも警察署を目指してるというし、それにラクーンシティーにはS.T.A.R.Sっていう優秀な特殊部隊があるってパパから聞いたわ。危険かもだけど、辿り着いてしまえば、きっと此処より安全のはずよ」
「――その警察が幾つもの路地を封鎖しているのよ? 言うほど簡単に脱出できるとは到底思えないけど?」
「じゃあ、テリは此処に残るの?」
「そうは言ってないじゃない――」
「じゃあ行くのよね?」
「――っ!」

 皮肉るように口を挟んだテリに向けて、オルガは挑発するように返した。するとテリは歯がゆそうに押し黙った。
 テリはチラリとマックスを見た。
 マックスはショットガンを手にした所為か、先ほどに比べるとかなり落ち着いた様子である。
 マックスはテリの視線に気づくと、「大丈夫だ、テリ。こうして武器も手に入ったんだ。それに途中で銃砲店に寄るんだろ? 休憩する場所も途中にあるんだから何とかなるだろう」と笑みを見せる。

「撃つ前からコンバットハイなの? 勘弁してよ」

 マックスの台詞を聞いてテリは徐に溜息を吐いた。
 その傍らでジョーは膝を曲げて最年少のシェリーに尋ねていた。

「――シェリーはどうする?」
「ん?」
「また怖い思いをすると思うが、それでも警察署に行くか?」
「………………」

 この場に居る唯一の子供という事もある。
 ジョーも流石にシェリーには気を使った。
 内心でシェリー・バーキンという存在はどうあっても生き残るような気がするというある種の勘が囁いてはいるものの、それでも確実な事は言えない。現状の惨劇を描いたシリーズに登場する重要なキャラクターの一人なのだから大丈夫と考え、もしも簡単に死なれたら――
 そんな未来を思うと、ジョーも聊か雑にはなれなかった。
 仮にもこの先を生き残るつもりがあるなら、最低でもジョーが知っている形のバイオでありたい。
 そんな考えがふと脳裏を過ぎり、まるでシェリーをゲームの駒のように考える自分に嫌気が差した。
 しかしシェリーはそうしたジョーの内心を知らず、質問に少し戸惑った様子を見せるが、しっかりと決意した表情で「うん」と頷いてみせた。
 
「決まり、だな。よし、移動するなら出発する準備をしよう」

 シェリーの決意を聞いた直後、マックスが音頭を取った。
 武器を持って気分が大きくなったのか、その声には覇気があった。
 そんなマックスの様子にテリは呆れた表情を浮かべ、オルガとシェリーは顔を見合わせて小さく笑みを浮かべた。

「なぁ、ジョー? 一応残りの部屋を調べてみないか? 他にも武器か何か、いざという時に使える食料とか薬とか役に立ちそうなモンもあるかも知れないし?」
「――そう言えばさっき鍵束を入手したな」

 マックスの提案を受け、ジョーはふと、先程手に入れた鍵束の存在を思い出す。
 ゲーム的に考えると、施錠されている部屋ともなれば、それなりに役立つアイテムが置いてあるのが常。そんな考えが脳裏を過ぎった。

「調べに行くなら、今度は俺にも手伝わせてくれよ?」
「勇むのは良いけど、弾は貴重だって事、忘れるなよ? ま、とりあえず二階だな。一階はザッと見渡してきた限りだけど、何も無さそうだし――――」
「ちょっと、そこの二人! 戦力2人が動くのなら私達はどうなるのよ! 勝手に決めないで!」

 テリがオルガとシェリーを引きつれ、マックスとジョーに怒鳴った。





「一階には一応だけど多分、もう動かない死体が4つ転がってる。二階を調査するのは良いけど、現状どうなってるのかは一切不明だ。もしかすればもっと酷いのを見るかもしれない。なるべくそういうのを見たくないなら、此処に残って俺達が戻ってくるのを待つって手もあるが、どうする?」

 出発にさしあたり、一応二階部分の探索を進める事に決めたジョーの台詞に、テリもオルガもシェリーもそろって露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
 一階の食堂に散乱する死体は既に動かないとジョーは思っている。とはいえ、一度死んだ人間がもう一度動くという奇妙な光景が周囲には広がっている為、それを前提に一階で待つという恐怖に耐えかねた女性陣は、揃って二階の調査に同行する事を決めた。
 フロント部分をジョーが、その間にオルガ、シェリー、テリの順で並び、殿をマックスが務める形で、一同はゆっくりと二階に上がる。
 二階部分はジョーの予想した通り、教会に勤める者達の生活空間となっていた。
 階段を登って直ぐの通路には、左右にそれぞれ3つの扉と、最奥に一つの計7部屋分の扉がある。

「――このハーブは役に立つかも。確か前に学校で習ったわ」
「そうなの?」

 手に入れた鍵束を使って部屋の一つ一つを調べていき、その途中で一同は観賞用の三色ハーブと応急用の道具を発見した。
 その中で大学の医学部に通う友人との話を覚えていたオルガは、鉢植えにある三種類のハーブの葉をそれぞれ少しずつ採取して言った。

「緑の葉を煎じて飲めば、疲労回復やリラックスしたい時に使えるみたい。あと、市販の傷薬なんかもこのハーブの成分を抽出して作られてるらしいわ。原始的な方法だけど、いくつか採取してペースト状にして簡易的な塗り薬にしておくといいかも。止血効果も高いし――――」
「へぇ。だったら出発前に作っておいたほうが良さそうね。三種類とも採取する?」
「えぇ。万一に備えて。シェリーもお願いできる?」
「うん!」
「それじゃ、私はこっちの赤いのを集めるわ。シェリーは緑のをお願いね」
「はーい」

 オルガの知識に感心した声を漏らしテリは早速レッドハーブの鉢植えからはを回収した。その傍らでシェリーはグリーンハーブを集め、オルガはブルーハーブの葉をそれぞれ回収し始める。
 そんな女性陣の様子を見ていたジョーはふと、「流石に食っての回復は現実的じゃないか……」とゲーム本編でのハーブの扱いを思い出した。
 ゲーム内では重要な回復アイテムだった各種ハーブ。しかしその使い方は実際の所、不明であった。
 その結果、ユーザーの一部が探索中にハーブを毟って食べていると考えた事も無きにしも非ず――
 そんな考えがふとした拍子に脳裏を過ぎり、ジョーは思わず噴出しそうになった。

「ん? どうした。ジョー?」
「――いや、なんでもない。ちょっと、下らない事を思い出しただけだ。で、どうしたマックス?」
「あぁ。ついでだから背負える鞄か何かを探してみようと思ってさ。持ち運ぶって言うなら必要だろ? あと思ったんだけど、止血帯代わりにシーツやカーテンって使えるんじゃないか?」
「あー使えるとは思うけど、加工しないと流石に無理だろ? ハンカチとかタオルを探した方がいいんじゃないか?」
「――なるほど」

 ふと、マックスはにやりと笑みを浮かべる。
 その様子を見て、ジョーは思わず首をかしげた。

「――タオルとかハンカチを探すなら、衣装ダンスをあけるしかないよな?」と、マックスは言う。
「まぁ、そうだな。――――で、それがどうしたよ?」
「いや、別に――」
「――――ぁん?」

 心なしかマックスは楽しそうな雰囲気であった。
 その理由についてジョーはふと考え込んだ。
 部屋の主は間違い無くシスターである。そしてシスターといえば女性である。常識的に考えると、女性の衣装棚を男が勝手に開けるという事自体、なかなかに罪深い行いである。
 そこまで思考を走らせると、そこでようやく、ジョーはマックスの笑みの理由に気づいた。
 教会ー―つまり神の膝元で、神に使えるシスターのクローゼットを開くのだ。しかもこちらは生きる為にという免罪符を掲げてどうどうそれを行うの大儀があるのだから、むしろそれを恥らう必要すら無い。――例え探索の途中で貞淑なシスターの下着を見つけたとしても、それはまったくもって仕方なき事。恥ずべき事では無いのだ。

「――――あいつ、馬鹿だろ」

 マックスの意図を察したジョーは徐に溜息を吐いた。
 直後。案の定、嬉しそうな表情をマックスは、ジョーに向けて口笛を吹き一枚の丸めた布切れを投げ渡した。

「ヘイ! おすそ分けだ」

 投げて寄越されたのはシスターの私物であろう女性物のショーツであった。しかも紫色。

「おい、真面目にやれ」

 それを投げて寄越したマックスに向けて、ジョーは露骨な舌打ちを打った。
 と、同時に何となくポケットにそのショーツは仕舞った。

 しかしそれを目ざとく見ていたテリが、

「――あんたも真面目にやんなさいよ!」

 と露骨な舌打ちをジョーに向けた。





 高い薬効を持つ三色のハーブは、素人が適当に磨り潰して使うだけでもそれなりの治療効果を望める代物だった。
 緑は止血と治癒、青は解毒と殺菌、赤は他二色のハーブの薬効を高めるという効果をそれぞれ持ち、飲料水を使ってそれらを調合したオルガは、完成したハーブペーストをそれぞれを小さな小瓶に詰めて一同に分配した。

「――――意外なところに衛生兵(メディック)が居たな?」
「だったら私は通信兵(ラジオマン)? 生憎機材はないけど?」
「いつも持ち歩いてる小型のカメラは?」
「それがこんな所でなんの役に立つのよ……」
「――――今更だがゾンビ共は音に寄って来るからな? さっきも言ったが、全員なるべく静かにしてくれよ?」
「了解」
「了解よ」

 武器を手にした精神的な余裕を、意外にスムーズに出発の準備が整った事。それら二つの要素所為か、出会った当初に比べて互いに軽口を向け合う程度にはテリもマックスは落ち着いていた。
 廊下の最奥にある部屋を残して二階全ての部屋の探索が完了し、最終的に背中に背負うタイプのリュックサック、マッチ、各種ハーブ、止血帯代わりの布、救急スプレーを一同は発見した。
 回復アイテムをはじめとする今後の行動を手助けしてくれるであろうアイテム類を入手した事は、それなり以上の収穫だった。
 しかしこの状況でモノを言うのは、やはり武器と弾薬類である。
 流石に教会でそれらを満足に入手するのは難しく、ショットガンとショットシェルのいくつかを入手できたのは一種の奇跡。やはり銃弾に関しては、これから向う予定のケンドの銃砲店で入手するしかないとジョーは密かに思った。

「一応だが、こっちの部屋も確認するか?」

 ジョーは後方のメンバーに注意を促しつつ、廊下の最奥にある部屋のノブに手を伸ばした。
 この状況でゲーム脳も甚だしいとは思いつつ、ジョーは何かしらのイベントが起きそうな予感をこの二階の最も大きな部屋から感じていた。
 それは直感とも言い換えられる野生の勘であり、故に、探索を一番最後に見送っていた。

「どうせ鍵を使えば開くんだから、さっさと調べましょうよ?」
「そうだな。開けちまえよ」

 テリとマックスの後押しもあり、ジョーは鍵束を使って施錠された扉をゆっくりと開いた。
 すると部屋には一人の生存者が居た。

「―――っ!?」
「来るな!」
「待て! 撃つな!」

 部屋に居たのは修道服を纏った老婆だった。
 拳銃を突きつけて震える様を見てジョーは強く焦ったが咄嗟に呼びかけた静止の言葉と、その後のアイコンタクトでお互いに相手が生存者だと判り、老婆も安堵した様子で銃を降ろした。

「よかった。よかった! もう私しか生き残りは居ないと思って――――」

 老婆は安堵からか泣き崩れた。
 泣き崩れた老婆にオルガが駆け寄った。

「この教会で生き残ってるシスターはアンタだけか?」
「えぇ、他の者達は皆、天に召されました。――もっとも、未だ死ぬことも許されず、あのように彷徨う姿になってしまった者達に救いがあるとは思えませんが」
「宗教問答は兎も角、とりあえず場所を移そう。動けるか?」
「えぇ――――」

 足が弱いのかオルガに続いてテリも老婆に肩を貸した。
 ――その直後である。
 老婆の背後にあった窓が音を立てて盛大に割れた。

「――――かはっ!?」

 窓を突き破り部屋の外から一本の触手が伸びた。
 それは立ち上がろうとした老シスターの胸を貫通した。
 テリとオルガは手を貸した老婆が突然血を吐き、悲鳴を上げた事に驚いて床に強く尻餅をついた。

「うぁああああ!」

 胸を貫いた槍のような触手はイカの触腕にも似ていた。
 串刺しにされた老婆は触手の持つ強靭な膂力で持ち上げられた後、宙を舞うように二、三回空中を振り回された上で、窓の外に連れ去られた。
 床には老婆の持っていた拳銃がゴトリと落ちた。
 程なく、窓の外から断末魔の絶叫が響いた。

 ――――その直後に訪れた静寂の中、マックスは震えながらジョーに問う。

「な、なんだありゃ――――」
「………………」

 ジョーは沈黙で返した。沈黙が“正解”だと察したからだ。
 シュルシュルと音を立てながら触手が窓の外に揺れた。同時に特徴的なヒタヒタという足音が鼓膜を打った。
 一秒、二秒、三秒――と、沈黙が続き、それは遂に姿をあらわにした。
 カエルのような這う姿勢を保ったそれは、ゆっくりと窓から顔を覗かせて哂う――
 
「ひ――――っ」

 女性陣から息を詰まらせるような悲鳴が上がった。
 そこに居た怪物はそれ程までに醜悪な姿をしていた。
 全身の皮を剥ぎ取られたような赤い怪物――醜悪な面貌には目は無く、むき出しの牙が並ぶ大きな顎の奥から長大な“舌”が垂らされている。
 その舌が老シスターを貫いた長い長い“触手”の正体だった。

(――――リッカー(舐める者))

 ジョーは吐息に混ぜるようにして、その醜悪な怪物の名を呟いた。
 ジョーはその正体をゲームという形で良く知っていた。知っていたからこそ、外で蠢くゾンビ以上に警戒した。
 醜悪で、非常に厄介な怪物だ。

「――うあぁああああ!」

 静寂を打ち壊したのはマックスは恐慌である。
 マックスは驚愕と恐怖を顔に貼り付け、撃ち方を習ったばかりのショットガンの引き金をリッカーに向けて引いた。
 ジョーも反射的にベレッタを抜き、窓の外のリッカーに向けて鋭く発砲した。
 しかしそれより一瞬早くに、リッカーはするりと窓の外に姿を消した。
 直後、トトト――――と、教会の外壁と屋根を走る音が響き、その振動で天井に積もった埃の一部が床に零れ落ちた。

「……に、逃げたの?」
「違う!」

 テリが恐る恐るジョーに尋ねた。対しジョーは強い心臓の鼓動を感じながら、小声で怒鳴るように言葉を返した。
 ジョーの直感は正しかった。
 案の定、扉を開いた先で厄介な事が起こった。しかしそれを今更嘆いても、既に遅い――

「全員窓から離れろ。絶対に物音を立てるな! 奴は音に反応する!」

 その時、階段の近くにあった窓が音を立てて割れた。
 ジョーは咄嗟にマグナムを抜いて振り返った。
 全員の居る廊下の最奥の部屋がある二階の唯一の出口である階段――それを塞ぐように、リッカーは舌を垂らしてジョー達の前に立った。

「絶対に音を立てるなよ……!」

 変質者さながらの不気味な呼吸音と、嫌悪感を煽るようなゆったりとした歩み。
 ゆっくりと一歩ずつ迫る怪異を前に、マックスはどうするんだという視線をジョーに向けた。
 それはテリも、オルガも、シェリーも同じだった。
 全員が青ざめながらジョーを頼りにする様な視線を向けていた。
 その視線を自覚し、そしてこの瞬間に唯一対抗できる火気を所持する事を自覚するジョーは思わず“主”を呪った。

「――――恨むぜ、神様」

 ジョーは前に一歩を踏み出し、マグナムを構えた。