バイオハザード インクリボンがゴミと化した世界で   作:エネボル
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02 悔い改めます。

 道中で数人の生存者を発見したジョーは、彼らを引き連れて一先ずゾンビの手を逃れる為に近所の教会へと立て篭った。

「――ねぇ、警察に行けば街から脱出できるって本当なの?」

 ゾンビの追跡を逃れた一同は、ジョーを筆頭に礼拝堂で顔を合わせた。
 一人はラクーンシティーの市長令嬢オルガ・ウォーレン。彼女の恐々とした質問にジョーは、予備の弾薬を装填しながら「あぁ。多分な」と短く応えた。
 するとその返事が気に入らなかったのかラクーンTVでカメラマンとして働くマックスが声を荒げた。

「おい、何だよ多分って! はっきり言えよ」
「よしなさいよ、マックス」
「だけど、テリ!」
「大人気無いって言ってるの!」
「――っ!?」

 マックスを諌めるように同テレビ局のニュースキャスターのテリが、その場に唯一居る“小さな生存者”を顎で示した。
 俯いた様子で不安そうに立っている少女は間違いなく生存者の中で最も歳若く、恐らく今年で16になったジョーよりも更に4つほど下に見える小学生だった。
 道中でオルガと同じ方向から逃げてきた為、自然とオルガが少女の相手をした。

「――――貴方は大丈夫?」
「――うん」
「そう。それでお名前は? 私はオルガ。オルガ・ウォーレン」
「――シェリー・バーキン」
「そう。それでシェリーは一人で逃げてきたの?」
「ううん。ママが警察に保護してもらいなさいって――――」

 シェリーと名乗る少女はこんな地獄のような世界で泣きも喚きもせず、はっきりとした声でオルガの質問に答えていった。

「ほら見なさい。あの子のほうがしっかりしてるじゃない?」

 テリは意地悪い顔で先ほど声を荒げたばかりの同僚を嘲笑した。
 するとマックスは小さく舌打ちした。

「あー、さっきは怒鳴って悪かった少年。助けてくれた事には礼を言うよ」
「別に気にしてねェさ。こっちも気が立ってたからな。悪かったよ。俺はジョー・ナガト。おたくは?」
「俺はマックス・コービィ。しがないラクーンテレビの平カメラマンさ」
 
 ジョーは仲直りの印にと差し出されたマックスの握手を受け取った。
 
「ついでに私も自己紹介をしておくわ。テリ・モラレスよ。と言っても一度ぐらいは皆もテレビで見た事があるんじゃない?」
「あぁ、よく知ってるよ。こう言う時じゃなかったらサインの一つでも強請ってやりたいところだ」
「ふふん。ありがと」

 ジョーは苦笑いを浮かべてテリからの握手も受け取った。

 テレビカメラマンのマックス。
 ニュースキャスターのテリ。
 ゲーム本編で変態警察所長に剥製にされる市長の令嬢オルガ。
 そしてゲームの主要キャラクターの一人シェリー・バーキン。
 そろった面子の大半が意外な有名人ばかりであった事にジョーは、「別にこんな形での幸運は欲しくなかった」と密かに思った。

「――とりあえず今後について話し合おう。まずはこの後どうするか、だ」

 メンバーの中で一番火力を持っているのがジョーだった。
 拳銃を所持している事に加えて、この状況で一番生き残る為の知恵を持っていると自負している。
 そんな雰囲気が伝わったのか自然とジョーが一同の音頭を取る事になった。
 ジョーは一同にまず、マービンから受けた指示と警察で把握している限りでの街の状況を口頭で伝えた。
 そしてその上で今後は、警察所に赴き他の生存者と合流しながら街から脱出すると言うプランを提案した。

「――最終目標は脱出で良いと思うけど、その必要はあるのかしら?」
「と、言うと?」

 ジョーのプランにテリが“待った”を掛けた。

「――知らないだろうけど、昨日の夜の段階で新しく情報が入ったの。なんでも市はすでに事態の解決を州軍に依頼してるらしいわ。加えてアンブレラも独自の私設部隊(USS)を展開して鎮圧に動いてるみたい。だから態々危険を冒して外を歩くよりも、此処で大人しく助けを待つのも悪くはないんじゃない?」
「あぁ、そうだな。幸いにしてこの教会の近所にはいくつか便利な店がある。保存の利く食料なんかをそこから補充して、此処の窓や扉に釘を打ってバリケードをしけばそれなりの期間は篭城出来ると思うぜ?」

 と、テリの意見にはマックスも追従した。
 二人は口にしなかったが、その内心には外に対する強い恐怖を抱えていた。
 故に安寧を与えてくれる教会を出る事に関して、ひどく懐疑的な意見を零した。

「――外に出たくないって気持ちは判らなくも無いけど、それは助けのアテがある場合に限るだろ?」
「それは、そうだけど――。ねぇ、そっちの2人はどう思う?」
「え――?」
「わ、私達ですか?」
「そうよ。他に誰が居るのよ?」

 テリは礼拝堂の椅子に並んで座るオルガとシェリーに意見を求めた。
 金髪同士が並んで手を繋いで座る様は、姉妹のようにも見える。
 
「――ママが警察に行きなさいって言ってたの。だから多分、ママも警察署に来ると思う」

 テリの問いにシェリーは小さくもはっきりとした口調でそう答えた。
 
「じゃあ、コレで警察署に行くが2票、ここで助けを待つが2票ね」
「わ、私が決めるんですか!?」
「別に決めろとは言ってないわよ。ただ意見を頂戴って言ってるの。市長令嬢さん」
「――――――」

 テリの気の強い言葉に対し、オルガは思わず顔を俯かせた。
 この短い時間の間にジョーはテリという女性の性格を何となく察した。
 第一線で働く女として生きるテリと、箱入りのお嬢さんであるオルガ。
 方や意見を口に出して責任を負いたくない日和見主義と、もう片方は自分の頭で最善と思えるプランを脳裏に描く行動派。
 ひどく対照的な2人の女性の対立構図は一同の空気を少し剣呑なものに変えた。

「――おい、テリ。 少し落ち着けよ」
「何よ、マックス? 私は――――」
「そう喧嘩腰になるなっての」
「――っ?!」

 ジョーと同じく場の空気の悪さに気づいたマックスが、同僚のテリを諌めた。
 ――――そしてその時、ガタリッという不審なもの音がした。

「今のは!?」

 一同の視線が礼拝堂の奥に向いた。
 その先には教会内部に繋がる扉があった。

「――何かあったみたいだな。ちょっと見てくる」

 ジョーはベレッタを抜いて立ち上がった。
 物音の方にゆっくりと近づき、音の先にある扉をゆっくりと開いた。
 不審な物音はその更に奥にある部屋から響いたようだ。

「ちょっと! 幾ら銃を持ってるからって危険よ!」
「――どのみち此処に立てこもるなら、安全の確認は必要だろうが」
「だけど――――」
「おい、ジョー! 二つあるなら1丁寄越せ。そっちのリボルバーでいいから」

 女性陣を背中に庇いつつフロントに立つジョーの後を追ってマックスが言った。
 及び腰だったが心強いマックスの提案にジョーは思わず腰の拳銃に手を掛ける。
 しかし脳裏に一つだけ懸念がよぎった。

「――おたく、銃を撃った経験は?」
「いや、その、少しだけ――――」
「本当か? ゾンビとはいえ人間の形してるぞ? パニック起さずに撃てるんだな?」
「――――――」
「――無いんだな?」
「悪いかよ! だけど教えてくれりゃ俺だって――――」

 追求すると実は初心者だったことが判明してマックスは顔を赤らめた。
 ジョーは気持ちこそ嬉しかったが初心者に拳銃を――しかも弾薬が希少で扱いも難しいマグナムを貸す事に対して少し悩んだ。
 ベレッタを貸すべきかとも悩んだが、結局は銃弾の希少性が違うだけだと思い、ジョーは苦肉の策としてコンバットナイフをマックスに渡した。

「悪いがこいつで我慢してくれ。銃の方は予備を手に入れたらそっちに回す。撃ち方もその時に教える」
「……わかった。約束だからな?」
「あぁ、皆を頼む」
「――これじゃどっちが年上何だか」

 ぼやきながらもマックスは部屋の隅に女性陣を追いやり、ナイフを構えてその背中に庇った。
 ジョーは視線でマックスに合図を送り、礼拝堂から物音のする部屋の方へと足を進めた。





「――ガラじゃねェな」

 英雄さながらにたった一人で危険に立ち向かう。そんな構図に意図せずなってしまった状況に対し、ジョーは思わず顔をしかめた。

「これじゃまるでバイオの主人公だ」

 ホラーな状況で単独行動をする多くの主人公に対し『どうして一人で行動するんだ馬鹿野郎!』と常々思っていた自分は何処に行ったのか? 
 ジョーは思わず自分を問い詰めたいという気持ちに駆られた。
 しかし冷静に状況を俯瞰して考えてみると、非戦闘要員をぞろぞろ引き連れて狭い通路を歩く方がリスクが高い様な気がした。
 大勢引き連れて安堵を感じる途中で襲撃を受ける、結果道中で多くを見捨てて、結局一人の状況に陥る。ならば最初から一人の方が機敏に動ける分だけマシだと、ジョーは無理やりそんな風に考える事にした。

 礼拝堂を出て直ぐの廊下には二階に続く階段と二つの部屋があった。
 片方は階段裏に位置している為、開けずとも物置であると判る。
 故にジョーは、廊下の一番奥にある部屋に向かった。
 扉を開けるとそこは食堂になっていた。
 銀の燭台や幾つかの皿。椅子の数から察してそこそこの数の聖職者が住んでいたのだろう。
 恐らく二階は聖職者達のタコ部屋か――――と、思考するジョーの鼻を異臭が突いた。
 食堂の戸を開けて直ぐに、それが死体の放つ臭いである事が判った。
 ゆっくりと奥へ進むと生前は教会のシスターだったと思われる三体のゾンビが居た。
 ゾンビは司祭と思われる老人の死肉を貪っていた。

「――やっぱり居やがったな!」

 ジョーは込み上げる吐き気をかみ殺し、機敏に構えたベレッタでゾンビの頭を撃ちながら後退した。
 呻き声を上げて迫るゾンビの頭が石榴のように弾け飛び、瞬く間に三体のゾンビを無力化したジョーは小声で「……クリア」と呟き、ゆっくり息を吐いた。

 悪人も聖職者も区別無くゾンビになる。
 その原因をジョーは己の中に蘇ったゲームの知識で知った。
 “T-ウィルス”
 死者の細胞を活性化させるそれが流出し、それがアークレイ山中の洋館と研究所だけには留まらず、街全体に広がったのだ。
 感染源は地下下水道に住む溝鼠。
 それが下水道に住むホームレスへと感染し、更にラクーンシティという地上に出てパンデミックを起したのだ。

「――そして住民達はこの地獄と化した街から生きて脱出するのが本編の目的ですってか? 願わくば映画世界のバイオじゃない事を祈るぜ」

 映画の世界か、ゲームの世界か。
 どちらもゴメン被りたいが、できればゲームの世界の方であって欲しいとジョーは思った。
 映画では最終的に世界が滅ぶ事になる。もしもこの先の未来がそう変わるのなら、此処で自決するのが吉だろうとジョーは右手に持った拳銃に視線を落として自嘲を浮かべた。
 例え知識があったとて、それがどのくらい役に立つのか?
 ジョーは食堂の片隅におかれているタイプライターとインクリボンの束を見て、ふと泣きたい気持ちに駆られた。

「………………マジかよ」

 ゲームさながらに周囲を散策するジョーは既に事切れた司祭の手の中に銀色の鍵束があるのを発見してしまった。
 正直なところかなり気が引ける思いだったが、ジョーは仕方なく食い荒らされて冷えきった老司祭の死体に手を伸ばした。

「うわぁ……気もちわりぃ――――」

 全身に鳥肌が立つほどの強い忌避感を感じながらも気合で鍵を入手した後、ジョーは食堂の裏手にある厨房から武器になりそうな数本の果物ナイフを拝借した上で、そそくさとその場を辞去した。
 
 手に入れた鍵束には幾つか種類があった。
 それを見て察したジョーはその足で階段下の物置を調べた。すると案の定、鍵のひとつが物置の鍵穴にぴたりと嵌った。
 戸を開くと幾つかの農具や掃除道具。そして古いショットガンと幾つかの弾があった。

「――――この分だとその内ボウガンとかグレネードランチャーも拾えるかもな」

 ショットガンと弾を拝借した後に、ジョーは思わずぼやいた。
 その一言は誰にも届く事は無かった。
 ゲーム的に考えると初期装備でマグナムを入手しているのがジョーの状況である。
 しかしそれが難易度的にベリーイージーだからこそのマグナム装備なのか、ルート的に凄まじい困難が待ち受けるからこその初期装備マグナムなのかは一切不明である。
 願わくばこの先がベリーイージーであって欲しいと神に祈りを捧げながら、ジョーは礼拝堂に戻った。

「――無事だったか!」
「あぁ……」

 礼拝堂に戻るとナイフを構えて周囲を警戒していたマックスが声を上げた。





「大丈夫か!? 銃声が聞こえたからもしかしてと思ったんだが――――」 
「あぁ。案の定、司祭とシスターがゾンビになってたぜ? それと立てこもるつもりなら一応、他の部屋も全部調べた方がいいだろうな。――――それとコイツを見つけた」
「コレは――――」

 ジョーは先程入手したショットガンをマックスに渡した。
 レミントンM1100
 セミオートショットガンで散弾銃といえばコレという見た目の狩猟銃である。
 扱いに戸惑うマックスにジョーは簡単にだがその遣い方をレクチャーした。

「――今更だけど、どうしてそんなに銃に詳しいの? まだ学生でしょう?」

 マックスにショットガンの使い方をレクチャーしている途中で興味深そうにオルガが尋ねてきた

「この先の通りにあるケンドの銃砲店って所で働いてるんだ。後は親父が警官だからかな?」
「へぇ――」
「――折角だから、アンタも覚えるか?」
「えぇ。折角だからお願いするわ」
「了解」

 ジョーはマックスに説明した内容と同じモノを繰り返しながら、オルガにもショットガンの撃ち方と弾の込め方をレクチャーした。
 
「――――さっきの物音は何だったの?」

 ショットガンの使い方について一通りの説明を終えた所で、オルガはジョーに向き直った。

「言わずもがな。バケモノだよ。何処から奴ら(ゾンビ)が進入してくるかも分からないから、礼拝堂に立てこもるつもりなら入り口も窓も全部塞いだ方が良いな」
「そう――――」

 不安がらせるつもりは毛頭無いが、それでも命に関わる以上、情報は精確に伝えておくべきだと思い、ジョーは立てこもる際の注意点を思いつく限りでオルガに話した。
 するとオルガはジョーに尋ねた。

「――――さっきの質問だけどもし私達が此処に残るを選んだら貴方はどうするの?」
「ぁん?」

 その瞬間、聞き耳を立てていた全員の視線がジョーの方を向いた。

「このメンバーの中で唯一、銃の扱いに長けているのは貴方よ。幾ら武器を手に入れても貴方の有無が私達の今後を大きく左右するとは思わない?」
「――――何が言いたい?」
「私は貴方の判断に任せたいわ――――」

 オルガは眼を伏せながら言った。
 年齢だけならジョーより3つほど上の大学生だが、しかし今はそんな実年齢よりも遥かに幼く見えた。

「――――もう一回言うけど俺は警察署に行きたい。理由は確実に脱出のルートがあるからだ」
 
 ジョーは改めて己の意思を明確にした。

「この先にある銃砲店に居る友人で上司のロバートにも脱出するように言わなきゃだし、なにより立てこもったところで状況は好転しない。最終的に皆死ぬ。俺は、そう思う―――」
「そう……」
「だから――――」
「――――だったら、警察署に行きましょう」

 ジョーの台詞に被せるようにして、顔を上げてオルガは言った。

「シェリーのお母さんも警察署を目指してるというし、それにラクーンシティーにはS.T.A.R.Sっていう優秀な特殊部隊があるってパパから聞いたわ。危険かもだけど辿り着いてしまえば、きっと此処より安全のはずよ」
「――――その警察が幾つもの路地を封鎖してるわよ? 言うほど簡単には辿りつけないと思うけど?」と、テリが皮肉るように言った。
「じゃあ、テリは此処に残る?」
「そうは言ってないじゃない……」

 オルガは不安を滲ませるテリを挑発するように言った。
 テリはチラリとマックスを見た。
 マックスはショットガンを手にした所為か、先ほどに比べるとかなり落ち着いた様子であった。

「大丈夫だ、テリ。こうして武器も手に入ったんだ。それに途中で銃砲店に寄るんだろ? 休憩する場所も途中にあるんだから何とかなるだろう」
「――――撃つ前からコンバットハイなの? まったく勘弁してよね……」

 マックスの台詞にテリは徐に溜息を吐いた。

「――シェリーはどうする? また怖い思いをすると思うがそれでも警察署に行くか?」

 ジョーはシェリーの高さに視線を落として尋ねた。
 この場に居る最年少の子供という事もあり、ジョーも気を使った。
 例え彼女がこの事件で主人公と巡り会い、彼女だけは確実に生き残るであろう主要のキャラクターであったとしても、後に変態した父親に追いかけられる物語の鍵を握る存在であっても、その扱いに差を設けるべきでは無いと思ったからだ。
 シェリーはジョーの質問に少し戸惑った様子を見せるが、しかししっかりと決意した表情で「うん」と頷いた。

「――――なら決まりだな。移動するなら出発する準備をしよう!」

 武器を手に入れて気が大きくなったのか、シェリーの決意を聞いた後、マックスが音頭を取った。
 その様子にテリは呆れた表情を浮かべ、オルガとシェリーは顔を見合わせて小さく笑みを浮かべた。

「なぁ、ジョー? 一応残りの部屋を調べてみないか? 他にも武器か何か――いざという時の食料や水、薬なんかの役に立ちそうなモンもあるだろうし?」
「――そう言えばさっき鍵束を入手したな」

 マックスの提案に、ジョーは先程手に入れた鍵束の存在を思い出した。
 ゲーム的に考えて施錠されている部屋ともなれば、それなりの御役立ちアイテムもあるだろうという考えが脳裏を過ぎった。

「調べに行くなら俺にも手伝わせてくれよ?」
「なら二階だな。一階はザッと見渡してきた限りだけど、何も無さそうだし――――」
「ちょっと、そこの二人! 戦力2人が動くのなら私達はどうなるのよ! 勝手に決めないで!」

 テリがオルガとシェリーを引きつれ、マックスとジョーに怒鳴った。





「一階には動かない死体が4つ転がってる。だけど二階にはそれが無いかも知れない。だが、もしかすればもっと酷いのを見るかもしれない。見たくないなら此処に残って、戻ってくるのを待つって手もあるが――――どうする?」

 ジョーの提案にテリもオルガもシェリーも露骨に嫌そうな顔をした。
 フロントをジョーが、その間にオルガ、シェリー、テリの順で並び、殿をマックスが務める形で、一同は二階に上がる。
 二階部分はジョーの予想したとおり、教会に勤める者達の生活空間のようだ。
 階段を登って直ぐの通路には左右に3つの扉と、最奥に一つの計7部屋のドアがあった。
 一同は手に入れた鍵束を使って部屋の一つ一つを調べていき、その途中で観賞用の三色ハーブや、応急用の道具発見した。

「――このハーブは役に立つかも。確か前に学校で習ったわ」

 大学の医学部に通う友人との話を覚えていたオルガが鉢植えにある三種類のハーブの葉をそれぞれ少しずつ採取して言った。

「使えるの?」
「えぇ。緑の葉を煎じて飲めば疲労回復やリラックス効果もあるし、市販の傷薬なんかもこのハーブの成分を抽出して作られてるらしいわ。原始的な方法だけどいくつか採取してペースト状にして簡易的な塗り薬にしておくといいかも。止血効果も高いし――――」
「へぇ。だったら出発前に作っておいたほうが良さそうね。三種類とも採取する?」
「えぇ。万一に備えて。シェリーもお願いできる?」
「うん!」
「それじゃ、私はこっちの赤いのを集めるわ。シェリーは緑のをお願い」
「はーい」

 オルガの知識に感心した声を漏らすテリはレッドハーブを、オルガはブルーハーブを、シェリーはグリーンハーブの採取をそれぞれ始めた。
 そしてゲーム内ではもっぱら傷薬的なアイテムだったグリーンハーブ、ブルーハーブ、レッドハーブの意外な事実に、ジョーも内心で舌を巻いた。
 しかし思った。

「――――流石に喰って回復は無理だろうな」
「ん? どうした。ジョー?」
「いや、なんでもない。そっちこそどうしたマックス?」
「あぁ。ついでだから背負える鞄か何かを探してみようと思ってな。持ち運ぶなら必要だろ? それと思ったんだが、止血帯代わりにシーツやカーテンって使えないか?」
「使えると思うけど加工しないと流石に無理だろ? せめてハンカチとかタオルにしないか?」
「――――だったら衣装ダンスをあけるしかないな」
「一応釘刺しとくけど、此処にはたぶん女物しかないと思うぜ?」
「OK、OK」
「――――本当にわかってんのか?」

 心なしかマックスは楽しそうな雰囲気であった。
 部屋の主は間違い無くシスターである。そして女性の衣装棚を勝手に開けるという事は、それは相手がシスターであってもなかなかに罪深い行いだ。それを教会――神の膝元で、生きる為にという免罪符を掲げて行うのだから、そこに感じる背徳感は如何ほどのモノか――――
 案の定、嬉しそうな顔でマックスはジョーに向けて口笛拭き、丸めた布切れを投げ渡した。

「ヘイ!」
「ぁん?」

 それはシスターの私物であろう女性モノの紫のショーツであった。
 それを投げて寄越したマックスにジョーは思わず溜息を吐いた。 

「――――真面目にやれ」

 ジョーはポケットにショーツを仕舞いながら、親指を下に向けた。





 高い薬効があるハーブは素人が磨り潰して使うだけでも強い治療効果を望める。緑は止血と治癒、青は解毒と殺菌、赤は他二色のハーブの薬効を高めるという効果を持つ。
 飲料としておかれている水差しの水で調合したハーブペーストを作ったオルガは、それぞれを小さな瓶に詰めて一堂に分配した。

「――――意外なところに衛生兵(メディック)が居たな?」
「だったら私は通信兵(ラジオマン)? 生憎機材はないけど?」
「いつも持ち歩いてる小型のカメラは?」
「それがこんな所でなんの役に立つのよ……」
「――――今更だがゾンビ共は音に寄って来るからな? さっきも言ったが、全員なるべく静かにしてくれよ?」
「了解」
「了解よ」
「………………」

 武器を手にした精神的な余裕と、意外にスムーズに舵手角準備が整った事。それら二つの要素で互いに軽口に冗談を言い合う程度には精神が回復したらしい。
 そんなマックスとテリの様子をジョーは少しだけ不安に思った。
 廊下の最奥にある部屋を残して二階全ての部屋を探索した一同は、最終的に背中に背負うタイプのリュックサック、マッチ、各種ハーブ、止血帯代わりの布、救急スプレーを発見した。回復アイテムをはじめ、今後の行動を手助けしてくれるアイテムを入手した事はそれなり以上の収穫だが、やはりこの状況でモノを言うのは武器と弾薬である。
 そればかりはこの先にあるロバートケンドの銃砲店で入手するしかないとジョーは密かに思った。

「一応だが、こっちの部屋も確認するか――――」

 ジョーは後方のメンバーに注意を促しつつ、廊下の最奥にある部屋のノブに手を伸ばした。
 この状況で己のゲーム脳も甚だしいとは思いつつも、ジョーは何かしらのイベントが起きそうな予感をこの二階の最も大きな部屋から感じていた。――――それは直感とも言い換えられる野生の勘だった。
 ジョーはゆっくりと扉を開いた。

「―――っ!? 来るな!」
「撃つな!」

 部屋には一人の生存者が居た。
 修道服を纏った老婆だった。
 拳銃を突きつけて震える様を見てジョーは焦ったが、咄嗟に呼びかけた静止の言葉と、その後のアイコンタクトでお互いに相手が生存者だと判ると老婆も銃を降ろした。

「よかった。よかった! もう私しか生き残りは居ないと思って――――」

 老婆は安堵からか泣き崩れた。
 泣き崩れた老婆にオルガが駆け寄った。

「――――この教会で生き残ってるシスターはアンタだけか?」
「えぇ、他の者達は皆、天に召されました。――――もっとも、あのような姿になってしまった者達の魂に救いがあるとは思えませんが」
「宗教問答は兎も角、とりあえず場所を移そう。動けるか?」
「えぇ――――」

 足が弱いのかオルガに続いてテリも老婆に肩を貸した。
 ―――――その直後。
 老婆の背後にあった窓が割れた。

「――――かはっ!?」

 窓を突き破り、部屋の外から一本の触手が伸びた。
 それが立ち上がろうとしたシスターの胸を貫通した。
 テリとオルガは突然血を吐いた老婆の様子に悲鳴を上げて尻餅をつく――――

「うぁああああ!」

 胸を貫いた槍のような触手はまるでイカの触腕にも似ていた。
 串刺しにされた老婆は触手の持つ強靭な膂力で持ち上げられた後、宙を舞うように二、三振り回された後で窓の外に連れ去られた。
 床には老婆の持っていた拳銃がゴトリ落ち、そして間もなく窓の外から断末魔の絶叫が響いた。
 ――――その直後に訪れた静寂の中で、マックスは震えながら問う。

「な、なんだありゃ――――」

 シュルシュルと音を立てながら触手が窓の外に揺れた。
 そしてヒタヒタという足音を立て、まるでカエルのように這うような形でそれは窓から顔を覗かせた。
 
「ひ――――っ」

 誰かが息を詰まらせたように悲鳴を上げた。
 そこには怪物がいた。
 全身の皮を剥ぎ取られたような赤い怪物だった。
 醜悪な面には目は無くむき出しの牙。その奥にある舌こそがシスターを貫いた長い長い“触手”の正体だ。

「――――リッカー(舐める者)

 ジョーは思わず呟いた。
 その正体をゲームという形で良く知っていたからだ。
 それは外で蠢くゾンビ以上に醜悪な厄介な怪物だった。

「――うあぁああああ!」

 マックスは恐慌状態でショットガンの引き金を引いた。
 ジョーも咄嗟にベレッタを抜いて窓の外のリッカーに向けて発砲した。
 それよりも早くリッカーは窓の外に消えた。
 しかし直後に

 トトト――――
 
 と、いう教会の外壁と屋根を走る音が響き、その振動で埃が天井から零れ落ちた。

「……に、逃げたの?」
「違う!」

 テリが恐る恐るジョーに尋ねる。
 ジョーは強い心臓の鼓動を感じながら怒鳴るように返した。
 ジョーの直感は正しかった。
 案の定、厄介な事になっていた。

「全員窓から離れろ。絶対に物音を立てるな! 奴は音に反応する!」

 ――――その瞬間、階段の近くにあった窓が割れた。
 ジョーはマグナムを抜いた。
 部屋の反対側にある階段の踊り場に奴は降り立った。
 全員の居る廊下の最奥の部屋と、二階の出口である階段を塞ぐようにして、リッカーはジョー達の前にその姿を顕にした。

「絶対に音を立てるなよ……!」

 変質者さながらの不気味な呼吸音とカエルのような歩み―――
 ゆっくりと一歩ずつ迫る怪異を前に、マックスは「どうするんだよ――」という視線をジョーに向けた。それはテリも、オルガも、シェリーも同じだった。
 その場に居るジョー以外の全員が、青ざめながらジョーを頼りにする様に視線を向けていた。

「――――恨むぜ、神様」

 ジョーは苦悶の表情で前に一歩踏み出し、マグナムを構えた。