バイオハザード インクリボンがゴミと化した世界で   作:エネボル
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10 悪夢の生存者

 ジル・バレンタインのメモ

 9月27日。
 最後の9月が終ろうとしている。
 アンブレラに対し、人々が立ち向かう勇気を持つ事が出来ていたとしたら、未来は変わっていただろうか?
 あの日、私達は洋館という名の地獄の中で真実を知った。故にその時の真実をこの街の人々も知る権利と義務がある。
 そして全てを知った上で立ち上がるべきだった。
 許しを請うには全てが遅すぎて、運命が流れ始めた時には既に、人々にそれを押しとどめることは出来ない。
 日に日に感染者は増加し、今もその数を増やし続けている。
 数少ない生存者達は建物の深くに身を潜め、更に奥の暗渠の中で息を殺して明日を待っている。
 生きるか死ぬかの状況で、未だに平静を保っていられる私はきっと変わってしまったのかもしれない。
 だけど生き延びる為にはきっと必要な事だ。
 明日を待つだけでは何も変わらない。
 それをあの日に私は思い知った。
 だからこのメモを見ている貴方(・・)に書き残せる言葉は一つだけしかない。
 
 自分を救えるのは自分だけ。





 薄明かりの点いたとある食品倉庫の管理室。
 普段は店舗の管理作業員が業務で使用するタイプライターを駆使し、ジル・バレンタインは何気なしにそんな走り書きを残した。
 メモに書き残したのはジルの胸中にある偽らざる本音だ。
 Tウィルスの拡散から数日が経ち、爆発的に数を増やした感染者によって多くのラクーンシティー住民が亡者と化した。そして悪夢の中を逃げ延びた生存者は自然と一所に集まり、息を殺してひたすらに救済を待つ。その行動を否とは言えず、しかし同時に無意味だとも感じてしまうジル。
 しかし曲がりなりにもこの街で警察官として生きた経験と生来の人間性が、圧倒的弱者である彼ら彼女らを捨て置く事を許さなかった。

「はぁ……」

 疲労の混ざった深い溜息が思わずもれる。
 人種も年齢も職業も様々――しかし彼らの顔には共通して強い疲労と不安と恐怖が貼り付けられている。
 皆、眠る事もままならず、燃料ランタンの明かりを中心にして小さく身を寄せ合って息を潜めている。
 そんな陰鬱な空気に耐えかね、立てこもった倉庫周辺の安全確認に出たのが終先程の事だ。
 そこでジルは偶然、()と遭遇した。

「――ジョー・ナガト、だったかしら?」

 ジルはチラリと管理室にある応接用のソファに視線を移した。
 安っぽい合成革のソファに深く身を落として眠りに就く一人の少年の名はジョー・ナガト。彼は装備のメンテナンスでジルが幾度か訪れたケンドの銃砲店の従業員だ。しかし顔見知りと言うだけで、別に良く話す仲かと問われると意外にそうでも無い。間柄は彼と仲の良いジルの同僚のバリーを挟んで、友人の友人ぐらいだろう。
 よって一対一で話した事など殆ど無かった。
 しかしこの時ばかりはそうも言っていられない。ジルはジョーに対して、直接問いただしたい事柄が幾つも存在したからだ。
 
「一体、何処でこんなモノを――」

 眠りに就く前にジョーはジルにある資料を手渡した。
 血に濡れた“ジョージ・ハミルトン”と言う男の書き残した手記である。
 そして件の男が研究し、サンプルまで作り上げたというTウィルスのワクチン。その製造法を書き記したとされる研究資料の一部。それらをジョーはその身に帯びて此処にやって来た。
 ジルは深く寝入るジョーの衣服にふと視線を向けた。
 銃創や焼け焦げた痕跡が随所に見られ、その面貌は数ヶ月前に店で見た時に比べて、年齢に不相応な程に壮絶。
 この地獄の中で彼が何を見たのかを問う機会はまだ得られていないが、それでも察することは出来た。
 恐らく自身が洋館の中で体験した地獄に比肩するモノを体験したのだろう――ジルにはそう解釈する事が出来た。
 深い眠りとは言い難い浅い呼吸を繰り返し、休息とは程遠い眉間に刻まれた深い苦悶の表情。
 ジルはそんなジョーの身体に毛布を掛け直して、脇に置かれた彼のナップサックに資料と薬品のサンプルを詰め直し、ジョーが眠る直前に食い散らかした保存食の空き缶を片付ける為に管理室を後にした。
 管理室のドアを開けるとジルと同じくこの場を一時的な避難場所に選んだ幾人かの生存者が、その不安そうな視線でジルと管理室の奥で眠るジョーを見た。
 ――奴は大丈夫だろうな? と、それは暗に問うような視線であった。

「――――――ったく」

 ジルはそれら訝しげな生存者らの視線を全て無視した。
 この時点で生き残っている者は皆、感染者(ゾンビ)に噛まれた者はゾンビになると、言葉では無く実感として理解している。故に投げかけられる視線の中にある不安を、仕方が無いとは思いつつも、同時に鬱陶しく思った。
 事実、ジルがジョーを助けてこの食品倉庫に連れて来た際に、ジョーの感染を疑いその身柄を受け入れる事を拒否する者もそれなりに存在した。
 不安がる住人の暴走からジョーを“護る”為、またはジョー自身が変異した際の“処理”を行う為に、現状はジルが責任者としてジョーの監視を行っている。それが現状である。
 ジルは何も言わずにその場を去ろうとした。
 しかし直後に怒号が飛んだ。

「おい、奴を一人残して何処に行く気だ! アンタが居ない間にゾンビになったらどうする!」

 ジルは歩みを止めて振り返った。
 赤ら顔が特徴的な初老の生存者――ダリオ・ロッソという男だ。彼はこの場所に逃げ延びた直後から、うわ言の様にくりかえし現状を嘆いていた。その際にジルをはじめ多くが、彼が家族でフットボールの試合を見に来た別の州からの旅行者である事。そして今回の事件で脱出の折に娘を失った事を繰り返し聞かされた。
 同情の余地はあるものの嘆くばかりで必要な作業にまるで手を貸さないダリオの過ぎた被害者然とした態度には、ジルも内心で辟易としていた。
 だがそれでも平静に警察官としての職務を果そうと勤め、ジルは落ち着いた様子で口を開く。

「大丈夫よ。変異の兆候は見られないから」
「そんな事、判るもんか! 実際、アンタの判断がどうして正しいって言えるんだ!? 俺はゾンビに娘を食い殺されたんだ! 此処に居る連中だって同じだ。危機感が足りないんじゃないか!」

 どうして? と、尋ねられると、ジルにしても“勘”だと言う他ない。しかしその勘は洋館事件での経験とその際の探索で見つけた資料に基づく知識からのモノだ。
 だがそれを言った所でダリオをはじめ、多くは納得しないだろうと思い、ジルはダリオの言葉に沈黙した。
 するとダリオを初めとする一部の集団はその沈黙を材料に、ジョーを避難所に受け入れたジルの判断に再び文句を言い始めた。

「――声を荒げると“バケモノ”を呼び寄せる事になるわよ」

 ふいに傍でそのやり取りを見ていた別の生存者が凛とした声を上げた。
 ビビットのきいたマゼンタカラーのライダースを纏った女子大生であった。
 勝気で行動力の溢れる若い魅力がある。またこの悪夢の中でも率先して要救助者に手を貸していた少女だ。その積み重ねの結果か、彼女の周囲には彼女に同調する多くの女性や老人たちの姿が見えた。

「吠えるよりもやるべき事があるでしょう? 毛布と燃料が足りないわ。もし良かったら運んできてくれない? そんなに不安ならこのフロアに長居する理由も無いんだし?」
「――――っ」

 ダリオと同調してジルを糾弾していた者達は、逆に今度は口を閉ざす。
 そしていたたまれなくなったのか、逃げるようにフロアの隅に下がっていった。

「――ありがとう。助かったわ」

 ジルは声を上げた女子大生に礼を言った。
 
「いいわよ、別に。それに警察に協力するのは市民の義務でしょう?」
「あら警察だって名乗ってないのによく気づいたわね?」
「身内に一人居るから雰囲気で大体判るわ。私はクレア・レッドフィールド」
「レッドフィールド?」

 差し出されたクレアからの握手を受け取ったジルは、不意にクレアの名に同僚を思い出した。

「ジル・バレンタイン。もしかして貴女、クリスの妹さん?」
「えぇ。その様子だと兄を知っているの? 私は兄を探しにこの街に来たのだけど――――」
「残念だけど、クリスはもうこの街にはいないわよ」
「え?」
「何処から説明するべきかしら――――」

 ジルは少し悩んだが、クレアと名乗る同僚クリスの妹に、兄の無事と現在の所在地を簡単にだが説明する事にした。
 洋館事件以降。ジルをはじめとする元S.T.A.R.S.のメンバーはアンブレラを告発する為に独自に動いていた。だが結果的に事件の生き残りのメンバーは皆、警察官としての資格を剥奪され、アンブレラから秘密裏に抹殺指令を下される程の身の危険に晒されていた。
 アンブレラから家族を護るために同僚のバリーは家族と共にカナダに亡命し、クリスも恐らくそれに近い判断で、クレアに何も打ち明ける事無く身を隠す事を選んだのだろう。
 その結果が皮肉にもクレアを悪夢の渦中に呼んでしまった現状に、ジルは思わず苦笑を浮かべる。
 無鉄砲で行動力が溢れる所はクリスにそっくりね――
 ジルは内心でクレアという少女にクリスの面影を見た。

「――そうだったの」
「クリスに代わって謝罪するわ。不安にさせてごめんなさい」
「いいえ――」

 眼に余る地獄さながらの状況を作り出した外道を知り、それを許さぬと憤る正義感。身内としてクリスを知るクレアは、ジルから聞かされたクリス失踪の理由を知った後、その行動を責めなかった。そしてただ一言、「――兄さんらしいわ」と零した。

「――そういうところは昔と何も変わってない」

 クレアは遠い眼をして諦観混じりに小さく微笑んだ。





 多くの生存者が露骨に嫌な顔を見せた。それらは「感染していないだろうな?」と、暗に問う視線を投げかけた。
 ――俺はゾンビじゃない。
 鍵付きの管理室へと案内されたジョーは毛布を被り、蝋燭と倉庫奥の薄明かりの中で現実を嘆く生存者達から隠れた。
 辛気臭い雰囲気と露骨に不審な視線をぶつけられる状況から一歩離れ、ジョーは眼を閉じ、疲労感に身を任せてソファに身体を預けた。
 直後、耳障りな音が管理室の扉の奥から響いた。

 ――カリカリ――カリカリ――ー―

 何かを引っかくような音だ。
 眼を開け、自然と姿勢を低く保ち、ジョーは傍らの拳銃を握った。

 ――カリカリ――カリカリ――カリカリ――――
 
 どんどん音が大きくなる。
 直感的にそれを敵だと思った。
 扉越しに敵のシルエットを思い描き、その眉間に照門を定めた。
 ――引き金を引いた。
 しかし動作不良(ジャム)を起した。
 弾が出ない焦りが全身を駆け上がると同時に、扉が開いた。
 
「――っ!?」

 発作のようにジョーの全身がソファから跳ね上がり、直後にパシンと肉を叩く音が響く。
 全身から汗が噴出し銃が握られている筈の右手には何も無く、反射的に握り、繰り出された拳は、丁度扉を開いて現れたジルの両手で受け止められていた。
 ジョーはそこで自分が“夢”を見ていたのだと自覚する。

「――――悪い」

 ジョーはどさりとソファに身を預け、全身の筋肉を弛緩させるようにダラリと天井を睨んだ。
 ジルは拳に打たれた掌の痛みを払うようにひらひらと振る。

「大丈夫?」
「死ぬかと思った……」
「そう。――気持ちはわかるわ。洋館事件の後、私もそうだったもの」

 眠りにつこうと横になるが直ぐに目が覚める。身体が深い眠りにつく事を拒んでいるような感覚には、ジルにも覚えがある。

「――気休めかもしれないけど、その内、慣れるわ。それはそうと――」
「ぁん?」

 ジルはジョーのナップサックから“ハミルトンの資料”を手に取り、ジョーの座るソファの対面に腰を下した。

「何を見たのか、詳しく話を聞かせて」
「………………」

 ジョーは内心で「取調べか……」と小さくぼやいた。
 まぶたの裏に焼きついている病院での光景を思い出しつつ、ジョーは不意に思い出した空腹感から冗談めかしてジルに尋ねた。

「とりあえず、カツ丼を食いたい」



遅くなりました。
書く時間がなかなか取れなくてすいませぬ。
ちょっと次も未定です。






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