東方月紅夜~Guardian of sorrow spirit~   作:酔歌

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視点:ヒナギ
Google+で連載していた「東方月紅夜 第六話」の内容をほぼそのまま投稿しています。


六話 熱中の魔法使い

 暑く照り付く太陽。一向にこちらへ近づかない雲。麻布を広げてスペースを取ると、博麗指揮官が旗を挙げた。

 

「ちょい右」

 

 魔理沙監督がダメ出しをする。

 

「いや、もっと左だぜ。もう一枚敷くんだろ?」

 

「だからって、もうそっちは林よ。周りをよく見て」

 

「分かったってば」

 

 アリス官房長官の指摘が入る。

 

「大きめのタイプがあったでしょ、あれを敷けばいいわ」

 

 二人とも「ああ」という顔をした後、倉庫の方へ向かった。何故こんなことをしているか、それはもちろん宴の準備である。博麗神社に居候させてもらっている以上、致し方ないことではあるし、もし宴参加者に過去の自分を知る者がいたら、それは埋蔵金だからだ。

 

 一口に宴と言っても、酒を飲み渡るなんてものじゃない。霊夢によれば、酒を飲み〝まくる〟そうだ。約数十人のなかに数人暴飲者が居り、残りの者はその暴挙に耐えながらヤケ酒を飲む儀式だそう。一見すると修羅場のように聞こえる宴ではあるものの、最終的には皆なぜか笑って帰っていく、あくまで楽しい会だ。俺が布を広げ終わると、魔理沙が嘆いた。

 

「暑いぜ!」

 

「それは私も」と霊夢が続いた。

 

「まだ酒を持って来ないと」

 

二人はため息を大きくつく中、アリスさんは悠然と指揮した。

 

「取りあえず、魔理沙は樽、霊夢は瓶で持ってきましょ。人形で手伝うから」

 

「なんで私は重いんだよ」

 

「あんた、弾幕はパワーだとか言っていたんじゃないの」

 

「弾幕の話だぜー」

 

 

 帽子を着けていても魔理沙には日差しが突き刺さり、彼女は参っていた様子だ。砕け散りそうな俺たちの心を、何とか保ちながらその後も準備を進めた。

 

「どこだよ樽は。ふう」

 

 帽子で仰ぐ魔理沙を横目に、必死で樽を探した。魔理沙の目の焦点が合っていないような気がして、少し心配ではあった。

 

「こんな熱帯に置いて、腐らないのか」

 

「受注したのは昨日だから大丈夫だなんて、大丈夫なわけないんだよ」

 

 なぜか置かれている棚や、神社で使うための神聖な道具まで置かれており、それをどかしながら進んだ。

 

「上見てくる」

 

 魔理沙が二階へ続くための階段を一段ずつ登り始めたその刹那、「きゃっ」という声が聞こえたかと思うと、魔理沙が階段から、ちょうど胸を前に落ちてきた。危険を察知し、俺は大きく手を広げて魔理沙をキャッチし、成功した。床に倒れ込み、若干の痛みは感じるものの魔理沙の安否を確認することにした。

 

「魔理沙、大丈夫?」

 

「あ……ヒナギ……」

 

 熱射病の弊害か、体温や吐息は異常に熱く、炬燵に包まれているようだった。倒れ込んでいるから致し方ないが、シャツの中に胸が見えた。

 

 一先ず魔理沙を抱え上げ、霊夢の下へと急いだ。その間も魔理沙の息切れは止まらず、事態は急を要した。

 

 博麗神社に入ると開口一番、炒り豆を升に入れていた霊夢が悍ましい顔をして魔理沙の名を読んだ。

 

「取りあえず、布団敷いて」

 

 慌てている霊夢は意気消沈の表情で頷いてから、布団を敷き始めたが手がおぼついていない。魔理沙から伝わってくる異様な熱さを感じながら、不安と戸惑いが入り乱れる。だが、本人がそれを一番感じているだろうし、付き合いの長い霊夢も同様のはずだ。開かれたそれに魔理沙の体を預けたら、水枕を用意するために水道へ向かった。桶に大量の水を入れ持ってくると、布を濡らしてでこに敷いた。

 

「魔理沙! 大丈夫?」

 

アリスさんも、俺たちがいないことに気が付いて向かってきたようだ。

 

「霊夢、薬無い?」

 

 霊夢があるわと答えると、既に錠剤を持ってきているところだった。飲ませてしばらく様子を見ることにした。

 

 準備を着々と進めていると、魔理沙が目を開けた。というのも、飲ませた薬は幻想郷随一の医者によるもので、飲めばたちまち効果が出るなんて売り文句が付いているものらしい。

 

「あ、霊夢」

 

 霊夢は心配そうな顔。だけれどそこには柔和な笑顔と円満な空気があるばかりだった。魔理沙を起こすと「ヒナギが助けてくれたのよ」と言うと、魔理沙はありがとうと言った。

 

 とはいったものの。

 

「ふふふ、おい! これ空いたぞ!」

 

 月夜に響くその声は、まさしくつい先ほどまでダウンしていた魔理沙によるものだった。驚くほど満面の笑顔を赤く染め酒を要求するその姿に、かなりの恐怖心を抱いた。神社の廊下で共に飲んでいた霊夢は、まるで「相変わらずね」なんて言いそうな顔で見つめていた。アリスさんは微笑み、俺は笑っていた。

 

「……ありがとう。あのままだと、私たちずっと魔理沙のこと忘れていたかもしれなかった」

 

「うん。俺も、魔理沙を助けたかったから」

 

 霊夢の笑顔にどこかときめいている中、またその声が轟く。

 

「おーい。三人もこっち来てよー」

 

 霊夢は、「やっぱり助けなくても良かったかも」と呟いた。

 

 大衆には俺の見知らぬ幻想郷の有象無象が溢れていたようで、霊夢に、後で紹介しておくわと言われた。

注がれた酒をちょっと飲んで、何気なく見上げれば黄月。時期的に夏はそれらしい朱華色が見られるらしいが、今日は少し薄いらしい。

 

「月ね」

 

「うん」

 

 霊夢の頬は、魔理沙ほどではないが薄朱色に染まり、ミステリアスを冷静さで覆った愛し顔でそれを見つめていた。俺の目線に気付くと、顔に何かついているのかどうか確認する動作を取った。

 

「あ、いや。別に何もついてない」

 

「何よ。じろじろ見てただけってこと? 私だって華麗なる乙女よ」

 

 恥らってはいるが、少々酔いが回っているようで。いつもとは違う霊夢だった。

 

「その気になったら焼酎ぶっかけるから」

 

 家鴨の様に唇を尖らせながら毒づく霊夢に、俺は笑ってしまった。だけれど、可愛いと思った。霊夢なのに。また酒を入れる。息に色はないけれど、透明な空気に色が付く。そしてそれは蒼い空に瞬き、最終的に月を染める。

 

 そう、月に。

 

「月ばっかり見て」

 

「いや、つい」

 

 月を見ていると不思議な気分になる。それは酔っているとか、美麗に酔いしれるわけじゃない。ただ、見とれるというか、ふいに目に入るような感覚だ。

 

 霊夢はなぜかふてくされながら、こう言った。

 

「……ひょっとして、ヒナギの故郷は月かもね。月人もいるし。変なのばっかりだけど」

 

 それは俺にとって意外な回答だった。だけれど、あり得るのかもしれない。こうまで俺を引き付ける月。

 

 なんだか、あの時と似ている。そう、霧雨店で魔理沙とアリスさんで茶会を開いて笑い合っているとき。記憶がふわっと、水圧で持ち上げられた酸素のように浮かんでくるあの感覚。ひょっとしたら、とも思ったが、もう一つ嫌なことを思い出した。そしてそれも、同じ感覚を感じずにはいられなかった。

 

 殺し合い。

 

 たった五文字の中に深い意味があるのか、それともレミリアさん独特の威圧感によるものか分からないが、今でも脳の表面にこべりついている。

 

「ヒナギ、いくらなんでも見過ぎよ」

 

「え、ああ。ごめん」

 

 酒を運びながら霊夢を見ると、膨れっ面だ。俺は、霊夢の考えていることが時々わからない。


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