東方月紅夜~Guardian of sorrow spirit~   作:酔歌

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視点:ヒナギ
Google+で連載していた「東方月紅夜 第五話」の内容をほぼそのまま投稿しています。


五話 ケークタイム・ウィズ・マジシャン

 結局雷に鉢合わせすることなく、安全運転で博麗神社前へ向かうことができた。魔理沙に礼を言い、そのまま博麗神社へ入った。

 

 すると、ガスの燃える音と共に、簡素なにおいが鼻へ入った。まだ来たてで構造を理解していないから、自身の鼻を頼りにそこへ向かった。扉を幾つか開けて向かうと、バンダナを着けた霊夢が立っていた。見るとそこは台所のようで、フライパン片手に何かを炒めているようだった。

 

「ああ、帰っていたの」

 

 よく見ると、霊夢の後ろに大きな袋と、入っている大量の大豆があった。

 

「炒り豆?」

 

「ほら、近々また宴を開くって言ったじゃない。って、ヒナギが知るわけないか。とにかく行うんだけど、一人一つ何か肴を持ってくることになったのよ。で、手っ取り早くて日持ちもする炒り豆にしたのよね」

 

「それ、物足りなさそうだな」

 

 霊夢は笑って「そんときゃ塩と胡椒をぶっかければいいのよ」といい、また作業に集中した。

 

 風呂場を拝借し、清潔にしてからあの部屋に向かった。

 

「どうぞ」

 

 霊夢の声が聞こえたかと思うと、炒り豆が目の前に登場した。塩を振りかけてちょっとつまんでみると、意外と美味しかった。お茶を机に置いた後霊夢が隣に座り、一緒にポリポリと食べた。

 

「あそこはどうだったかしら」

 

 せっかくだから、温めておいた質問をすることにした。

 

「なんで湖のほとりなんかにあるんだ?」

 

「そんなこと聞かれてもね」と言いながらまた食べた。

 

「本人らの供述とか、聞かなかったのかしら」

 

「うん。なんていうか、ただの世間話」と言いながらまた食べた。

 

「ふん」

 

「それじゃ、悪いけど私は炒り疲れたから寝るわ」

 

 最後にちょっとつまんで食べた。

 

 自室の扉を開け、入るとまたあの薬香が鼻についた。布団は丁寧に畳まれ、寝間着と共に宿主を待ち構えていた。これをすべて霊夢がやってくているのかと思うと、涙が出そうになる。

 

 布団を見ていてふと思い出したのが、あの時の日光の暖かさと、髪を束ねるためのリボンが添えられていたことだった。あのときは考え尽かなかったが、以前の俺は束ね髪だったのかもしれない。壁にかかったそのリボンを見ていると、それ以外のものがかかっていることに気が付いた。

 

 長剣。リボンと共に川の字のように並んでいた。霊夢の物かとも思ったが、霊夢は神社の巫女という役職。剣を扱うわけがない。妙なことに目が付いてしまったので、布団に潜り込み、癒されることにした。

 

 朝になり、起き上がったところで別段暇だけがあるのみで、その暇を記憶を思い出すために使う。という名目で俺は今までこの「幻想郷」という場所を渡り歩いてきたが、今日は疲れた。こうも毎日茨の道を行くようでは、小さな記憶を取り戻すこともできないだろう。竹も、伸びて節ができるわけで。今日は休息ということで魔理沙宅へ招待された。

 

「お茶でもしようぜ。珍しい紅茶葉が入ったから、お互い菓子でも包んでもこよう」と魔理沙の言葉を思い出し、急いで何か探したが、あの炒り豆くらいしかなかった。

 

 魔法の森をちょっと行けば霧雨魔法店はある。魔理沙の本業は、霊夢は「泥棒」だとか言っていたが、商売らしい。

 

教えてもらった通り往けば、小さな古民家が姿を現した。ノックをして入った。彼女曰く「泥棒なんて入ったもんじゃない」ところらしい。

 

「お、来たか」

 

いつもと同じ格好の魔理沙だが、屋外なので帽子を着けていなかった。部屋には意外と書物が多く、だが散乱していた。

 

「待ってて。とびっきりの紅茶を用意してやる」

 

俺は期待して待つことにし、彼女は奥の部屋へ消えた。その僅かな時間に、地面に乱雑している本を拾ってみた。表紙には「一般魔道基礎」だかなんだと書かれているその本は、よく見ればシミと折曲がりのある酷い姿だ。そう思い部屋全体を見渡してみると、片付いていると言えるのかどうか怪しかった。

 

 本を棚に入れていると魔理沙が紅茶を運んできてくれた。机を囲んでいる椅子に座ろうとすると、その椅子が三脚用意されていることに気が付いた。

 

 紅茶を啜ると、体が温まっていくのを感じ取れた。二人で一息つく。背もたれに支えられながら、ゆったりとそこの匂いを味わった。

 

「そうだ。お菓子なんだけどさ、貴方が迷浪人だってすっかり忘れていたんだ」

 

「うん。……一応は持ってきたけれど」

 

 小袋を開いて炒り豆を見せると、魔理沙は申し訳なさそうに言った。

 

「ごめん、無理に持って来させて。私のを分けようぜ」

 

 紅茶と一緒に運んできていた箱を開け、幾つかの甘菓子を取り出した。

 

「紅茶に合うかわからないけど」

 

「ありがとう」

 

 一つ食べて飲むと、普通に味あわせは良かった。「おいしい」と伝えると、魔理沙は微笑んだ。

 

「そうだ。椅子が一席多いけど、他にも誰か呼んでいるのか?」

 

「あーそうそう。折角だから紹介しようと思ってな」

 

 しばらくそのハーモニーを楽しんでいると、森の方からノックする音が聞こえた。魔理沙がドアを開けるところを後ろから覗きこんで、いったいどんなお方が来るのだろうかをソワソワしながら見守った。

 

「来たわよ」

 

 なんと言うか、一言で言うと可愛かった。金の短髪で幼い顔立ちの彼女は、青と白が目立つけれどトリコロールカラーだった。

 

「紹介するよ。アリスだ」

 

 アリスさんに軽く頭を下げると、彼女も下げた。

 

「取りあえず入れてくれると助かるわ」

 

「あ、悪い」

 

 さっきまで座っていた場所に戻って、茶会を続けた。

 

「何、貴女にしては随分を片付いているじゃない」

 

「そ、そんなことないって。いつもこんなくらい」

 

 俺の方を見てアリスさんは「いつもはこんなものじゃないのよ。魔法の森を一体化しているくらい」と言った。

 

「そんなになの?」

 

「あーもう。そ、そりゃ客人が来るんだから片付けくらいするさ」

 

 何故か膨れっ面の頬を染めている紅色の紅茶を啜る、アリスさんが笑った。

 

「もー、笑うなよ」

 

 俺はその話の流れが分からず、ぽかんとした。

 

「分かりやすくて可愛い」と魔理沙を証するアリスさんは、魔理沙と同じ「魔法使い」だそうだ。が、アリスさんによれば、魔理沙は「野良魔法使い」だそうだ。魔理沙が俺の記憶についての話に戻すと、アリスさんはよく耳を傾けたように見えた。

 

「もう物珍しいことでもなくなっているから、驚きはしないね」

 

「まあ、そうだな。皆が皆ヒナギと違って、元の場所での立場ばっかり気にして、可哀想だぜ」

 

「ちょっと前かしら、ヒナギさんが来る半年前ほど。以前はその国の当事者幹部だって大騒ぎして、結局消えてしまったわ」

 

「死んでしまったんですか?」

 

「さあ? 亀に捕まったり飢え死にしたり、泉に落ちて『貴方が落ちたのは金の泉ですか銀の泉ですか』なんて聞かれていたり」

 

 魔理沙は鵜呑みにして「恐ろしいぜ」と言った。微量な恐怖心からか、つい紅茶に手が伸びた。アリスさんがまた笑う。

 

 ……ふと、気が付いた。こんな光景を以前に見たことがあると。

 

「どうしたの、ヒナギ。ボーっとして」

 

「あ、いや、前にこんな状況があったような、無かったような」

 

「たまたま記憶の断片を思いだしちゃったのね」

 

 ただ、細かい情景は分からず、ぼんやりと俺を入れて三人一つ家の下、茶を飲んでいる。

 

「でも、三人以外はっきりとは分からない」

 

「少しずつ思いだせばいいんじゃないかしら」

 

「それにしても、三人ってことは今日アリスが来なかったら思いださなかったってことだな」

 

 俺が詳しく聞くと、昨日紅館から帰宅する間にアリスさんに会い、俺と茶会することを話すと自分も混ぜてほしいと言ったらしい。偶然だろうと魔理沙に言うと、アリスさんも肯定した。

 

「ただの興味本位じゃない。私が何か企んでいるような言いがかりを、よくつけるものだわ」

 

「信じたくもなるぜ」

 

 全員が完飲し、俺が腕を伸ばしていると魔理沙が話し始めた。

 

「さ、そろそろお開きだ。今日はありがとう」

 

「楽しかったよ。アリスさんも」

 

「またやれたらいいわね」

 

そうして霧雨店を後にした。その晩にまた霊夢から、先日と同様に内容を問われた。

 

「楽しかったよ。紅茶も美味しかったし、霊夢にも来てほしかった」

 

「そう。いかんせん急に大勢の宴参加者が、開催を早くしろ早くしろってうるさくて。急遽準備していたのよ」

 

「そうだったんだ。手伝えばよかった」

 

「いいわよ。貴方は自分の記憶を優先すべき」

 

 霊夢の優しい心が、身に染みた。

 


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