東方月紅夜~Guardian of sorrow spirit~   作:酔歌

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視点:レミリア・スカーレット
彼女に付加要素を加えながら本来の味を出したい。
Google+で連載していた「東方月紅夜 第十話」の内容をほぼそのまま投稿しています。


十話 レミリア思慮

 アヴァランチが起きそうな晩だ。私の吐息でさえ空中昇華して亜散開する。フレーム反応色が青になるガリウムのそれのような空には、濃度の低い塩水が漂う。唯一紅い月光だけが、部屋の灯だ。顎を支える手平が疲れるよりも早く、咲夜はティー・ポッドとカップを持って現れた。

 

「もう蛇毒入りはいやよ」

 

 薬毒ならいいですねと言いながら咲夜は紅茶を淹れた。蛇毒は苦いが、薬は良配合黄金比で構成すればまだいい味が出る。どっちもどっちだけれど。

 

「宴はどうだったかしら。楽しかった?」

 

「それなりには。お酒も美味しかったですし」

 

 紅茶を含むと、咲夜は不毛な質問をしてきた。

 

「何故、お嬢様は神社へ行かなかったのでしょう。あれほど巫女に泥酔していらっしゃったのに」

 

 横目で見ると、彼女には珍しいただ単純な疑問を持った顔。彼女は人間だから、どこぞの式神とは違って成長するだろうけれど…教えないと成長しないのも面倒な物ね。

 

「こんなに月が紅いもの。どうしても恍惚してしまうわけ」

 

 咲夜はそういうものですか、と言った。そういうものだ。

 

「まあ、霊夢には会いたかったけれどね」

 

「でしたら、神社から眺めることで解決するのでは」

 

「駄目よ、此処から見なければ」

 

 紅茶に映る紅月は、私の心極地にある何かを目覚めさせる。目視できるほどそれは大きくないけれど、確実に私の心に命令をする。「とにかく紅魔館(ここ)で紅月を見よ」と。本能的なもので。

 

「B(ビィ)とV(ヴィ)よ」

 

 咲夜は困惑したようだ。

 

「発音が似ている…と言うことですか?」

 

「Blood moon(皆既前紅月)とVampire(吸血鬼)。発音もそうだけれど、いわゆる対比的なものね。二番目のBと二二番目のV、世界各地で統合と分断を繰り返すBとV。そして」

 

「……吸血鬼の目覚め、ですか」

 咲夜もようやく分かったようだ。肘をついて空を眺めながら、考える。いつ頃かしら。

 

「伝承的神話ではあるが、赤い月の夜。棺桶を雲気になってすり抜ければ、私の前に姿を現したのは吸血鬼だ。肩に入った牙の固さは、サイの角のよう。溢れる血が、新品の絨毯に染み込む……」

 

「それは?」

 

「創作スモールストーリー。図書館で読んだのだけれど、正直おもしろくなかったわ。このくらいは聞いたことあるでしょう?」

 

 咲夜はあるようでないような顔をした。なんだ、せっかく説明したのに。全部説明しないといけないのかしら。

 

「あっ」

 

 むっ。ポッドを持ちながら、咲夜は発した。

 

「血液毒の方がよかったでしょうか」

 

 真顔の私を見て、咲夜が吹き出したのは言うまでもないだろう。そこは「生まれの紅魔館だから意味がある」とか言いなさいよ。せっかくキメの一言があったのに!

 紅茶を飲み干して、立ちあがってから背伸びをした。ずっと暗闇の中にいたせいか、目がパッチリしている。

 

 私は部屋を出た。

 

「お嬢様、どちらへ」

 

 諦めが八十パーセントまじっているけれど、もう言う!

 

「だから、溢れるものを流しに行くのよ!」

 

「お嬢様……」

 

 知らない。私に一瞬でも恥をかかせた、己を恨むがいいわ。歩いて、歩きまくる。

 

「お嬢様」

 

 まだ何か言うか。

 

「お手洗い、そちらじゃありませんよ」

 

 チェアに深く腰掛けて、気分を落ち着かせた。あれほどに湧き上がっていた怒りも消化したのか、肘をつけば眠気が襲ってくるくらい。紅のミラー・レイが眼に入ると、溢れ出る血ではないけれどそれに似たインスティンクを感じずにはいられない。というより、身体が自然と反応する。

 

「あいつはどうしているかしら」

 

「今もなおパチュリー様による水壁に守られています」

 

 守られている、か。あれは完全に隔離、鎖国、幽閉の類だけれど。まあ、現在の措置を続けていくわけにはいかない。あいつならばたちまちにアレを壊すことができる。まどろっこしいことは抜きにして、いっそのこと意識不明にすべきだろうか。本人の興味にもよるが、「遊び」と捉えてしまったらこちらの負け。リアリスティキャリーに捉えるのなら、発破十日前だろう。

 

「現状維持を精一杯」

 

 なんて言ったけれど、そのままでいい訳がない。精々火薬に点火寸前まではの話だ。ではなぜ、私が咲夜にそう言ったのか。当然、外界の外国大統領のバックヤードで静かにナチュラル・ロー・フードを淡々と食らう奴のような、ダークホースが存在するからだ。

 

「月男は?」

 

「大衆には紛れず、月を眺めていました」

 

 ふーんと言ってやれば、私の得意な例え話を始めてやった。そのために椅子を回して咲夜を目視する。ちょうど、たまたま机に置いてある本を手にって、読み始めようとした。このために用意したとかそんなことはない。

 

「クライ・ウォルフの話は知ってるわね」

 

「…狼少年ですか? あの、お嬢様」

 

 何よ。これからが格好良いのに。

 

「何故遠回しに他国語をお使いになさるのか、と思いまして」

 

……「己が主に対し、口頭で説明する際のワードコンバーションの訂正を求めるなど、愚の骨頂である。黙って聞け」を柔らかく伝えた。

 

「私の中でそれが流行りなの。素敵な表現になるじゃない」

 

「左様でございましたか。申し訳ありません」

 

 再び表紙を示して、話し始めた。

 

「ザ・ボーイ~クライ・ウォルフ~(嘘つき狼少年)」

 

「はあ」

 

「ため息しない。どういう話かしら」

 

 咲夜が話し始めると同時に、ページをめくった。

 

「…羊飼いの少年は暇潰しに、大声を上げました。

「大変だ! A wolf came! A wolf came!」と。

 村人が駆けつけましたが、少年は大笑い。

 少年はまた「A wolf came!」と叫びました。

 また村人が駆けつけましたが、少年は大笑い。

 ところが今度は本当に狼が来て、少年はまた「A wolf came!」と言いました。

 けれども村人は知らんぷりで、羊は全部食べられてしまいました」

 

「分かった?」

 

 顎に手を置いて考える。

 

「……本来の状態ではない、ということでしょうか」

 

 正解。


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